朝食の前に、リビングルームで一緒にここに泊まっている人達としばし歓談をして楽しむ。一人は写真家で、この家に飾ってある数々の音楽家の素晴らしい写真は、彼が撮ったものらしい。
もう一人がイギリスから来ている、僕らが着いた時バンジョーを練習していた、50代前半くらいの人だ。
この音楽が好きで好きでたまらないようだ。自分はまだ初心者だと言っていたが、なかなかどうして、いい感じで弾いていた。
フィドルも最近始めた、ということで、まれかに弾いてくれとせがむ。そしていつしか朝飯前のセッションに進展してしまう。
ごはんの合図が聴こえたので、皆で食事ルームへと向かう。アイリッシュ・ブレックファーストだ。
ちょっとコレステロールは気になるが、B&Bで泊まると絶対に食べてしまうのがこの朝食。
野菜がいい、なんていうと冷凍野菜をボイルしただけのものを出されるので、こちらの方が得か、なんて思ってしまう。
イギリスのおじさん、11時にワークショップを受けるので、その前にお手合わせを、という感じでうずうずしている。
でもさすがにヨーロッパの人だ。そんな時でも比較的ゆっくり食事している。奥さんに、落ち着きなさい、と言われてるんだろうか。
この人、本当に音楽が好きなのよ、と奥さんも言っていた。
ほどなくして、食事が終わると、彼が「出るまでにまだ小一時間あるからやろうよ」と言う。奥さんも、しょうがない人、という表情でにこにこしている。
僕らも午後から出かけることにした。
もう今日が何日だか、何曜日だか分からなくなってきている。確かアンドリュー、テリーと3人で頼まれているのは明日だった。
とにかく行って、ところ構わずセッションを始めたり、セッションに加わったりすればいい。時間はいっぱいある。
そしてこの日、僕らはセッションに興じるあまりすっかり帰る手はずを整えることを忘れてしまった。
Shortt‘sというパブで演奏していた時、気がついたらもう2時半を回っていた。いったい何時間弾き続けていたんだろう。13時間くらいだろうか。
若いボーランを抱えていた女の子が「あたしんとこおいでよ」と、叩きながらにこにこして言う。
それじゃぁ頼むぞ!と僕も弾きながら言う。
彼女の車に乗り込んだのはいいが、どこをどう走っているのかさっぱり見当がつかない。あたりは見事に真っ暗。彼女が大声で言う。「心配しなくても取って食べたりしないから」
ぶったまげた。丁度、取って食われるんじゃないかと思っていたところだ。くわばら、くわばら。アイルランドで2度目のくわばらさんの登場だ。
着いたところはグリム童話などでよく見かける、森の中の小さな家。子供のころ夢にまで見たお菓子で出来た家、というのがあったけど、まさにそんな感じ。
確かその話では魔女が出るんだった。あんなこと言っていたけどやっぱり取って食われるかも…。まれかが後ずさりしている。
紅茶を飲みながら少しお話して、眠ることにした。もう4時を回っている。彼女にしても7時ころには起きて仕事に行くと言っていた。
フェスティヴァルの間だけよ、と言うが、基本的に体力がありそうだ。
紅茶のなかにねむり薬が、なんていう心配はもうしなくていいくらいに、うちとけて話をした後、それぞれ眠りについた。