朝、リヴィングに行くと、イギリス人のバンジョー弾きが今か今かと待っている。例によって、朝飯前のセッションが始まる。
横で聴いていたカメラマンが言った。「Strayaway Childっていう曲知ってる?」実に懐かしい曲だ。70年代、ボシーバンドでよく聴いていた。もう懐かしすぎてメロディが定かではないが。
するとおじさん、今カーステレオ(古!)に入っているから、といって大音響でピアノ演奏のものを聴かせてくれた。
一番好きな曲だ、というが、確かに久しぶりに聴いて身体が震えた。2階のまれかの部屋に向かって叫ぶ。「起きろ!寝ている場合じゃぁない!やるぞ!」
半分寝ている状態で曲を覚えていくまれか。横でマイペースのままバンジョーに没頭するイギリス人のおじさん。
いい、実にいい。これだ。好きだと感じた曲は、やりたいと思った時に何度も何度も繰り返す。寝ても覚めても。
「ごはんよ!」出た。アイリッシュ・ブレックファースト。少々うんざりしているが、これがアイルランド人の元気の源なのだ。食べなくては。今日も長い一日になることは間違いないから。
11時、またフィークルの村の中に身を置いている。
フランシスがパイプを持って、にこにこしてやってきた。実に10年ぶりの再会だ。
お兄ちゃんのリアムは今、ダブリンに家族と共に住んでいるので、今回は来れない、と言っていたそうだ。
また、ダブリンに行ったら電話でもしてみよう。
フランシスはフィドルも弾く。決してスーパーではないが、アイルランド人独特のリズムはやっぱり生まれもっての“血”なんだろう。
コレステロールを気にしつつも、もっとアイリッシュ・ブレックファーストをしっかり食べないとあの音は出せないかな、なんていう言い訳を探し出して、例のカレー・チップスを買いに行く。ちょっと癖になる味だ。どうせチップスを食べるんなら、カレーのかかったやつ、なんて思ってしまう。
なにはともあれ、フランシスとのセッションも沢山のオーディエンスに囲まれ、無事終了。後はベグリー家一族を待つのみだ。
フィークルに来てからは随分忙しかった。勿論音楽もさることながら、顔なじみも沢山いるのであっちこっちで立ち話に興じたり。そのなかでひとり、日本から来ていた気の毒な友人に出会った。
何故気の毒かというと、アラン島で大けがをしたのだ。自転車でつんのめって思い切りこけたらしい。おとなしそうな顔立ちに似合わず結構無茶をする人だ。
フィドラーで、ワーク・ショップを楽しみにしていたらしいが、腕を骨折した為に単なる見学者になってしまった。
彼は彼自身のホームページ上でその時の貴重な経験を語っているので、是非参考にされたら良いと思う。
さて、ベグリー家はペパーズでのオープンセッションにホストとして登場する。すでに沢山のミュージシャンに囲まれていたが、ブレンダンは僕らを見つけると“こちらに来い”と大きく手を振って合図する。
そこまで行くには多くのミュージシャンをかきわけて行かなければならない。ちょっくらごめんやっしゃでおくれやっしゃ!
あー、文面の下に赤い波の線がいっぱい…。コンピューターでも対処できないくらい、いや、あんた間違ってるよ、と言いたいのだろう。
構うもんか。どんどん前に進む。そう、そんな心意気で人垣も、波も嵐も越えていくのだ。まれかはちょこんとブレンダンの横に、次男のコーマックに挟まれたかたちで座る。僕は長男のブリアンの横に。クリーナは2人ほど置いてブレンダンの正面に。そして取り囲む30人ほどのミュージシャン達。
さぁ、ポルカの始まりだ! ケリーだ!とんでもなくケリーだ。ブリアンのギターは強烈にポルカのリズムを刻む。コーマックも若くて勢いのあるテクニシャンだ。女子高生のクリーナも全く遅れを取らない。
ブレンダンが吠える。続いてスライドだ!曲はさらに白熱していく。
ひとしきり派手に演奏したあとブレンダンが言う。
「じゅんじ、まれか。あれをやろう」
ブレンダンが僕のCDから習ったという彼のフェイヴァリットチューン“OokpickWaltz”だ。
クレアからケリーへの車中でもずっと歌っていた。ブレンダンの歌は、これまた天下一品だ。ソフトな声で、歌い継がれたトラッドソングを次から次から歌ってくれる。
セッションでもよく歌い、多くの人の感動を誘う。みんなギネス片手にじっと眼を閉じて、そしてその後はジグ、スライド、ポルカ、リールと全てが力強く美しくパブの中を駆け巡る。
3時間ほど一緒に演奏した後、僕らは明後日の朝早くにゴルウェイに向かって発つことを告げた。彼らはもう今晩このままケリーに戻るのだ。彼等とも1年に一度は会えるだろう。
ブレンダンは大きな身体で思い切りいっぱいハグをしてくれた。
フィークルの夜空からは星が降り注いでいた。