キアラン君と3人でカクテル。時間は20:45分香港時間。7月4日。なんかアジアの香りムンムン。
初めて降りたエアポートだが、やはり東洋は東洋という感じがする。
空気感がどこかヨーロッパとは違う。
しばらくここにステイして夜中のフライトでダブリンに飛ぶ。
隣にオーストラリアから来て同じフライトに乗る予定の若者がいたので少し話をした。
去年の9月に東京、大阪、京都、広島などを旅して、とても日本が好きだと言っていた。少しの間訪れるのには最高かもしれない。
日本にはなんでもあるから。
キアラン君と3人でカクテル。時間は20:45分香港時間。7月4日。なんかアジアの香りムンムン。
初めて降りたエアポートだが、やはり東洋は東洋という感じがする。
空気感がどこかヨーロッパとは違う。
しばらくここにステイして夜中のフライトでダブリンに飛ぶ。
隣にオーストラリアから来て同じフライトに乗る予定の若者がいたので少し話をした。
去年の9月に東京、大阪、京都、広島などを旅して、とても日本が好きだと言っていた。少しの間訪れるのには最高かもしれない。
日本にはなんでもあるから。
ダブリン空港、午前7時。少し曇り気味なせいか寒いくらいだ。体感的には15℃を下回っているんではないかと感じる。
えーっと、今日は7月の5日。木曜日。
カーロウに向かう車の中から見る景色は全く変わらない。
その1時間半ほどの間にみるみる青空が広がって快晴となった。それとともに気温はぐいぐい上がり…と言えども日本なんかとは比べものにならない。せいぜい24~5℃くらいではないかな?と思って調べて見るとやっぱり21℃だって。
それくらいでも普段より格段に暑いのでアイルランド人はみんな溶けそうな顔をしている。
僕らはこれからの動きのために、ここしばらくは計画を確認しながらこのカーロウで過ごすが、大きな行事が来週の半ばから控えているのでその準備もしなくてはならない。
パディ・キーナンも僕らの誘いでやってくる。シャロン・シャノンもやってくる。ここでレンスター・フラーがあるのだ。
アイルランド最大級の音楽フェスティバルのレンスター地方に於ける前哨戦みたいなものだ。
僕らは出演の依頼でもなければ出かけることもないのだが、何と言ってもキアラン君の生まれ育った町、カーロウのバグナルス・タウンであるということと、その会場で演奏する仕事や、僕はギター講師として参加するので顔を出さないわけにはいかない。
さて、この何もない町、バグナルス・タウンがどんな賑わいを見せるか楽しみだ。
そういえば、パスポートコントロールの時、係官が「どこへ行くんだ?」と訊いたので「カーロウ」と答えたら、この世のものとは思えないくらいの不思議そうな顔をして「え!カーロウ?またどうして」と言っていた。
そんな何もないところのまたその何もない小さな町が…どうなるのだろうか?
「そういえば」がもう一つ。このフェスティバルで重要なポジションにいるキアラン君の家の掛け時計がまともな時間を指していた。
今日は7月6日。いやはや昨日は長い1日だった。なんだかもう数日間ここに居るような気がするが、まだあれは昨日だったのだ。
朝はやっぱり寒いが、ここしばらくは暑い日が続くと言っている。30℃越えも考えられるらしいが、朝晩が寒いのは救われる。
数匹のうさぎが庭をぴょんぴょんしている。後ろ足の白い部分が見えてなんとも可愛い。そんないつもと変わりない朝が始まった。
今日のメインイベントはキアラン君の友人から子猫をもらいに行くこと。
5週間ほど前に生まれた子猫2匹を譲り受けることになっていたからだ。
白いメスの子猫は困ってしまうくらいに可愛い。
2匹ともすぐに慣れたようで散々遊んで食べて、それぞれ膝の上で寝てしまった。
この忙しい時に何故?と思うが、それはそれでどうせ忙しいのならとことん忙しいくらいでちょうどいいのかもしれない。
生き物がいて、その面倒を見ながら仕事をこなしていく。キアラン君も僕らが居る間に、と思っていたようだが、可愛すぎる。
7月7日。3年前の今日、ゴールウェイで一人の若者の命を救ったたことを思い出した。
七夕だ。彼にとって希花さんが居たことは「たなぼた」だ。なんてつまらない的外れの冗談を、今だからこそ言えるんだろう。
今日も暑くなりそうだが、家の中は比較的涼しく、子猫たちも過ごしやすいだろう。
朝からバグナルスタウンのフェスティバル用飾りつけの手伝い。
午後からデイブ・シェリダン達との演奏、と、子猫の面倒を見る暇がない。でも、2匹で仲良く遊んでいるから大丈夫そうだ。
幸い既にちゃんとしつけられているらしく、自分からスタスタとトイレに向かって行く。寝ていても目を覚ますとニャーニャー言いながら歩いて行ってちゃんと用を足してくれる。
デイブ達との演奏を終え、そろそろ8時半になるが、まだ日本の午後4時くらいの感じで木洩れ陽が美しく、涼しいそよ風が優しく吹いている。
さっきまで遊んでいたがまたソファーの上で寝たようだ。心地よい風に体を任せて。
7月8日(日)快晴。朝からなんという日差しだろう。昨夜はやはり時差ボケなんだろうか、演奏時のビールが効いて早くに寝てしまった。
それとは逆に、2時頃帰って来たキアラン君はゾンビのような顔をして起きて来て、昨夜友人と開けたワインの瓶を不思議そうに見つめて、水をいっぱい飲んで猫に散々じゃれつかれ、またゾンビのような顔をしてベッドに戻って行った。
猫は僕の膝の上でニャーニャー言っている。
まだ一滴の雨も降っていない。早く彼らが顔を洗って雨が降ってくれることを祈っている。
今日はひょっとして今までで一番暑いかもしれない。
夕方になっても暑いと感じることは今までになかった感覚だ。それでもせいぜい20℃を少し超えるくらいだろうから日本のことを思えばましだ。
すっかり裏庭で寝てしまったが、10時40分、まだ西の空は明るい。涼しくて気持ちの良い風が吹いている。
7月9日(月)今日は比較的涼しく、曇り空。だがいい天気になりそうだ。
昨夜、みんなで今回のフラーに関するライブ映像を見た。他の場所で始まったイベントだが、今週末このテレビ番組のライブがここ、バグナルス・タウンで行われる。
僕らもそれに出演するのだが、司会の男がなんだか「お祭り騒ぎ大好き男」みたいに軽いので、みんなでブーブー言っていた。
どこの国にもこんな奴いるなぁ。本国でもそうなんだから仕方ないか。
出演しているミュージシャンは、ステフ・ジェレミアやカトリオナ・マッケイ、ショーン・キーンなどでやはりいい演奏を聴くことができた。
ともあれ今晩はこの街のお偉いさん達が集まっている場所での演奏がある。
ジグやリール、ポルカなどを演奏して、お偉いさんの話を聞いて、ワインを飲んで、これからセッションというところで、猫がいるから、
と上手い理由をつけて早くに戻った。
でもやっぱり子猫達は可愛い。10時45分。やっと外が暗くなって来た。
7月10日(火)又しても早朝から眩しい光が降り注いでいる。猫の食事を与えた後、キアラン君が昨夜回した洗濯物を干しに庭に出ると、気持ちの良い風が吹く。ここが日本と違うところだろう。
遅くにデイブ・シェリダンと戻って来たキアラン君。2人で2本のワインを開けたらしい。デイブはまだ寝ている。以前パディが泊まった部屋なので僕らはパディ・キーナン・ルームと呼んでいる。
人の出入りも多くなって、いよいよ始まっているんだな、と感じるし、キアラン君も8時半までに起きてこなかったら叩き起こしてくれ、と言っていた。今日も忙しいはずだ。本当は…。
またまたゆっくり話し込んでいる。もちろん仕事の話もしているが半分くらいはなんだかたわいもないことを話しているような感じだ。
そのたわいもないことの中にも時として大事なことが隠れていることもあろうから一概に無駄とは言えないが。確かに間違いなく無駄、ということもある。アイルランド人はよく最後の最後に頑張る、というが、単にしわ寄せが来ているだけのような気もする。
それにしても長話をする人たちだ。忙しいんじゃなかったっけ?
明日のワークショップの準備をする。ギターは非常に教えるのが難しい。
ギターは簡単、3つくらいのコードが弾けて、曲は知らなくてもいい、というなんとも貧弱な音楽経験を持っている人も多くいるようだが、周りにいいミュージシャンがいなかったんだろう。
あるいは本人が音楽を奏でる価値のない人間か。
何はともあれ、ギタリストは多くの種類の音楽に精通していなければならないし、本当によく音楽というものを理解していなければ成り立たない。
僕はよくセンス8割、残りの2割で100パーセントの努力を惜しまないこと、なんてわかりにくいことを力説してしまうが、そのセンスの部分というのはなんとも教えにくいものだ。
GからCに行く前にG7を入れるかG9を入れるか、そこに更に上の5度を加えるか、この曲には合っていても他の曲には合わないし、次の小節の頭の音によっても、相手の楽器によっても、感性によっても変わってくる。常にそんなことを考えていなければならない。
これはもうセンスの問題だ。曲を知らなければできないことだし、音楽というものを理解していなければできないことでもある。
そういう人間に出会ったことのない人には到底想像もつかないことだろうが、如何せんこれはどうにもならないことだ。
とやかく言っていないでワークショップに精を出そう。
少しワインを飲みながら夕陽を眺める。時にそろそろ午後11時。
7月11日(水)快晴。ここしばらくのことを思えば少しマシな感じだが、やはりアイルランドということを考えると暑い。
午前10時。ワークショップ会場になっている学校に出向く。
僕の担当のギター生徒は5人。セッテイングをして待っていると順番に現れた。
ジャック、サラ、アン、オーイン、ジム、みんな覚えやすい名前だ。ジャックはキアラン君の生徒さんで既にバンドで演奏している。
サラはテナーバンジョーも弾くし、ギターも経験豊富のようだ。
アンはスタンダードチューニングしか弾いたことがないようだ。
オーインはまだ15歳だが、エレキギターしか弾いたことがなくひたすらロックに打ち込んでいるらしい。
ジムは以前セッションで会ったことがあるマーチンギターを持ったおじさん。年齢だけでも相当な差があるグループだ。
ま、一番年寄りは間違いなく僕だろうが。
なかなかに難しいシチュエイションだし、隣の部屋は運悪くバウロンのクラスときている。
2時間の午前中のレッスンの後、ランチブレイクを取って更に2時間。計4時間だったが済んでしまえばそこそこ上手くやれたような気がする。
今はまったりして今晩のパディとのコンサートに備えている。他にも全ての講師の伴奏をしなければならないので、それが大変だ。
コンサートはいつも通り開演時間をもう30分以上過ぎている。
ま、この国では良くあることだけど、やがて、
Aimee Farrell – Bodhran Larry Egan – Accordion Enda Leery – Tin Whistle James Mahon – Flute Eoin O MeaChair – Banjoそして僕の順に座ってコンサートがスタート。
さすがに凄腕揃いで決まること決まること。リールやジグを演奏して、それぞれのソロの伴奏をして、いよいよパディの登場。
今日のパディはなんかすごくノリがいい。限りなく力強い演奏で客席を沸かす。
結構、希花との息もバッチリでみんなを興奮させるには十分なものがあった。
今日はとことん疲れたので早く寝ることにしたいが、はや1時半を回っている。パディとキアラン君はまだ飲んでいる。一体どれだけ飲めるんだろう。
7月12日(木)久々に見る曇り空。でも8時頃には晴れてきて、気持ちのよい秋晴れのような天気になってきた。風は冷たい。
起きてきたパディとベーコンエッグを食べながら紅茶を飲んでしばし話して、それから彼はティペラリーに戻って行った。80キロくらいだろうか。どこかへ寄り道していなければ1時間弱で着くだろう。
バーベキューをするから都合をつけてティペラリーまで来い、と言っていた。
白人ってみんなバーベキューが好きみたい。
今日はなかなかに寒い日で、少しアイルランドが戻ってきたようだ。
昨日の疲れが出ているので1日ゆっくりしたい気分だ。
これだけ寒暖差も激しかったら体も対応できないかもしれない。
なんだか日に焼けている。アイルランドで日焼けするなんて考えもしなかったことだ。
今は夜の11時。外がやっと暗くなってきた。猫も眠いらしい。
7月13日(金)快晴。今日は街を流れるRiver Barrowを朝から船で下り、沿道の人たちに手を振る、という恥ずかしいイベントに参加している。
だが夜にはシャロン・シャノンが来て演奏をすることになっていてそのオープニングを僕らがやる。
人もいっぱい集まるし、どうせ日曜日にもテレビ番組出演があるし、アレックもリムリックから呼んで三人で、という話が盛り上がり、
その受けようの予感はバッチリ当たった。
僕らは実質15分ほどの演奏だったがアンコールもきて大いに盛り上がった。
当のシャロン・シャノンは、僕としては80年代初期のスタイルの方がもっとブルースを感じたり、アイルランドの田舎を感じたりして良かったような気がするが、さすがに素晴らしい演奏だった。
7月14日(土)快晴。今のところは気持ちいい風が吹いている。
今日はこれといってすることもないので一日のんびりする。
少しだけアレックとカーロウの街をショッピングとコーヒー。日向は暑いが日陰に入ると風が気持ちいい。
夕方から少しバグナルスタウンに出て、子供たちの演奏を聴いて、街から歩いて帰って来た。
30分。エクササイズにちょうどいい感じだ。9時。まだまだ明るく、風が気持ち良い。
7月15日(日)聞いたところによるとなんと28日ぶりの雨。朝のうちは小雨だったがだんだん普通の雨になって来たが、まだまだ水のことは心配しなくてはならない、という程度だ。
今日のイベントはこちらのテレビ番組での演奏。フェスティバル最終日のビッグイベントだ。
その前にコンペティションを見にいくが、今回は、数年前に会って度々このコラムにも登場するダラウという少年がコンサーティナとのデュオで受ける、というのでそれを目当てに行ってみた。
たくさんの子供達、ちなみに17歳の彼もそのうちの一人。かなり上手い子もいるが、いろんなレベルの子達がそれぞれに少しアレンジを加えてトラディショナルチューンを真剣に演奏する。
ダラウ達はHelvic Head Liverpool Hornpipe Gravel Walkの3曲を披露した。
初めて会った時よりは、やはり数段進歩しているようだった。コンサーティナの子も良かったし。
外の様子も段々落ち着いて来て雨も小降りになったり上がったりの繰り返し。そんなに悪いコンデイションではない。
僕らは屋外で1曲、人々に囲まれて演奏した。司会の男、ちょっと前にお祭り男と書いたが、彼は僕のことをよく知っているやつだった。
もう20年以上前にサン・フランシスコで会っているのだ。
忘れていたけど、あんなインパクトのある奴をどうしたら忘れられるの?と希花さんが不思議そうに言った。
演奏が終わってダラウと彼の全家族、おじいちゃんやおばあちゃんまでもが僕らを彼らの宿泊先に招待してくれて、そこでいい感じのセッションを繰り広げた。
僕らが2年前よく演奏したホテルのレストランだったので僕らにも居心地が良く、ついつい1時まで、4時間ほど飲んで演奏してしまった。再会を約束して戻って来たらキアラン君やベルギーのフルート作りの人や友人達がみんなで飲んでいたので、またそれに参加して歌ったり演奏したり、結局寝たのは3時過ぎ。長い1日だった。
7月16日(月)晴れ。まだまだアイルランドにしては暑いが知れている感じになって来た。
今日は祭りの後の静けさの中でいろんな後片付け。
体育館の椅子を片付けたり、スタッフの一員として働いた。他の人たちはもっと朝早くから看板の取外しをしたりと、みんなそれぞれに忙しそうだった。
もうちょっと効率よく…なんていつものように思うが、ま、いいか。
ベルギーのフルート作り職人がカップルでやはりキアラン君の家に来ていて、夜、一緒にバーベキューをしよう、ということになり、彼らは食材を買いに街へ、キアラン君はガスを調達しにバグナルスタウンへ5時頃出かけて行った。例によってすぐ戻る、と言って。
さて、6時半頃カップルが帰って来て彼女の方が手早く用意をしながら2人とも、キアランは?と訊くので「もう2時間ほど前に店が閉まる前にガスを入れてくる、と言って出て行ったけど道々会う人と話ししてるんじゃない?それで多分一杯やってるんじゃないか?」と言っていたら7時過ぎに「ガスだけピックアップしてくれ。もう運転できないくらいに飲んでいる」という電話がかかった。
やっぱりだ。
パブに入ったら、みんながレンスター・フラーのキアラン君たちの功績を讃えて怒涛のごとくギネスやウイスキーをご馳走してくれたらしく、彼の人気ぶりが伺える話ではあったが、そんなところへのこのこ入って行ったら当然そうなるだろう。
結局、ガスをもらいにバグナルスタウンに出かけて、キアラン君を置いて戻って来てからバーベキューを始めた。
使い方がよくわからなかったので電話で聞いたが、結局火が点いて何やかや用意していたら、キアラン君が真っ赤な顔をして戻って来て、
驚くことに「みんな大丈夫か確認しに来たけどまた30分くらい戻る」と言って真っ赤な顔のまますっ飛ばして戻って行った。
どこまでいい奴なんだろう。
1時間くらいして戻って来た彼がもうかなり出来上がっていて、面白さに磨きがかかっていた。
もう10時過ぎているのに周りは明るくて涼しくて最高のバーベキュー。キアラン君、真っ黒焦げになったソーセージやジャガイモを持って小走りにスキップするようにして大いに笑かせてくれた。ミスター・ビーンみたいだった。
あんまりおかしくて笑い過ぎたら酔いが急激に醒めて寒くなった僕は一足先に寝てしまった
7月17日(火)曇り。昨夜のバーベキューでの酔いがまだ醒めないが、早くに眼は覚めてしまう。
みんなが起きてくる前に昨日の惨状を元どおりに戻しておいた。みんなより早く寝てしまったのでそれくらいはしなくちゃ、と思ったので
起こさないように静かに片付けをしたが、足元で猫が2匹うろうろしている。
お祭りも終わり、街に静けさが戻って、ベルギーのカップルも去って、なんだか急に寂しくなってきたみたいだ。
ジョンが来て少しだけチューンを弾いて行った。
決してすごく上手いわけではないがいいリズムだ。緑の中をそよ風が吹き抜けていくのを感じるような…?ソムリエか!
そして何も忘れ物はせずに帰って行った。
久々にアルコールは抜いてみよう。このところ飲み過ぎていたキアラン君も今日ばかりは大人しくしているようだし。
7月18日(水)晴れたり曇ったり。このところ同じような天気が続いている。相変わらず雨が降らないので、アイルランドに来ている気がしないくらいだ。昼は20~21℃くらいだろうし、夜はジャケットが必要な天候だ。
今調べて見たら今日のダブリンの気温は19℃と出ているし、来週は11℃まで下がるらしい。そうなると日本とは30℃近くの差がありそうだ。
僕らが子供のころ25℃を超えたら大変だったが今や40℃ということが普通になって来そうな勢いの日本では、犬や猫も大変だろう。
ところで猫に散々弄ばれた後、希花さんが「猫引っ掻き病って知ってる?結構怖いんだよ」というので調べて見たら本当、結構怖いのですぐシャワーを浴びた。
ペットを飼うには様々な知識が必要だと今更ながらに思うが、2匹ともそんなことはお構い無しに寝ている。
今年は行かなければいけないところが単発でちょこちょこ出て来たし、それはありがたいことに音楽がらみなので、少し音楽から離れてゆっくりしてみようかと思っている。
あまりしたことがないけど、ゆったり夕焼けでも見ながらワインでも飲んでいろんなことに思いを馳せるのもいいだろう。
時間はとうに10時半を回っているが、まだ西の空が明るく、涼しい風が時折吹いている。
7月19日(木)晴れ。どうしても早く目が覚めてしまうので、この時間に猫に食事を与えてしまうが、本当はもう少し後の方がいいのかもしれない。6時半 朝食というスケジュールは早すぎるかも。でもピョンと飛び出して来て2匹で上目遣いにニャーニャー言われるとあげないわけにもいかなくなってくる。
裏庭ではたくさんのうさぎが佇んでいる。平和な朝の始まりだ。
3月の時は「北の脅威」なるものを感じたままここに来ていたことを思い出す。その脅威は決して無くなったわけではないし、やっぱりなんとなく心配だ。特に日本にとってはまだまだ、これで一安心というわけにはいかない。
猫の食事を見ていたらこちらもお腹が空いてきたのでピーナツバターとバナナをサンドイッチにして食べた。
これは、日本のピーナッツバターではできないものだが、これに更にカリカリに焼いたベーコンを挟む、というのが本格的だ。
甘みと塩気が絶妙の一品だと思うが他の人にはあまり人気がない。ま、アメリカのジャンクフードといえるだろうか、な?
現在午前8時。日本のニュースをチェックすると熱中症が大きく報じられている。
どうやら昨日の気温は岐阜県の多治見が世界で3位。とうとうドバイを抜いたという話だ。ここの気温は14℃、それでも比較的いつもの夏のこの時間にしては高めかもしれない。
どうしても天気の話になってしまうのは年寄りだからだろうか?
時間は進んで午後7時。サンサンと降り注ぐ日差しに心地よい風。日本で言うところの、とてつもなく気持ちの良い秋の気候だ。
まず、久々の小雨がぱらつくダブリンを出発。朝からライアン・エアーがストライキをしている、というニュースが飛び込んで来たが、調べてみると、どうやらイギリス方面の便に限っているようなので、僕らの飛ぶチェコ方面は大丈夫だった。
飛行機の中はアイルランドの若者らしき連中が5~6人で騒いでいて、僕も1972年から飛行機に乗っているが、一番うるさかった便だった。中国人顔負け。
でも、まぁまぁ陽気に騒いでいたし、なんか特別な祝い事でみんな揃って楽しくて仕方なかったんだろう。
空港についてシャトルに乗ったら、ちょうどアイリッシュの5人家族、お父さん、お母さんと3人の息子たちと一緒になり、「どこから?」と訊いたら「キルケニー」と言う。「え?僕らバグナルスタウン。近いじゃん」と言うと、長男らしき25~6歳の子が「家から5分だよ」という。なんという偶然。
おかげで話が弾んだ。
そして、ホテルに着いたのがもう夜中に近かったのでひとまず眠ることにしたが、プラハも例年より暑いらしく、明日は33℃くらいになるという。
一体地球はどうなってしまうんだろう。
プラハ2日目。仰せの通り暑い。今日1日はキアラン君と街をぶらぶら。下調べの鬼である希花さんが行きたいところ、行かなくてはならないところをあらかじめチェックしてくれてある。
その分、地下鉄の乗り方や様々な道のりがよくわかっていいが、何せ前代未聞の方向音痴なので僕らはよく反対方向に向かって歩かされる。ま、早い目に気がついてくれれば問題はない。
河を見ながらパティオでビールを飲んだり、ウインドウショッピングをしたり、観光したり、またビールを飲んだり、ちょっと暑かったけどプラハの町を堪能した。
ただ、何が書いてあるのかどこを見てもさっぱり分からなかったので駅の名前も全然覚えられなかったが、アメリカ人の観光客にもちんぷんかんだったみたいで、そういう人たちが周りにいっぱいいたので面白かった。
しかし街並みの美しさには目を惹かれる。日本人には人気のある観光地だと聞くが確かにこの美しさは格別かもしれない。
晩御飯はこれまた希花さんのお勧めチェコ料理レストランだったが、いっぱいで入れなく、中で始まったベリーダンスのような踊りを見て別なところを探すことにした。
近くに静かなところがあったのでそこに落ち着いてワインとそれぞれ料理を楽しんで夜が更けていった。
物価は安いようなのでそんなに気にしなくていいのかもしれないが、お金の単位を計算するのに時間がかかる。
今はユーロで計算しているので、例えば100と書いてあったらその4倍して0を取って4ユーロくらい、と教わった。
だいたいそういうのがわかって来て小銭で払えるようになるのは帰る直前だったりする。
プラハ3日目。今日は希花さんがウイーンに住む友人を訪ねるので僕とキアラン君の二人で町を観光する。10時ころ出ていったが、反対方向の電車に乗ったりしていないか…。そんなこともないだろう。
僕らは待ち合わせの場所でビールを飲んで過ごしたが、2人ともそんなに観光や、ましてやショッピングなどには興味がないので「ここで一日中ビール飲んでまったりしていられるなぁ」と河の流れを見ながら、また、行き交う様々な国の人々を見ながら2時間ほどを過ごした。涼しい風と陽の光が絶妙で、今日も30℃くらいにはなる、と聞いたがそんなに気になる暑さではない。
一応、昨日から話題に上っていたボートでの市内観光をしてみよう、と一人10ユーロづつの40分コース、中くらいの大きさの船に乗り込んだ。
足こぎの2人乗りではゲイカップルみたいだし、20人乗りくらいの小さな船は難民みたいだし、かといってあまり大きな船では面白くないし、ちょうどいい大きさで比較的安く済むもの、と思い、中くらいの船にしたがなかなか良かった。
ゆっくりと流れてゆく美しい街並みを見ながら気持ちの良い風に吹かれてまたビール。
夕方、イタリアンを食べながらまたビール。
夜、無事に戻って来た希花さんとワイン。
なんだかどこへ行ってもキアラン君といると飲んでばっかりだが、彼は全く酔っている様子はない。やはりビールなら7~8パイント、
ワインなら丸々一人一本くらいで「飲んだ」という感じになるのだろう。不経済だ。
僕なんか1パイントで十分飲んだ気になるのだから経済的だ。
でも、いい景色を見ながら、美味しいものを食べながら、会話を楽しみながら、気持ちのいい風に当たりながら、優しい日差しを感じながらのお酒はいい時間の過ごし方の一つだ。
特にヨーロッパの人たちといるとそれはつくづく感じるところである。
プラハ最終日。帰る前にキアラン君の見つけた楽器屋さん、特にバイオリンがメインの楽器屋さんを訪ねてみた。チェコ製のバイオリンにはなかなかいいものがある。
店にはなんとステリングの5弦バンジョーもあったりしたので、店の親父も加わってフォギー・マウンテン・ブレイクダウンのセッション。いいバイオリンもあったが、店を出てから軽い食事と定番のビールでしばらく相談。
ま、勢いで買うのはやめにして考え直そう、と街を後にして空港に向かった。
観光というものには興味はないが、全く違う文化の中で出来上がってきた景色を見る、ということもなかなかいいものだ。
7月24日(火)晴れ。今日からはしばらくここ、バグナルスタウンでゆったり過ごす。天気もやっとアイルランドらしくなりそうだし、少し雨も戻って来そうだし、雨の合間をぬっての庭仕事にはもってこいの様子だ。
町のインディアンレストランが火曜日は半額セールをしているので食べに出かけた。
先週も火曜日に行っているのでよほどケチだと思われているかもしれない。
しかし半額は太っ腹だ。
7月25日(水)快晴。夜、キアラン君の友達のパブにジョンと出かける。シンギングセッションがあるからだ。地元の人たちに加えて今日はアメリカから何人か歌好きが来ているというので飲みに行くついでになんか歌ってくるか、くらいのノリだった。
なんかぐちゃぐちゃだったけどなかなか面白くて4時間ほど歌ったり演奏したりして帰って来た。
月が、昨夜もそうだったが明る過ぎて眠れないくらいの夜だ。
今日くらいは少し雨でも降るかと思ったが、一体どうなってしまったんだろう。
7月26日(木)少し薄日がさす曇りで冷たい風が吹くアイルランドらしい天気。だんだん風が強くなって来たがまだ雨が降りそうな気配はない。
デイブ・シェリダン達とカーロウでセッション。とてもいいセッションだったので終わったのが午前3時過ぎ。
店からはいくらでもフリーでギネスが出てくる。もういい、と言っても「じゃ、ハーフパイントにするか?」と店の人が言う。
インド人も太っ腹ならアイリッシュも太っ腹だ。最もアイリッシュの太っ腹は飲むことに関してだけだが。
8時から演奏を始めて約7時間半。帰りにデイブの家に寄ってまたまた一杯。バグナルスタウンに戻ったのが午前4時過ぎ。
ドアを開けると2匹がニャーニャー。
早く寝よう…って。猫、起こしておいてからに。
7月27日(金)曇り。さすがに早起きはできなかった。10時。猫は声がかれている。お腹が空いてなきすぎたんだろうか。
とりあえず食事をさせて、こちらも定番の紅茶を飲む。
どうしても夜遅くなると一日が早く過ぎてしまって勿体無いが、こう思うのも歳のせいだろう。
昼過ぎにキアラン君のお兄ちゃん、デクラン君と電話で話す。彼は東京に住んでいて、日本語が堪能、なんてものじゃなく、僕らよりも漢字もことわざも、さらに、いわゆる俗語まで、本当によく知っている。
ほとんど外人とは思えないほど流暢に、早口で日本語を巧みに操る彼のことはもうすでに書いているかもしれないが、2002年に僕は日本で会っている。
そんな彼と電話でキアラン君を交えて話すととてもややこしい。キアラン君しょっ中キョトンとしっぱなし。
ところでまた天気の話だが、遅い午後になってやっと雨らしい雨が降っている。雨が降ると庭の緑が綺麗に輝く。
今日は早く寝なくちゃ、と思ったがもう11時。昨日に比べりゃうんと早いか…。
7月28日(土)曇りのち晴れたり雨が降ったり、また晴れたり。昨夜はずっと雨が降り続いた様子だ。窓を開ければ、メリケン波止場は見えないが、冷たい空気を感じる。
先々週あたりは僕らにとっても人の出入りが多かったり、いろいろな場での演奏があったりで疲れたし、キアラン君の疲れもピークに達していたので今週は結構ゆっくり過ごすことにしている。
特筆すべきこともさしてないので、ここらで写真を少し公開してみよう。
と言ってもほとんど猫だ。
地元の新聞に載った演奏中の写真もついでに。
7月29日(日)午前2時40分。つい1時間ほど前にキアラン君が町のパブからご機嫌さんで戻って来た。久々に外で飲みたかったらしく、10時過ぎに出かけて行って、やっぱり3時間ほどはかかるので、付いていかなくて良かった。
もう寒くてTシャツでは厳しい。外はキアラン君が帰って来たと同時に降り始めた雨。アイルランドらしさが漂う夜だ。
一夜明けて朝9時。昨夜の雨はあがっているが、またいつ降って来てもおかしくない曇り空で、風が強くかなり寒い。
やっぱりまた雨が降って来た。一旦やり始めた庭仕事も中断。どのみち「そろそろお茶にするか」って言ったけどまだ30分くらいしか働いていない。「アイリッシュ方式」と言って張り切っている。
また雨があがったみたいけど、ゆっくりしている。
なんとかまた仕事を始めたと思った矢先、ジョンがワインを持って現れた。
こうなるともうアイリッシュ炸裂。グラスもってこいだの甘いもんも必要だの、もう飲む態勢そのもの。
6時近くに飲み始めて、8時頃、なんか食いに出かけよう、という話になったけど、僕がキーマカレーを作ると言って用意を始めた。
どこにもいかなくていいとなるとまた喜んで別なワインを開ける。
30分ほどで全て出来上がりみんなで食事。ワインもまた新しいものを開けて会話が弾む。
ジョンがバンジョーを出して来て、9時過ぎからキッチンセッション。また新しいワインが開いた。
結局11時過ぎまでセッションとワイン。予定狂いっぱなしの1日。何にもしていないようなのにすごく疲れた1日だった。
7月30日(月)午前10時少し前。晴れたり曇ったり降ったりしている。そんな中、晴れ間を見つけて庭仕事。当分大丈夫そうだが、
30分くらいでコーヒーブレイク。この後、誰も来ないことを願う。月曜日だし大丈夫かな。
午後になって一仕事が運良く終えたので昼ご飯を食べながら昼寝をしている猫を眺めている。さっきまでお互い激しく舐め合っていたが、今は折り重なって寝ている。
そう言えば今朝、オスの方が僕の肩にのっかって来て耳たぶを恍惚の表情で(僕からは見えなかったが、聞くところによると)チュパチュパし出した。母親のお乳を吸うが如くだ。だんだん激しくなってふみふみしながら体を震わせてグルグル言っている。こういうのが癖になる人もいるかもしれないが、僕はひたすらくすぐったくて気持ち悪い。が、猫のことを考えてちょっとのま我慢している。引き離すのが大変だがこれ、2匹同時にやられたらちょっと対応できなさそう。
夕方、キアラン君のママが猫を見に寄った。80にもなるのに颯爽としてシャキシャキ動き回るパワフルなママだ。
しばし庭仕事の手を休めて語らい、ママが帰ってからまた少しやって晩御飯は買って来たエンチラーダとサラダを食べて、僕らは明日朝早くからベルファストに行く予定なので、今日は飲まずに早く寝ようかと思っている。
今は午後8時40分。まだ全然明く、日本で言えば初秋の午後4時頃かな。
7月31日(火)ベルファスト 北アイルランド
今日はいい天気になりそう。もうすぐ午前6時になる。猫に食事をさせるにはちょっと早いが、あと2時間ほどで出かけるので7時半頃にはあげておいた方が良いかな?
一路ベルファストへ。ダブリンを超えてしばらく行くとユニオン・ジャックがはためく北アイルランド。
北のほうなのでなんだか一段と寒く感じる。
ここでジェリー・フィドル・オコーナーの息子のドーナルが主になって開催されているミュージック・フェスティバルがあるのでそこに1日だけ出かけたのだ。
ブライアン・マグラーとかなこちゃん、大きくなったしょうなちゃんが家族で来ていた。久しぶりにシェイミー・オダウドとも話をした。
ハリー・ブラッドリーとも、そして主催のドーナルとはこれまたサン・フランシスコで会ったことがあるみたいだ。
キアラン君がフルートに関するレクチャーでベルギーのフルート職人ギルト(名前)とお話をする、というのが4時間もかけて行った理由だが、おかげでいろんな人に久々に会うことができた。
帰りも4時間かかったので、途中で食事はしたが、キアラン君ヘトヘトで帰ると同時にベッドに入った。
少し風邪気味のせいもあるし、歳もいったかな。
もうすぐ8月になろうとしている。彼の誕生日もすぐそこだ。
8月というのに寒々とした曇り空というのはアイルランドらしい気候に戻っている証拠だろうか。
現在、気温16℃。今、天気予報を見たら雨は17分後に降るでしょう、なんて書いてある。アイルランド人の言う17分なんていつのことやらわからないけど、これ、日本のサイトで見つけたものなので時間通りかもしれない。でも、そのまま訳したものだとしたら、アイルランド人の恐ろしさを知らない、と言うことになる。
お、少し遅れたけど確かに降って来たようだ。アイルランド人もたまには時間通り来て、人を急がせたりするからタチが悪い。
昨日「IKEA」で買ったカーペットをリビングに敷いてみた。カウチの色などにはよく合う濃いグレイ、黒に近いくらいのものだが、本人は「少し暗かったかなあ」と言っている。
でも、冬になって暖炉に火が入ったらいい感じになるんではないかなと思う。猫が喜んで爪を研いでいる。
たった今Paddy と電話で話をした。Paddyと話をしたって太郎と話をした、くらいに普通の名前だが(日本でも太郎は少なくなっているかな?だいすけとかの方が多いかな?)Keenanだ。
そして今日はキアラン君の用事も兼ねて、ウォーターフォードとティペラリーにも行って来た。
ウォーターフォードではデヴィッド・パワーの家でフィドルの数々を希花さんが査定して、ティペラリーでは フィドルメーカーの工房に行って彼の作ったフィドルを見せてもらい、帰りにキアラン君の叔父さんの家(お肉屋さん)によってお茶とお菓子。帰って来たのが9時。出かけたのが2時頃なのでまたまたキアラン君、疲れただろう。
ワインを飲んで僕の作ったジャーマンポテトとTVディナーのタイカレーを食べてリラックス。
雨が降ったりパッと晴れたり、そのせいで綺麗な虹がかかったり、アイルランドらしい1日であった。
8月2日(木)気温19℃、6時間に2回ほどのにわか雨がある、と言っている。太陽は出ている。
結局1日いい天気で、少しの庭仕事と裏庭のストレイジに使っている小屋のペンキ塗りをやってからカーロウに行って、
帰りに珍しくピザをテイクアウトして帰って来た。
もうすぐ10時にもなろうと言うのに明るいので時間的感覚が狂う。
ピザとワインは最高のコンビネーションだ。ビールでは太るのみ。と言えども、この時間のピザはやっぱり…。
8月3日(金)曇り。今日もほぼ安定した天気のようだ。暑くなって来た。多分22~3℃はあるだろう。ここでは十分な暑さだ。
ペンキ塗りを始めたキアラン君。いろんなことを考えていろんな道具を出して来て、それがことごとく壊れていて、なんか買いに行ったり、ウロウロしたりしていたが最終的に外のベンチで横になっている。気持ちいい天気なのでうたた寝には最高である。今はよく晴れている。今晩は町のパブでの恒例のセッションに出かける。
行く前に豚の生姜焼きを作った。日本と同じようにはできないが好評だった。
すっかりワインなんか飲んじゃって。これからしこたまギネスを飲むというのに。
午後8時40分。まだサンサンと陽の光が差している。
9時過ぎ、町まで歩いて行く。サクサク歩けばだいたい25分くらい。まだ明るくて気温は20℃ほどだし、気持ちのいい散歩、と言うか、エクササイズだ。
それからセッションで、嫌という程ギネスが振る舞われる。帰りはタクシーで。結局2時過ぎになってしまった。
戻ってから少しパンを食べたが、これは日本でいう締めのラーメン。ま、それよりはいいか。
しかし、こんな時間に猫たちは起こされる。帰って来たことで喜んで走り回る。そしてお腹が空く。
う~ん。すっかりアイリッシュだ。
8月4日(土)曇り。いつもならこの時間(午前8時)少し寒さを感じるが、やっぱりそうでもない。今日もいい天気になりそうだ。
今日はDungarvanというWaterfordの美しい街でギグが入った。
ここでデビッド・パワーが主催するフェスティバルがある。金曜日にはルナサも来ていたが今回は彼らに会えなかった。
僕らは森の中、サイクリングロードになっている一角で、素晴らしいトンネルがあるのだが、その中で演奏する。
想像しなかったが多くの人が集まってヤンヤヤンヤの大喝采。
それが終えてからDungarvanの街を少し離れて、コーヒー屋さんに入ったところで大きなニュースが飛び込んで来た。
それは、トミー・ピープルスが旅立ったということ。ショッキングなニュースだったが、僕らは静かにコーヒーと少しの食事で彼の冥福を祈った。
そしてまた町に戻って美しい港を堪能した。天気がものすごく良くなって、日陰は寒いくらいに涼しく、日向は暖かいという絶好の日和だったので、結構ゆっくりしてレストランにも入った。
チャウダーはなかなかにチーズが効いていたが、とても美味しく、キアラン君のオーダーしたポークベリーもすごく美味しかったし、希花さんのサーモン・フィッシュ・ケーキというのも揚げ物だったがすごく美味しかった。
美味しい食事と絶好の天気と美しいオーシャンビューを堪能して、その上、演奏も多くの人に喜んでもらって本当に有意義な1日だった。
今一度、トミーの冥福を祈って、ビールを飲んで寝ることにしよう。
8月5日(日)晴れ。雲は多いが、日差しはあるし、今日もこれからいい天気になるだろう。お昼は24℃くらいにはなるらしい。
それでもアイルランドにしては十分暑い。
午前中、まだ暖かい日差しと少し冷たい気持ちの良い風の中、猫がいつのまにか外を散歩しだしている。だいぶ大きくなって来たが、まだまだ慎重に辺りを見回して、あまり遠くは行かない。しかし、ここでも雌の方が冒険心が旺盛なようだ。雄はなんとなくもう一歩が踏み出せない様子。
今日はキアラン君の誕生日なのでバーベキューをしようという話になり、その情報が先日のセッション時に割れてしまって、なんだか大袈裟になるかもしれない。
本当は4~5人で静かに、と考えていたのだが。でも彼曰く「みんな酔っていたから覚えてない。大丈夫だと思うけど、一応用意しておくか」ということで朝から買い物。
僕らもあまりバーベキューなるものには慣れていないし、そんなに趣味でもないし、ましてや多くの人数で食事をすること自体、そんなに好きではないので、何を買ったらいいのかよく分からない。
肉は日本などと比べてかなり安いが、キアラン君にはこだわりがあるようなので、めんどくさいから彼に任せることにした。
彼の誕生日なのにあれやこれや、みんなのために用意をする。好きなんだな、そういうのが。それでみんな寄ってくる、というのもあるんだろう。
なんだか嬉しそうに引っ掻き回すけど、決して無理強いはせず、楽しく動き回っては時間が足りないなんて言いながら「コーヒですか?」
なんて言って座ってコーヒーを飲んでいる。
なかなかつかみどころがなくて面白い。
結局、フランスに行った時の仲間も集まって、セッションして食べて飲んで、もう3時。誕生日はとっくに過ぎている。
ビール瓶、ワインの瓶、合わせて8人ほどいたかな、40本くらいが空いた。ワインだけでも10本ほどあったからすごいもんだ。
8月6日(月)
今日は広島の日だ。オバマが広島を訪れたのはいつだったかな?2016年の5月27日にそんなことについて書いた記録がある。
あれから世界はどのように変わって来ただろう。色々変わったかもしれないが、変わっていないことも多くありそうだ。
日本では多くの政治家が恥を晒して、それでも平然と踏ん反り返っている。
ちゃんとトイレを使っている猫の方がマシだ。
ところで相変わらず耳にしがみついている。ふみふみしながら一向に離れる気配がない。
僕らは明日からクレアに行く。
本来明後日から行って、木曜の夜フィークルでのセッションホストをやるのだが、この近所に住む友人が明日クレアに行く用事があるから乗せていってくれる、という。なんとラッキーだ。
そんな感じで、今日は明日からの用意と、その前に昨夜の片付けをしなければ。そして残り物を食べなければ。
現在午後7時10分。青空が広がってサンサンと太陽が照っている。気持ちのいい夕方だ。あと3時間ほどで日が暮れる。
明日は早起きしなければ。猫、キアラン君だけで大丈夫かな?
8月7日(火)晴れ。現在の気温10℃、今日は日中も20℃に達しないようだ。
ダラウに乗せてもらって、一路エニスへ。彼はこれから釣りに行くと言っていた。西の方に来ると少し寒々とした曇り空になって来て、時折小雨もぱらつく、絶好の釣り日和のようだ。
エニスにお昼前について彼にお礼を言って別れて、すこし腹ごしらえ。
僕なら、失敗したので捨てるようなスクランブルエッグをコーヒー屋さんで食べた。コーヒーだけはどんぶりのような大きな入れ物になみなみと入っていたので得したような気分。
早速アンドリューに連絡。夜セッションで会うことが決定。
友人の村松ゆかりさんが作ってくれた、僕とアンドリューのお揃いのシャツを渡すのも大事な用事。
ところで今日、トミー・ピープルスの葬儀がここ、エニスであった。
そんな日にエニスに出向いたのも偶然。
そしてセッションで一緒になったブズーキのヴィンセントは、前にフィークルの帰りにタラ(アンドリューの家)まで夜中に乗せてくれた、アメリカ人のヴィニーという女性のご主人だった。世間は狭い。
戻って来たらアンドリューから新しいシャツを着た写真が届いた。
タイトルはAndrew Shirotaだったので僕も着てJunji McNamaraとして送り返しておいた。
寝る前に行きつけのCiaran’sに行ってギネスを飲んだ。今日はこれで決まり。
8月8日(水)曇り。いかにもアイルランドらしく、寒々とどんよりした天気だ。
今日一日は観光にでも行ってゆっくりしてみよう。
昨日から考えていたことで、もし天気が良かったらせっかくだからモハーの断崖にでも行ってみようと思っていたのだ。
早朝は曇っていたが段々晴れ間も出てきたし、やっぱり行ってみることにした。
僕は初めてアイルランドに来た時にアンドリューに連れて行ってもらってから数回行っている。
初めての時はその辺に車を止めて勝手に入って行って、断崖絶壁に柵もなく、怖くて怖くてとても覗き込むことができなかった。
でも、その素晴らしい光景に目を奪われたものだ。
2回目の時にはアイルランドがユーロ圏になり、突然ゲートができて4ユーロとられるようになってアンドリューも驚いていた。
今回調べて見たら8ユーロだったので時代を感じる。
そして、時期もあるのかもしれないが、初めての時は人はパラパラとしか居なかった記憶がある。お土産やさんもなかったような気がする。
今はちゃんと柵もできていて多くの人たちで賑わっているが、柵のないところもあり「あんた、よくそんなところで写真なんか…」という人も多く見かける。
お土産やさんものぞいて見たが、観光地によくあるものとなんら変わりがない。
しかし天気さえ良ければ一見の価値は十分にある。今日は非常に良かった。風がきつくてちょっと寒かったがそれはいつものことだ。
戻って来て午後9時から行きつけのCiaran’sに行って演奏させてもらった。
偶然にも今朝、モハー行きのバスを待っている時、3月にバスの中で会った若者と一緒になり、今晩の予定を話したら、是非一緒に演奏したいし、日帰りでゴールウエイに行く予定なので帰って来たらのぞくよ、といっていた彼が顔を出してくれたので一緒に11時半まで演奏した。
ホイッスルをメインに演奏する彼は南米のチリ出身。リムリック大学で勉強している、なんと偶然にもアレックの友達だった。
そして、やはりいい感じで吹く。基本的なレベルが、体格が、全て違う。
もう一人。カウンターで飲んでいた若い男が急に「あ、その曲知ってる」という感じでティンホイスル片手にすっ飛んで来て吹いたが、これもなかなかのもの。丸太ん棒のような腕と驚異的な胸囲で吹くがそこそこ上手い。それに知らない曲はじっくり聴いている。
ただの酔っ払いではない。ちなみにCiaranの義理の息子ということだ。
さらにCiaranが奥からバウロンを引っ張り出して来て、最後まで楽しい時を過ごすことができた。
8月9日(木)晴。アンドリューと会うまで時間つぶし。カスティーズに行ったり、ちょっとした昼御飯を食べたりしている間に時間も経ってアンドリューが来てくれた。
また1年ぶりのタラ、アンドリューの家に着いた。
いつもいつも、ここから始まったことを思い出す。
少し歩いていたらケイト・パーセル(よく一緒になったシンガー)が車から出て来て「ハイ、ジュンジ」と言って、足早に去って行った。タラに僕らがいても全然当たり前の光景のようだ。
そして一路フィークルへ。
アンドリューは彼のグループBoruma Trioでの演奏があり、僕らはコンサーティナ奏者のTony O’Conellとのセッションホストの仕事に出かけた。
初めて会うプレイヤーだったが度肝を抜かれた。こんな人、沢山いるのかもしれない、なんていうことは十分わかっていても、それでも興奮させられてしまう。
様々な曲の成り立ちや奥にあるストーリーもさすがによく知っている。生半可な知識では到底こう人の相手はできない。
楽曲のバージョンもよく似ていて、しかもハーモニー感覚にもかなり優れているので、こういう人との音作りは非常に面白い。
彼にとっても僕らは初めてだったが、えらく気に入ってくれて、家に来い来いと誘われたので、また機会をみて訪れてみようかな、と思っている。
また、最初から参加していたフランス人の若者(パイプスを演奏するマックス君)が本当に良く曲を知っていて、また巧かったのでそちらもびっくり。
ここでいろんな人のプレイを目の当たりにすると、とても日本で他人にこの音楽を教えるなんていうことはできないと感じる。
帰りはそのフランス人の若者、マックスと一緒にアンドリューの家に戻った。アンドリューはどうやらフィークルにステイして明日の朝に戻って来るはずだ。そしてマックスはそのままエニスに帰って行った。6時に起きてゴールウエイに仕事で出かけるそうだ。
時間は午前2時。すごく寒い。
8月10日(金)晴。昨日もそうだったが決して安心できない。いつ雨が降って来るかわからないし、その雨はずっと降り続くのか、すぐ止むのか、難しいところだ。
今は午前10時。トニー・マクマホンのラスト・レコーディングを聴いている。ここで聴けて本当に良かった、というのが素直な感想だ。
これを言ってしまうと良くないかもしれないが、少なくとも僕にとってはこれはどこで聴くよりも、この僕にとってのアイルランド音楽のスタート地点で聴いていることに価値を感じてしまうのだ。
今のところ天気は持ちそうなので少し散歩でもしてみよう。その前に腹ごしらえといきたいところだが、彼はハムサンドくらいしか食べないので冷蔵庫にはそのためのハムとチーズしかないので僕らもハムサンドを食べる。
11時頃アンドリューがゾンビのような顔をして戻って来て、2時に起こしてくれ、と言って自分の部屋に行った。
僕らは近所を散歩して、フランのお墓参りをして、スーパーで買い物をした。昔からある、村で唯一の小さなスーパーマーケットだ。
希花さんがクロワッサンを買おうと思い、棚の一番奥のクロワッサンを取ろうと、トングを持ったら、それがくくりつけてあって、そこには届かない。2つもトングがあるのにどちらもどうにも届かない。
いかにもアイルランド人のやりそうなことだ。大笑いしてしまった。
3時過ぎからアイリーン・オブライエンのCDラウンチがあるのでアンドリューと一緒に出かけた。
そこで彼女の父親であるパディ・オブライエンの昔の写真やTV出演の映像、家族での話、もちろん当時の演奏も聴けるなど、とても貴重な経験をした。
パディ・オブライエン(ティペラリー)はアイリッシュ・ミュージックにおける最重要人物の一人だ。
そんな中アイリーンが僕らを見つけて「ジュンジ、マレカ、楽器持ってるか?」と訊いたが、僕らはとりあえず楽器は持たずに出たので「持って来てない」と伝えたが、正直、持っていなくて良かったような気がする。
どこか痴がましい感じがしたからだ。
ただ、この音楽の聖地で歴史的重要人物の直系にそう言ってもらえるのはありがたいことだ。
夜はアンドリューのセッションに一緒に出かけた。
ピート・クインは僕とよく似た感覚を持つピアニストでお互いニンマリしっぱなし。
奥さんのカレン・ライアンもすごくいいフィドラー。そこにアイリーン・オブライエンも加わって一大セッション。
これだけの面子が揃うと興奮しない人はいない。多くの人が踊り出してパブは大賑わい。
帰って来たのはもう4時半。6時間以上もやりっぱなしだった。
3人で大笑いしながら残り物を食べて寝た。なんと不健康な…。
8月11日(土)曇り。あんなに遅く寝たのにどうしても8時頃には目が覚めてしまう。それでも3時間くらいは熟睡したのかな。
昼から風が吹いて雨も降って来た。
今日はまたフィークルでのセッションホストの仕事。二人だけのラインアップだが、もう一人誰か連れて来ていい、と言われているので、
色々考えた結果、その時ちょうど体が空いているジェリー・ハリントン(フィドル)に頼んだ。
ジェリーとは僕はカリフォルニアで出会っているし、希花にもドゥーランで紹介しているし、フィークルでもなんども一緒に演奏している。2人で手分けして色々探し回って、後5分で始めなきゃ、と思っていたら、希花が嬉々としてジェリーを連れて来た。
イーストクレアの音楽を求めて集まる人がセッションに来て、日本人二人がホストじゃぁちょっとこちらも気兼ねするので、ジェリーのような人気のあるフィドラーでアイルランド人がいれば僕らも助かる。
バーは一杯の人で盛り上がって、ぞろぞろとミュージシャンも集まって来た。
あまり知らないのにずっといい加減に弾き続けている人が2人いた。それでもやめろとはなかなか言えない。
聴かないようにして弾くのは難しいはずなのに、聴かないでいとも簡単に全然違うものを弾いている人の気が知れない。
とにかく、セッションホストの仕事を得るのはありがたいことだが、大変なことでもある。
そんな意味でもアイルランド人が一人いると楽かも知れない。彼ら、マイペースなので。
終わった後、さぁ帰ろうかと思っていたらシェーマス・ベグリーにつかまった。
彼が嬉しそうに僕らを呼んで、例のごとく爆発して(今回は少し大人しかったかも知れないが)最後に「上を向いて歩こう」を弾き始めた。彼のおはこだ。
「唄え、唄え」と促すが、思えばすでに12日になっている。御巣鷹山の日…。もちろん彼は知らなかったと思うが、それだけに偶然にもほどがある。
結局、戻ったのはまた3時半頃になってしまった。
8月12日(日)晴れ。こういう日こそ後から土砂降りの危険性があるが、どうだろうか。
本当は今日フィークルを出て、タラに別れを告げ、ゴールウェイに行く予定だったが、アンドリューがもう一晩いろよ、と言ってくれたので、そうすることにした。
アンドリューのお母ちゃんのお墓にもお参りして来た。
フェスティバルは今日が一応のフィナーレ。明日も小さな、いわゆる後夜祭みたいなものはあるのだが、今晩タラ・ケイリ・バンドの演奏とダンスがあって、それが最終みたいなものになる。そして、時を同じくしてアンドリューがホストのセッションがある。アンドリューはそれに誘いたいらしい。
僕らもどうしても去らなくてはならない、ということでもないので、そうさせてもらうことにした。
昼頃、呑んだくれてそのままフィークルで沈没したアンドリューが戻って来て「アコーディオン、パブに置いて来ちゃった」と言っている。そしてそのまま寝た。
僕らはこの村になぜかずっと前からある、チャイニーズをテイクアウトして来て食べた。
味は結構美味しいと思うが、この小さな村で、一体どれほどの人がどれくらいの割合で、このレストランに来るのだろう。僕が初めてここに来た時はなかったような記憶があるが、少なくとも10年くらいは存続している。
オーナーが変わったのも知っている。ちょうどフランのパブの向かい側だ。
彼も行ったことはある、と言っていたが、特にまた行くとも言っていなかった。寿司はどうだ、と訊いたら「とんでもない。生の魚なんて!」と言ってげんなりしていたものだ。
さて、夜になってフィークル3日目。
アンドリュー大爆発。オーディエンスも大爆発。歌えや踊れやの大爆発。もうみんなとどまるところを知らない。みんな酔っ払い。
終わっても外で演奏を始める。
結局帰って来たのはまたしても4時半。今日は1日いい天気だった。もうすぐ夜が明ける。
8月13日(月)曇り。朝の間に雨が降っていたようだが、隣の洗濯物は昨日のままだ。裏庭を猫がウロウロしている。雲の間に少しだけ青空も見えている。鳥の囀りが聞こえる。
いつもと変わらない朝が始まったようだ。というか、もう昼だ。
今日はこれからゴールウェイに向かう。
エニスまでアンドリューの友人のマリア・エスタが送ってくれて、僕らは電車でゴールウェイに向かった。
ゴールウェイに着くとタラとは全く違って、人の波に流されるようだ。
久しぶりに「和カフェ」の芳美さんを訪ねる。
もうすっかりゴールウェイの肝っ玉姉さんと行ったところだ。
「和カフェ」でしばらくお話していると、日本人の若者が入って来た。なんか「見つけた!」という感じでニコニコして入って来た。
その若者は、どこか人当たりの良さそうないい感じの雰囲気を持った、他人とのコミニュケーションがきちんと取れそうな子だったので、ちょっと話をしている間にすっかり打ち解けてしまった。
エド・シーランに憧れてアイルランドに来てしまった、という埼玉の川口からの「たくと君」2日ほど前に着いたそうだ。
彼と芳美さんとの4人で飲みに行って、そのままアコーディオンのアンダースのやっているチ・コリに行ってみたら「楽器は?」と言われ、思わず取りに戻ってしまう。
結局、12時半頃まで、たくと君も芳美さんも音楽を楽しんでくれたみたいで、いい出会いに感謝せざるを得ない。
たくと君にとっても人づてに聞いた「和カフェ」に立ち寄ったことは、きっとのっけから何か違う旅を経験したことになるだろう。
8月14日(火)曇り。ゴールウェイらしい、風の強い日だ。おまけに雨も降って来た。
今日はこれからゴールウェイを出て、ダブリンに向かう。ダブリン空港でスペインから帰ってくるキアラン君と待ち合わせてカーロウに戻る。猫たちはキアラン君のお母ちゃんが見てくれているらしい。元気かな?
バス・ストップに向かって歩いていたら、Yanksというバンドでギターを弾いているSean Ernestに会った。
フィークルにいた時に「やぁジュンジ」と声をかけられた男だ。もともとアメリカ出で今はエニスに住んでいるという。
以前にも会っているのだが、向こうにとっては珍しいので覚えていても、こちらは同じ白人だったりすると結構難しいことがある。
彼はアイルランド人とはまた違った典型的ヤンキーといった感じの気さくな若者だ。
バスは快適に走って…おっと、そう書いた途端にめっちゃ揺れた…ダブリン市内に着いた。ここから空港まであと20分くらいかな。
現在9時47分。バスの時計は1時間進んでいる。ちなみに1時間きっちりなんていい方だ。この8年間で何回バスを利用したかわからないが、時計は合っていた試しが、いや、多分それでも一度あってびっくりしたことがあるくらいだ。
ところで、あまり天気も良くないせいだろうか。それとも季節が進んだせいだろうか、外はもう暗くなっている。
少し日焼けしたキアラン君とも無事空港で会えて、帰りにバーガーキングでテイクアウトして車の中で食べながら帰って来た。
とりあえず、14日中には戻った。猫は喜んで走り回って、また耳にむしゃぶりついている。
8月15日(水)日本は終戦記念日。多くの若者たちが命を懸けて国を守ってきたのに、今では、いい加減な政治家たちが自分の身を守るためだけに嘘つき放題。それでも踏ん反り返っておいしいもの食べて、その勢いで口を滑らせて下手なこと言ったら少し静かにしてれば忘れるだろう、くらいにしか思っていない。そんな国になるなんて、本当に気の毒だ。
こちらの天気は晴れ。少し暖かいようだ。
猫に食事をさせたら早速付いて回って耳を狙っている。長いこと留守をしていたのでストレスもたまっているだろうし、少しはやらせてあげないといけないかな。
こちらもあまりにフィークルが強烈だったのでこの1週間は少しゆっくりしたい。
来週にはノエル・ヒルとのギグで北アイルランドに行かなくてはならない。
フラーは今週かな?みんなが「行くのか?」と訊くけど、大概のミュージシャン(これで食べている人という意味)は行かない、と答えている。仕事としてなら別だが。
今回、ワークショップやコンペティションなどを含め、その実行委員会の手伝いもして(少しだが)いろんなことを経験して思ったことがある。
それは子供達のコンペティションを見ていて特に強く感じたことだ。彼らの真剣な眼差しは、この音楽で育って来た祖父、祖母から、また、父、母から、そして兄弟たちとともに築いて来ているものだ。
果たして「なんとなくかっこいいから。コンペティションに応募したいから。ケイリバンドで、一種の、みんなでやれば怖くないし、楽しい」的なノリでこんな世界に踏み込んでいって失礼ではないかどうか、ということ。そんなことをつくづく感じさせられてしまった。
日本人が…なんていう珍しさで受けたことを喜んでいても仕方がない、ということは初めてアメリカに行った1979年の時に現地に住む日本人の友人が言っていたことだ。
そんなものはお世辞に過ぎない。せいぜい半年持っていいところだ、と彼は言っていた。
このようなことは僕が散々経験して来たことだし、感じて来たことだ。そのために独自のスタイルを作ることを心がけてきた。
そんな意味でもギターという楽器でこの世界に入ったことは大きなことだったが、また大変なことでもある。その大変さはリード楽器の大変さとはまた違うものでもある。
アンドリューと出会って27年目くらい。それからも多くの人との出会いを通してまたまた新たな刺激を得た気分だ。
ところで、さっきまで晴れていたのに断続的にシャワーのような雨が降る。今日は一日こんな感じだろう。
希花さんもキアラン君も出かけているので一人のんびり猫のお相手。でも耳は今晩は勘弁してほしい。
8月16日(木)今のところ晴れ。時間は午前8時40分。ちょっと外に出てみたが、風が冷たくて寒いくらいだ。
猫の家を外で乾かしてあげようと外に持っていくが、しょっちゅう細かい雨が落ちてくるし、すごく晴れたと思ったら急にザーッと降ってくる。これでは確かに洗濯物も放っておくしかないかもしれない。カーロウでゆっくりの1日。
8月17日(金) 曇り。お、食事を終えた猫が一目散にゴロゴロ言ってやって来た。でも今日はあまり時間がない。しかしもう飛びついている。仕方がない、5分だけ。ま、こいつがひっついていると暖かいし。と言うのも、そろそろストーブかな、と思うくらい今朝は寒い。
これからキルケニーに出かける。現在午前8時10分前。
今、キルケニーでアート・フェスティバルが開催されていて、音楽や絵画、クラフトなどが楽しめる。
町を歩いているとデニス・カヒルにばったり出会った。
いろんな教会やお城などが、あらゆるアートのために、また世界中から訪れる人のために解放されている、と言う結構大きなフェスティバルだ。
希花さんは、古いスタイルのハープのワークショップやコンサートがあるので、まだ残っているが、僕は一足先に戻って来てキアラン君とバグナルスタウンで待ち合わせして、猫のトイレに使う砂を買いに行った。
散々猫の相手をして、早く寝ようと思ってもついつい午前様になってしまう。希花さんももうじき帰ってくるだろう。
8月18日(土)午前2時を回った。気温は16℃となっているが、やっぱりもっと寒いような気がする。さっき寝たキアラン君もそれまではしっかりパーカーを着込んでいた。朝起きたら今日はどんな天気になっているだろう。ちなみに来週は最低気温が10℃を割るらしい。
午前8時。いい天気だ。現在17℃、穏やかな風が吹いている。
オス猫が行方不明でなかなか見つからず、結局高い塀のところで発見。降りられなくて、こちらも脚立を出して来て、チャオチュールで誘いをかけてなんとか助けだしたが、せっかく助けたのに前回同様思い切り爪を立てた。恩知らずの猫の世話も大変だ。
今日は、近所に住むフェルトデザイナーのれいこさんとダラウと彼の弟オーインと一緒に散歩とディナーを楽しんだ。
散歩は以前、キアラン君の誕生日会で訪れたことがある森の中のレストランの周り。
僕らが到着するまでの間に兄弟2人は川で泳いでいたらしい。未開の森の中に流れるどこまでも澄み渡った川だ。
しかし、こう言うところにレストランがあっていつもお客さんで賑わっていて、少し奥に行けばこんなところがあって本当に北海道の未開拓版だ。
ディナーはメインにニジマスをグリル。そのほかにもれいこさんが胡麻和えなどの美味しいディッシュを用意してくれて、お話にビールに盛り上がって11時頃解散。
現在夜の11時50分。なんだかすごい風が吹いている。雨も少し降っているようだし、もしかしたら今晩はストームかもしれない。
8月19日(日)曇り。特筆すべきことはない1日だが、どうやらGalway vs Limerickのhurlingのマッチがあるらしく、これから町が大変なことになるだろう、と言ってその前に買い物を済ませる。
結果はどうやらリムリックの勝ちだったようだ。僕はその間昼寝をしてしまった。
猫も昼寝をしていた。
8月20日(月)曇り。外は寒そう。もう確実に冬が近づいている感がある。
色々と仕事を手伝ったり、ちょっとした用事で出かけたりで、あっという間に夕方になってしまう。ずいぶん日が短くなったなったようだ。それだけでも冬の訪れを感じる。秋というものは以外に短いのか、無いのか、その辺はわからないが、強いていうならば例年、夏というものがないに等しいのかもしれない。しかし今年は確実に夏があった。
ちょっとした用事でカーロウの町に出かけた。
結局、今日もすこし汗ばむくらいの陽気になったが、現在夕方の4時過ぎ。もう涼しい風が吹いている。
外で少しだけワインを飲んで休む。
夜はいろんな音楽を聴いてリラックス。秋の夜長、という感じだ。結局また2時になってしまった。
8月21日(火)曇りのち晴れ。今日も結構暑くなりそうな気配。25℃くらいになるだろうと言われているが、この辺で25℃は暑い方だ。これがインディアン・サマーだとしたらえらく長く居座るインディアンだ。
それはそうと、今晩はれいこさん達とインディアン・レストランに行くことになっている。お、うまくオチが繋がったものだ。
8月22日(水)久しぶりに朝から雨。この頃キアラン君も探し物が多くなって、今朝も自分で出したバターを一生懸命探していた。昨夜、希花さんも「パジャマのズボンがない」と言っていたが僕とキアラン君が「今はいてるのそうじゃねえの?」と言ったら、すごすごと自分の部屋に入って行った。みんな歳がいく。
今日も猫の観察をしながら後で明日からのことを相談するためにノエルに電話しなくては。こちらから連絡しないと彼も忘れているかもしれないし。みんな歳がいく。
とにかく明日は朝からカウンティ・ダウンに出かける。その後、引き続きトニー・オコネルに会ったり、マット・クラニッチに会ったりするために多くの場所に行かなくてはならない。その準備をしなくては。
8月23日(木)曇り。早朝、と言っても8時過ぎの電車でダブリンに向かう。やっぱり少しは混んでいる。今、ダブリンにローマ法王が来ているらしいが、そのせいもあるんだろうか。ダブリンに勤めている人もこの時間だったら多少は居るのだろう。
僕らはヒューストン・ステイションでノエルと合流する予定だ。
電車は時間通りに着いて、ノエルも「コニチワ!」と時間通りに現れた。
それから彼の友人の家で、美味しい魚料理をご馳走になったのだが、ノエルとその友人が手際よくクックしてくれた。
見る限りノエルはかなり料理することに慣れているようだ。包丁さばきも手際も素晴らしいものがある。シェフとしても十分な腕前だ。
そしていよいよカウンティ ダウンに向かう。
行き先はダウンパトリックという海に近いところでストラングフォードという村。
ここに昔からのノエルのコンサーティナの生徒さんが住んでいて、一度は来て欲しい、と頼まれていたらしい。
なのでノエルも初めて。ダブリンから休憩も含めて約3時間。
着いたところを見てびっくり。森の中にあるお菓子の家の童話を思い出した。
とんでもなく広い敷地は森になっていて1600年代の教会がひっそりと建っていて、森の中を歩くと湾が見えて、対岸の綺麗な家並みが見える。そんな中に大きな家が建っている。
本当に住居なのか、ひょっとしてリゾートホテルなのか、はたまたおとぎの国に迷い込んだのか、と思わせるくらいの今まで見た景色の中でも強烈なものだ。
自然のものをいっぱい取り入れたここの夫婦はイギリス生まれの(奥さんはウェールズが入っている)穏やかな、まさにここの住人という感じの人たちだ。
僕らは森の中の教会で演奏する。
そんなに大きくなく音も限りなくよく響く。
時間になると多くの聴衆が訪れた。だいたい70~80人くらいで、もう座るところがないほどだ。
僕らは1時間半ほど演奏して大いに盛り上がった。
終了後はお客さんも交えて、大ワイン大会。もちろんギネスも。ほぼ満月という月を森の中で見ながらワインを飲む。
寒いくらいに涼しくて、遅くから始まったブレットンの音楽に合わせながらみんなが踊る。僕らはひたすらワインをいただく。
ちょっとお腹が空いたので母屋まで森の中を歩いて行って、晩御飯にいただいた手作りパンの極上の味を再び楽しむ。
そんな素晴らしい一夜を過ごさせてくれたノエルと、ここの人たちに感謝。
8月24日(金)晴れたり降ったり曇ったり。
ダブリンに戻る。気持ちのいいい庭でまたワイン。少し寒い。ノエルがまた今度はタイカレーを作ってくれた。素早いクッキングでとても美味しかった。
食事の後みんなでウィリー・クランシーやシェーマス・エニス、トミー・ポッツなどを聴いて様々なことを語り合った。
アイリッシュミュージックにおいて最も大切な、通らないわけにはいかないシーンがそこにあった。
こんな経験ができることの幸せに感謝。今も彼らの胸から湧き出てくるソウルフルなサウンドに心を惹かれている。
8月25日(土)晴れ。昨夜聴いたオールドレコーディングがまだ頭の中を巡っている。
昨日も一昨日もそうだったが、断続的に強い雨が降る。そしてあっという間に太陽が出る。今日も西に移動するので、きっとどこかでそんなことになるのだろう。
そうなると美しい虹を見ることができる。
結局エニスへの道のりで雨が降ることはなかった。
エニスでノエルと別れたのが7時過ぎ。今日はゆっくりして疲れを取ろうと思っていたが、来ていることだけでもアンドリューに連絡してみた。
すると「あ、俺も今エニスに向かっている。ノックスでシボーン・ピープルスとコンサーティナのHugh(ヒュー)とでセッションだから来い」と誘われてしまって、着替えもせず出かけた。
コンサーティナのヒューはこれまた素晴らしいプレイヤーだった。
シボーンにもお父さんのお悔やみを言うことができたし、10時にお開きかな、と思ったがアンドリューが「まだ寝ないだろ?もう一軒ケリーと言うパブでやるから行こう」と言ってきかない。
結局もう一軒付き合って、戻ったらもう2時近く。お腹は空いたが、有り余る量のハイネケンとギネスでもう意識朦朧。
アンドリューは僕らが行かなければあんなに爆発しないのだろうけど、今夜も相当破裂していた。
明日はリムリック。初めてトニー・オコンネルの家を訪ねる予定だ。
8月26日 (日)曇り。昨夜よく雨が降ったらしい。アイリッシュ・ブレックファストをいただいて11時35分の電車でリムリックに向かい、そこでトニーと待ち合わせをすることになっている。
トニーは時間よりちょっと遅れて現れた、彼がここに来るまでにはAdeaという村を通り過ぎなくてはならないのだが、ここは以前ブレンダン・ベグリーと待ち合わせしたことがある。その時もとんでもないトラフィックだったことを記憶している。
トニーがピックアップしてくれてAdeaを通り過ぎた時の逆方向の混みようはただ事ではなかった。「さっき来た時もすごかったけど今は数倍ひどいな」と彼も驚いていたくらいだ。
途中でスーパーに寄って晩御飯のものを買って彼の家に着いた。
Brosnaというところはホーム・オブ・アイリッシュミュージックと言われるくらいにディープなところらしい。
彼の演奏を聴く限り、そういう力強さを感じる。
そして最も重要なことだが、彼は相手の音をかなり良く聴いている。確かに最も重要なことだが、結構そういう人は少ない。
僕がこのコードを使えば必ず2回目はそれに合わせて来る。逆に彼がこの和音を使えば僕が2回目はそれに合わせていく。
メロディーにおいても希花の動きを即座に捉えて素晴らしく合わせていく。これはなかなかできることではないが、ミュージシャンとしては最も大切な技術であり、感性だ。
そしてその上に独特な節回しと和音感覚を組み立てながらプレイしている。
このディープなBrosnaのパブで演奏できたことはとても感慨深いものだ。しかも、わざわざ静かな、他のミュージシャンが来ないパブを選んでくれたことで、音もよく聞こえて素晴らしいセッションを展開することができた。
多くの人が参加して自分も知っている曲が出たら一緒に演奏して、というセッションを求める人は多いだろうが、彼のような人の演奏をじっくり聴くことの方が大切だ。
8月27日(月)曇り。ところで今日がトニーの誕生日らしい。本人も忘れていた、と言っていたが。もう少し早く知っていれば何か用意したのに。仕方がないので昨夜(と言っても今日)午前1時半ころ、戻ってきたキッチンでハッピーバースデーだけ言って寝た。
朝になって空を見てみると、雲の間に陽がさしていると思いきや、突然のシャワーの後また綺麗に晴れ渡る。
しばしBrid HarperのCDなどを聴きながらお茶を飲む。トニーは明後日から彼女とのツアーに出かける。
やがてみんな起きて来てポリッジを食べた後、犬と一緒に散歩に出かける。大きなジャーマンシェパードが2匹。
ブラックベリーが生い茂る緑いっぱいの小径を登った先にはカウンティ・コークが見渡せる小高い丘がある。
広大な原っぱから見渡せる空と雲とカウンティ・コーク。犬も思い切り走っている。
やっぱりこういう景色に囲まれているからあんな音が出るんだろう。
僕らはトニーのところは1日だけで今日はリムリックに行く。
午後、トニーも用事でリムリックに出るのでちょうど良かったし、夕方一緒に食事をすることにして一旦別れた。
少しはバースデイをお祝いしてあげなくちゃ。
食事の前に買い物をして、ついでにレオニダスで誕生日プレゼントにチョコレートを買って、タイレストランで待ち合わせをしてしばらく過ごして彼は帰って行った。ノエルとはまた違った感性でコンサーティナを弾く男だ。
僕らが来る前の晩は興奮して眠れなかったよ、なんて言っていたが、山の中の一軒家、隣というところにたどり着くには一体どれくらい森の中を歩いたら良いんだろう。店というところにたどり着くにはどれくらいドライブしなくてはならないんだろう。
そんなところで犬とひっそり暮らす。たまには寂しく感じることもあるのかな。
僕は彼を日本に呼んであげたいミュージシャンの一人として考えている。
8月28日(火)曇り。12時35分の電車でエニスに向かう。リムリック~エニスは近いしとても便利だ。今晩は先日会ったHughの家に宿泊させてもらうことになっているが、その前にジョセフィン(マーシュ)が食事を一緒にしよう、と言ってくれたので彼女の家に寄らせてもらうことにした。
待ち合わせのオールド・グラウンド・ホテルというところでしばらく時間を潰して、ジョセフィンの旦那さんのミックが来てくれたので、
いざ行かん、と庭に出たら、聞いたことがあるような音が聞こえて来た。
ふと見ると日本人ぽい顔をした女性がフィドルを弾いていて、アメリカ人ぽい男性が5弦バンジョーを弾いている。
しばらく見ていたら、女性の方が「日本人ですか?」と声をかけて来た。
「この国では珍しい5弦だったので。ブルーグラスですか?」などと声をかけて近寄るとどこかで見た顔。
BOMのニュースレターやYou Tubeなどでよく見ていたAnnie Staninecではないか。
男性の方はJohn Kaelだったかな。とにかくあまりの出来事にびっくり。
アイルランドのブルーグラス・フェスに出演するために来ているらしい。少し一緒にオールド・タイム・チューンやアイリッシュを弾いて時間が経ってしまった。
とても気さくな感じの良い子で、日本語も少したどたどしいかもしれないがちゃんと話すし、隣でジョンが目を白黒させていたのが面白かった。
想像もしていなかった良い出会いだったので、またどこかでの再会を約束して別れた。
ジョセフィンの家はエニスの市内から40分くらい。いつもは夜にしか来たことがないので、明るい景色を見るのは初めてと言っていいかもしれない。そんな道をひたすら走る。ジョセフィンは結構すっ飛ばす。
家について紅茶をいただいて、彼女が「チキンをオーブンに入れておくからその間に少し観光しましょう」と言って、霧のような雨が降る中、僕らはスパニッシュ・ポイントに出かけた。
何もないといえば何もないのだが、ここでも広大な大自然の息吹を限りなく感じることができる。
夕食後子供達も含めてのセッション。兄のジャックはパイプスを演奏するが、今日は弟のアンドリューがマンドリンとバンジョーを弾いた。12歳。まだこれからだが、いかにも、というリズムで弾く。少なくとも来年あったらとんでもなく上達しているだろう。
8月29日(水)曇りのち晴。朝早くHughがビシッと決めて出て行った。何の仕事をしている人なのか知らないが、見たところ銀行のお偉いさんとか学校の先生とか、そんな感じだ。
すごく急いでいたのでゆっくり話もできなかったが、めちゃくちゃ好青年という印象。こういう人があんなに強烈に滑らかな音を次々に紡ぎ出して普通にコンサーティナを弾くのだからたまったものではない。趣味で嗜んでいるなんていうレベルではないことに驚き。
今日は今までの疲れを取るためにエニスで1日ゆっくりして過ごそう。
夜、アンドリューと電話で話して、お互い今夜はゆっくりすることにした。ちなみにHughは教師らしい。
8月30日(木)曇り。今日はお昼過ぎのバスでコークに向かう。天気も良くなって来て、コークには時間通りに着いた。着いたと同時にマットを発見。元気そうにシャキシャキ動いている。この人A型じゃないかな。これからの予定を事細かに説明してくれる。
今日はとりあえず、6時からのセッションで僕が昔から知っているパイパーのオーインが手ぐすね引いて待っているらしいのでそれに行くことになっている。
その前にマットの家でお茶を飲む。
パブに行くと去年会った凄腕のフィドラー、ジョニーもいて歓迎してくれた。
いざセッションが始まると、やはり質の高い演奏で、しかもトラッドで、限りなく良い感じだ。2時間があっという間だ。
気分良くマットの家に戻って、ゆっくり晩御飯。ワインをいただきながら奥さんのリズが用意してくれた料理を楽しんで、今日は11時頃にベッドに入ることにした。
また明日が楽しみだ。
8月31日(金)雨。珍しく一日中雨になりそう。昼からマットとチューンをいっぱい弾く。
今日は午後から一緒にRockchapel というところに住むFlannery Sistersを訪ねる。
去年、ジャッキー・デイリーとのセッションで一緒に演奏してから、是非きて欲しいと言われていた家だ。
その前にパイパーのEoin O’Riabhaigh(オーイン)の家に行った。前回も寄ってたくさんの羊を見せてもらったが、今回もみんな近寄ってきた。
大きな川が見下ろせる小高い丘の上にある、周りには人っ子一人いないところでイーリアン・パイプスを作っている。
彼は他のパイパーと違って、結構普通の人っぽい。大体パイパーには変わり者が多いのだが。
しばしお茶をいただいて話をして再会を約束して別れた。
そして、いよいよ姉の方がフィドル、妹がコンサーティナとホイッスルのチャンピオン姉妹の待つFlannery家に向かった。
オーインのところから2時間くらい。ほとんどトニー・オコンネルの家の近所だ。
トニーが先日ドライブしながらここがFlanneryの家だぞ、って言っていたのだが、本当に彼らの家からもあの木立の向こうがトニーの家、という感じで見えていた。
ここの姉妹とマットとのセッション。その前に夕食。
姉妹のおじいちゃん、おばあちゃんも聴きにやってきてみんなで賑やかに食事。またお腹いっぱいになる。
いよいよセッションだが、この姉妹、実に上手い。そりゃ当たり前だが、実に上手い。そしてそれだけではない。実に音楽としてのツボを得ているし、いい演奏をする。
この子達の演奏を聴いていると、日本でアイリッシュ・ミュージックをやっていますなんて、ちゃんちゃら可笑しいやら、何かがかけているような、何かが間違っているような気がしてきた。
ましてや軽い気持ちでコンペティションに参加しようなんて、根本的に間違っている。
この子達は幼い頃から様々な人の残してきた録音に耳を傾け、限りなく多くの曲を学んで、互いの音を聴き合いながら経験を積み重ねているのが良くわかる。
本来コンペティションなんていうものはこういう子達のためにあるものだ。
まだ17歳と14歳の姉妹。ごく自然にこの音楽を演奏する二人を両親、祖母、祖父が温かく見守っている。
緑に囲まれた家に音楽が響き渡る。これ以上のものはないだろう。
9月1日(土)晴れ。昨夜戻ってきたのが1時半を回っていたが、また8時頃には目が覚めた。
マットとお茶を飲んだ後、いつも彼が健康のために歩きに出かける場所があるので一緒に行こう、と誘われて、天気もすごくいいので行くことにした。
とてつもなく大きな公園Royal Gunpowder Millsという、昔は火薬を製造していた場所らしい。広大な土地でサイクリングロードやランニングコースがあり、見渡す限りの緑が広がる中でヨガのクラスがあったりする。
そんな中を二人で1時間ほど歩いた。何人かの彼の知り合いに会ったが、そのうちの一人は何度もyoutubeでノエル・ヒルとの演奏を見ている、と言っていたし、フィークルでも見たと言っていた。世の中狭いもんだ。
帰ってきてシャワーを浴びて、土曜日恒例のスコーンをいただく。
マットの弟がやってきて、去年と同じメンバーでホームメイドのスコーンと紅茶でしばし歓談。
そして、今日はマットが親戚の家に行く通り道だということでカーロウまで奥さんのリズと一緒にドライブしてくれた。
約2時間半ほどの道のり。CDのアイリッシュ・チューンを聴きながら「あーじゃない、こーじゃない」と言いながら素晴らしい天気の下、一回の休憩でほとんど時間通りにキアラン君の待つ家に着いた。
待っていたのは彼だけではなく2匹の猫も…だと思う。
今日はそれからこの家で友人を数人呼んでセッションをしようという話になっていて、ミッシェルとデイブ、ジョンやれいこさん、ダラウ、それにキアラン君のお母ちゃんまで来て、まず乾杯と軽い食事。
マットとリズは10時半頃、まだ1時間ほどドライブしなくてはならないので帰って行った。
随分お世話になったので名残惜しかったが、次回会えることを彼らも楽しみにしてくれているようだし、本当に感謝だ。
マット・クラニッチ。僕より一つ年上。いつまでも健康で、いい音楽を聴かせて欲しい。
9月2日(日)曇り。昨夜勢いに任せて飲みに行ったキアラン君は今、そろそろ11時になろうとしているがまだ寝ている。僕も一旦8時過ぎには起きたが、さっきまでまた寝てしまった。
10日間の疲れがどっと出ている。
よく晴れてきたので洗濯をする。猫の世話をして夕方から買い物に出かけようとした瞬間に突然ジョンがやってきた。
こうなると1時間は予定がずれる。普通、すぐ去る予定で寄ってもここの人たちは最低1時間ほどは話し込む。
それがどんなに急いでいる時でもそうなのだから誰もが時間通りには現れないことは当たり前かもしれない。
それだけ友人たちとの物理的な距離が離れているのだろうか。そして心は都会の人とはくらべものにならないくらい密接なのだろうか。
やっぱりもう1時間経った。帰る態勢のままキアラン君も引き続き話すし、ジョンもそのままの態勢で後30分くらいは話すだろう。荷物は持ったが、あと10分くらいかな。結局携帯は忘れて行ったし期待を裏切らない人だ。
夕方遅くには雨が降り出してきて、こちらも期待を裏切らない天気と言えるだろう。
9月3日(月)午前8時、今のところ晴れ。猫を外で遊ばせようと思うが、寒くて帰って来てしまう。今日はそれくらいに風が冷たい。
14℃となっているが、それ以上に寒く感じる。家の中はサンサンと輝く太陽の恩恵で暖かいのだが。
後2週間ほどの滞在となった。
歳とるとなおさら時の流れが早く感じる、まだ希花さんにはわからないだろうけど、確実に一日一日が短くなっている感じがする。
早起きしているのに。
今日は街まで歩いた。先日マットと歩いてとても気持ちよかったし、今日の天気なら申し分ない。雨も降らないだろうし(天気予報も保証しているし、みたところ今日は信用できそう)少しは暖かくなってきた。
川のほとりを歩いて鴨を見て、気持ちのいい散歩だった。
9月4日(火)晴れ。今日までは天気が良さそうだ。よく晴れて昨日ほど寒くない。なので午前中のうちに散歩に行こうかと思っている。
日本には大きな台風が来ている、ということで大変らしい。
みんな無事かな…。
9月5日(水)晴れ。今日はボリスという街でキアラン君の生徒さんたちへのサポートのためのコンサートに参加する。生徒さんたちも、デイブ&ミッシェルも、そしてリムリックからアレックもやってくるので大きなイベントになりそうだ。
その前に片方の猫(因みに雄の名前がおこめ、雌の名前がこむぎ)雌の方が昨日から元気がなかったようなので7時から様子を見に行ったが、今朝はニャーニャーと食事を催促したので安心した。
しかし言葉がわからないのでまだ気にはなるが。
今はWillie Clancyの古い録音を聴きながらコーヒーを飲んでいる。明るい日差しの中で。
このアイルランドの子供達、特に先日会った姉妹などはこういうものを散々聴いて育っているんだろうなぁ。
今、ギャというような声がしたので外で遊んでいる猫を見に行ったが、2匹とも飛んでいる鳥を眺めて平和そうにしている。綺麗に並んで見ている。
なのでよく聞いたら、CDから聞こえるパイプの部分的な音だった。あ、咳払いまで入っていた。
そういえば昔、誰だったかのブルーグラス・アルバムでフィドル・ソロの最中、明らかに誰かがくしゃみしているのが聞こえた。
こちらも平和な時代だったな 。
雄のおこめが耳をめがけて後を付いてくる。どこまでも平和だ。
晩のコンサートは大成功に終わり、一息つく間も無く北海道で大きな地震があったというニュースが入った。
日本は大変なことが次々に起こる国になってしまった。国民を無視する政治家のせい、彼らの発言と行動を見るたびに日本という国も終末に近づいているんではないかと言いたくなるくらい色々なことが起こってしまう。
みなさんの無事を祈るのみだ。
9月6日(木)午前6時過ぎ。アレックがリムリックに戻るので早起き。曇っているせいかまだ暗いし、寒い。雨も降って来た。
7時過ぎアレックが、キアラン君の友人でリムリックまで仕事に出かけるナイルの車に便乗して帰っていった。
僕らは明日からベルギーに行く。先日ここに来ていたフルート作り職人のギュートがハウスコンサートを企画してくれているからだ。
戻って来てからもリムリックに行ったりしなければならないので日本に帰るまでちょっと忙しい。
9月7日(金)晴れ。ベルギーに行くのでちょっとお休み。と言っても日曜には帰ってくる。そして月曜にはリムリックに出かける。
先日会ったリムリック大学の学生、デビッドのファイナルパフォーマンスを手伝う予定だ。
その後、ノエルに会うためにゴールウェイに行く予定でもいる。
いつも帰る数日前が急激に忙しくなるが、それも仕方のないことだろう。
多くの人が帰る前に会いたいと言ってくれることはありがたい。
9月8日(土)ブルージュ。昨夜遅く、ギュートの家に着き、しこたまのワインとチーズやパンで2時過ぎまで(因みに1時間こちらの方が先を行っている)語らったので朝早い目覚めは無理だった。9時半頃かな。ほとんど2日酔い状態で、体の節々が痛いままコーヒーをいただき、飼っている鶏の産み落とした卵で目玉焼きをいただいた。
ハウスコンサートは今晩8時半からなのでそれまでは観光に連れて行ってくれるという。
日本人にも人気のスポットらしく、さすがにおとぎの国とも言える街並みが美しい。そしてその街を囲む緑の豊富さ。
石畳の道を歩いて歩いて歩き回って、お昼ご飯を気持ちのいいレストランでいただき、チョコレート屋さんやレース屋さんを見て、4時間ほどギュートの案内で市内観光。天気も素晴らしく良くて、気持ちのいいお昼時だ。
またまたキアラン君が色々笑かせてくれた。
家に戻ってギュートの手作りシーフードスープが絶品で、ワインとちょっぴり変わったスイカとフェタチーズのサラダ。どうやらユダヤ料理らしいが、そういうものをまたお腹いっぱいいただき、いよいよハウスコンサート。
最初は少し上がり気味だったキアラン君も途中でビールをいただくと、だんだん乗って来た。
僕はジャンゴスタイルのマカフェリタイプのギターを初めて弾いた。
サスティンがとても効いているが、音がカリンカリンでさすがにジャンゴみたいな音がした。もうちょっと深い音が出ると結構いいかも。もしかしたら高級モデルはもっと深い音がするのかも。
コンサートの間もお客さんの間で次から次とビールやワインが空いていく。やっぱりヨーロッパだな。そしてベルギーだな。
チョコレートの美味しさも格別だ。
コンサートが終えてもしばしみんなでワインを飲んでまたまた語らう。が、疲れたので1時頃には寝てしまった。
ベッドルームの窓からまだ走っている電車が見える。
9月9日(日)晴れ。アイルランドに戻る前に再び観光の予定。その前にコーヒーとクロワッサンをいただくが、これがすごく美味しいし、大きい。日本だったら一つ800円くらいしそうなクロワッサンがゴロゴロとバスケットに無造作に入っていて、丸くて大きなパンも一緒に入っている。
コーヒーとパンでお腹がいっぱい。どれも極上な味だったのに、お昼はどこそこで食べよう、なんていう相談を持ちかけてくる。
彼ら外国のミュージシャンたちの元気の源は飲むことと食べることに起因していると思わざるを得ない。
この日ブルージュは27℃という暑さ。でも、日陰は涼しくて観光にはもってこいの日和となった。
風車の写真を撮ったり、美術館に立ち寄ったり、そしてパティオでお昼ご飯をいただいて、定番のビールやワインを頂いて、ギュートが空港まで送ってくれた。2時間もかかるのに。
そして再会を約束して飛行機に乗り込んだ。ここからダブリンまでは1時間とちょっと。
たくさん面倒を見てくれたギュートと彼を紹介してくれたキアラン君に感謝。
ダブリン空港に着いて駐車場に来たらうさぎが数匹遊んでいた。もうすぐ暗くなる。
9月10日(月)曇り。朝、8時40分の電車でリムリックに向かう。ここからはいろんな行き方があるが、比較的早く行ける便だと、キルデアとポート・リイシュとリムリック・ジャンクションで乗り換えてやっとリムリックに着く。
全行程3時間ほどの比較的楽な旅ではある。
リムリック大学でデビッドと会って、ちょっとリハーサルをして本番。彼はクラシックが専門でリコーダーなども吹くが、ティン・ホイスルやローホイスルの腕前もかなりのものがある。
約45分の彼の持ち時間の中で僕らは10分ほど彼に付き合って、他にも彼の友人たちがサポートして無事ファイナルパフォーマンスが終えた。
それから街に戻って、今度はトニー・オコンネルに会う。
ちょうど彼が用事でリムリックに来ているということなので、会おうと言ったら2つ返事で是非一緒に弾こう、と言ってくれたのだ。
僕らが宿泊しているホテルの1階に静かなパブ兼レストランがあったので、フロントで「ちょっと弾かせてもらっていい?」と訊くと「もちろん」という返事が返って来た。日本だったら確実に断られる。
バーテンダーにも一応尋ねたらやっぱり「もちろん」という返事が返って来たので、「じゃぁ、ギネスを。いくら?」と訊いたら「構わないから持っていけ」という。日本だったらありえないことだ。
そして演奏していると「もう無いだろ?もう1杯いけ」と勧めてくれる。飲み物に関してはやっぱり太っ腹のアイリッシュだ。
1時間ほど演奏とギネスを楽しんで、トニーが、リムリックで一番古くから演奏する場をミュージシャンに与えているパブ「ナンシー・ブレイク」という所に連れて行ってくれるというのでついて行ったら、街はセメスターが終了した大学生たちで大混乱。
みんなすごくお洒落をして飲み回っている。女の子が「トニー・オコンネル!」と叫んでいた。きっと大学でトラッドを専攻している子なんだろう。
ナンシー・ブレイクでは驚いたことに先日フィークルで出会ったフランス人のパイパー、マックスがセッションに混じっていた。
僕らは時間も遅かったし少しセッションを見て、ギネスを飲んでトニーと別れた。彼はこれから1時間ほどかけて帰らなくてはならない。
しかし、いいプレイヤーだ。どこを取っても音選びのセンスがいい上に、かなりのテクニックで聴かせてくれるし、スローな曲での強弱や音選びが抜群だ。
そんなトニーに感謝。デビッドにも僕らをリムリックに呼んでくれて感謝だ。
9月11日(火)曇り。お昼前の電車でバグナルスタウンに向かう。比較的楽な旅だが、どうもよくわからないことが2~3ある。
まず、切符のことだが、車掌が二人、前からと後ろから検札をしにくる。切符を用意して待っていると、隣のにいちゃんのところで少し手こずっている。やがて二人でなんか相談しているうちにそのままどこかへ行ってしまった。
1 ランダムにやってみたほうが効果がある。
2 ただ単に気まぐれ。
3 鳥と一緒で3歩歩いたら自分のしていることを忘れてしまう。
この3つのうちのどれだろうか。
もう一つ。
座席のことだが、ネット予約をすると一応チケット上に指定席の表示がされる。それは自由席と同じ値段なのだ。そして、指定されたところに行くと確かに電光掲示板のところに名前が表示されている。
しかし誰かが座っている。この時、若い子だったら「ここ俺たち」と言えるが年寄りだとなかなか「どいて」とは言えない。
仕方がないので空いてる席を探すが、もしいっぱいだったらどいてもらうしかない。それか我慢するか。値段が一緒、というところが”ミソ”なのか。
1 ただ単に気にしていない。
2 このシステムを知らない。
3 このシステムを知っていて無視する。
この3つのうちのどれだろうか。
やがて無事バグナルスタウンに着いてキアラン君と待ち合わせて猫たちとも再会。
今夜はゆっくり過ごす。
9月11日、あれから17年かな。
9月12日(水)晴れ。猫が嬉しそうに走り回っている。外に出してあげようかと思うのだが、寒いせいか、夕べ降った雨で地面が濡れているせいか、すぐ戻ってくる。
そうなると、そろそろ行動も派手になって来ていろんなものを引っ張り出したり落としたりするので見張っていないといけない。
先日はコーヒーのフレンチプレスを落として割ったし、バターの入れ物を落として割った。
抱えて「めっ!」と言っても何食わん面構えであっち向いたまま顔についたバターをぺろぺろなめている。床に下ろすと一目散に落としたバターの残りを舐めに行く。こりゃダメだ。
あと5日ほどで僕らは帰るが、そのあとキアラン君だけで大丈夫だろうか。
今日はずっと寒いので家の中でウロウロしている。炬燵はないので丸くなっていないが。
朝、ジョンが蟹の足をいっぱい持って来てくれたのでお昼は蟹チャーハンにした。
夜はミッシェルがミック・マックォリーのセッションに一緒に行こうと誘ってくれたので、キルケニーまで出かけて行った。
ミックはソラスのアコーディオン奏者としても有名で、兄弟のアンソニー(フィドル)とのコンビネーションが素晴らしい。歌も抜群だ。
素晴らしく質の高いセッションだった。こういうセッションに出会うことはなかなか難しいが、これこそがこのアイルランドで経験できるものである。ただ、そうでない場合も時としてこのアイルランドでさえも有りうるので、それを見極める力も必要になってくる。
2時間ほど一緒に演奏して、終わってから懐かしい名前が出た。
エイダン・ブレナンという、僕がサンフランシスコ時代から知っているシンガーだ。彼がここ、キルケニーに住んでいてすぐそこでギグをやっているはずだから会いに行こうという話になった。元々オレゴンに住んでいた奴だったかな。
ミックが「ジュンジが来ているって言ったら、どうしても会いたいから連れて来てくれって言われてるんだ」とニコニコして言ってくれる。なのでこちらも楽器を片付けて駐車場に行くと、ちょうど彼も終わったところで20数年ぶりの再会を果たした。
真っ黒だった髪の毛も随分白くなっていたが、向こうもそう思っただろうか。
彼は盛んに「ミュージシャンの絆は永遠だ」と言って、何度も何度もハグをしてくれた。
素晴らしい再会を果たすことができて、ミッシェルやミックに本当に感謝だ。
9月13日(木)晴れ。書き忘れたが、ノエルと会う計画を変更してバグナルスタウンに帰って来たので、少し時間的には余裕ができたようだ。帰りの電車の中、彼とも電話で話ができたし。
さて、昨夜のキアラン君の食事はレフトオーバーの蟹チャーハンだったが「なんか魚みたいなもの入れた?」という。身を細かくほぐしてチャーハンにしたらわからないだろうと、魚嫌いのキアラン君を甘く見ていたら、やっぱりわかるんだなぁと感心してしまった。
案の定半分ほど残っていたので今朝、僕が食べた。
朝7時頃起きて、猫のトイレを綺麗にして、部屋に掃除機をかけて、キアラン君の洗濯物を干して、台所の洗い物をして、その間に曲調べをしていたら現在9時半、やっぱりお腹が空くものだ。
外は限りなく青空が広がっているが、日陰はうんと寒い。10℃に到達していないんではないだろうか。
明日からはキアラン君が生徒さんたちを連れてディングルに行くので、顔を合わせるのは今日で最後。
晩御飯を外で食べようという話で、おきまりのロード・バグナル(ホテル)のレストランに行く予定にしている。
キアラン君が仕事から帰って来て予定通り食事を済ませて、キアラン君は朝が早いので、今日は早く寝る、と言っていたところにジョンがやって来た。
また長々と話して4回くらい立ち上がってはまた話し込む二人。キアラン君も引き止めてさらに新しい話題を提供するので結局1時間半ほどが過ぎてしまう。
なかなか面白い秋の夜長だ。
9月14日(金)曇り。ひたすら寒い。今日のハイライトはカーロウの町のすぐ近くにあるBrownshill Dolmenという石の建造物見学。
数ある石を積み上げた遺跡の中でも最大級の重さ(150トンほど)という、畑のど真ん中、ほとんど来る人がいない素晴らしく広いところにポツンと佇んでいる起源前4000~3000年の建造物。
一体、人間の力でどうして積んだんだろう。驚きである。
呆然と眺めていたら一人の男の人がやって来て「ここに来たかったんだ。今までに色々見て来たけどこりゃすげー。ぶったまげた」と言っていた。アイルランド人であるが彼にとっても感動ものだったらしい。
僕らも普段観光などしないのでこんな近くにこんなところがあるのは知らなかった。でも確かに何もない。ただ畑の真ん中にポツンと誰がどうやって積み上げたかわからない巨大な石がある。それだけ。柵もない。
この自由気ままさがなんとも言えない。日本のように地震があったら一巻の終わりだ。
連れて行ってくれたれいこさんに感謝。
9月15日(土)曇りのち晴れ。いよいよ本格的にパッキングを始める。
9月16日(日)曇り。昨夜は遅くからすごい雨と風だった。
明日、ダブリンから香港に向かって発つのでこれで一応の最終回。アンコールは次の機会に、ということで、今年もまた様々な刺激を受けた。
しかし、その刺激はもはや日本という国で活かせるかどうか微妙なところだ。
昔はそういう刺激的なものは現地でしか味わえなかったものが今ではどこにいてもそれなりの気分は味わえる。しかし、どう転んでも現地でしか感じることができないものもある。
僕らは2011年からアイルランドで演奏をしてきているが、例え夏の間だけにしても現地でしか経験できないことが多くある。そしてそれはミュージシャンという立場から、趣味とかパートとかではない立場からしてみるとなおさら重くのしかかってくる事実だ。
音楽を気楽に楽しめればいいのだがここまで深く関わってくるとやっぱり「これってどうなんだろう。果たして日本人なんかが気楽に覚えて帰って、現地では…なんて言って教えたりしていいもんだろうか」と考えてしまう。
もちろん教えることが好きな人、また上手い人というのがいることも確かだろうけど、どれだけディープな世界を伝授できるかが疑問だ。
そんなに深く考えなくてもいいのかもしれないが、そこが「これで飯を食っている立場」としては微妙なのだ。
眠っている時以外で考えていることは「この曲とこの曲をつなげたらいいんじゃないか。あの曲は最後どうやって終わるんだったか。タイトルはなんだったか。誰か作った人がいたかな。どんなストーリーで生まれた曲だろう。あのハーモニーは綺麗だったな。」他、そんなことばかり考えている。
その上、最近はまたオールドタイムにも一段と興味が湧いてきて、また大学時代、1960年代に戻ったような感覚がある。
1971年からミュージシャンとして生活してそれから20年(1991)してアイリッシュ・ミュージックの世界にどっぷり浸かるようになって、それからまた20年で(2011)こうしてフィドル&ギターのデュオとしてアイルランドで演奏をしている。
随分とディープな世界に入ってしまったが、また来年ここに戻ってきても初心に帰れるようにしたい。
人間にとって一番大切で一番難しいことだろう。
しかし、それがこちらの一流ミュージシャンたちを始め、音楽を愛する人たちに感銘を与えることができる秘訣かもしれない。
お世話になった多くの人に感謝。
キアラン君、たくさんお世話になって、たくさん笑かせてくれて大感謝。
僕らはこの国の音楽を愛してやまないが究極「アイルランドのアイルランド人によるアイルランド人の音楽」という気がしてならない。
それだけに多大なリスペクトを惜しまずにはいられない。
ポールズタウンまでれいこさんに送ってもらって、ダブリンで洋平くんと少しだけ飲んで、明日の朝出発する。
これで今回の旅は終わり。
2019年はどんな旅になるだろうか。