2018年春 アイルランドの旅 1

35日、雨の月曜日、成田空港出国手続きの係官は、まるでビジュアル系バンドのギタリストのような若い男の子で、ひょっとして「人間モニタリング」に引っかかっているんではないかと思うほどだった。

430分搭乗。

しかし成田は遠い。

ずいぶん前、成田に着いた飛行機の中で中国人の団体が「トウキョー!トウキョー!」と興奮して叫んでいたのを横目で見て「これは東京ではない」と心の中で言ったことを思い出した。

アブダビ 午前1時。外は20℃位らしい。

この辺の人たちは寒さには弱いらしい。少しエアコンがきいていると頭から毛布を被っている人が多い。以前、夏にはそんな人を多く見かけたが、この季節、ドライがかかっていて少しだけ涼しくなっているのにどえらい寒そうにしている。

245分アブダビ出発。ベルギーはブリュッセルに向かう。

午前7時過ぎ、ブリュッセル空港に着陸。これから12時間ほどの待ち合わせ。

なので、コインロッカーに荷物を入れてアントワープに向かう。

電車の時間が日本では考えられないことになっている。電光掲示板に表示されているもの、駅員の言うこと、時刻表に掲載されているもの、全て違う。一体どれが本当かさっぱりわからない。しかも、1時間に一本と言うのは本当らしい。

何とか8:41だか8:42だか8:43だかよくわからない電車に乗ることができた。

駅員は45分にもある、とか言っているがどこにもそんなことは書いていない。アントワープまでかかる時間も20分ほどだし、こちらの聞き違いでもなさそうだし。

おし~えておじいさん♪だ。

取り敢えず無事着いた、世界で最も美しいと言われる駅。確かにその美しさに出るのはため息ばかり。

素晴らしく広い静かなカフェでコーヒーを飲み、少しだけ市内観光をして駅に戻って電車の時間を確認する。

お、あと15分、ちょうど良い。あの出店でワッフルを買って素早く立ち食いすれば十分間に合う。

と思ったが、どうやら駅員の言うことにはその電車は突然キャンセルになったらしい。次の電車はあと30分ほどで来ると言う。

そう言えばなんか書いてあったがあれが「キャンセル」と言うオランダ語だったのか。

何はともあれ、それだったらもう少しゆっくりワッフルを味わいたかった。

取り敢えず13:1713:48に変わって21Bと言うホームから出ることは分かった。そして無事空港に着くことができた。

さて、問題はコインロッカーだ。

ちょっと離れたところにある、人が誰もいないひっそりとしたコインロッカー。入れることはできたが出せるだろうか。

案内通りにやっても他のところが開いたりしないだろうか。鍵の方式ではなく日本のコインパーキングのようなシステムだ。

ちょうどスペイン人の若者が二人いたのであいつらのやるようにやってみたらいいだろう、と思っていたが彼らも路頭に迷っている。

4人であーじゃないこーじゃない言いながら、何度か試して、最終的に希花さんが「スキャンが反対じゃねぇ?」と若者言葉で言って

やっと解決。めでたく自分たちの場所が開いたのでした。

2018年春 アイルランドの旅 2

さて、ようやくアイルランド行きのエアリンガスに乗る時間がやってきた。

列に並んでいると、一人の初老の男性が話しかけてきた。僕がマンドリン、希花がフィドルを持っていたので「ミュージシャンか?」と声をかけてきたのだ。聞いたところ、彼もクラリネットを少々やる、と言うこと。ここまではよくある話だが、それからが大変。

「私がクルーにお願いするから君たち飛行機の中で演奏してくれよ。どうってことない。みんなアイリッシュだ。どうせ退屈なフライトだからみんな喜ぶよ。よし、決めた。私に任せておきなさい」

なんだかスタイリーの宣伝(希花さんは知らない)みたいだ。

僕らは「いやいや、それはちょっと」と言いながら進んでゆく列の中、必死に断りながら歩いた。

飛行機に乗り込むとおじさんは少し後ろに座っていた。が、水平飛行に移るとどこからともなく現れたおじさんが「クルーに言ったら是非やってくれって言ってるよ。楽器はどこにしまった?僕が出すから」と言って周りの人たちにも「さぁ、みなさん。今から」てな調子。

もう後に引けない状況を作り出す。

「音がうるさかったらエンジンを止めるようにパイロットに言うから。彼ら喜んでやってくれるよ」てな調子だ。

僕らは非常口の横の席「非常口開けて逃げ出そう」てなことを言いながらも仕方なしに楽器を出して弾き始めた。

こんなの初めてだ。

後から知ったが、彼、ダブリンの有名なアーキテクチャーでテレビ番組のプロデューサーでもあるらしい。

降りる直前、キャビンさんがアナウンスを始めた「ご搭乗ありがとうございました。それと今日ここで演奏してくれたミュージシャンに拍手を」てな具合だ。「今なら非常口

あー恥ずかしかった。

もう一つ後から知ったこと。初老と思っていたご老人。僕よりたった一つ上だった。

9時半、ダブリン市内に落ち着いたがこれからある人に会わなくてはならない。日本のいろんなシンガーのプロデュースをしたり、自身もギターやマンドリンを弾くダブリン出身のショーン・ウィーランという人物。

先日バードランドで歌ってくれたシェイリーさんからの紹介で、今日初めて会うことになっている。

彼がギターを持ってきてくれたし、近くでいいトラッド・セッションをやっているから行こう、と誘ってくれたので早速出かけた。

若者たちがいい感じのセッションをやっている小さくて静かなバーだった。

結局12時過ぎまで。もう日本を出てからどれくらい経っているだろうか。半分意識朦朧とした中で弾いていたような気がする。

明日はいよいよキアラン君と待ち合わせだ。

2018年春 アイルランドの旅 3

今日は何日?何曜日?すごく時間をかけて来たし、色んな所に寄ったし、経験しないことにも出くわしたし、なんか時間の経過を追うことが出来ないままでいるような感覚だ。しかし当たり前だが確実に時は進んでいる。37日のようだ。

まだ胃袋は活動停止状態。どちらかといえば腸かな。それでもなんとなくお腹が空いてくる。

昼ごはんも兼ねてメキシカンを食べる。

1979年、アメリカで初めてエンチラーダを食べた。ブリトーの上に溶けたチーズがしこたま乗っかっているようなもの。

厳密にいえば違うのかも知れないが、僕にはほとんどそんな感じに思える。

思えば外国人にとって日本食って醤油と砂糖の味でほとんど一緒かも知れない。それと同じように僕にとってメキシカンは、何を食べてもほとんどトルティーヤとビーンズの味だ。

いや、文句を言っているわけではない。なぜならば1979年以来、結構好きなのだから。

そんな話をしながらメキシカンをなんだかよく分からない腹具合で食べたが、これがかなり辛かった。

作っているお兄ちゃんが「スパイシー?」というので「イエス、エキストラスパイシー」と言ったのがそもそもの始まり。

美味しかったが辛かった。辛かったが美味しかった。逆もまた真なり。

お腹も満たされたのにこうなると甘いもんが食べたくなる。

近くにペストリーとコーヒーで2・5ユーロというのがあったので、これはいい、と勇んでチョコレート・クロワッサンとコーヒーでひとまずお腹を落ち着かせる。

自分でも思うが、歳のわりによく食べる。

1時過ぎのバスでカーロウに向かう。ダブリン市内では道路の脇に汚れた雪が山積みになっていたが、郊外にやってくるといたるところ真っ白だ。羊の汚れがよく目立つ。

カーロウに着いたらキアラン君が迎えに来てくれていた。もうすっかり家族のような感じだ。

アイルランドでは珍しい雪景色をたっぷり見てキアラン君の家に到着。雪はところどころに残っている程度だったが、夏とは明らかに違う景色だ。一つ変わらないのは、壁にかけてある時計がさしている時間だ。

ここに一人でいたら寂しいんじゃないかな、と余計な心配をするが、彼も一人気ままに生活する方が気楽なのかも知れない。

でも、僕らが来ると何や彼や面倒をみてくれる。そしてよく喋る。やっぱり寂しいんじゃないかな。

まさかいつも一人でベラベラ喋っているんじゃないだろうな。余計な心配をしてしまう。

夕方からフルートの生徒さんが何人か来ることになっているので、僕らもわけのわからない感覚になっているし、少し休むのにちょうどいい。

階下から聴いたことのある曲がかすかに聞こえて来る。Launching the Boatだったかな、などと考えながら知らぬうちに眠りについた。

3時間ほどの間に3人の生徒さんのレッスンが終わり、キアラン君が作ってくれてあったカレーをいただいた。

ご飯まで炊いてくれてあった。

少しワインもいただいて色々な話をして、そしてまた眠たくなって来た。まだしばらくはこんな感じかも知れない。

2018年春 アイルランドの旅 4

朝が来た。相変わらず何日だっけ?と考えている。

ふと庭に目をやると、昨夜降った(らしい)雪が全てを覆い尽くしている。そんなに深い雪ではなく、砂糖をまぶしたような感じだ。

そこに朝陽がキラキラと輝いている。素晴らしい景色。

今日は特に予定はないのだが、あっちこっち会わなくてはならない人に連絡したり(希花さんの仕事)ちょっと音を出したり。

その音の出方がやはり違う。分かっていることだけどまるで違う。家の作り、空気感。忘れていた感覚がよみがえるような、そんな感じだ。

裏庭をウサギが数匹駆け回っている。今回はまだニワトリを見ていない。ひょっとして去年のクリスマスの食卓に乗ったか

いや、もうちょっとしたら出て来るだろう。なんと言ってもその時期のスペシャルは七面鳥だ。

キアラン君の帰りを待って、町に新しくできたレストランに出かけた。

久々のフィッシュ&チップス。

カウンティ・カーロウの小さな町、バグナルス・タウンの夜が静かに更けていく。

2018年春 アイルランドの旅 5

当たり前だがまた朝が来た。この当たり前が素晴らしいことだ。ラジオではいろんなニュースを報じているが、核戦争でも起きたら、この当たり前が来なくなってしまう。

北の脅威とは程遠いアイルランドでそんなことを考えてしまう。

今日は比較的暖かいようだ。

昨日は暖炉にせっせと火をくべたが今日はそこまでではない。しかし外は曇っていて寒々としている。

まだ動いていないが、少ししたらゴールウェイとクレアに出かけることになっている。

帰りにダブリンに寄ってパディ・キーナンと久しぶりに30分だけ演奏する。

そんなスケジュールだが、今回もキアラン君とのいくつかの演奏もあるし、大体はここカーロウにいることになりそうだ。

ここにもキアラン君のおかげで随分友達ができた。最初の日にバンジョーのジョンも会いに来てくれたし。

何はともあれ、もう少しで時差ボケも解消されるだろう。それでも楽器の音はガンガン聞こえる。

2018年春 アイルランドの旅 6

今日は310日土曜日。雨だ。この雨は一日中降り続きそう。

夕方からキアラン君の友人が2人来てここで食事して、多分飲みに出かけると思う。

お酒をわざわざ外に飲みにいく習慣のない僕には勿体無いと思ってしまうが、行けばまた他の人にも会えるし、それはそれで彼らには楽しいことなのだろう。

ともあれ、彼らが来るまでに今日やるべきことを済ませておこう。

一つは庭の手入れだったが、これでは今日は無理だろう。

裏庭で雨の中、3匹のウサギが追っかけっこをしている。

昼少し前にキアラン君の仕事仲間のアイリーンという女性が、僕らも会ったことがあるので「こんにちは」を言いに来た。

たくさんのパンとスコーンを持って。

話は止まらずもちろんそれらが今までの中でもかなり美味しい物だったので、尚更のこと話が弾んだようだ。

甘いものを沢山食べたら今度は辛いものが食べたくなったので、少しミートソースを作って食べた。

何と言っても食料品の値段の違いで、それはアメリカでも一緒だが、野菜も肉もパンも、ものによっては日本の5分の1くらいなので気軽に買ってしまうし、気軽に作って食べてしまう。

昨夜立ち寄ったコーヒー屋のミディアムカップは片手では持てないくらいの重さだし、やっぱり白人種は大きくなるわけだ。

あ、陽が差して来た。キアラン君、勇んで庭の手入れを始める。

かと思ったら、急にヘアーカットに行くと言って出かけて行った。どこまでも独り者の気楽さだ。

ヘアーカット5分、話30分。それくらいの割合だろう。アイリッシュとしては。

夜8時、キアラン君の友人が二人、ワインやビール、チーズなどを持ってやって来た。ナイルとコルム。ナイルに赤ん坊が生まれたので

そのお祝いらしいがなんで男3人がそのお祝いをするのか、不思議だ。

この3人、去年のキアラン君の誕生日の時も一緒だった。

今日は何時まで飲むんだろう。

10時頃、フランスに一緒に行ったキリアンとブライアンがやって来てみんなで少し音楽を楽しんで、それから彼らは飲みに出かけた。

別にここでこのまま飲んでもいいと思うが、僕にはよく分からない。

静かになったのでゆっくり寝ることにする。

2018年春 アイルランドの旅 7

今日はこれからゴールウェイに向かう。小雨が降っているがすぐあがりそうだ。

昨夜遅くに彼らが帰って来て、そのうちの誰か一人が泊まっているらしい。

そっとキッチンに行って紅茶を作って、昨日のスコーンとで朝ごはん。広い家なので少々のことでは誰も起きてこない。

そうこうしている間に泊まっていたナイルが起きて来て、さすがに眠い目をこすりながらバウロンを持って帰って行った。

外はすごくいい天気。

さて、久々のゴールウェイ。何も変わっていないように見える。

過去によく演奏させてもらったAn Pucanというパブのムール貝とクラムチャウダーは間違いなく美味しいので、早速そこに向かう。

ここで少し腹ごしらえをして、ブライアン・マグラーが演奏するTig Coiliで彼と待ち合わせている。

今日はブライアンと町田かなこちゃん夫妻の家に泊めていただくことになっている。

セッションには以前から顔見知りのコナーという若くてハンサムなアコーディオン弾き、そしてブズーキ、フィドルで高名なミック・ニーリー、それからワーキングホリデーや留学で来ている若い男の子たちも参加して、でも相変わらずうるさい街中のセッションだった。

特に今日カーロウから来ている僕らにとっては、羊と牛とニワトリの声しかしばらく聞いていなかったので、人間ってなんてうるさいんだろう、としか思えない。

慣れているとは言え、ミックもブライアンも心の中では「うるせぇなぁ」と思っているだろう。

日本からの男の子たちも「すごくうるさくてよく聞こえないけど、やっぱり本場に来てこのリズムを体感しないとだめですね」と言って再会を約束して帰って行った。

いい感じの子たちだった。

ブライアンも昨日はコーク、今日も2本立てのセッションで疲れたので早く帰ってゆっくりしよう、と僕らを家に連れて行ったくれた。

7ヶ月ぶりの「しょうなちゃん」も少しだけ顔が見れた。生まれて8ヶ月。もう赤ん坊から子供へ早いもんだなぁ。

今晩は僕らもゆっくりしよう。カーロウとはまた違った意味で。

2018年春 アイルランドの旅 8

お昼は少しゆっくりして、しょうなちゃんに遊んでもらって、夜ブライアンとセッションに出かける。

今日はフルート奏者のエイダン・フラナガンとブライアン、それに僕。E♭セッションなので希花さんはかなこちゃんと、二人家に残ってガールズトーク。いや、ウーマントーク。

パブは月曜の夜なのにえらく盛り上がっている。

日本から新婚旅行で来ているという若いカップルが心から楽しんでいるように見えた。

新潟からの彼ら。アイリッシュパブで出会って、共にこの音楽を始めたばかり。結婚したらアイルランドに行こうと決めて、偶然僕らの演奏に出くわしたらしい。とてもいいカップルだった。

そして、さらに驚いたことに、エアリンガスのキャビンさん、そう、あの時の飛行機の中での演奏の。彼女が偶然にもパブに来ていたのだ。彼女もびっくり。僕もびっくり。偶然にもほどがある。

おかげでいいセッションといい出会いの1日を過ごさせてもらった。

帰ってからワインとラザーニャ。かなこちゃんとブライアンに感謝。

今度はかなこちゃんのアコーディオンを聴かせてもらわないと。

2018年春 アイルランドの旅 9

また気持ちのいい空模様。だいぶ暖かくなって来たようだ。

今日はこれからノエル・ヒルと会うためにキンバラに向かい、そのあとジョセフィン・マーシュとエニスで合流することになっている。

お昼をノエルと一緒に食べ(美味しいタイレストラン)それから彼の日本ツアーのための打ち合わせをして、一路エニスに向かう。

ジョセフィンの家まではエニスから30分くらい。

前回訪れた時は夜だったので周りはよく見えなかったが、今回はザ・アイルランドという景色が目の前に広がっていた。

ただ、山の上に広がる風力発電のプロペラは、やはりラジオからかかる音楽とマッチしていない。

家に着くと二人の子供、ジャックとアンドリュー、そしてハーモニカ奏者のご主人であるミック・キンセラが出迎えてくれた。

ミックは様々な音楽に精通する名の通ったミュージシャンで、なんとカーロウの出身だ。

普通の人は知らないはずのローカルな話題にも花が咲く。

夕飯は、ワインとともにジョセフィンが用意してくれたチキンにグレイビーソースをかけて、定番のベイクドポテトやブロッコリーなど、美味しかったのでついつい食べ過ぎてしまったが「ケーキは?」と聞かれてしまう。

それをなんとか断って、子供達がそれぞれフットボールをしに出かけたので、彼らが戻って来てから、ということで一件落着。

暖炉の前にゆったりと座って再び話に花が咲く。これも貴重な時間だ。

やがて彼らが帰って来てティー&ケーキタイム。

また話が弾んでワインも効いて来たので11時頃、眠ることにした。

明日はどんな1日になるか。とりあえず明後日ダブリンに向かわなくてはならないのでエニスに宿をとってある。

2018年春 アイルランドの旅 10

朝方からそこそこ強い雨が屋根を打っている。窓ガラスも叩いているので風もありそうだ。

7時頃起きて静かにしていると学校に行く子供達も起きて来た。

ミックの淹れてくれたコーヒーを飲んでいるとジョセフィンも起きて来て「お腹すいた?」と訊いてくれるが、まだ昨夜のチキンもケーキもお腹の中に残っている感触だ。

しばし歓談してからミックのハーモニカとのオールドタイム・セッションが始まった。

さすがに世界を股にかけた名うてのハーモニカ奏者だ。次から次へとご機嫌なオールドタイムをバンジョー&フィドルの音に合わせてくれる。このセッションはかなり高度なものだったかもしれない。

ジョセフィンもコーヒーを飲みながら一生懸命動画を撮っていた。

そんな最中に水道管の修理のために呼ばれていたパットもアコーディオン奏者なので、嬉しそうに仕事をしていた。

このような人がうようよいる。昼は電気工事屋や警察官。夜になるとパブでとんでもない腕前を披露する人とか。

パットも交えて5人で食事をしてからエニスに向かった。

アンドリューに連絡を取って夜9時頃からジョセフィンも呼んでどこかでセッションしよう、という話になったので、色んなパブを回って「ここ」と思うところで、という計画だったが、どこのパブでもセッションが繰り広げられている。

そして、ちょうど前のセッションが終わった11時頃、そーっとアンドリューと音を出し始めた。

久々のアンドリューだ。ジョセフィンもやって来て、非常に落ち着いた質の高いセッションをすることができた。

たくさんのギネスを飲んで戻ったのが1時半頃。明日は朝早くからダブリンに行かなくてはならない。

2018年春 アイルランドの旅 11

エニスからバスに乗ってダブリンに向かう。

今日は「Irish Traveller Ethnicity Celebration」というイベントでパディと演奏する。

場所はダブリンの電車の駅から歩いてすぐの所。行ってびっくりだ。こんなに綺麗な建物は世界の中でも稀だろう。

1680年に建てられたRoyal Hospital Kilmainhamというところ。なんでもイングランドが兵士のために建てた病院らしいが、その余りの素晴らしさに出るのはため息ばかり。

その病院の建物の中にある教会で演奏するのだ。その教会もかなり大きくて美しくて素晴らしい。

僕らは素晴らしいお寺や神社というものを見てきているが、西洋の教会や駅などを見たとき、そういうところにも芸術の価値を大きく感じてしまう。日本の建造物とはまた違ったものを感じて感動するが、それはひとえに日本人だから、ということだろうか。

外国人がお寺を見て感動するのと変わりはないのだろうか。

しかし、先日のアントワープの駅といい、今日来ているホスピタルといいその芸術性の高さには参ってしまう。

芸術性の高さというものも決して基準のあるものではないので、こういうことを思うこと自体が間違っているのかもしれないけど、日本の建造物は、その様式の素晴らしさはあるが、どこか暗い感じがする。どこまでも「わびさび」の世界だ。

外国人はそこに惹かれるのだろう。

しかしここは万人にとって一度は見る価値があるような気がする。

機会があったら有名な観光地とはまた別にここは必見かもしれない。

素晴らしい環境でお客さんの反応にも手応えがあり、音響の人もやはりこの音楽には慣れているのか、サウンドチェックも無しで素晴らしい音を出してくれる。

3人で30分の演奏を終え、先日、飛行機の中で無理な注文を付けた有名人、ダンカン・スチュアートも駆けつけてくれたのでみんなで一杯飲みにパブへ。そしてキアラン君のカーロウに向かった。

1時頃就寝。

2018年春 アイルランドの旅 12

穏やかないい天気。

キアラン君は朝早く仕事に出かけた。お酒に強い人は凄い。前の晩にいくら飲んでも仕事に出かける。

とは言うが、僕らにしても散々飲まされても、次の場所への移動のためには早起きするから同じことか

しかしアイルランド人は強い。

前の晩、パディはパイントのギネスを一杯だけにして1時間ドライブしてカーロウに来てキアラン君とビールを3本飲んでいたのだから。

それで言うことが「ここ4~5ヶ月全然飲んでいなかったのでどえらい効いた」そうだ。

にわかに信じ違いが

パディにオムレツを作ってあげて、しばらくコーヒーで歓談。しかしよく喋る。ステージではほとんど僕が喋るのは昔、二人で回っていた時から変わらない。

とてもシャイな男だが、個人的な付き合いではよく喋る。

大体アイルランド人は喋るのが好きだ。そのためにみんなパブに行くのかな。僕なんか一人で少しだけ飲んで、すぐに横になれるので家で飲んだ方がお金も使わないしいいんじゃないかと思うが。

2018年春 アイルランドの旅 13

今日からまた寒の戻りで少し寒くなるそうだ。

今日はセント・パトリックス・デイ。大イベントの一日。

数日前から用意してあるデコレーションなどをトラックに乗せてのパレードに参加して、パブで演奏して、飲んで一日が終わる。

数日前と言ったが、これはほとんどのアイルランド人がそうかもしれないけど、数日前まではのらりくらりしていて、直前になってバタバタとして完成させる、という僕のように用意周到の人間には考えられない行動をとる。

どんなに急いでいようが、お茶を飲んで、あるいは一杯やりながら人と話をすることの方が大事なようだ。

「それじゃぁね」と言ってから、ドアを出るまでの長いこと、長いこと。これ、ほとんどすべてのアイルランド人がそうだ。

とにかく僕らも手伝って、街を練り歩くためのローリー(トラック)のデコレーションは済んだがめちゃくちゃ寒かった。少し寒くなると聞いたが、とんでもない。途中でみぞれが降ってきたくらいだ。

しかし、こういうことには慣れている連中だ。みぞれまじりの中、工事屋のようにすんなりこなしていく。

そして僕らも出来上がったデコレーション・ローリーに乗って子供達の演奏を聴きながら街を行進する。その恥ずかしいこと。

沿道には誰一人として東洋人はいない。

ただ一人見かけたのが、街に一軒だけあるチャイニーズ・レストランの子供。窓から覗いていた。

そしてパブで演奏。

みんながおごってくれるギネスは全部飲みきれない。

もうヘロヘロになってキアラン宅に帰る。まだ早い。8時前だ。本当なら今頃みんなパブだが、ミュージシャンとしては朝からもうすでに疲れ切っているので、静かな場所でゆっくり時を過ごしたいのだ。

2018年春 アイルランドの旅 14

起きたら一面雪景色。それも前回の雪と違って今度は吹雪いているし、かなり積もっている。

天気予報で「また雪が降る」と言っていたらしいが当たることもあるんだなぁ。

雨のことは一応言っておけばかなりの確率で当たるが、雪は非常に珍しいので、これが当たれば大したものだ。

今日は318日の日曜日。キルケニーに行くことになっているが、しばらく動けないだろう。

少し雪がおさまってきた。

キルケニー。日本から友人が夫婦揃って初めてのアイルランド、ダブリンに観光に来ていたので、彼らがちょうど行きたかったキルケニーで落ち合ってお茶を飲んでしばし話に花が咲いた。

途中からキアラン君も参加して美しい雪景色を楽しみながらしばし歓談。

でも遅くなると道が凍る可能性があって危ないので4時頃には別れた。6時過ぎに無事ダブリンに着いたようだ。よかったよかった。

今晩もしんしんと冷えて来た。

2018年春 アイルランドの旅 15

今日は昨日と違って穏やかな良い天気。

これから先は帰ってからのことを考えなくてはならない。

それまでの大仕事としては、ティム・エディが街にやってくるのでキアラン君とそのオープニング・アクトを頼まれている。

僕らが来ているのでちょうどいい、という話になったらしい。

彼はここ最近10年ほどの間に出現したとんでもない才能のギタリスト兼アコーディオン奏者だ。

ギターにおいてはスティーブ・クーニーを更に発展させた、言葉では到底言い表せない尋常では無いプレイが聴けるので、こちらも楽しみにしている。

また、類稀な超絶アコーディオン奏者でもある。

あと、いくつかローカルのギグをやって、何人かの人と会って、という感じだ。

夕方、キアラン君の生徒さんたちが7人やって来てここで演奏のビデオを撮っていった。

フルート二人、コンサーティナー、アコーディオン、フィドル、パイプス、ギターの編成。

まだみんなティーンエイジャーで、しかもやっぱり都会の子と違ってどこか初々しい。

それでも若者らしいアレンジのチューンを披露していった。

彼らが7時頃帰って行ったので、その後僕らは3人でインディアン・フードのテイクアウトをした。

今ではネットでもオーダーできるらしいが、世の中変わったものだ。

僕など、ネットで予約したり、注文したりしたら本当に通じているのか不安で仕方ないが、希花女史の言うことも正しいかもしれない。「その方が記録が残る。電話なんかだったら聞いてない、と言われりゃおしまい」

そこで気にしすぎの僕は、相手のコンピューターが壊れている、などのつまらない心配をするのだ。

こんな心配は一生ついて回るんだろうな。

ちゃんとオーダーの通っていたインディアン・フードは辛くて美味しかった。

2018年春 アイルランドの旅 16

朝陽がサンサンと降り注ぐ絶好の洗濯日和。

今日は少し驚いた。

裏庭をいつものように野うさぎがぴょんぴょんしていたが、ひと段落して姿を消した後、キツネがウロウロし出した。

野生のキツネをこれだけ長く観察したのは初めてかもしれない。

大きな長い尻尾とそこそこ大きな体でしばらく歩き回ってまた藪の中に消えて行った。

今日は特筆すべきことはない、と思ったがシティ・ボーイの僕にとってはなかなかに面白い光景であった。

2018年春 アイルランドの旅 18

昨夜、このすぐ近くに住み、バンジョーやマンドリンを弾いているという人物が訪ねて来た。何故そういうことになったのかというと、彼は遠いアイルランドから僕らのCDを注文して来た人なのだ。それも次から次へと。

そして希花さんのフェイスブックで、彼がこのキアラン君の家から車で10分ほどの所に住んでいるということが判明した。

キアラン君も「あー、知ってるよ」というし、ジョンも「長いこと会ってないからよろしく言っておいて」というし、やっぱりローカルだな、という感じだ。

なにはともあれ、もちろんプロで活躍した経験のある彼ではないが、もう聴くことのできないミュージシャン達とも接触のあった人だし、オールドレコーディングの収集家でもあるので、実にその道に詳しい。

そんな人に僕らのCDも集めてもらえるのは光栄だ。

彼がプレゼントだと言って、2030年代のオールドレコーディングや、パブのセッションの録音をいっぱい持って来てくれた。

ここで聴くから値千金という感も否めないが、少なくとも常にこういうものには耳を傾けないといけないと感じる。

彼はもう70年以上この中で育って来ている。そんなことをひしひしと感じるおじいさんだった。

僕らがこの音楽を語るときには彼のような人(他にもいっぱいいるが)の存在を常に意識する必要がある。

というか、下手に語るべきではない、という気がする。40年や50年の経験では薄っぺらいのかもしれない。

今日もいい天気なので、近所のロバにちょっかいでも出しに行こうかな。噛まれないようにしないと

と思っていたらなんだか風が出て来てやがて雨が降って来た。とても寒く、冷たい雨だ。

ロバも雨宿りしているだろう

2018年春 アイルランドの旅 19

323日、金曜日。曇り。

ここしばらく、うんと寒くて暖炉の火おこしに明け暮れ、たくさんのブリケットやたどんを使ったので、節約のためにこの辺に落ちている朽木を拾いに出かけることにした。

裏庭にもキアラン君が切り落とした枝がたくさんあるので、それも斧で細かくして薪にする。

毎日こんなことしていたらミュージシャンも腕っ節が強くなるはずだ。

この音楽の力強さを感じるが、ジェイソンが来てやってくれればもっと簡単かな。

夜、デイブとミッシェルのシェリダン夫妻がディナーに招待してくれた。

沢山のワインと美味しい料理とチューンとお話で6時間があっという間に過ぎてしまった。

帰って来たのが12時を少し回った時間。

また暖炉に火を入れてしばらく起きていた。

実りのある会話と、いいセッションのあとはそうすぐに眠れるものではない。

希花さんもしばらくは頑張っていたが、許容量を超えた食事とワインが効いたらしく僕らより早く寝たようだ。

今夜もかなり冷えてきた。

2018年春 アイルランドの旅 20

324日 土曜日。今のところすごくいい天気。

珍しく1日を通して雨の気配もないくらいだったので、午後から庭の手入れ。

夜、8時過ぎに会場に向かう。ティム・エディのコンサートが催される小さな小さな村の小さなホール。

地元の人でないと行き着けないところにひっそりとある、それでもミュージシャンの間では有名な場所らしい。

初めて会うティム・エディだったが、「ジュンジ。ずっと前から知っていたよ。いろんな人に聞いていたから」と話が止まらない。

彼はある種、特別な人間だ。

あまり詳しくは書けないが、何か一つのことに神も驚愕するくらいの才能を発揮する人。

その脅威的なギターのテクニックと音の美しさと限りない力強さ。また、アコーディオンの脅威的なテクニックと強弱を限りなく駆使した優雅なプレイ。歌におしゃべりに素晴らしく長けている。

スティーブ・クーニーにかなりインスパイアされた彼は盛んにライ・クーダーも賞賛していた。

困ったことにステージ上で「ジュンジ、ジュンジ」とやたらめったら言う。覚えやすい名前なんだろうか?

彼については、アイリッシュ・ミュージックに関わっている人なら誰でも知っていると思うが、いわゆるフィンガー・ピッキングを主としてやっている通称「アイリッシュ・ギタリスト」など、あるいは「アイリッシュの曲もやります」的な人たちは必ず観ておいた方がいいかもしれない。

もちろん、トミー・エマニュエルもピエール・ベンスーザンもそういう人物の類だが、この男はまた特別だ。

その感覚や特殊な能力がどこから来るのかは分かっているが、それにしても凄い。そして楽しい。スローな曲の音の選び方、コードワークなどは、普通3曲も聴けば充分、という感覚に陥るが彼の場合は永遠に聴いていられる。

なんだか強烈なものを間近で見せられた感じだ。

戻ってきたのが2と思っていたが、サマータイムの始まりで3時だった。

ラーメンを作って3人で食べた。飲んだ後のラーメンは定番だけど、コレステロールが

2018年春 アイルランドの旅 21

今日も気持ちのいい天気。いよいよ春がやって来るかな。

昨日の興奮冷めやらずで、10時過ぎまで寝てしまった。無理もないか、寝たのが4時すぎだから。

12時頃、昨夜のティム・エディのショーを見て興奮しすぎたのか、珍しく酔いつぶれて家に帰って行ったジョンがやってきて、ショーが終わってからみんなでパブに行ったことはすっかり覚えていないと言っていた。

僕らのセッションにジョンも小さくなってバンジョーを弾いていたが、そのことすら覚えていないようだ。

おまけに鍵がないだの携帯はどこだの、まだ少し回っているんだろうか。と思いきや、ワイングラスになみなみと赤ワインを注いで

飲み干して「じゃ、また後で」と言って颯爽とドライブして帰っていった。

2時頃、「僕の携帯、どこかにある?」と言ってきた。非常に面白い。

僕らの知っている限りのアイルランド人は、思い切り飲み、思い切り遊び、思い切り仕事をする。時間は気にしない。貯金も気にしない。死ぬまで思い切り生きる。死ぬまで思い切りリラックスする。

音楽とはあなたにとってどんなものですか?とNHKの番組でミュージシャン兼酪農家に訊いていたが「考えたこともない」と答えた。そんな彼らの生活が音となって、時に僕らの胸に突き刺さるのかもしれない。

ちまちま「アイリッシュ・ミュージックとは」なんて言いながら生きていたら損だ。

5時頃ジョンが電話をしてきた「僕のメガネある?」

2018年春 アイルランドの旅 22

寒くて少し雨が降っていて、冬に戻ったようだ。

また暖炉に火を入れる。

朝、ジョンが電話をかけてきた「僕のコート知らない?」

アイルランドの田舎町の朝はそんな風に始まる。

雨が降っているにも関わらず、隣の家の洗濯物が一日中裏庭ではためいている。

アイルランドの田舎町の一日はそんな風に暮れてゆく。

暖炉は一層炎を高く上げている。その炎を囲んでお茶を飲みながら語らう。

アイルランドの田舎町の夜はそんな風に更けてゆく。

近くのパブでパイントを飲む。周りは知った顔のおじさん、おばさんばかり。みんな時間も忘れて楽しそう。

アイルランドの田舎町の朝はまた、何も変わることなくやって来るのだろう。

そして誰かがパブにやってきてこう言うかもしれない「僕のコート知らない?」

2018年春 アイルランドの旅 23

今日も冬の寒さ。弱い雨が一日を通して降ったり止んだりするかも、と天気予報では言っている。

朝、紅茶を淹れて、イースターなので「ホットクロスバン」を食べた。

石川鷹彦さんが歌ったマザーグースのあの歌だ。

午後からはキアラン君の生徒さんたち4人にギターを教えることになっている。

12歳から17歳くらいの、みんなそれぞれにアコーディオンだったりフルートだったりを専門に演奏している。

そのうちの一人は去年、18歳以下のチャンピオン・パイパーになった子だ。

ギターはまた別物で、やはりかなりの音楽知識がないと難しい。

それぞれの楽器でいい音を出している子達にも伴奏は別物らしい。そして、それがわかっているのでまた習いに来るのだが。

教える僕の方も、あんまりちんぷんかんなことは言えないし、かと言って1曲、また1曲と違うものをどうやって他の曲にも関連づけて行くか、などとても時間のかかる作業なので、1時間くらいではなかなか説明できない。しかも英語。

でも今は便利だ。みんなスマホを持っている。

撮影してもらって家に持って帰って練習、ということも可能だ。昔はせいぜいテープに録音だったが。

とにかく普段リード楽器をやっている子達なのでメロディーをよく聴くことには慣れているはずだ。

それをギターにもしっかり応用するように伝えた。

そして、その音を使う理由と確固たる信念を持つことの大切さがわかってもらえればそれでいい。

ところで、雨が降る予定だった今日1日だったが、いい天気だった。

夕方、ロバと馬に挨拶しに行った。

道を隔てたずっと向こうの方にいるが、なぜか僕らを見つけると馬2匹、ロバ1匹、計3匹が揃ってやってくる。

なんかもらえると思うのだろうか。

それとも誰かいるぞ、と思うのか、不思議だ。

2018年春 アイルランドの旅 24

いい天気。昨日はそれでもやっぱり神経は使ったらしく結構疲れたようだ。

何と言っても相手はアイルランド人。子供といえどもアイルランド音楽で育ち、それぞれにバンドで別な楽器を担当している。

そして音楽そのもののレベルも違うだろうが、取り組む姿勢も違うだろう。

教える人ってみんなよくやるなぁ、と思ってしまう。

さて、今日、明日で帰る準備もしなければならない。

あちこち連絡もしておこう。いろんな人にお世話になっているし。

昼、キアラン君がソーダ・ブレッドの作りたてを買って来てくれた。

以前、日本の某有名ベーカリーでソーダ・ブレッドを見たが、紙っぺらみたいなものが5~6枚で400円くらいしていた。

これはその5倍もあってずっしり重い。日本円に換算すると300円くらいらしい。

日本人の大好きな「フワフワモチモチ」と違って「ゴツゴツガリガリ」だが、ムチっと詰まっている。

そこにジョンがアップルパイを持ってやって来た。焼きたてのものを買って来てくれたのだ。リンゴがこれでもかと言うほど大量に入っている。

日本なら1500円くらいだろうがこれもまた5分の1くらいの値段だろう。せっかく持って来てくれたのだから値段のことはともかくとして、日本はやっぱりなんでも高すぎるし、包みもきちんとし過ぎている。

ソーダブレッドもアップルパイもその辺のビニール袋のようなものに入っているだけだった。

でも、どちらも満足のいく味だ。

パン好きの僕にとっては、確かに日本のパンも良くできていて美味しいが、こちらの一見雑な作りのものも好きだ。歯ごたえがあっていい。

ところで、何故キアラン君がソーダブレッドを買って来たかと言うと、前日に僕が買ったソーダブレッドが非常に安物で、そんなものは馬にあげてこい、僕が本物のソーダブレッドを買ってくる、と意気込んでいたからだ。

確かに僕の買ったものは日本では1000円くらいだろうが、50円くらいだったのだ。

夕方、キアラン君の言う通り、それを持って馬とロバに会いに行った。

また何を思ってか、3匹揃ってやって来た。あれだけ今まで何にももらえなかったのにやっぱりいそいそとやってくる。

しかし今度はソーダブレッドがある。

すごい勢いでがっつく。馬は背が高いのでフェンスの上から首を伸ばしてがっつく。

ロバは下の方から一生懸命首を伸ばす。

そのうち我慢が限界に来たのか、フェンスの真ん中あたりからなんとか餌をもらいたいと背伸びして頑張るが、次の瞬間、見事に首が挟まった。

中国人の子供よろしく、どうしても抜けない。

なんとかしてやろうと思うが近くに寄ると意外と顔がでかい。悲壮な目をしてもがいている。下手に手を出したらまた噛まれる。

そんなことを繰り返したらロバも僕も一緒だ。

誰か呼ばなくちゃ。ロバも困ったが僕らも困った。そこは一緒だ。

ロバは挟まったままなので僕らは「こうしろ!早くこうしろ!」と何度も二人で首を横にして見せた。

馬もいるのにロバの耳に念仏だ。

踏ん張ってみたり後ずさりしたり、そうこうしている間にやっと抜けたロバは意気消沈して一人であっちへ行ってしまった。

悲しきロバの後ろ姿。よっぽど懲りたのだろうが、明日はまた忘れてやってくるだろう。

そう言えばジョン、何も忘れていかなかった。

2018年春 アイルランドの旅 25

朝から雨模様だったが、驚いたことに一瞬みぞれに変わった。このまま雪になるんではないかと思うくらい外は寒々としている。

今日は329日木曜日。明日はフランシーヌの日だが日曜日ではない。これがわかる人は多分60歳以上?

そして明日からはまた少し動きが激しくなるのでひとまずアイルランドの旅はこれでほとんど終わり。

もしかしたらベルギー、ブリュッセルから最終回が書けるかもしれない。

今回もいい音楽が聴けたし、いい環境で演奏することもできたが、このアイルランドでもひどいセッションがあったことも事実だ。

自分たちだけの満足のために、よく聴きもしないで弾きまくる人もいる。

そして見ている方もなんだか楽しければいい、音楽は楽しくなけりゃ、みたいな感覚でしか捉えていない場合がある。

その中でも聴く耳を持つ人がいるとほんとうに嬉しいものだが、そのような場にはなかなかそんな人はいない。

こちらも、こりゃダメだ、と思ったらすぐ楽器をしまう。

本当にいいセッションはキッチンで数人、静かに聴いたり弾いたりするものかもしれない。

曲についての話をしたり、ちょっとゴシップ話をしたり。

いいミュージシャンと出会うことは僕らにとって重要なことだし、僕らと出会って向こうにもそう思ってもらえたらありがたい。

こちらに二人で来るようになって8年目。8回目だ。

希花さんも、もう押しも押されもせぬ名フィドラーの仲間入りだ。

僕が感心するのは2年も3年も弾いていない強烈な難曲でもパッと弾くことだ。それが突然の注文であっても。

もちろんこんがらかっている曲もあろうが無理もない。多分1000に近いレパートリーを持っているのだから。

日本ではこれだけの経験をこれだけ短い間に(僕から見れば)重ねているフィドラーはなかなかいないし、それを分ってくれる人も少ないし、それは残念でまた、勿体無いことでもある。

アイルランドでは数多くの一流フィドラー、そしてその他の楽器のミュージシャンでも必ず食いついて来てくれるし、一般の人でも一様に理解してくれる。

ただ本当のことを言えば、真にこの音楽を理解している人はこの国でさえも1割くらいではないか、とも言われているが。

それでもまた夏に来る予定にしている。

そして普段あまり演奏しない曲もたくさん演奏し、また新たにいろんな曲を仕入れ。また新たな友達を作る。

昨日、近所のおじさんがオールド・レコーディングのファイルを送って来てくれた。

こういう人が僕らの演奏を認めてくれ、そしてこんな珍しい録音があるから聴いてくれ、と言ってきてくれることがとても嬉しい。

真面目に取り組んでいるからこそかな、なんて自画自賛?さらに真面目に取り組まなくちゃ。

2018年春 アイルランドの旅 最終回 ベルギー

朝早く、というか夜中のうちに3人でダブリンに向かう。ひたすら寒い。

ブリュッセルまでの飛行はわずか1時間と少しなので寝るまもないくらい。

空港に着くと、またしても表示されている時間がよく分からない電車で市内に向かおうとするが、あてにしていたキアラン君でもよく分からないようだ。

それでもなんとか地元の人を見つけて聞こうとしたが、周りはほとんど路頭に迷う旅行者だ。

すぐ近くに夫婦がいたので訊いてみたら同じくダブリンから来ている人たち。でも「絶対ここでいいはずだ。もし違ったらみんな揃って路頭に迷うだけだ」と言って笑う。

それでも何の問題もなく市内に着いた。

本当に街並みが美しい。

グランプラス広場などは圧倒される美しさで、普段から観光には興味のない僕ですら足が止まる。

昼と言わず、夜と言わず、出るのはただため息ばかりだ。

一通りの市内巡りをして、夜のライトアップされた広場を見ながらゆっくり食事。決してこちらだけがゆっくりしているわけではない。

レストランのペースもひたすらゆっくりしている。

確かに美しい景色を見ながらの食事だ。急ぐことはないのかもしれない。

急ごうがゆっくりしようが、24時間という時間は誰にとっても同じだ。

でも、日本に帰ったらまた急いでしまうんだろうなぁ。

美しい景色には、明日別れを告げて日本に向かう。