今朝、恒例のウォーキングから戻ってコーヒータイムに何気なしにテレビをつけた。
そこでふと目に留まった番組が「ふたつの祖国を生きて」確かそんなタイトルのドキュメンタリーだった。
父親がハワイに移住。そこで生まれた男の子が小さい時、日本の教育を受けるため、広島の親戚を訪ね、単身広島で住むことになる。
やがて真珠湾攻撃が起こり、ハワイに残った家族は収容所に送られる。
そうして彼は広島で原爆の被害にあう。
幸い命は助かったが、後にアメリカに戻り、今度は朝鮮戦争のためにアメリカ軍人として派兵される。
原爆で殺されかけたのに、なんでアメリカ兵になるんだろう、と思った、と回想していた。
もっともっと深い内容だったので短く書いてしまって申し訳ないが、
こういうものを見ていると堪らなく涙が出てしまう。
僕の息子も以前、自身のアイデンティティについて何か言っていたような気がする。
クリントンが大統領だった時、US Marine海兵隊に入ろうかな、などと言っていた。
ブッシュになってからは言わなくなったが、今だったらどうなんだろう。
なんか現地の日本語学校の卒業写真とか見ると面白いことに、ほとんどの子が、たかだか数年アメリカにいただけで顔つきが違う。
何と言っていいのか分からないけど、ひとことでいうなれば「東洋人」だ。
今、日本の若い男の子とか、何故かみんな韓国ドラマに出てくるような顔に見える。
いや、それとはまた違うんだろうけど、それはきっとこちらも年とって若い子の顔が判別できない、というところのものかもしれない。
卒業写真だが、もしかしたら写真の撮り方にもよるのかなぁ。
よくアメリカ映画なんかで家族の写真とかが暖炉の上に飾られているのを見るが、あれって日本の写真と一味違うような感じがする。
以前、日本人の子とアメリカ人の子にカメラを渡して好きなものを撮りなさい、と言ったら、日本人は「風景」を撮り、アメリカ人は「人物」を撮った、という話を聞いた。
人物はあくまで、友人や家族だったらしいが。
そういう感覚の違いもあるのかなぁ。
それとも言語の違いからか…。ほとんどの子はほとんどの時間英語だけ話し、家に帰れば日本語を話し、友達と出かければ英語を話し、土曜日になれば日本語で授業を受ける。
そりゃ顔つきも変わるかなぁ。
ま、なにはともあれ、アイデンティティの話に戻るが、そのドキュメンタリーの彼も自身のアイデンティティについては相当悩むことがあったんだろうな、と思う。
僕らには想像出来ない大きなテーマだ。
今度、何気なし息子に聞いてみよう。
自分は日本人だと思うかアメリカ人だと思うか。