先に登場したケンの場合もそうだが、聞き違いや勘違いと言うものは、移民には避けては通れない道だ。しかしそれも勉強のうち。
笑える話もあるが、笑えない話も、いや、時が経てば大抵のことは笑えることなのだが、悲惨な結果を招くこともある。
ここでは笑える話だけを…。
フランス人のお客さんが来て「サヴァ」これはフランス語での挨拶なのに、早速“サバ”を握って出してしまった寿司職人。
日本で「はぃ、すみません」と言ってすしを出してきた寿司職人。常に「ソーリー」といいながら出していた。
ある日のこと、お客さん同士が喧嘩を始めてしまった。仲裁に入った女性も手に負えなくなったのか、急いでキッチンに駆け込んできた。そして言った。「Call Cop!」(警察を呼んで!)ちょうど日本から来たばかりのウエイターが一目散に奥からあるものを持ってきた。「はい、コールド・カップ」よく冷えたグラスだ。
女性はしばらくポカンとしていたが「Forget it!」(忘れてちょうだい)と言って出ていった。
日本から若い女の子が寿司職人を目指してやってきた。彼女も英語は苦手だったが、実戦で鍛えようと、自らすすんでカウンターに立った。
そもそも彼女が来た理由は、この店に長くいた日本人の「のりさん」が他の店で働くことになり、その後釜として、ということだった。
ある日、よく来るゲイのカップルがカウンターに座った。ふたりとも50代半ばくらい。ちょうど彼女の真ん前あたりに座ったその二人。カリフォルニア・ロールを作る彼女の動作を、寄り添って穴のあくほど見つめていた。
カリフォルニア・ロールは裏巻きだ。まず海苔いっぱいにしゃりを乗せ、パッと裏返す。そうすると海苔が上に来る。そこにカニとアボカドを乗せ、くるりと巻く。巻かれた表面はもちろん、しゃりとなる。海苔が隠れてしまう。これが裏巻きだ。
それを見たカップルが目をまん丸くして言った「Wow! Where Is Nori」(海苔はどこにいったの?)
彼女が慌てて答えた「Nori working another Restaurant」(のりさんはよそのレストランで働いている)
カップルはキョトンとしていた。
Salmon Roeというものも結構聞き取りにくい。鮭の卵だから「いくら」なのだが、サーモンを巻くのか、Salmon Rollだと思ってしまうことがある。
どうしても知っている日本語を使いたがるお客さんが、「いくら」と言うので「いくら」を出すと、お勘定だったり、英語は英語で「How Much?」と言えば「ハマチ」と聞き違えたり、鯖は英語で「Mackerel」(マカローというような発音)マグロに聞こえたりもする。
日本語を無理に使いたがったり、すこしは知っているというところを見せたい人もたまにいる。
あるおじさん。入ってくるなり、まずすんなり座らずに、ネタケースを端から端まで見つめて歩く。
そしておもむろに座ってこう言う「ヒリャーメ ウスジュクーリ」ヒラメのウス造りか。なかなかできるやつだな、と勘繰る。
その“ヒリャメ”を一口頬張り、満面の笑みで言う「ウ~ン、オイシーイ」更にネタケースを眺め、今度は「タイ ウスジュクーリ」ほう、なかなか詳しいじゃないか。白身はウス造りに決めているらしい。
再び一口頬張り「ウ~ン、オイシーイ」半分ほど平らげ、そしてまた一言。
「マグロ ウスジュクーリ」」
多分、魚と言うものは、特に刺身は根本的に口に合わないのだろう。彼らにはやっぱりハンバーガーの方が口に合うはずだ。
人生最後に何が食べたいか。おそらく彼らはステーキか何かだろう。決して刺身ではないはずだ。
こんな話もある。
営業が終わって店を出ると、一人の黒人が立っていた。見るからにホームレスとわかる男だった。そして、弱弱しい声でこう言った。「Help me please, I’m hungry」本当にお腹が空いていそうだった。そこで、持って帰るつもりだった余った寿司(海苔巻の類だったが)を見せてあげた。男は箱の中を覗き込み、また弱弱しい声で、しかしきっぱりと言った。「Oh!No Thank You,Man」これは勘違いでも何でもない。明らかに食文化の違いだ。