メアリーは言わずと知れたアンドリュー・マクナマラのお姉ちゃん。初めてマクナマラ家を訪れた時、僕のために米を炊いてくれた。それとアイリッシュ・シチュー。シチューは何杯もおかわりした。米は日本人のようにはいかなかったのかもしれない。でも一生懸命考えて用意してくれたことを思うと、世界中にフォロワーがいるこのコンサルティーナ奏者も、いい主婦なんだな、と実感した。
アンドリューと僕が話しているのを、にこにこして見ているメアリーが僕に訊く。「あなたアンドリューが言ってることよく分かるわね。姉の私でもわからないのに」
そしてキャサリンはスライゴースタイルの左利きフルート奏者だ。今までに会ったことは無い。正直、演奏にも馴染みが無かった。
彼女たちにも、ケルティック・フェスティバルの現場で突然ギターを弾いてくれ、とたのまれた。
それはそれは光栄なことだ。
正確にメロディを紡ぎ、落ち着いたリズムを創り出すメアリーのコンサルティーナとスライゴースタイルの流麗なフルートが絡み、そこにギターをのせる。考えただけでもワクワクする。
じゃあ、曲の変わり目にキーだけ伝えてくれたらいいよ、と言うと、キーのことはよく分からないから兎に角やりましょう、とステージにうながされた。
たのまれてから5分くらいしか経っていない。
パブはいつもの例にもれず、とんでもない人数でごったがえしている。セント・パトリックスデイを、単なるアイルランド人のばか騒ぎのお祭りだと考える人達もなかには沢山いるようだ。
そんな中で演奏を始めた僕らだが、途中であまりパブがにぎやかなので、キャサリンが大声で怒鳴った。
「Quiet Please!!」その形相はあきらかに怒っていたが、ミュージシャンに対する敬意を表さない人達に対する毅然とした態度はさすがだった。
パブは一瞬にして静まり返った。
余談だが、同じ場所でアンディー・アーバインが歌った時は、歌の途中で「Shut Up!!」とスピーカーが壊れんばかりの大声で怒鳴ったかと思ったら、そのまま続きを歌いはじめたそうだ。
メアリーは目をつぶってひたすらわが道を行く。
キャサリンは客席をにらみつけながらフルートを吹き続ける。
勿論、素晴らしい演奏に耳を傾けて心から聴き入っているひとたちも沢山いる。
この夜、僕はクレアのミュージシャンたちに囲まれていた。キャサリンは、わたし一人ここではクレア出身ではないの、と言ったが、僕はすかさず「キャサリン、僕はカウンティ・トーキョーだ」と言って皆の大爆笑をさそった。
キャサリンもメアリーも、エンタティナーとしての僕に敬意をはらってくれた。
45分間の演奏はあっというまに終わってしまったが、その日も又アイリッシュ・ミュージックの真髄に迫ることができた。
弟のアンドリューも満足気だった。