食事…会食?

緊急事態宣言というものが解けて、街が賑やかになってきたようだ。と云いながら、夜などはほとんど出かけないので良く知らないし、昼は昼でまだ宣言が出ている真っ最中でも商店街では多くの人が行き来していた。

ただ、やはり職場に出掛ける人の少なさと、学生さんの姿が全く見えなかったので、それなりに静かだったことは確かだ。

僕は4ヶ月近く外食をしていなかった。普段からたまにしかしていなかったし、前にもなにかで書いたかもしれないが、食事というものにあまり興味が無い。

もし人間が食べなくても生きていけたら楽だろうなぁ、という考えを持っているくらいだ。

トイレもいらないし、紙もいらない。水も流さなくていいし、用意をしたり、食べたり、そのための時間も取られなくていいし…等々。

だが、もしそうだったら、親せきや友人が集まったら一体何をするんだろうか?

やはり人間にとって「食」というものは必要であり、楽しみなものだ。

なので、生命体として人間と云うものがそういう生き物だったら、ということで、しょうもない考えなのだ。

それでも食事は良く知った人と少人数なら、どこかで一緒に食べるのはいいが、あまり良く知らない人達と、例えばパーティとか誰かのコンサートの打ち上げとか、そういう場面にはあまり行きたいとは思わない。

そこでテーマとなっている「会食」ということだが、こんな言葉もあまりよく知らなかった言葉だ。もしかしたら今回のコロナウイルス関連でよく言われていて、知ったかもしれないくらいのものだ。

そこで、本題。

最近ニュースで、政治家が会食をした、といって高そうな(勿論庶民には程遠い感覚の処だろう)料亭に、続々と嬉しそうに入っていく映像が映されていた。いや、神妙なふりはしていたし、確かに政策に関しての話し合いもあっただろう。

しかし、なぜ料亭なんだろう。自分たちにはつり合いがとれている、という優越感だろうか。

下々の者と言ったくらいのアホも居るくらいなので…いや、僕の言いたいのはそこではなくて、ニュースで言われていた言葉「会食」というのは緊急事態宣言が解けた、と云えども、国民はまだまだ気を付けなくてはいけない状況に属する言葉であり、行為ではないかと思うのだ。

もし彼らが「今回は頑張っているお店のお弁当をテイクアウトしていただいて、官邸で政策について語ろう」と言ったら僕は、それでこそ国民の事を考えてくれる政治だ、と思うが。

多くの人達が店をたたみ、仕事を追われ、夢や希望を失い、それでも一生懸命に前を向いて頑張っている時に、昔から決まっているように料亭に出掛けて行って税金で美味いもの食べている。なんという矛盾だろうか。決してひがんでいるわけではない。何故なら食にはあまり興味が無いから。特に会食なるものには。