Irish Musicその148

Mountain Lark / Tom Doherty’s   (Reel)

この2曲はMartin HayesとDennis Cahillがセットとして演奏していることで有名だ。先日もFeakleでMark Donnellanとこの曲を演奏したが、僕がDennisのものまねをすると、嬉しそうに彼もMartinのものまねで乗ってきた。Dennisのギタープレイもとても特徴的で、特にこの2曲目におけるコードワークはなかなか考え付かないものだ。そして、この曲はもともとスコットランドのDevil in the KitchenまたはHighland Flingと呼ばれる曲で、パイプやフィドルでゆっくり演奏されるものだ。Strathspeyとも言える。同じ曲であるかどうかは分からないが、MartinとDennisの演奏は実に素晴らしい。僕らも時々演奏するが、少しMartinの特徴が表れすぎるセットかもしれない。ともかく彼のプレイは一つの音で彼、と分かってしまう。B B Kingみたいなものだ。

Irish Musicその147

Keeping the Cats Happy   (Reel)

Brittny Haasの演奏から希花さんが見つけてきた、なんともカウントしにくいけったいな曲だ。作者はピアニスト、ギタリスト、フィドラーその他のMark Simos 僕は彼のギタープレイに早くから注目していたのでギタリストとしてのほうが馴染み深い。また、彼自身New Old -time Styleと名うってアルバムを出しているくらいなので、非常に良いセンスを持ったオールドタイムフィドラーだと言えるが、ギターに於けるジャズ的な要素をもったプレイはテキサススタイルやケイプブレットンから来ているのだろうか。因みに僕が希花さんと最初に録音したJenny’s Welcome to Charlieは彼のプレイを参考にしている。

クロウハンマー・バンジョーワークショップ#5

来る5月26日の日曜日に、5回目のワークショップを行います。少し先を急ぎ過ぎている感もあるので、今回は今までに皆さんにお渡しした教材の中からそれぞれの方に選んでもらった課題をもういちど浚ってみようかな、と思っています。

なお、初めてでも様子を見がてら、講習を受けたい方もいらっしゃったら大歓迎です。

皆さん上達されていて、段々メロディの作り方に慣れてきたように思います。

近年、にわかに忙しくなってきたこのスタイル。日本では大半のバンジョー弾きが円熟されてきてこのスタイルに傾倒する、という現象があります。

しかし、ところがどっこい。アメリカでは若手のクロウハンマースタイルの奏者がいっぱい出現しています。皆それぞれに素晴らしいプレイヤーです。

いろんな演奏に触れて研究してみてください。

そして、夏の暑い間にこっそり練習して、秋の夜長をクロウハンマー・バンジョーで楽しむ、なんていうのもありかな?

そんな風にもう秋のことを考えています。

お問合せは   神田ギターワークショップ

        03-3293-8979

Irish Musicその146

The Tax Max Mazurkas    (Mazurka)

不思議な曲だがAt the Racketの録音から学んだ。詳しいことはさっぱり分からないが、Seamus O’Donnellのサックスがなんともいい味を出している。勿論この曲に限らず、このグループのひとつの特徴となっているわけだが。一応マズルカとしてタイトルを付けられているがワルツとも言えるような曲だ。

2019年6月23日(日) 京都

日時:2019年6月23日(日) 17時半開場 / 18時開演

場所:京都 細見美術館 茶室 古香庵 (京都府京都市左京区岡崎最勝寺町6-3)

出演:
内藤希花(フィドル・ハープ・コンサーティナー)、城田純二(ギター・バンジョー)
Alec Brown(チェロ)

料金:予約3,000円 / 当日3,500円

ご予約・お問い合わせ:10strings.j@gmail.com

2019年6月22日(土) 奈良

日時:2019年6月22日(土) open17:30 / start19:00

料金:予約 3,500円/ 当日 3,800円

出演:
内藤希花(フィドル・ハープ・コンサーティナー)、城田純二(ギター・バンジョー)
Alec Brown(チェロ)

会場:パパ・ド・ウルス 丘の上食堂 (奈良県奈良市神功4-25-2) TEL0742-72-4186
近鉄京都線 / 高の原駅 徒歩20分(1.6km)、奈良交通 平城団地1 神功四丁目 徒歩2分(150m)

予約先:Papad´Ours.丘の上食堂 TEL:FAX0742-72-4186
もしくは 屋根裏音楽工房: dadgadsus4.ge@gmail.com

2019年6月21(金) 兵庫

日時:2019年6月21(金) 19:30スタート

場所:Tree Top  兵庫県明石市大久保町駅前2丁目6-1

出演:
内藤希花(フィドル・ハープ・コンサーティナー)、城田純二(ギター・バンジョー)
Alec Brown(チェロ)

料金:3,000円(ドリンク付)

ご予約・お問い合わせ:Tree Top Tel 078-934-2815

2019年6月21(金) 兵庫

日時:2019年6月21(金) 開場13:00/ 開演14:00

場所:リンゴの木 兵庫県神崎郡福崎町馬田21

出演:
内藤希花(フィドル・ハープ・コンサーティナー)、城田純二(ギター・バンジョー)
Alec Brown(チェロ)

料金:3,000円(ドリンク付)

ご予約・お問い合わせ リンゴの木 (0790) 23 – 1339 

2019年6月20日(木) 徳島

日時:2019年6月20日(木) open19:00/ start19:30

場所:Bar&LIVE寅家 徳島県 徳島市徳島県徳島市銀座16-1

出演:
内藤希花(フィドル・ハープ・コンサーティナー)、城田純二(ギター・バンジョー)、
Alec Brown(チェロ)

料金:前売¥3,000/当日¥3,500 1ドリンク別途要オーダー

ご予約・お問い合わせ:Bar&LIVE寅家 まで TEL 088-677-3233

2019年6月18日(火) 愛知

日時:2019年6月18日(火) 開場18:00 / 開演18:30

場所:西尾市勤労会館(音楽室)  西尾市平坂町山崎9番1

出演:
内藤希花(フィドル・ハープ・コンサーティナー)、城田純二(ギター・バンジョー)
Alec Brown(チェロ)

料金:前売¥3.000 / 当日¥3.500

主催 西尾音楽友の会

連絡先 林 電話0563(57)4621、手嶋090(8671)9835

2019年6月16日(日) 横浜

日時:2019年6月16日(日) 開場18:40 / 開演19:00

場所:大倉山記念館 (横浜市港北区大倉山2-10-1)  http://o-kurayama.com/

出演:
内藤希花(フィドル・ハープ・コンサーティナー)、城田純二(ギター・バンジョー)
Alec Brown(チェロ)

料金:予約¥3,000 / 当日¥3,500

ご予約・お問い合わせ:10strings.j@gmail.com、
もしくは サウンドポート TEL: 045-243-9999 まで

2019年6月15日(土) 群馬

日時:2019年6月15日(土)  開場18:00 開演19:00

場所:サウンドタム 群馬県安中市下磯部542-1

出演:
内藤希花(フィドル・ハープ・コンサーティナ)、城田純二(ギター・バンジョー)、
Alec Brown(チェロ)

チャージ:¥3,500+1ドリンク代別途

お問合せ・ご予約:

http://www.soundtam.jp/live.html

群馬県安中市下磯部542-1 サウンドタム 027-385-3220 

2019年6月14日(金) 埼玉

日時:2019年6月14日(金) 19時スタート

場所:ライブCafe おーるどタイム 埼玉県越谷市大沢4-3-14

出演:
内藤希花(フィドル・ハープ・コンサーティナー)、城田純二(ギター・バンジョー)、
Alec Brown(チェロ)

料金:2,500円+オーダー

ご予約・お問い合わせ:Tel:048-971-1812 email: oldtimemk@yahoo.co.jp

2019年春、アイルランド

CD制作後、少し時間が出来たので、突然アイルランドに行くことを決めたのが3月ももう終わりに差し掛かった頃。

取り急ぎキアラン君に連絡をして都合を訊くと「そりゃぁいい。いつでもOK」という返事が返ってきたので即決してしまった。

ほんの2週間ほどの旅なので気楽に考えることができたのも事実だ。

香港経由でダブリンに到着すると、吐く息が白いくらいによく冷えていた。

早速よく乗り慣れたバスでカーロウのポールスタウンに向かった。

バスの中で今度はテンカンの患者が出たので一時ストップ。偶然居合わせた看護師の黒人女性と希花さんで緊急手当。

余計な人が周りを囲んで「彼は大丈夫」なんてなんの根拠もないことを口走るおばさんとか、

邪魔な処に立ち尽くして覗き込もうとするおばさんが出現。

こういう時に最悪の事態を想定せずに「大丈夫」なんて言う考えを持つのが最もよくないことだ、と戻ってきた希花さんがプンプン。

結局やっぱり15分ほど経った後で現れた救急車に一旦乗せられたものの彼は戻ってきた。

どうやら持病のようで幸い処置も良かったし、もしかしたらお金の掛かる救急車には乗りたくなかったのか、よくわからないが、大事に至らず取りあえずよし、としよう。

こちらも予定が狂ったのでピックアップしてくれるはずのこちらに住む、しかもカーロウに住むれいこさんに連絡。カーロウの市内で再会を果たし、一路キアラン君の家に。

しばし歓談しているとどこからともなく白い猫が…。

まるで久しぶりに孫を見るような感覚で「まぁ、大きくなって」と思わず叫んでしまった。

それからは結局、怒涛の2週間。

キアラン君とコミュニティセンターで演奏したり、地元のパブでのセッションで演奏したり、マット・クラニッチ夫妻が僕らに会うためだけに2時間半ほどかけてきてくれたり、カーロウでも充実した時間を過ごし、そして僕らは数日後、クレアに向かうことを決めた。

フィークル。フェスティバル時以外は人も歩いていない村。ここで水曜日には必ず演奏をしているマーク・ドネランというフィドラーは希花さんの最もお気に入り。

以前、葉加瀬太郎がテレビ番組でこの地を訪れて「あなたにとって音楽とはどういうものですか?」と訊いたら「……そんなこと考えたこともない」とキョトンとして苦笑いした彼だ。

この日はちょうどアコーディオン奏者とのふたりだけだった。

マークが僕を見つけると「あ、ジュンジだ。ギター持ってるか?」と云う。

結局、希花さんと僕、それにアメリカから来ているベッキーというフルートの女性、この3人だけが交じっての3時間ほどのセッション。

この瞬間だけでも飛行機代を払ってアイルランドまで来たかいがあったと云う希花さん。

勿論、今までにもフェスティバル中になんども彼とは演奏する機会があったが、これだけの少人数で彼と弾けるチャンスはなかなかないのだ。

そして何よりも、終わった後の「今日、僕たちは全く同じリズムだったなぁ。実に気持ち良かった」と、嬉しそうに言うマークの顔。これだけで値千金だ。

アンドリューは僕が彼の家に宿泊するので遅くに来て、カウンターで飲んで聴いていたが嬉しそうにしていた。

もう一軒行こうというアンドリューとマークの車に乗ると、また彼が「いいリズムだった。みんなの息がピッタリ合っていたなぁ。またできたらいいなぁ。」とニコニコして云っていた。

結局1時半頃アンドリューの家に戻り、僕は彼のお母さんが使っていた部屋で眠りに就いた。やっぱりここは僕にとってのある意味、故郷であり聖地である。

希花さんはベッキーの家に。

次の日のお昼はアンドリューが庭師を務めているBunratty Castleという有名なお城に招待されているのでそこに出掛けた。

さすがに超有名なお城だけに人も多かったが素晴らしい景色にうっとり。1425年ころに建てられたというこのお城。前を通ったことはあったが入ったのは初めて。

招待してくれたアンドリューに感謝だ。

そして更にアンドリューとは夜、セッション。以前会ったコンサーティナのヒューとバンジョー弾き(名前が聞き取れなかった)とまたまたいいセッションを展開させてもらった。

次の日は一路ゴールウェイに。

和カフェがリフォームしたので芳美さんに会うためだったが、少し時間があったのでれいこさんの知り合いの家に寄ることにしたのだが、それがなんとフランキーのご近所さんなのだ。

ちょっと出来心で電話をすると「今からシャワーを浴びてすぐ行くから待ってろ」と言い、本当にすぐに現れた。フランキーとはそこでしばらくお茶をのんで歓談。

夜はパット・オコーナーが是非と云うのでゴートまで出かけてセッション。10時からなので2時間で終わるだろうと踏んでいたが結局1時半頃まで。鹿児島から来て現在ゴールウェイに住むバンジョーの久保君と、以前教会のコンサートで一緒に演奏したアコーディオン奏者と共に過ごした良い時間だった。

全てにおいて限りなく充実した西海岸ツアーだったと云えよう。

そしてカーロウに戻ると比較的近く、ティペラリーに居るパディ・キーナンが会いに来ると言うが、ちょうどボリスという小さな町でお祭り(Co.Carlow Fleadh)があり、多くのミュージシャンが集まっているのでそこに顔を出すことを決めた。

パディほどのミュージシャンになるとこういう場所にはなかなか現れることもないが、彼も僕らが行くというので喜んで付いてきてくれて、思い切りイーリアンパイプスをかき鳴らしてくれた。

あるおじさんがうれしそうに「‘70年頃、どこそこで観て以来だ!」と云っていたが、おなじような台詞を僕も何度も聞いたことがある。

そんなこんなで2週間があっという間に過ぎてもうすぐCDが出来上がってくるはず。

取りあえず強度の時差ボケで昨日のことだか今日のことだかなんかへにょへにょなのですが、しばらく出かけていました、という報告まで。

New CD Coming Soon #2

もう一つはチェロのAlec Brownとのトリオのアルバムです。

多くの人がもうご存知だと思いますが、ひょんなことから希花さんがFacebookで見つけたアイルランド在住のチェリスト。

アイルランド音楽にも精通していて、元々アメリカはアーカンソー州の出身ということもあり、オールドタイム、ブルーグラスにも普通に反応する、という僕らにとっては持って来いの男でした。

その上、譜面台は決して置かない、という僕と共通した考えを持っていました。

勿論、僕と希花さんは一切譜面台というものは置きません。それがあって、そこに眼を落した瞬間にもはやトラッドミュージシャンとは言えないのです。

彼との共通点は僕らが最も大切に思っているところでもあったので、まだまだやり始めたところだし、離れているのでしょっちゅう一緒に出来るわけではないけど、多くの人が「CDは?」と訊ねてくれたこともあり、今回彼を呼んで作りました。

チェロが入った肉厚なサウンドは、きっと皆さんに気に入っていただけると思います。

こちらの方もライナーの補足をここでさせてもらいます。

  1. ★ Farewell to Trion 

トラッドとも言えるチューンですが、アラバマのMick Blaylockが彼のおじさんにあたるJoe Blaylockの作品として発表したようです。おじさんが出稼ぎに出掛けた先、ジョージア州のTrionから故郷のアラバマに戻ってくるときに書いた、ということですが、そこに3パート目を付けたのがJames Bryanと言われています。彼は以前、Norman & Nancy Blakeと演奏していたと思います。

2 ★ Crabs in the Skillet / The Cock and the Hen

1曲目はTara Breenの演奏で覚えたものですが、例によって様々なバージョンがあるようです。70年代にHorslipsも演奏していたものですがなんともエキサイティングな曲で、特に3パート目はチェロを入れて良かった、と思えるものです。

2曲目は18世紀頃からある曲だと言われていますが、とても現代的なメロディです。別なタイトルとしてはDoodley Doodley Dank或いはJoe Ryan’s或いはCathal McConnell’sなどがあるようです。

3 ★ Night in that Land

Johnny Cunningham作のこの美しいワルツは僕らの以前のアルバムThrough the Woodに続いて2回目の録音ですが、やはりチェロの果たす役割は大きいと云えます。

Johnnyとは一度だけステージを共にしたことがありますが、リハーサルの時から、とても優しい穏やかな人で、ひとたびフィドルを持つと、まるで子供がおもちゃをいじるように軽々と笑いながら強烈なスコティッシュ・スタイルを披露しました。

ちょっと体が悪そうだったのですが、間もなくして彼の訃報が入り、そのトリビュート・コンサートには僕もニュー・ヨークまで出かけて行きました。名曲です。

4 ★ Sandy Boys

バンジョー奏者Lucas Pooleの演奏から学んだものですが、まるでClinch Mt. Back Stepのようなメロディを持った曲です。出処はわかりません。僕はLucasのプレイに習って、4弦をGまで下げています。それがこの曲の特徴でもあります。

5 ★ Maple Tree

70年代から80年代にかけてヨーロッパで大活躍していたバンド、Blowzabellaのアルバムから学んだ曲です。ポーランド発祥のマズルカというリズムで演奏されるこの曲を書いたのはメンバーの中のJon SwayneとJo Freyaです。なんとも素晴らしいメロディの曲ですが僕らはオクターブマンドリンのイントロを付けチェロにも活躍してもらっていいアレンジになったと思います。

6 ★Green Fields of Glentown / Jerusalem Ridge

Tommy Peoplesの作になる名曲からBill Monroeのあまりにも有名な曲。どちらもフィドルチューンとしてフィドラーには必須の曲かと思いますが、どちらもかなり難しいものだと思われます。よくアイリッシュとブルーグラスの共通点が取り沙汰されるのですが、この似て非なるものを合わせるのは至難の技だと感じます。実際アイリッシュのフィドラーがJerusalem Ridgeを弾くのは聴いたことがありますが今一つピンと来ないものがあり、またGlentownを弾くブルーグラスフィドラーには未だ出会ったことがありません。これだけ違うフィドルチューンをメドレーで合わせることが出来るのも希花さんのスリリングなフィドル奏法と、アーカンソーとアイルランドを股にかけているアレックと、ブルーグラスとアイリッシュをとことん経験している僕との3人による独特な世界かもしれません。

7 ★Margaret’s / Amelia’s

Pat Shuldham作の美しいワルツは僕自身Aly Bainの曲だと思っていたくらい、彼の演奏が印象に残っています。2曲目は1980年頃にピアニスト兼フィドラーのBob McQuillenによって書かれたメロディです。Amelia Stilesなる人物に捧げた曲ということですが、このAmeliaはもともとAmelia Earhartの名前から取ったものらしい。Amelia Earhartについてはブルーグラス人間もよく知るところです。なので、とてもこの曲に親近感を覚えてしまうのです。

8 ★Joe Coleman’s March

1847年、靴職人でフィドラーのJoe Colemanは妻殺しの罪をきせられ、絞首刑になりました。実際の処は分からなかったようですが、当時はなにもかも適当だったのでしょうか。どこまでも冤罪のようでしたが、彼が刑場に向かう馬車の荷台で、自分の棺桶の横に座り、最後のフィドルを弾いた、と云われています。そのストーリーを誰かがフィドルチューンにしました。作者は分かりませんが、実にその光景が浮かんでくるような曲です。

僕等のアレンジでは、最後にJoe Coleman のフィドルの音が遠ざかっていく光景を表しています。

9 ★ Leaving Brittany / Horizonto

再びJohnny Cunningham作のこれも美しい曲。この人の書くメロディはどこか優しさに溢れているような感じがします。2曲目はこれもBlowzabellaからの選曲。Paul Jamesというこのバンドのパイパーが書いた曲です。とてもエキサイティングな名曲だと思います。

この2曲はアレックを呼んですぐに演奏する、と決めていたものです。アイルランドでもステージやラジオなど様々なところで演奏しました。必ずうけるメドレーです。

10 ★ Tribute to Peadar O’Donelle

かなり前にムービングハーツの演奏で聴いたもので、パイプの印象的なメロディをずっと覚えていて、何気なしによくギターで弾いていたものを今回録音してみました。

この曲はドブロのジェリー・ダグラスもやっていて、何故か今はそちらの方が良く知られているようでムービングハーツや、恐らく作者であろうドーナル・ラニーの名前が検索しても出てこない、という不思議なものです。

11  ★ Planxty Dermot Grogan / Big Country / Johnson Boy

この3曲はなかなかに繋がりのいいメドレーになったと思います。最初の曲はハープによって書かれたもの。2曲目はベラ・フレックのとてもシンプルで美しい曲。3曲目はその昔、ニッティ・グリッティ・ダート・バンドのジョン・マキューエンのやっていたものですが、それよりも先にデヴィッド・リンドレーがバンジョーでやっていたものも聴いたことがあります。二人ともトパンガ渓谷のバンジョーコンテストの常連ということなので、どこかで繋がっていたのだろうと思います。

最後に少し間を置いて2曲のブルースを一発で録音してみました。

In the Pines / Police Dog Bluesの2曲です。

アレックと飲みながら(実際には飲んでいない)鼻歌を歌う、という感じで最初の曲を。そして僕のギターソロで締めくくりました。これは1981年東芝EMIからリリースした僕のアルバムの中にも収録されています。当時はライ・クーダーの演奏から学んだものでした。

New CD Coming Soon

思い切り格好つけたタイトルですが、もうすぐ僕らの5作目となるCDを発表します。

2011年のKeep Her Lit! 2012年のMusic in the Air 2013年のThe Rambler

2015年のThrough the Woodに続くデュオとしての5作目です。

その間にGentle Wave 今風の中のセットが2017年。また2015年にアイルランド音楽の最高峰Paddy Keenan&Frankie Gavin とのEire Japanもありました。

とに角、今回またデュオのアルバムを作ったわけですが、当初2作目のMusic in the Airのようなものを考えておりました。しかし、やはり時は経っていて、あの頃とは違っていろいろとアイディアが膨らみ、いい意味で豪華な出来栄えとなりました。

但し、当初のコンセプトを踏まえた上でとても聴きやすいメロディのものを主体としております。

勿論ライナーも付いておりますが、もっと詳しい解説はHP上で掲載しようと思い、こうしてご案内を兼ね、ライナーの補足をしてみようかな、と思います。

★ Cailin Deas Crúite Na MBó (Pretty Girl Milking Her Cow)

この曲は聴いたことがある人も多いかもしれません。深夜食堂のテーマソングとして斎藤常吉さんという人が歌詞を付けて唄っていました。非常に情緒溢れるメロディで「流石日本には素晴らしく感傷的な曲があるな」と勘違いしていたアイルランド人もいたくらいです。僕らは1940年のジュディ・ガーランドのものをソースにしましたが、曲自体は古いものです。なので、敢えて原語のタイトルを表記しました。尚、歌詞はThomas Mooreが書いています。僕らが既にThe Ramblerの中でThomas Farewellとして録音しているものと同じ曲ですが、今回のアレンジは全く別の曲に聴こえるかもしれません。

★  Lost Lula  

Jason Romeroという楽器製作者(主にバンジョー)による作品です。聴いた瞬間に「あ、これ弾きたい」と思ったものです。これはCumberland Gap Tuningというものを用いて弾いています。fDGCDという並びです。オールドタイムバンジョーには数えきれないほどのチューニングがあり、それはとても覚えることができません。おそらくスタンダードチューニングとマウンテンマイナー、ダブルC、そしてこのカンバーランドギャップくらいを覚えておけばなんとかなるとは思いますが。

★  Little Bird / Gort Na Mona 

ギタリスト兼アコーディオン奏者のTim EdeyがSharon Shnnonに送った、という可愛らしい曲です。彼のステージは超絶無二のテクニックとユーモアのセンスに溢れたもので、2時間でも3時間でも、いやそれ以上聴いて、観ていられるものです。それに続く次の曲も素晴らしいハープ奏者であるMichael Rooneyのペンになるものですが、この人の音のセンスは、これまた何時間でも聴いていられるものです。僕らはどちらもハープをメインにアレンジしました。

  • Wounded Hussar / Gallowglass 

Captain O’Kaneというタイトルの方が一般的なのか、この方がよく知られているのか分かりませんが、限りなく美しい曲です。どうやらO’Carolanの曲としてCaptain O’Kaneが存在し、Alexander Campbellの詩によるWounded Hussarがあるようですが、僕らは次のGallowglassとの関連性からこのタイトルを付けてみました。Gallowglassとは13世紀ごろから16世紀にかけてアイルランドやスコットランドの族長が雇った重装備の傭兵である、ということです。因みにHussarは度々、騎兵隊の兵士という意味で使われるようです。

★ Above and Beyond  

もう存在しないCalicoというバンドのDiarmaid Moynihanが書き下ろした、日本の童謡のような曲。なんでこんなメロディが浮かんだんだろう。もしかしたら赤とんぼとか聴いたんじゃないかな、と思わせるような曲です。ちょっと「3丁目の夕陽」を想い出させる曲調だなぁ、なんて感じるのは僕だけかな?

少し沖縄風にアレンジしてみたのでハープもそれらしいものを付けてみました。

  ★ Diarmuid’s March (Each Little Thing)

Stephen Cooneyの書いた、実際にはマーチ曲です。原題にはマーチということがはっきり表れていますが、Sharon Shannonがこの曲を気に入って、彼女のアルバムタイトルであるEach Little Thingを当てはめたということです。

★ An Buachilin Ban (Dear Irish Boy) 

こういう曲はあまりギターで弾くのは…多分家で一人で爪弾くには良いかもしれないけど、なんて思っていたらある時Noel Hillが「ジュンジ、これギターで弾けよ」なんてとんでもないことを言ったので真に受けて今回録音させてもらいました。

★ Sally in the Garden / Dwyer’s 

最初はオールドタイムのバンジョーチューンです。最近まであまり馴染みのなかった曲でしたが、いろんなひとがいろんなアレンジでやっているので、僕らもちょっと思い切ったアレンジでオクターブマンドリンやビオラを入れて少し不気味な感じにしてみました。そのまま、名曲Richard Dwayer’sにビオラとギターでシンプルに入ってみました。マイナー調の美しいメロディを持ったリールです。

★ Sleibhte Pomeraig (Mountains of Pomeroy) 

もうすでにMountains of Pomeroyとしてお馴染みの曲をここでは敢えて原題表記してみました。この曲では必ず名前があがるRichard Lewis O’Mealyはパイパーですが、1934年にBelfastでの録音が残されている、ということです。West Meathで生まれた彼の恵まれなかった幼少期を思うと何故か軽々しくこの曲を演奏することをためらってしまいますが、その辺を知るか知らないかで演奏も変わってくると感じ、今回Music in the Airに続いて2度目の録音をしてみました。

★ Big Pat’s / Miller of Droghan

Cマイナー/Eフラットという変わったキーで演奏したフィドル&ギターの基本的な僕等らしい仕上がりの曲。なぜか終わると同時にアイルランドの放送局のジングルが入りそうな出来栄えになりました。

★ Bluemont Waltz   

フィドラーのRodney Millerによる美しいワルツ。ブルーリッジ山脈の中、Snickers Gapに位置する小さな町、ブルーモントのことでしょうか。それにしても可愛らしくて綺麗なメロディの曲です。すごく僕等らしいアレンジだと思います。

なお、ボーナストラックとしてこの2曲  Contradiction / President Garfield 

激しいリールを「せいの!」で一発録りしてみました。

使用楽器

内藤希花 Fiddle        Made in Italy circa 1890

     Irish Harp    Stoney End Minnesota USA

     Concertina    Jurgen Suttner Germany

     Viola         Gliga Romania

     Mandolin   Gibson A-4 1911

城田純二 Guitar        George Lowden O-32 & F-32

          Nylon st. Guitar   Taylor        

 Banjo         Wildwood Heirloom

                         Deering Vega

          12st,Guitar    Martin

          Octave Mandolin   Phil Crump USA

          Mandolin     Gibson A-4   1911

結構盛り沢山のこのアルバムはきっと皆さんに楽しんでいただけると思います。

また、とても優しい雰囲気の仕上がりになっていて、どちらかというとドライブ中よりもゆったりとした空気の中で聴いていただきたいものだと思いますが、最近の静かな車ならいいかも。でも眠らないようにお願いします。

取り急ぎで申し訳ありませんが、宣伝も兼ねてお知らせでした。

クロウハンマー・バンジョーワークショップ#4終了

ワークショップ#4が無事終了しました。みなさん上達が早く、嬉しい限りです。まず、みんな一緒に前回やったダブルCチューニングでのSally Annをゆっくり繰り返し、繰り返し、そして徐々に早くしていくように、そんな練習を最初にしました。とに角、大切なのは「リズム」このリズムに乗って、脳にメロディを叩き込む。これは繰り返しの練習のみが手助けになるものだと信じています。

みなさん、クロウハンマーが何だか面白くなってきた、とおっしゃるし、それは本当に嬉しいことです。

今回は他にも同じチューニングで新たにLibertyそしてSally in the Gardenを復習し、さらにカンバーランドギャップチューニングでのSally Annにも挑戦していただきました。

毎回ギターワークショップの川瀬さんに感謝です。

なお、4月26日に京都に参りますが、その日、このワークショップを主催していただける方が現れました。

金曜日、多分19時半くらいからですがまだ、2人ほど枠があります。

もし興味のある方がいらっしゃったら、下記にメールを送ってください。

先方様に連絡して詳細をお知らせさせていただきます。

 10strings.j@gmail.com

2019年6月1日(土) 静岡

日時:2019年6月1日(土) 17:00開場/17:30開演

会場 : 伊豆市 市民文化ホール ラウンジ (生きいきプラザ) 伊豆市小立野66-1 Tel 0558-72-9872

出演:内藤希花(フィドル・アイリッシュハープ・コンサーティナー)

   城田純二(ギター・バンジョー)

​​チャージ:予約 一般3,000円,高校生以下1,500円 (当日は+500円)

ご予約・お問い合わせ:Tea 4(For) You TEL: 090-4951-9443 (有馬) まで

2019年5月25日(土) 神奈川

日時:2019年5月25日(土) 開場17時/ 開演18時

​場所:ライブラウンジ スパッツ(小田原ターミナルホテル B1F)

出演:内藤希花(フィドル・アイリッシュハープ・コンサーティナー)

   城田純二(ギター・バンジョー)

チケット :4,000円(ライブチャージ、2ドリンク)

ご予約:早野090-5781-5819 もしくは 古矢090-4419-1686 まで

韓国ブルーグラス

今日のBOMニュースで韓国のブルーグラスバンド「カントリーゴンバン」という見出しを見つけた。

それですぐ渡辺三郎君にメールしてしまった。

以前にも(2017年3月)韓国にキアラン君と出向いた時に書いた話だが、僕は韓国のブルーグラスの発祥ということには少なからず関わっている。

1974~5年頃、韓国ヨーデルの国民的シンガーだったキム・ホン・チュル君が何故か日本に来て、京都を訪れ、僕らと出会った。

本当に何故かはさっぱりわからない。

当時、破竹の勢いであったナターシャーセブンの坂庭君と僕の演奏を聴いたキム君「コリャ面白い」(しゃれではない)と思ったか…どうか…。

短い滞在を終えて国から便りが届いた。「ブルーグラスバンド始めたよ」

勿論、キム君のヨーデルもフィーチャーされたものだった記憶がある。そして彼がバンジョーを弾いていた記憶もある。

彼はスイスにもヨーデル留学(そんなものがあるかどうかは分からないが)をしていた本格的シンガーだ。今でも活躍している。

カナダにいるのかな?一時韓国に戻ったようだが。

とに角2017年に行った時、ブルーグラスバンジョーを弾いている、という女性が「キム君は韓国のヨーデルの父でもあるけど、ブルーグラスの父でもあります」という主旨のことを言っていた。

今回BOMに登場していたバンドはすでに3世代ほど後の人達だが、もしかしたら国民的シンガーだったキム君のことは知っているかもしれない。

なんか世界的な繋がりと時の流れを深く感じてしまった。

Cumberland gap tuning

カンバーランド ギャップと呼ばれるこの調弦。gEADEという並びが正調のようだが、僕は、普通にマウンテンマイナーチューニングにして、5弦をFに下げている。

これはなかなかに雰囲気のある音並びだ。

トニー・トリシュカはFチューニングと呼んでいたようだ。

Fチューニングといえば、僕が1981年に録音したSoft Shoesというアルバムで演奏したGrey Houndという曲はfCFCDという並びで、僕は勝手にFチューニングと名付けていた。

この曲を創っていた時に偶然出来たチューニングだった。思えばDADGADもずいぶん前に自分で勝手にDsus4チューニングと呼んでいた時期があった。

因みにカンバーランド ギャップは、ケンタッキー ヴァージニア、テネシーを股にかけた本当にオールドタイムやブルーグラスの聖地だ。

このチューニングで今、いくつかの曲を弾いているが、本当に山の向うから聴こえてくるような響きを持っている。

Irish Musicその145

Lough Key   (Slip Jig)

Larry Redican’sとしても知られる名曲。僕はかなり前にミック・モロニー達の演奏で聴いた。KilkellyというアルバムでMaids of Selmaの後にやっていた。けっこう強烈な曲なのにシンプルなものだ。ところでこのアルバムタイトルになっているKilkellyだがCo.Mayoの小さな村の家族のストーリーを歌ったものだ。とても涙なくしては聴けないもので、大好きだったのでミック・モロニーと一緒に演奏した時にギターを弾かせてもらった。

ところで本題のLough Keyだが、Co.Roscommonにある「みんなで走ろう」みたいなイベントがあったり、釣りを楽しんだり、とても風光明媚な処のようだ。ま、アイルランドはいたるところそんな感じだが。キアラン君のバグナルスタウンもいいところだし。

Irish Musicその144

Killing the Blues

今回はまたまたアイリッシュでもなければオールドタイムでもブルーグラスでもない曲。

これは1977年のウッドストックマウンテンズというマッドエイカーズのアルバムの中に入っていたRoly Salleyのものだ。

なぜこんな曲を今更、という感じだが、ちょっと前にアリソン・クラウスが唄っていた。ロバート・プラントと一緒だったが。そして最近はA J Leeまで唄っていて、さすがにいい曲だけに今頃気がついたが、やたらと多くの人がカバーしている。

いろいろみていると、パディ・キーナンのアルバムでTommy O’Sullivanも唄っていた。そういえば僕は彼に「渋いうた唄ってるじゃん」と言ったことがあったけ。すっかり忘れていた。これもまた名演だ。

特にレパートリーに取り上げようというわけではないし、Irish Musicなんていうカテゴリーでもないが、好きな曲を想い出したので、ということで掲載してしまった。

クロウハンマー・バンジョーワークショップ #4

第4回目のクロウハンマー・バンジョーのワークショップを、少し急ですが、

3月31日の日曜日に開催することを決定いたしました。

皆さん結構上達されていて嬉しいです。

いかにリズムに乗って正確にメロディを叩き出すか…究極これしかないのですが、一人部屋でやっていても今一つピンとこないところをみんなでやってみましょう。

音楽というものは自然の風景が僕らに与えてくれるものです。そしてまた人々との会話でもあります。

これから咲く桜をみて「きれいだね」とみんなで一緒に楽しむ。そして会話が弾む。

このスタイルのバンジョー演奏も、長年、季節の移り変わりと人生の喜怒哀楽と共に培われてきたものです。

皆さんと是非会話をしてみたいと感じております。

なんだか理屈っぽくなりましたが、楽しんで上達しましょう。お互いに。

ワークショップに関する詳しいことは以下にお問合せ下さい。

神田ギターワークショップ   03-3293-8979

最近のバンジョー事情

もう僕が書くほどのことではないが、最近は素晴らしい若手のバンジョー弾きがアメリカでもヨーロッパでも日本でも数多くいる。

僕はどうしても5弦に限って書いてしまうが、4弦バンジョーは5弦とは全く異なる楽器と言えるので、そういう意味でご勘弁願えたら幸いです。

僕がこの楽器に出会ったのが、今から55年以上も前のこと。

勿論ギブソンもヴェガも知らなかったし、最初はどんな形をしている楽器かも知らなかったくらいだ。

ただ、やたらと早く弾く楽器か、よってたかって多くの人が弾いているのかな?という程度の認識しかなかったのだから驚いてしまう。

だが、それは静岡という土地に居たからかもしれない。東京や関西方面ではもうすでに何人かの人がブルーグラスなる音楽を演奏していただろう。

写真を頼りに、見よう見まねで作った、なんていう話をその昔ドン佐野さんから聞いたもんだ。

高校に入りフォークソングに夢中になって、大学に入ってブルーグラスに夢中になって、とごく一般的な道を歩んで来た。

幸いにも3歳からのピアノ教育がまだ身体に残っていたので、すぐそれなりには様になっていた(と思う)

大学のブルーグラス生活では(普通、大学生活なのだが)渡辺三郎君、三ツ谷君、清水さん

野崎さん、を始め立命館、同志社などのバンジョー弾きとしょっちゅう行き来していた。

産業大学では、かの坂庭君と寝ても覚めても意見交換をしたものだ。

当時資料なるものはちっとも無かったので、レコードを聴きまくって、ライブに行きまくって勉学に励んだものだ(ここでも大学の、ではない)

そしてナターシャーセブンに繋がっていくわけだが、故高橋竹山師匠との交流から始まった津軽三味線風バンジョーや、マラゲーニアからヒントを得た世界巡り、日本の童歌など、様々なアイディアをバンジョーに乗せたりしてみたものだ。

時は移り、アイリッシュの世界にどっぷりつかるようになると、もうほとんどバンジョーは弾かなくなった。

先に出た4弦もセッションなどではよく弾いたが、ブルーグラスなどで親しんだピッキングとは全く違うのでこれは難解ホークス。それよりも当時はまわりにほとんど居なかったこの音楽でのギタリストを目指そうと考えたわけだ。

ピアノで培った和音感覚とブルーグラスのベースランを基に、他の誰のスタイルでもないものを築き上げていくために日夜努力したものだ。

それでもたまにはブルーグラスバンドの手伝いもしたが、ほとんどの時間はアイリッシュで過ごしていた。

やがて、アイルランドのロングフォードでバンジョー・フェスティバルなるものが開催されるようになり、僕は5弦を持って、パディ・キーナンと共に行った。そこにはかのジョン・カーティやエンダ・スカヒル、イーモン・コイン、ジェリー・オコーナーという錚々たる4弦バンジョー奏者、そしてピート・ワーニック、ビル・キース、トニー・トリシュカ、アリソン・ブラウンといった5弦バンジョー奏者。

そんな中に混じってパディとはこれでもか!くらいのアイリッシュを、そしてフィナーレではブルーグラス・チューンを演奏した。

何やかや云っても僕にとって5弦バンジョーはまだまだ魅力的な楽器だ。ただ、もう既にその重さがこたえる歳になってきたことは確かだ。

若いバンジョー弾きが、いつでも得ることのできる有り余るほどの資料や情報を鋭く掴み、また、気楽に海外にも出かけていけるそんな環境になって、その重さをものともせずに弾きまくる姿は素晴らしい、の一言に尽きる。

また、様々な形態の音楽から得るリズムの切れの良さなども彼らの特徴だ。

そんな中で、ストレートなブルーグラス、5弦バンジョーらしい演奏を聴くことの嬉しさも格別なこととなる。

僕はいろんな意味で最近はクロウハンマーにはまっている。ナターシャーセブンでも多くの曲をそのスタイルで弾いてきたが、今はそれを更に発展させるように努力している。

最近はアメリカでも若手のクロウハンマー奏者が軒並み目白押しだ。

一体どれだけ進歩していくのだろう、と思わせる若者も多くいるし、ひたすら渋い演奏を聴かせてくれる中堅どころも数多くいる。

僕もまだまだこのスタイルを研究していこうかな、と思っている。

フレンチプレスで淹れたコーヒー

コーヒー通の方には「今更何を…」と言われるかもしれないが、最近になって、コーヒーはフレンチプレスで淹れるようになった。今までのコーヒーメーカーは淋し気に佇んでいる。

それが何故かと言うと、毎年アイルランドに行って各家庭でコーヒーをいただくのだが、どこもフレンチプレスを使っているからだ。

いろいろ調べてみると家庭で比較的面倒ではなく、なおかつ美味しいコーヒーが飲めるにはフレンチプレスが一番だ、という記事を沢山見つけた。

元々、日本茶派なのでそんなに気にはしていなかったし、コーヒーメーカーなら適当に淹れておいて保温しておけばまた飲めるし…なんて思っていた。

しかし、いよいよ奮起してフレンチプレスを購入することにした。値段もピンからキリだし大きさもいろいろあるし。

でも3~4人分でいいし、値段もそんなに高いものはもったいないし、そんなに変わらなければ(味)すぐ飽きるかもしれないし、けっこう面倒かもしれないし…等々いろいろ考えて中間クラスのものを手に入れた。

かくして、今はフレンチプレスのコーヒーを飲んでいるわけだが、キアラン君は最初に水を入れる。そんなことしたら冷めちゃうのになぁ、と思ったら、お茶と一緒で少し湯冷まししてから淹れる、というのが本式らしい。

でもなぁ、水道の水をジャァー!っと思い切り入れるところもキアラン君らしいではないか。

そして、もう一杯と言う時はマイクロウエイブに突っ込んでしばらくして戻ってきて、新しいカップにコーヒーを入れ、マイクロウエイブのドアを開けて「ありゃ」という顔をしている。それでも結構味にはうるさいし、それなりのテイストも持ち合わせている。

特に彼の場合、さすがにヨーロッパ人。ワインにはかなりの知識があるようだ。

おっと、キアラン君の話はいいとして、何だっけ?あ、コーヒーです。

もし、まだフレンチプレスを使ったことのない人は、いちど試してみるといいかな、と思います。

手入れも楽だし、何だか前より美味しいような気もします。

初ブルーグラス

僕にとっての初ブルーグラス体験は世の中が東京オリンピックで盛り上がる少し前のことだったと思う。

前にも書いたかもしれないが、家で購入したステレオに付いてきた見本のLPレコード「Bluegrass is Oldies but Goodies」とかいうタイトルでFoggy Mt.BDがA面のトップに入っており、B面のトップがスタンレー・ブラザースの「Maple on the Hill」だった(ような気がする)

さて、そのなんだかわからないけど、えらく速く弾いている(らしい)楽器の音に度胆を抜かれたわけだが、最近BOMの渡辺三郎くんとメールで久々にやり取りした。

1949年12月11日のこの録音がほとんど正確にG#である、と言うことについてだが、当時、本当にチューンアップしていたのか、録音したものを半音上げたのか、その辺を彼に訊ねてみたのだ。

すると、とても詳しい記述(記事)を送ってくれた。これに関してはひょっとすると彼も面白いと感じてくれて記事にするかも…と言っていたので、ここで詳しく説明することは避けておこう。

ただ、僕の単純な疑問として、アイリッシュではよく、半上げ(E♭)で演奏されることがあるが、特にセッションなどでそうすると下手な奴は入ってこれないし、うるさいパブではその方が音に張りが出ていい、ということなのだ。

そのためアコーディオン、フルート、コンサーティナなどはもともと半音高いものを持って行ったりする。

そう言う感じかな、と思ってのことだが、ブルーグラスでフラットマンドリンを半音上げるのは寿命が縮まる思いがするだろう(余談)

究極の話として、彼らはシンガーであるギタリストがケースから出した時の音に合わせているみたいだ。

なので440Hz~445Hz、たまには450Hzくらいまでのことがありそう。因みにジェリー・ダグラス曰く、アールのバンジョーは448Hzだったそうだ。

友人がチーフタンズの調律をした時は445Hz位だったそうだ。本当かよ!と思ったそうだが大体、古楽は高めだそうだ。

1949年にもチューニング・メーターなんて無かったんだろうし、その日の気分というのが随分あったのだろう。

そう言えばカーターファミリーが日本に来た時、やたらと大きなチューニング・メーターを持ってきてジョー・カーターがそれでオートハープをチューニングしていた。

あんなものを持ってこなくたって良かっただろうに、やっぱりずっとそれでやってきているのだろう。

あの頃、僕らは音叉を使っていたのだろうか?

寒い冬の夜にそんなことを考えてしまった。

内藤希花&城田純二スペース結コンサート記録2019年1月19日の会に寄せて

2011年 3月26日

1 Banks of Suir/Two Days to go  2 Handsome Young Maiden/Smiling Bride/Fox Hunter

3 Jackie Tar set  4 Foggy Mt. BD  5 朝の雨  6 The Maid I Ne’re Forget set

1 Ini Sui  2 Ramble of Bach  3 Both Sides Now  4 Boogie Reel set

5 川のほとり 6 Breton Gavotte  7 どこにいればいいんだろう 8 Broken Pledge set

アンコール:Lime Rock  Planxty Fanny Powers

2012年4月29日

1 Far Away Waltz set  2 P Fahey’s/Out on the Ocean  3 Foggy Mt. BD  4 春よ来い

5 Mountains of Pomeroy  6 Hard Times  7 Gm set

1 Old Timey set  2 外山節 3 Ramble to Cashel  4 Dutchman  5 Jewish Reel

6 Swan LK234  7 別れの唄 8 Inion Ni Scannlaine  9 Curlew set

アンコール: For Ireland I Won’t Tell Your Name  旅立つ前に

2012年12月2日

1 March of King of Laoise  2 Si Bheag Si Mhor  3 スカボロフェアー 4 Coilsfield House  5 Stor Mo Chroi  6 Return to Miltown/Road to Ballymac/Cutting A Slide

1 Clinch Mt. BS/June Apple  2 Foggy Mt. Special  3 山と川/Pockets of Gold

4 She’s Sweetest  5 Bulgarian/Gavotte/Guns of Magnificent Seven

5 海の嵐/Water is Wide  7 Fairy Dance set

アンコール:Hector the Hero

2013年11月3日

1 Here Comes the Sun/Rambler set  2 この想い  3 Coildsfield House  4 Clinch Mt BS

5 外山節 6 おわいやれ/Breton Gavotte  7 Anna Foxe

1 小さい秋みつけた  2 Foggy Mt BD  3 Time in a Bottle  4 10LB float

5 Fusco/She’s Sweetest  6 悲しくてやりきれない  7 Banks of Suir

アンコール:Dowd’s Favorites/Christmas Eve/W Coleman/Rolling Bar Maid

2014年10月5日

1 Island of Woods/La Coccinelle  2 Her Black Hair/Golden Castle  3 Sunday’s Well

4 Ramble to Cashel  5 Morrison’s/Drowsy Maggie/Farewell to Ireland

1 Continental Mood/Flat World  2 Waltz/Boys of Ballysadare/Sean Sa Ceo

3 どだればち 4 小さい秋 5 Banks of Suir/Goat Na Mona

6 Through the Wood Mama’s Pet

アンコール:I Can’t Stop Love with You/Humours of Tullyknockbrine/Dinky’s

2016年1月16日

1 Great Dream from Heaven  2 That’s Right Too/Hare’s Paw  3 Kitty O’Neil’s

4 Harp  5 ドナウ川のさざ波 6 Rolling Waves/The Cuckoo  7今またヒーローが 

8 Through the Wood

1 Dry & Dusty/Indian Ate the Woodchuck 2 Red Rocking Chair/Angeline the Baker

3 Hector the Hero/Girl at Martinfield  4 Parting of Friend  5 Are You Ready Yet?/Dolphin’ s Leap  6 Night in That Land  7 La Coccinelle

アンコール:Parting Glass/Father O’Flynn/Cranking Out set

2017年1月14日

1 O’Carolan’s Cup  2 今風の中  3 Fanny Power/Jig  4 心の旅/Baree Island set

5 Battle of Killiecrankie  6 力を合わせて 7 Covering Ground/Golden Stud/Reconciliation

1 Red Rocking Chair/Sally Ann  2 Harp  3 野ばらと鳩 4 Leaving Brittany/Horizonto

5 Maple Tree/Reel Batrice  6今またヒーローが 7 Farley Bridge

アンコール:Cranking Out set

2017年7月15日

ざっくり決めたセットの中で久保田さんにも唄っていただく

なお、2013年6月にハーモニカのありちゃんと、2014年3月にはCormac Begleyとお邪魔させていただいている。

以上、内藤希花&城田純二のデュオが残したスペース結での記録を掲載してみました。

2011年からスタートしたこのデュオをこうしてサポートしていただいている久保田夫妻に感謝いたします。

そして、足を運んでいただいたすべてのみなさんにも感謝いたします。

New Banjo

かねてから気になっていた12インチのオープンバックバンジョー。

Deering社のヴェガ・ホワイトオーク。

その弾き易さと粒立ちの良いトーンは、今メインで使用しているWildwoodとほぼ同等だ。

トーンリングは付いていないが素晴らしい響きを持っている。またトーンリングが無い分、ずいぶん軽い。

ポットが浅いせいか12インチ独特の深い音色には少し届かないかもしれないが、このトーンと弾き易さは抜群のものがある。

Deeringはなかなかどのモデルを弾いてみてもそれなりの音がしていて、それでいて比較的コストパフォーマンスに優れているバンジョーだといえるだろう。

クロサワ楽器ブルーグラス館の小林君と西田君に感謝。

クロウハンマー・バンジョーワークショップ#3

クロウハンマーのワークショップも神田のギターワークショップ、川瀬さんのご厚意でいよいよ3回目を迎えることになった。

日にちは2月24日の日曜日。時間は12時からということですが、詳しいことはギターワークショップにお問合せ下さい。

03-3293-8979

今までに受講された皆さんに配布したタブ譜は

スタンダードチューニングでCripple Creek, Red Haired Boy, Blackberry Blossom

マウンテンマイナーでCold Frosty Morning

ダブルCでAngeline the Baker, Arkansas Traveller, St. Anne’s Reel, Sally in the Garden

でした。

このスタイルではやはりスタンダードなチューニングより、モーダルな響きが出やすい他のチューニングの方が雰囲気は出るようです。

しかし、Cripple…は基本中の基本でもあり、Red…はなかなかよくできていると思うし、Black…はハイポジションからメロディを作りだすいい訓練にもなります。

各自お時間のある時に家でトライしてみたらいいと思います。

次回は新しいタブ譜を用意していきます。

ダブルCのSail Away Ladies, Shady Grove, Farewell to Trion

の3曲です。

それでは受講される皆様、まだまだ寒い日が続きますがどうかお元気で。

ギターワークショップでお会いしましょう。

ダニエル・ゲーデ奇跡のレッスン

先日「ダニエル・ゲーデ奇跡のレッスン」という番組をテレビで観た。

バイオリニストのダニエル・ゲーデが日本の子供たちのオーケストラの指導をする、という企画だ。

1週間で子供たちの音色に変化が出る、というものであったが、僕はかなり前に観た、フルート奏者のジェイムス・ゴールウエイのワークショップを想い出した。

男の子が「何かやってごらん」と言われ、フルートを持ってまさに演奏をしようとしたとき「ちょっと待った。君が野球でバッターボックスに立った時にどういう気持ちで相手のピッチャーに向かうかを想い出してみなさい」

と言うと男の子は「僕、野球はやりません」と答える。

すると彼は「男の子は野球をやらなくちゃ。さぁ行くぞ!という時の気持ちをこのフルートに託すんだ。だから君も野球をやりなさい」

と言った内容だった。

今回のダニエル・ゲーデも「この曲の背景は知っている?これはバロック時代に書かれたもので、その時代はほとんどがダンスの為に書かれたものだよ」

ひとつひとつの楽曲についての背景を語るというのは流石なものだ。そして彼は続ける。

「それじゃぁみんな楽器を置いて。その場に立ってダンスをしてみよう。足踏みだけでもいい。慣れてきたら身体も動かしたり手を動かしたり好きなように」

更に「次は弓の持ち方もちょっと変えてみようか。もっと短く持ってごらん」

テレビのナレーションでは「へぇ、弓の持ち方なんて変えていいんだ」という言葉が流れていた。

「短く持ってみたらなんか軽くなったようでしょ?彼はいろんな長さに弓を持って「君たちがやりやすいところを見つけたらいい」というようなことを言っていた。

子どもたちの演奏は確かに変わっていったようだが、これが続くといいなと思う。

日本と言う国はどうしてもクラシック音楽信仰が強すぎるような気がしてならないので。

2018年も有難うございました

もうすぐ2018年が終わってしまいます。69歳になりました。 ここまで多くの人に支えられて生きながらえてきました。 今年はほとんどコンサート活動をせず、春と夏に2回アイルランドに行きました。 お米と小麦という名前を付けた子猫とキアラン君と共同生活をしてきました。 彼等の世話に明け暮れました。 勿論、様々な場所で演奏もし、また新たな出会いもあり、それはそれは充実した時間を過ごしたアイルランドでした。 思うに余りに深入りしすぎたせいか、日本での演奏に今一つ馴染めなくなっているのでしょうか。 それでも2019年にはCDを2種リリースする予定でいます。 ひとつはアレック・ブラウンのチェロ入り。もう一つはちょっとだけMusic in the Airの第2弾という感じのものになると思います。 いよいよ平成の終わり。平成になった時、日本に居なかったので平成と言う元号には馴染みがないまま終わってしまいます。 何はともあれ、皆さんにとって素晴らしい2019年をお迎えください。 今年一年、有難うございました。

我々は何故アイリッシュ・ミュージックを始めてしまったんだろう

このことに関しては良くアイルランドでも質問を受ける。でも、それは決して政治的な理由などを求めているのではなく、アイルランドの音楽のどこが好きなのかを訊ねられているに過ぎない。

そんな時には必ず「メロディの美しさに魅かれた」と答える。

事実、美しいメロディが数多く存在することは確かだが、それはどの音楽にも存在する理由でもあるだろう。

最近「合意無きEU離脱のイギリス」という番組をテレビで観てしまった。

そのこと(離脱)によってIRAの活動が再発するのではないかという懸念が生じているという。

詳しいことはここには書かないが、彼らが言うには、人々が思っているように1998年にアイルランド紛争は終わっているのではない、ということだ。

僕らは少なくともこういう国の音楽を演奏している。そして現実にアイルランドで演奏している。もちろん北アイルランドでも。

そして、かなり政治的な場でも演奏してきている。それは僕自身アメリカでも経験してきた。

そんな中でもなにも問題なく演奏をしてきた。

ただ、自分の中ではこれは黒人の背負ってきた運命と同じだという感覚がある。

まさにアイリッシュ・ミュージックにもブルースを感じるのはそこの処だ。

それが理解できなければ、ただ単に楽しい音楽のひとつとなってしまう。

幸いなことに僕はフォークミュージックからブルーグラス、そしてアイリッシュという道を歩んで来た。

そこには常に黒人音楽との密接な関係が存在してきた。決して音楽上の技術的な話ではない。

そうして辿りついたアイリッシュ・ミュージックが僕自身の音楽になっている。

これから自分にとってのアイリッシュ・ミュージックというものがどのようになっていくかは分からないが、「イギリスのEU離脱」という懸念を報じた番組を観ていて少し考えてしまった。

12月23日 平成最後の記者会見

このようなものをまともにテレビで観たのは初めてのことかもしれない。

全く天皇制崇拝者でも、強く反対意見を持っているわけでもない。

ただ、今回の会見には結構感動してしまった。

うるうるした記者もいたということだが、分かるような気がする。

素晴らしい会見だったことは確かだ。

これって御付きの人が原稿を書くのだろうか、と思いつつも、彼(失礼)の人柄と言うものが本当に良く出ていたと感じた。そこが多くの人の感動を呼んだ所以だろう。

思えば彼等(またまた失礼)の結婚のパレードをテレビで観て絵日記に書いたのは1959年、僕が10歳の時だった。

12月30日

またまた誕生日のバースディ・コンサートを京都の都雅都雅さんで開催していただく。

今年はゲストにゴトウゆうぞう君を呼んだ。

特に今までに大きくかかわりは無いが、何故かよく知っている。

時は1970年初めころ。

京都で始まったナターシャーセブンに付いてきてくれた小学生から中学生になろうという年齢の女の子たち。

時が経ち、そのうちのひとりがゆうぞう君の奥さんとなった。

みんな今でも僕を支えてくれている。そしてみんながゆうぞう君の仲間でもある。

また、一目見たら忘れられない存在だ。

世の中では彼みたいな人を「味がある」「風変り」「めちゃ人に好かれる」「けったい」など多くの表現方法で呼んでいるだろう。

そんなにたくさんは一緒にやらない。何故ならば存在だけで全て持って行かれそうなので…。

しかし、僕もとても楽しみにしている。またライブレポートで報告します。

散歩

あまり寒くなく、天気も良かったのでちょっとだけ散歩してみたら、いい感じの景色の中に牛…いや、かなり大きい猫を発見。

あまりに面白かったので写真を撮ってみた。陽だまりの中、全く動こうとしない猫。おかげで楽しい散歩になった。

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クロウハンマー・バンジョーワークショップ#2

12月16日、第2回目のワークショップを開催しました。このところアメリカでも若い人達を中心に、オールドタイムがまた見直されてきているようです。

一見シンプルで取っつき易そうなこのスタイルですが、実は自身でメロディを作りだす能力がかなり必要になってきます。

一定のリズムを保ちながら右手と左手の組み合わせで、どことどこの弦を使えばかっこよく、かつ正式なメロディにできるだけ近いものを産みだせるか。

この奏法ではそこのところがとても大切になってきます。その中でも「これは不正解」ということはなく、いくつかのやり方を見つけることもできるだろう。

そんなことも皆さんと模索しながら、少しだけ基本的なものを身に付けていただいたら嬉しく思います。

例え1時間でもみんなと一緒に考えてみることは僕にとっても皆さんにとっても貴重な時間になることでしょう。また、そう願っております。

次回は2月頃(中旬以降かな)を考えています。

 

バンジョーワークショップ

2018年12月16日にまたフレイリング スタイルのバンジョーワークショップを開催します。

詳しいことは下記にお問合せ下さい。

神田ギターワークショップ 問合わせ 03-3293-8979

Irish Musicその143

Pretty Girl Milking Her Cow  (Waltz)

僕らはThomas’ Farewellとして録音しているが、このタイトルの方がよく知られているのかもしれない。過去にジュディ・ガーランドが1940年と1955年に録音している。非常に素晴らしい情感溢れるものだ。メロディの美しさは群を抜いている一作と言えるだろう。

この曲に関しては面白い話がある。

友人(アイルランド人)の一人が「僕は日本の文化にとても興味があるんだけど、ある日、日本のテレビ番組を見ていたら、とても日本らしいメロディの曲があった。それが凄く気に入っているんだけど何だろう」と言っていた。彼の記憶によるとそれは「Midnight Dinner」というタイトルだった、と言うではないか。まさに「深夜食堂」だと思った。そして、それは以前にもアイルランド人の別の友人から聞いた話だった。

斎藤常吉さんと言う人が「思ひで」というタイトルで唄っているものがそれだ。おもしろいことに「天国の階段」だ、と言う人もいる。そういえばちょっと似ているかな。

Thomas’ Farewellというタイトルがどこからきたものか分からないが、ひょっとして詩が

Thomas Mooreだと言うことなのでそれと関係があるのかな?

Irish Musicその142

Dark Hollow

またしてもアイリッシュ・チューンではない。れっきとしたブルーグラスソングだ。ただ単にすごく好きな歌として掲載してしまう。ブルーグラスの世界ではほとんど誰もが歌っているものだろう。特に好きなのはミュールスキナーによるものかな。ビル・キースの素晴らしいリックとクラレンス・ホワイトの“ザ・クラレンス”といえる素晴らしいギターソロ。作者はBill Browning 彼自身、1958年に録音している。 随分前、Nirvanaのライブをテレビで見ていたら、散々彼らのトレードマークであるグランジと呼ばれるロックをやった後、アンコールで「じゃぁ最後に俺の一番好きな曲を」とカート・コバーンが言ったと思ったら突然Dark Hollowを唄い出した。僕はのけぞってしまった記憶がある。だが、彼らのどの録音物をみてもこの曲は入っていない。

Irish Musicその141

In the Pines

今回は140に引き続き、アイリッシュ・チューンではない。ブルースからの選曲だ。とは言えどもビル・モンローもロレッタ・リンもカーターシスターズも唄っているし、Nirvanaも唄っている名曲中の名曲。またまた、とは言えども、歌詞が唄う人によって相当違う。レッド・ベリーのものからはマーダー・バラッドだと言うことが読み取れるが、カントリー系やブルーグラス系の歌詞からは放浪の唄、という感じがする。少なくとも1870年頃の唄だろうとされているが、こんな歌が何とFour Penniesというイギリスのグループに歌われて1964年のTop20になっているというから驚きだ。ビル・モンローはThe Longest Trainと呼ばれるバージョンで唄っているが、非常にミステリアスな内容であるとエリック・ワイズバーグが1994年にNew York Timesに寄稿している、という記述が残っている。

いろいろ調べてみると、世の中にこの歌が出たのは1926年のDoc Walshのものが初めらしい。彼はキャロライナ・ター・ヒールズのバンジョー弾きだ。

Black GirlまたはWhere Did You Sleep Last Night?というタイトルでも知られている。

Irish Musicその140

Darlin’Corey

今回はアイリッシュではないものを2曲。

この曲を初めて聴いたのは高校時代、ブラザース・フォアによってだ。彼らの演奏についてはすでにコラムの別なカテゴリーで述べているので特に何もないが、アメリカでも最も有名なバラッドのひとつと言えるだろう。

マイナーで唄う人、メジャーで唄う人、ブルーグラスでもブルースでも取り上げられる曲だ。

Cecil Sharpによって1918年の9月に採譜されたという。歌ったのはNCのClercy Deetonだと言われている。

こんなこと、インターネットがなければ分かるはずもない。勿論知らなくても唄えないことはないのだろうけど、こんなことを調べるのが好きだ。

 

Cuckoo Bird

これもまたずいぶん昔に聴いたものだ。もしかしたらPP&Mだろうか。そして大学時代、オールドタイムを演奏するようになって、やっぱりClarence AshleyやDoc Watsonなどのクローハンマーバンジョーによる、えも言われん世界にぞっこんになったものだ。

独特なサウンドだと言えるだろう。

Irish Musicその139

Dear Irish Boy   (Air)

何を書いたらいいのか分からないくらいに抒情的で、そしていい曲だ。

2018年のダブリン、ある夏の日に僕と希花とノエル・ヒルは一枚のCDに耳を傾けていた。それはWillie Clancyの古い録音で、彼はこういうものを何度も何度も子供の頃から聴いてきた、という話を聞きながら、そして美味しい紅茶を飲みながらの昼下がり。

話はやがてDear Irish Boyのことに及んでいき、僕らのアルバムでのパディの素晴らしい演奏のことも、そしてTony MacMahonのこれまた素晴らしい演奏のことにも触れ、じゃぁ最後にWille Clancyのものをもう一度聴いてみよう、ということになり、3人でじっと目を閉じて耳を傾けた。それは至高の瞬間だった。

そしてノエルが「ジュンジ、ギターでこれを弾け」と言ったことで僕も弾いてみることにした。決して難曲でも北極でもなく、ただひたすら奥の深い曲なのだ。

このような曲は生半可な気持ちでは弾けない難しさがある。

 

クロウハンマー・バンジョー ワークショップ

初めての試みですが、クロウハンマー・バンジョーのワークショップを10月14日の日曜日に、神田のギターワークショップの川瀬さんのご厚意で場所をお借りして開催することにしました。

川瀬さんは長い間、日本のブルーグラス界の陰の功労者として貢献してきた人です。

バンジョーという楽器にめぐり会って54年。それは衝撃的な出会いだったのですが、ほぼずっとスクラッグス スタイルに傾倒してきました。

91年からは、全くと言っていいほど弾くことが少なくなってしまいましたが、それまでの経験はアイルランド音楽の中で独自のギタースタイルを作るうえでとても重要なポイントとなりました。

ブルーグラス&オールドタイム経験、約50年。その中でアイリッシュ経験、約27年。

今頃になっていろいろ考えるに、オールドタイムとアイリッシュの共通点が否応なしに見えてきました。

それはブルーグラスよりもはるかに上回って近い位置にあるように感じます。

そして更にオールドタイムに眼が(耳が)向き、クロウハンマーを今一度研究しています。

僕自身まだまだ足りない部分はあると思いますが、少しずついろんなことが解明出来てきたので、今回ワークショップを、と考えました。

独特なうねりをもったリズムはバンドなどで演奏すること、また注意深く聴くことで修得していくものですが、実際にどのようにしてメロディを作りだしていくかも、この奏法の極みでもあると感じます。

非常にマイナーな世界ですが、はまると抜けられない、という音楽は数々あるものです。

そんな中のひとつであるオールドタイムフィドルと並んでもう一つの花形ともいえる、クロウハンマー・バンジョーのワークショップは下記の通りです。

 

日時   2018年10月14日(日)12:00~13:00  13:30~14:30

どちらか、或いはどちらも受講可能

場所   神田ギターワークショップ

問合わせ 03-3293-8979

 

Irish Musicその138

Tribute to Peadar O’Donnell (Air)

この曲を初めて聴いたのはいつ頃だったろうか。もうかなり前のことなのでよく覚えていないが、美しいメロディで常に頭の中にあったものだ、Davy Spillaneがすばらしいプレイを披露していたものだが、最近いろいろ調べていると、ジェリー・ダグラスがやっているものしか出てこない。僕にとってこれはムーヴィング・ハーツのサウンドそのものであったが。僕はギターで弾いている。それにしても素晴らしいメロディだ。

Peadar O’Donnellは1893年Co.Donegal生まれの政治活動家であり、小説家だ。

曲はやはりDonal Lannyかな。そのことについて書いてある記述が見当たらない。

 

ワイン

この頃、やっとワインの味が分かってきたような気がする。

それというのも、散々安物を飲んできたからかな? つまるところ、飲む、という行為には全く興味がない。

僕と省悟はツァーに出ると絶対に甘いものを食べに出掛けた。まず、酒を飲みに出る、ということはなかった。 打ち上げで、ビールで乾杯!ということはあったがその1杯でもう充分。

オフの日があれば、チョコレートパフェとかババロアとか、そんなものを求めて夜の街でもウロウロしたものだ。 彼も40過ぎて位からは結構飲むようにはなっていたようだが、根本的にそんなに強い性質ではなかった。

一方、僕の方はアイリッシュを始めてから、少しは飲めるようにはなっていたが、それも演奏中だけ。エネルギーと共に出ていってしまう演奏中だけだ。 ウイスキーなんてもってのほか。日本酒というのも好きではない。それでも、状況によっては美味しい日本酒だったらちょっとくらいはいいかな。

さて、ワインの話だが、キアラン君と深く付き合うようになってから、なんとなく美味しいものと、そうでもないものの違いがわかってきたかもしれない。 一緒にヨーロッパ各地に出向き、特にフランスではその安さに驚いた。そして、安いものでも美味しい。 僕らはアイルランドでも安物を買うがキアラン君は決まって「そんな安物は駄目だ」と言って少し高めのものを買う。 高いからいい、というわけではないが、確かに深みが違う…と言うことが分かってきたのだ。 さすが、ヨーロッパの人だな、と感じる。

フランスではどのお店に入っても、まず、味見にワインが出てくる。勿論、ブリタニーの小さい村。みんな僕らを連れていってくれた二コラの事は知っているからだろう。 そんなところで陽の光に当たりながら、緑に囲まれて飲むワインは絶品だが、結構安いらしい。同じものが日本では5倍くらいの値段なので、どうしても日本では安いワインを購入してしまう。

因みにアイルランドでもいいワインはそこそこの値段がする。 なので、アイルランドでも僕らは、ついつい安いもので満足してしまうのだが。

そう言えば京都で深夜、キアラン君とファミレスに入って彼が赤ワインをオーダーした時のこと。彼がまさかそうじゃないだろうな、という気持ちで「それって冷えてない?」って訊くと、アルバイトらしき若い男の子が張り切って「はい、キンキンに冷やしております」と答えた。

確かに安い赤ワインは少しくらい冷やした方が飲みやすいかもしれない。 ワインの味が少しは分かりかけてきた今日この頃。

秋の夜長、うんと冷えた白ワインか、少しだけ冷やした安物の赤ワインか、どちらにしようかな。因みに白ワインも安物。

Irish Musicその137

Sandy Boys   (American old timey)

この曲はそこそこ有名なものだが、始まりのメロディはまるでClinch Mt. Back Stepのようだ。よく聴くと2音目が違うことが分かるのだがほぼ一緒だ。

だが、なかなかいい。と言うのが最初に聴いたのがLukas Poolの素晴らしいプレイだった。

彼は4弦をオクターブ低いGに合わせていたのだが、12インチのヘッドを持ったバンジョーならではの音が響いている。勿論11インチのレギュラーのバンジョーでも出来ないことは無い。しっかりチューニングすれば問題は無い。しかし、それなりの低い音はやはり12インチならでは、かもしれない。

この曲には歌詞もあるがインストとして演奏する人も多い。

 

 

Irish Musicその136

Sally in the Garden (Barndance)

バ-ンダンスとなっているし、タイトルからも「あれ、アイリッシュ・チューンかな」という感じだが、明らかなるアメリカン・オールドタイム・チューンだ。元々、少し卑猥な内容を持ったバラッドだという話だがまだ聴いたことが無い。

インストとして初めて聴いたのはLaurel Primo & Anna Gustavssonという女性デュオのグォードバンジョーとニッケルハーパの演奏だったが、非常に幻想的な響きを持ったものでとても惹きつけられた。

それから参考のためにあらゆる録音物を聴いてみたが彼女たちの演奏に勝るものはなかなか見つからない。好みの問題だろうが。

また、ジグで演奏されているバージョンもあってなかなか面白い。珍しくA&Bパート、共に9小節の曲だ

Irish Musicその135

Sunny Hills of Beara / Fox in the Thatch   (Jig)

この2曲のセットはTony O’Connellの演奏から学んだ。2曲はほとんどのケース、セットで演奏されることが多いようだ。どちらもJohn Dwyerの作。Bearaは世界で最も美しい景色のひとつと言われる、ケリーやコークが見渡せるエリア、そう、トニーが犬の散歩で連れていってくれた壮大なエリアのこと。曲も美しいメロディを持っている。2曲目に関してはなかなか興味深い味わいのある曲。どこがどうの、ということはないが、ごく普通のトラディショナル・チューンのようにして始まり、Bパートでなんとも形容のし難い変わった、それでいてトラディショナル・フィーリングに満ち溢れたメロディを展開する。

そして、Arty McGlynnが実にツボを得たコードワークを聴かせてくれる。

他にもDwyer自身とEdel Foxのデュオで聴くことができる。TonyのアルバムではフィドルにBrid Harperが入っている。

 

Irish Musicその134

Each Little Thing (Slip Jig)

今年(2018)のフィークルのフェスで、あるグループの素晴らしい演奏が耳に飛び込んで来た。ふと見ると、歳の頃はみな20代かそれよりも下。言うなれば少年、少女たちだ。

そのグルーブ感といい、テクニックといい、感性といい、もうここの子達でないとあり得ない演奏だった。そんな彼らが演奏していたもののひとつがこの曲。

希花さんがえらく気に入って録音していたが、それは曲の素晴らしさもさることながら、特にアコーディオン少年のセンスの良さとタイミングの素晴らしさにも、とてつもない才能と感性を感じたからだ。

僕はこの曲を以前聴いたことがある、とずっと思いながら聴いていた。

さて、そうなると僕の執念の資料集めが始まる。

まず、何の音で聴いたか。それは誰っぽい演奏だったか。いつごろ聴いたか、などの記憶を基に調べて調べて調べまくる。

そして辿りついたところがSharon ShannonのEach Little Thingだったのだ。作ったのはギタリストのStephen Cooney 別なタイトルをDiarmuid’s Marchという。

ところでフィークルで演奏していたのはアコーディオン奏者のColm Slattery多分今年20歳くらい。Co.Tipperary のNenagh出身だ。

そして、数日後、別なところでまたしても素晴らしいアコーディオン演奏が聞こえてきた。

見てみるとまだ子供だった。その場に居合わせたケイト・マクナマラの妹が「ジュンジ、彼知ってる?コルムの弟よ!」だそうだ。

帰国第一声

最近、カカオのパーセント表示が明記されたチョコレートをよく見かける。

先日90%カカオというものを購入して食べてみた。もう、チョコレートというよりも…。

その昔、小学生だったか、もっと前だったか、虫下しというのを食べた(飲んだ?)記憶があるが、あれって覚えている限りでは今回食べたものによく似ている。

あの時の虫下し、なるものも、まさにチョコレートのような形をしていたし、子供にも食べやすいように、ちょっと苦かったがそれほど抵抗がなかったような気がする。

記憶も鮮明なものと、明らかに間違ったものなど、いろいろだ。

扁桃腺というものはいつも腫れていて「扁桃腺肥大」というお知らせを健康診断の度に持たされたが、毎回、駿府公園のお堀に捨てていた。

というのも、扁桃腺手術というのがとても怖いもの、というイメージがあったからだ。

何だか、子供たちがみんなあごのところにトレイを持って並んでいると、その権威といわれる扁桃腺手術の名医がまるで魔法のようにチョンチョンと切っていく、というのだ。

すると持っていたトレイの中に扁桃腺がコロンと落ちるって…マジですか?

でも、そんな話をきいたような気がする。

そのことを希花女史にしたら「そんなバカな!」と一括(一喝)された。

僕が気にしていた恐怖はいったい何だったのだろう。

結局、扁桃腺はそのままだが、今のところなにも起きていない。

今はネットで調べればいろいろ謎が解けることも多いが、なんかモヤモヤしたままいつまでも考えているほうが面白いこともあるだろう。

父親の仕事の打ち合わせに付いていって喫茶店でコーヒーを注文した父に「一口」と言ってもらったものはこの世で一番不味かった。虫下しのほうが数倍もましだった。

それが当時ではとんでもない高いものだった、という記憶はあるが、50円だった、という記憶は定かではない。

もうちょっと先の時代になると、ちゃんぽんというものが50円だった記憶がある。これはしっかり覚えているし、カレーが80円だったことも覚えている。

さて、すっかり時差ボケからは解放されたようだが、何故かボーっとしているのは、ひょっとして湿気のせいだろうか。

楽器は驚くほど鳴らないし、耳は塞がれているような感触がある。

他にも道を歩いていて煙草の匂いが気になるのは、空気中の水分が多く、そこに匂いが張り付いているんだろう、と感じる。

タバコを吸う人はアイルランドでも多いのだが…。

帰国して約2週間。そんな風に頭があまりはっきりしないので、カカオ90%というもので少し刺激を、と思ったのが事の始まり。

また少しずつ何か書いていこう。

2018年アイルランドの旅 33 ダブリンに向かう。最終回

916日(日)曇り。昨夜は遅くからすごい雨と風だった。

明日、ダブリンから香港に向かって発つのでこれで一応の最終回。アンコールは次の機会に、ということで、今年もまた様々な刺激を受けた。

しかし、その刺激はもはや日本という国で活かせるかどうか微妙なところだ。

昔はそういう刺激的なものは現地でしか味わえなかったものが今ではどこにいてもそれなりの気分は味わえる。しかし、どう転んでも現地でしか感じることができないものもある。

僕らは2011年からアイルランドで演奏をしてきているが、例え夏の間だけにしても現地でしか経験できないことが多くある。そしてそれはミュージシャンという立場から、趣味とかパートとかではない立場からしてみるとなおさら重くのしかかってくる事実だ。

音楽を気楽に楽しめればいいのだがここまで深く関わってくるとやっぱり「これってどうなんだろう。果たして日本人なんかが気楽に覚えて帰って、現地ではなんて言って教えたりしていいもんだろうか」と考えてしまう。

もちろん教えることが好きな人、また上手い人というのがいることも確かだろうけど、どれだけディープな世界を伝授できるかが疑問だ。

そんなに深く考えなくてもいいのかもしれないが、そこが「これで飯を食っている立場」としては微妙なのだ。

眠っている時以外で考えていることは「この曲とこの曲をつなげたらいいんじゃないか。あの曲は最後どうやって終わるんだったか。タイトルはなんだったか。誰か作った人がいたかな。どんなストーリーで生まれた曲だろう。あのハーモニーは綺麗だったな。」他、そんなことばかり考えている。

その上、最近はまたオールドタイムにも一段と興味が湧いてきて、また大学時代、1960年代に戻ったような感覚がある。

1971年からミュージシャンとして生活してそれから20年(1991)してアイリッシュ・ミュージックの世界にどっぷり浸かるようになって、それからまた20年で(2011)こうしてフィドル&ギターのデュオとしてアイルランドで演奏をしている。

随分とディープな世界に入ってしまったが、また来年ここに戻ってきても初心に帰れるようにしたい。

人間にとって一番大切で一番難しいことだろう。

しかし、それがこちらの一流ミュージシャンたちを始め、音楽を愛する人たちに感銘を与えることができる秘訣かもしれない。

お世話になった多くの人に感謝。

キアラン君、たくさんお世話になって、たくさん笑かせてくれて大感謝。

僕らはこの国の音楽を愛してやまないが究極「アイルランドのアイルランド人によるアイルランド人の音楽」という気がしてならない。

それだけに多大なリスペクトを惜しまずにはいられない。

ポールズタウンまでれいこさんに送ってもらって、ダブリンで洋平くんと少しだけ飲んで、明日の朝出発する。

これで今回の旅は終わり。

2019年はどんな旅になるだろうか。

2018年アイルランドの旅 32 あと5日ほど

912日(水)晴れ。猫が嬉しそうに走り回っている。外に出してあげようかと思うのだが、寒いせいか、夕べ降った雨で地面が濡れているせいか、すぐ戻ってくる。

そうなると、そろそろ行動も派手になって来ていろんなものを引っ張り出したり落としたりするので見張っていないといけない。

先日はコーヒーのフレンチプレスを落として割ったし、バターの入れ物を落として割った。

抱えて「めっ!」と言っても何食わん面構えであっち向いたまま顔についたバターをぺろぺろなめている。床に下ろすと一目散に落としたバターの残りを舐めに行く。こりゃダメだ。

あと5日ほどで僕らは帰るが、そのあとキアラン君だけで大丈夫だろうか。

今日はずっと寒いので家の中でウロウロしている。炬燵はないので丸くなっていないが。

朝、ジョンが蟹の足をいっぱい持って来てくれたのでお昼は蟹チャーハンにした。

夜はミッシェルがミック・マックォリーのセッションに一緒に行こうと誘ってくれたので、キルケニーまで出かけて行った。

ミックはソラスのアコーディオン奏者としても有名で、兄弟のアンソニー(フィドル)とのコンビネーションが素晴らしい。歌も抜群だ。

素晴らしく質の高いセッションだった。こういうセッションに出会うことはなかなか難しいが、これこそがこのアイルランドで経験できるものである。ただ、そうでない場合も時としてこのアイルランドでさえも有りうるので、それを見極める力も必要になってくる。

2時間ほど一緒に演奏して、終わってから懐かしい名前が出た。

エイダン・ブレナンという、僕がサンフランシスコ時代から知っているシンガーだ。彼がここ、キルケニーに住んでいてすぐそこでギグをやっているはずだから会いに行こうという話になった。元々オレゴンに住んでいた奴だったかな。

ミックが「ジュンジが来ているって言ったら、どうしても会いたいから連れて来てくれって言われてるんだ」とニコニコして言ってくれる。なのでこちらも楽器を片付けて駐車場に行くと、ちょうど彼も終わったところで20数年ぶりの再会を果たした。

真っ黒だった髪の毛も随分白くなっていたが、向こうもそう思っただろうか。

彼は盛んに「ミュージシャンの絆は永遠だ」と言って、何度も何度もハグをしてくれた。

素晴らしい再会を果たすことができて、ミッシェルやミックに本当に感謝だ。

913日(木)晴れ。書き忘れたが、ノエルと会う計画を変更してバグナルスタウンに帰って来たので、少し時間的には余裕ができたようだ。帰りの電車の中、彼とも電話で話ができたし。

さて、昨夜のキアラン君の食事はレフトオーバーの蟹チャーハンだったが「なんか魚みたいなもの入れた?」という。身を細かくほぐしてチャーハンにしたらわからないだろうと、魚嫌いのキアラン君を甘く見ていたら、やっぱりわかるんだなぁと感心してしまった。

案の定半分ほど残っていたので今朝、僕が食べた。

7時頃起きて、猫のトイレを綺麗にして、部屋に掃除機をかけて、キアラン君の洗濯物を干して、台所の洗い物をして、その間に曲調べをしていたら現在9時半、やっぱりお腹が空くものだ。

外は限りなく青空が広がっているが、日陰はうんと寒い。10に到達していないんではないだろうか。

明日からはキアラン君が生徒さんたちを連れてディングルに行くので、顔を合わせるのは今日で最後。

晩御飯を外で食べようという話で、おきまりのロード・バグナル(ホテル)のレストランに行く予定にしている。

キアラン君が仕事から帰って来て予定通り食事を済ませて、キアラン君は朝が早いので、今日は早く寝る、と言っていたところにジョンがやって来た。

また長々と話して4回くらい立ち上がってはまた話し込む二人。キアラン君も引き止めてさらに新しい話題を提供するので結局1時間半ほどが過ぎてしまう。

なかなか面白い秋の夜長だ。

914日(金)曇り。ひたすら寒い。今日のハイライトはカーロウの町のすぐ近くにあるBrownshill Dolmenという石の建造物見学。

数ある石を積み上げた遺跡の中でも最大級の重さ(150トンほど)という、畑のど真ん中、ほとんど来る人がいない素晴らしく広いところにポツンと佇んでいる起源前40003000年の建造物。

一体、人間の力でどうして積んだんだろう。驚きである。

呆然と眺めていたら一人の男の人がやって来て「ここに来たかったんだ。今までに色々見て来たけどこりゃすげー。ぶったまげた」と言っていた。アイルランド人であるが彼にとっても感動ものだったらしい。

僕らも普段観光などしないのでこんな近くにこんなところがあるのは知らなかった。でも確かに何もない。ただ畑の真ん中にポツンと誰がどうやって積み上げたかわからない巨大な石がある。それだけ。柵もない。

この自由気ままさがなんとも言えない。日本のように地震があったら一巻の終わりだ。

連れて行ってくれたれいこさんに感謝。

915日(土)曇りのち晴れ。いよいよ本格的にパッキングを始める。

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2018年アイルランドの旅 31 ブルージュ

98日(土)ブルージュ。昨夜遅く、ギュートの家に着き、しこたまのワインとチーズやパンで2時過ぎまで(因みに1時間こちらの方が先を行っている)語らったので朝早い目覚めは無理だった。9時半頃かな。ほとんど2日酔い状態で、体の節々が痛いままコーヒーをいただき、飼っている鶏の産み落とした卵で目玉焼きをいただいた。

ハウスコンサートは今晩8時半からなのでそれまでは観光に連れて行ってくれるという。

日本人にも人気のスポットらしく、さすがにおとぎの国とも言える街並みが美しい。そしてその街を囲む緑の豊富さ。

石畳の道を歩いて歩いて歩き回って、お昼ご飯を気持ちのいいレストランでいただき、チョコレート屋さんやレース屋さんを見て、4時間ほどギュートの案内で市内観光。天気も素晴らしく良くて、気持ちのいいお昼時だ。

またまたキアラン君が色々笑かせてくれた。

家に戻ってギュートの手作りシーフードスープが絶品で、ワインとちょっぴり変わったスイカとフェタチーズのサラダ。どうやらユダヤ料理らしいが、そういうものをまたお腹いっぱいいただき、いよいよハウスコンサート。

最初は少し上がり気味だったキアラン君も途中でビールをいただくと、だんだん乗って来た。

僕はジャンゴスタイルのマカフェリタイプのギターを初めて弾いた。

サスティンがとても効いているが、音がカリンカリンでさすがにジャンゴみたいな音がした。もうちょっと深い音が出ると結構いいかも。もしかしたら高級モデルはもっと深い音がするのかも。

コンサートの間もお客さんの間で次から次とビールやワインが空いていく。やっぱりヨーロッパだな。そしてベルギーだな。

チョコレートの美味しさも格別だ。

コンサートが終えてもしばしみんなでワインを飲んでまたまた語らう。が、疲れたので1時頃には寝てしまった。

ベッドルームの窓からまだ走っている電車が見える。

99日(日)晴れ。アイルランドに戻る前に再び観光の予定。その前にコーヒーとクロワッサンをいただくが、これがすごく美味しいし、大きい。日本だったら一つ800円くらいしそうなクロワッサンがゴロゴロとバスケットに無造作に入っていて、丸くて大きなパンも一緒に入っている。

コーヒーとパンでお腹がいっぱい。どれも極上な味だったのに、お昼はどこそこで食べよう、なんていう相談を持ちかけてくる。

彼ら外国のミュージシャンたちの元気の源は飲むことと食べることに起因していると思わざるを得ない。

この日ブルージュは27という暑さ。でも、日陰は涼しくて観光にはもってこいの日和となった。

風車の写真を撮ったり、美術館に立ち寄ったり、そしてパティオでお昼ご飯をいただいて、定番のビールやワインを頂いて、ギュートが空港まで送ってくれた。2時間もかかるのに。

そして再会を約束して飛行機に乗り込んだ。ここからダブリンまでは1時間とちょっと。

たくさん面倒を見てくれたギュートと彼を紹介してくれたキアラン君に感謝。

ダブリン空港に着いて駐車場に来たらうさぎが数匹遊んでいた。もうすぐ暗くなる。

910日(月)曇り。朝、840分の電車でリムリックに向かう。ここからはいろんな行き方があるが、比較的早く行ける便だと、キルデアとポート・リイシュとリムリック・ジャンクションで乗り換えてやっとリムリックに着く。

全行程3時間ほどの比較的楽な旅ではある。

リムリック大学でデビッドと会って、ちょっとリハーサルをして本番。彼はクラシックが専門でリコーダーなども吹くが、ティン・ホイスルやローホイスルの腕前もかなりのものがある。

45分の彼の持ち時間の中で僕らは10分ほど彼に付き合って、他にも彼の友人たちがサポートして無事ファイナルパフォーマンスが終えた。

それから街に戻って、今度はトニー・オコンネルに会う。

ちょうど彼が用事でリムリックに来ているということなので、会おうと言ったら2つ返事で是非一緒に弾こう、と言ってくれたのだ。

僕らが宿泊しているホテルの1階に静かなパブ兼レストランがあったので、フロントで「ちょっと弾かせてもらっていい?」と訊くと「もちろん」という返事が返って来た。日本だったら確実に断られる。

バーテンダーにも一応尋ねたらやっぱり「もちろん」という返事が返って来たので、「じゃぁ、ギネスを。いくら?」と訊いたら「構わないから持っていけ」という。日本だったらありえないことだ。

そして演奏していると「もう無いだろ?もう1杯いけ」と勧めてくれる。飲み物に関してはやっぱり太っ腹のアイリッシュだ。

1時間ほど演奏とギネスを楽しんで、トニーが、リムリックで一番古くから演奏する場をミュージシャンに与えているパブ「ナンシー・ブレイク」という所に連れて行ってくれるというのでついて行ったら、街はセメスターが終了した大学生たちで大混乱。

みんなすごくお洒落をして飲み回っている。女の子が「トニー・オコンネル!」と叫んでいた。きっと大学でトラッドを専攻している子なんだろう。

ナンシー・ブレイクでは驚いたことに先日フィークルで出会ったフランス人のパイパー、マックスがセッションに混じっていた。

僕らは時間も遅かったし少しセッションを見て、ギネスを飲んでトニーと別れた。彼はこれから1時間ほどかけて帰らなくてはならない。

しかし、いいプレイヤーだ。どこを取っても音選びのセンスがいい上に、かなりのテクニックで聴かせてくれるし、スローな曲での強弱や音選びが抜群だ。

そんなトニーに感謝。デビッドにも僕らをリムリックに呼んでくれて感謝だ。

911日(火)曇り。お昼前の電車でバグナルスタウンに向かう。比較的楽な旅だが、どうもよくわからないことが2~3ある。

まず、切符のことだが、車掌が二人、前からと後ろから検札をしにくる。切符を用意して待っていると、隣のにいちゃんのところで少し手こずっている。やがて二人でなんか相談しているうちにそのままどこかへ行ってしまった。

1 ランダムにやってみたほうが効果がある。

2 ただ単に気まぐれ。

3 鳥と一緒で3歩歩いたら自分のしていることを忘れてしまう。

この3つのうちのどれだろうか。

もう一つ。

座席のことだが、ネット予約をすると一応チケット上に指定席の表示がされる。それは自由席と同じ値段なのだ。そして、指定されたところに行くと確かに電光掲示板のところに名前が表示されている。

しかし誰かが座っている。この時、若い子だったら「ここ俺たち」と言えるが年寄りだとなかなか「どいて」とは言えない。

仕方がないので空いてる席を探すが、もしいっぱいだったらどいてもらうしかない。それか我慢するか。値段が一緒、というところが”ミソ”なのか。

1 ただ単に気にしていない。

2 このシステムを知らない。

3 このシステムを知っていて無視する。

この3つのうちのどれだろうか。

やがて無事バグナルスタウンに着いてキアラン君と待ち合わせて猫たちとも再会。

今夜はゆっくり過ごす。

911日、あれから17年かな。

2018年アイルランドの旅 30 カーロウに戻る

91日(土)晴れ。昨夜戻ってきたのが1時半を回っていたが、また8時頃には目が覚めた。

マットとお茶を飲んだ後、いつも彼が健康のために歩きに出かける場所があるので一緒に行こう、と誘われて、天気もすごくいいので行くことにした。

とてつもなく大きな公園Royal Gunpowder Millsという、昔は火薬を製造していた場所らしい。広大な土地でサイクリングロードやランニングコースがあり、見渡す限りの緑が広がる中でヨガのクラスがあったりする。

そんな中を二人で1時間ほど歩いた。何人かの彼の知り合いに会ったが、そのうちの一人は何度もyoutubeでノエル・ヒルとの演奏を見ている、と言っていたし、フィークルでも見たと言っていた。世の中狭いもんだ。

帰ってきてシャワーを浴びて、土曜日恒例のスコーンをいただく。

マットの弟がやってきて、去年と同じメンバーでホームメイドのスコーンと紅茶でしばし歓談。

そして、今日はマットが親戚の家に行く通り道だということでカーロウまで奥さんのリズと一緒にドライブしてくれた。

2時間半ほどの道のり。CDのアイリッシュ・チューンを聴きながら「あーじゃない、こーじゃない」と言いながら素晴らしい天気の下、一回の休憩でほとんど時間通りにキアラン君の待つ家に着いた。

待っていたのは彼だけではなく2匹の猫もだと思う。

今日はそれからこの家で友人を数人呼んでセッションをしようという話になっていて、ミッシェルとデイブ、ジョンやれいこさん、ダラウ、それにキアラン君のお母ちゃんまで来て、まず乾杯と軽い食事。

マットとリズは10時半頃、まだ1時間ほどドライブしなくてはならないので帰って行った。

随分お世話になったので名残惜しかったが、次回会えることを彼らも楽しみにしてくれているようだし、本当に感謝だ。

マット・クラニッチ。僕より一つ年上。いつまでも健康で、いい音楽を聴かせて欲しい。

92日(日)曇り。昨夜勢いに任せて飲みに行ったキアラン君は今、そろそろ11時になろうとしているがまだ寝ている。僕も一旦8時過ぎには起きたが、さっきまでまた寝てしまった。

10日間の疲れがどっと出ている。

よく晴れてきたので洗濯をする。猫の世話をして夕方から買い物に出かけようとした瞬間に突然ジョンがやってきた。

こうなると1時間は予定がずれる。普通、すぐ去る予定で寄ってもここの人たちは最低1時間ほどは話し込む。

それがどんなに急いでいる時でもそうなのだから誰もが時間通りには現れないことは当たり前かもしれない。

それだけ友人たちとの物理的な距離が離れているのだろうか。そして心は都会の人とはくらべものにならないくらい密接なのだろうか。

やっぱりもう1時間経った。帰る態勢のままキアラン君も引き続き話すし、ジョンもそのままの態勢で後30分くらいは話すだろう。荷物は持ったが、あと10分くらいかな。結局携帯は忘れて行ったし期待を裏切らない人だ。

夕方遅くには雨が降り出してきて、こちらも期待を裏切らない天気と言えるだろう。

93日(月)午前8時、今のところ晴れ。猫を外で遊ばせようと思うが、寒くて帰って来てしまう。今日はそれくらいに風が冷たい。

14となっているが、それ以上に寒く感じる。家の中はサンサンと輝く太陽の恩恵で暖かいのだが。

後2週間ほどの滞在となった。

歳とるとなおさら時の流れが早く感じる、まだ希花さんにはわからないだろうけど、確実に一日一日が短くなっている感じがする。

早起きしているのに。

今日は街まで歩いた。先日マットと歩いてとても気持ちよかったし、今日の天気なら申し分ない。雨も降らないだろうし(天気予報も保証しているし、みたところ今日は信用できそう)少しは暖かくなってきた。

川のほとりを歩いて鴨を見て、気持ちのいい散歩だった。

94日(火)晴れ。今日までは天気が良さそうだ。よく晴れて昨日ほど寒くない。なので午前中のうちに散歩に行こうかと思っている。

日本には大きな台風が来ている、ということで大変らしい。

みんな無事かな

95日(水)晴れ。今日はボリスという街でキアラン君の生徒さんたちへのサポートのためのコンサートに参加する。生徒さんたちも、デイブ&ミッシェルも、そしてリムリックからアレックもやってくるので大きなイベントになりそうだ。

その前に片方の猫(因みに雄の名前がおこめ、雌の名前がこむぎ)雌の方が昨日から元気がなかったようなので7時から様子を見に行ったが、今朝はニャーニャーと食事を催促したので安心した。

しかし言葉がわからないのでまだ気にはなるが。

今はWillie Clancyの古い録音を聴きながらコーヒーを飲んでいる。明るい日差しの中で。

このアイルランドの子供達、特に先日会った姉妹などはこういうものを散々聴いて育っているんだろうなぁ。

今、ギャというような声がしたので外で遊んでいる猫を見に行ったが、2匹とも飛んでいる鳥を眺めて平和そうにしている。綺麗に並んで見ている。

なのでよく聞いたら、CDから聞こえるパイプの部分的な音だった。あ、咳払いまで入っていた。

そういえば昔、誰だったかのブルーグラス・アルバムでフィドル・ソロの最中、明らかに誰かがくしゃみしているのが聞こえた。

こちらも平和な時代だったな 。

雄のおこめが耳をめがけて後を付いてくる。どこまでも平和だ。

晩のコンサートは大成功に終わり、一息つく間も無く北海道で大きな地震があったというニュースが入った。

日本は大変なことが次々に起こる国になってしまった。国民を無視する政治家のせい、彼らの発言と行動を見るたびに日本という国も終末に近づいているんではないかと言いたくなるくらい色々なことが起こってしまう。

みなさんの無事を祈るのみだ。

96日(木)午前6時過ぎ。アレックがリムリックに戻るので早起き。曇っているせいかまだ暗いし、寒い。雨も降って来た。

7時過ぎアレックが、キアラン君の友人でリムリックまで仕事に出かけるナイルの車に便乗して帰っていた。

僕らは明日からベルギーに行く。先日ここに来ていたフルート作り職人のギュートがハウスコンサートを企画してくれているからだ。

戻って来てからもリムリックに行ったりしなければならないので日本に帰るまでちょっと忙しい。

97日(金)晴れ。ベルギーに行くのでちょっとお休み。と言っても日曜には帰ってくる。そして月曜にはリムリックに出かける。

先日会ったリムリック大学の学生、デビッドのファイナルパフォーマンスを手伝う予定だ。

その後、ノエルに会うためにゴールウェイに行く予定でもいる。

いつも帰る数日前が急激に忙しくなるが、それも仕方のないことだろう。

多くの人が帰る前に会いたいと言ってくれることはありがたい。

2018年アイルランドの旅 29 コーク

830日(木)曇り。今日はお昼過ぎのバスでコークに向かう。天気も良くなって来て、コークには時間通りに着いた。着いたと同時にマットを発見。元気そうにシャキシャキ動いている。この人A型じゃないかな。これからの予定を事細かに説明してくれる。

今日はとりあえず、6時からのセッションで僕が昔から知っているパイパーのオーインが手ぐすね引いて待っているらしいのでそれに行くことになっている。

その前にマットの家でお茶を飲む。

パブに行くと去年会った凄腕のフィドラー、ジョニーもいて歓迎してくれた。

いざセッションが始まると、やはり質の高い演奏で、しかもトラッドで、限りなく良い感じだ。2時間があっという間だ。

気分良くマットの家に戻って、ゆっくり晩御飯。ワインをいただきながら奥さんのリズが用意してくれた料理を楽しんで、今日は11時頃にベッドに入ることにした。

また明日が楽しみだ。

831日(金)雨。珍しく一日中雨になりそう。昼からマットとチューンをいっぱい弾く。

今日は午後から一緒にRockchapel というところに住むFlannery Sistersを訪ねる。

去年、ジャッキー・デイリーとのセッションで一緒に演奏してから、是非きて欲しいと言われていた家だ。

その前にパイパーのEoin ORiabhaigh(オーイン)の家に行った。前回も寄ってたくさんの羊を見せてもらったが、今回もみんな近寄ってきた。

大きな川が見下ろせる小高い丘の上にある、周りには人っ子一人いないところでイーリアン・パイプスを作っている。

彼は他のパイパーと違って、結構普通の人っぽい。大体パイパーには変わり者が多いのだが。

しばしお茶をいただいて話をして再会を約束して別れた。

そして、いよいよ姉の方がフィドル、妹がコンサーティナとホイッスルのチャンピオン姉妹の待つFlannery家に向かった。

オーインのところから2時間くらい。ほとんどトニー・オコンネルの家の近所だ。

トニーが先日ドライブしながらここがFlanneryの家だぞ、って言っていたのだが、本当に彼らの家からもあの木立の向こうがトニーの家、という感じで見えていた。

ここの姉妹とマットとのセッション。その前に夕食。

姉妹のおじいちゃん、おばあちゃんも聴きにやってきてみんなで賑やかに食事。またお腹いっぱいになる。

いよいよセッションだが、この姉妹、実に上手い。そりゃ当たり前だが、実に上手い。そしてそれだけではない。実に音楽としてのツボを得ているし、いい演奏をする。

この子達の演奏を聴いていると、日本でアイリッシュ・ミュージックをやっていますなんて、ちゃんちゃら可笑しいやら、何かがかけているような、何かが間違っているような気がしてきた。

ましてや軽い気持ちでコンペティションに参加しようなんて、根本的に間違っている。

この子達は幼い頃から様々な人の残してきた録音に耳を傾け、限りなく多くの曲を学んで、互いの音を聴き合いながら経験を積み重ねているのが良くわかる。

本来コンペティションなんていうものはこういう子達のためにあるものだ。

まだ17歳と14歳の姉妹。ごく自然にこの音楽を演奏する二人を両親、祖母、祖父が温かく見守っている。

緑に囲まれた家に音楽が響き渡る。これ以上のものはないだろう。

2018年アイルランドの旅 28 エニス リムリック ブロスナ

825日(土)晴れ。昨夜聴いたオールドレコーディングがまだ頭の中を巡っている。

昨日も一昨日もそうだったが、断続的に強い雨が降る。そしてあっという間に太陽が出る。今日も西に移動するので、きっとどこかでそんなことになるのだろう。

そうなると美しい虹を見ることができる。

結局エニスへの道のりで雨が降ることはなかった。

エニスでノエルと別れたのが7時過ぎ。今日はゆっくりして疲れを取ろうと思っていたが、来ていることだけでもアンドリューに連絡してみた。

すると「あ、俺も今エニスに向かっている。ノックスでシボーン・ピープルスとコンサーティナのHugh(ヒュー)とでセッションだから来い」と誘われてしまって、着替えもせず出かけた。

コンサーティナのヒューはこれまた素晴らしいプレイヤーだった。

シボーンにもお父さんのお悔やみを言うことができたし、10時にお開きかな、と思ったがアンドリューが「まだ寝ないだろ?もう一軒ケリーと言うパブでやるから行こう」と言ってきかない。

結局もう一軒付き合って、戻ったらもう2時近く。お腹は空いたが、有り余る量のハイネケンとギネスでもう意識朦朧。

アンドリューは僕らが行かなければあんなに爆発しないのだろうけど、今夜も相当破裂していた。

明日はリムリック。初めてトニー・オコンネルの家を訪ねる予定だ。

826日 (日)曇り。昨夜よく雨が降ったらしい。アイリッシュ・ブレックファストをいただいて1135分の電車でリムリックに向かい、そこでトニーと待ち合わせをすることになっている。

トニーは時間よりちょっと遅れて現れた、彼がここに来るまでにはAdeaという村を通り過ぎなくてはならないのだが、ここは以前ブレンダン・ベグリーと待ち合わせしたことがある。その時もとんでもないトラフィックだったことを記憶している。

トニーがピックアップしてくれてAdeaを通り過ぎた時の逆方向の混みようはただ事ではなかった。「さっき来た時もすごかったけど今は数倍ひどいな」と彼も驚いていたくらいだ。

途中でスーパーに寄って晩御飯のものを買って彼の家に着いた。

Brosnaというところはホーム・オブ・アイリッシュミュージックと言われるくらいにディープなところらしい。

彼の演奏を聴く限り、そういう力強さを感じる。

そして最も重要なことだが、彼は相手の音をかなり良く聴いている。確かに最も重要なことだが、結構そういう人は少ない。

僕がこのコードを使えば必ず2回目はそれに合わせて来る。逆に彼がこの和音を使えば僕が2回目はそれに合わせていく。

メロディーにおいても希花の動きを即座に捉えて素晴らしく合わせていく。これはなかなかできることではないが、ミュージシャンとしては最も大切な技術であり、感性だ。

そしてその上に独特な節回しと和音感覚を組み立てながらプレイしている。

このディープなBrosnaのパブで演奏できたことはとても灌漑深いものだ。しかも、わざわざ静かな、他のミュージシャンが来ないパブを選んでくれたことで、音もよく聞こえて素晴らしいセッションを展開することができた。

多くの人が参加して自分も知っている曲が出たら一緒に演奏して、というセッションを求める人は多いだろうが、彼のような人の演奏をじっくり聴くことの方が大切だ。

8月27日(月)曇り。ところで今日がトニーの誕生日らしい。本人も忘れていた、と言っていたが。もう少し早く知っていれば何か用意したのに。仕方がないので昨夜(と言っても今日)午前1時半ころ、戻ってきたキッチンでハッピーバースデーだけ言って寝た。

朝になって空を見てみると、雲の間に陽がさしていると思いきや、突然のシャワーの後また綺麗に晴れ渡る。

しばしBrid HarperCDなどを聴きながらお茶を飲む。トニーは明後日から彼女とのツアーに出かける。

やがてみんな起きて来てポリッジを食べた後、犬と一緒に散歩に出かける。大きなジャーマンシェパードが2匹。

ブラックベリーが生い茂る緑いっぱいの小径を登った先にはカウンティ・コークが見渡せる小高い丘がある。

広大な原っぱから見渡せる空と雲とカウンティ・コーク。犬も思い切り走っている。

やっぱりこういう景色に囲まれているからあんな音が出るんだろう。

僕らはトニーのところは1日だけで今日はリムリックに行く。

午後、トニーも用事でリムリックに出るのでちょうど良かったし、夕方一緒に食事をすることにして一旦別れた。

少しはバースデイをお祝いしてあげなくちゃ。

食事の前に買い物をして、ついでにレオニダスで誕生日プレゼントにチョコレートを買って、タイレストランで待ち合わせをしてしばらく過ごして彼は帰って行った。ノエルとはまた違った感性でコンサーティナを弾く男だ。

僕らが来る前の晩は興奮して眠れなかったよ、なんて言っていたが、山の中の一軒家、隣というところにたどり着くには一体どれくらい森の中を歩いたら良いんだろう。店というところにたどり着くにはどれくらいドライブしなくてはならないんだろう。

そんなところで犬とひっそり暮らす。たまには寂しく感じることもあるのかな。

僕は彼を日本に呼んであげたいミュージシャンの一人として考えている。

828日(火)曇り。1235分の電車でエニスに向かう。リムリック~エニスは近いしとても便利だ。今晩は先日会ったHughの家に宿泊させてもらうことになっているが、その前にジョセフィン(マーシュ)が食事を一緒にしよう、と言ってくれたので彼女の家に寄らせてもらうことにした。

待ち合わせのオールド・グラウンド・ホテルというところでしばらく時間を潰して、ジョセフィンの旦那さんのミックが来てくれたので、

いざ行かん、と庭に出たら、聞いたことがあるような音が聞こえて来た。

ふと見ると日本人ぽい顔をした女性がフィドルを弾いていて、アメリカ人ぽい男性が5弦バンジョーを弾いている。

しばらく見ていたら、女性の方が「日本人ですか?」と声をかけて来た。

「この国では珍しい5弦だったので。ブルーグラスですか?」などと声をかけて近寄るとどこかで見た顔。

BOMのニュースレターやYou Tubeなどでよく見ていたAnnie Staninecではないか。

男性の方はJohn Kaelだったかな。とにかくあまりの出来事にびっくり。

アイルランドのブルーグラス・フェスに出演するために来ているらしい。少し一緒にオールド・タイム・チューンやアイリッシュを弾いて時間が経ってしまった。

とても気さくな感じの良い子で、日本語も少したどたどしいかもしれないがちゃんと話すし、隣でジョンが目を白黒させていたのが面白かった。

想像もしていなかった良い出会いだったので、またどこかでの再会を約束して別れた。

ジョセフィンの家はエニスの市内から40分くらい。いつもは夜にしか来たことがないので、明るい景色を見るのは初めてと言っていいかもしれない。そんな道をひたすら走る。ジョセフィンは結構すっ飛ばす。

家について紅茶をいただいて、彼女が「チキンをオーブンに入れておくからその間に少し観光しましょう」と言って、霧のような雨が降る中、僕らはスパニッシュ・ポイントに出かけた。

何もないといえば何もないのだが、ここでも広大な大自然の息吹を限りなく感じることができる。

夕食後子供達も含めてのセッション。兄のジャックはパイプスを演奏するが、今日は弟のアンドリューがマンドリンとバンジョーを弾いた。12歳。まだこれからだが、いかにも、というリズムで弾く。少なくとも来年あったらとんでもなく上達しているだろう。

829日(水)曇りのち晴。朝早くHughがビシッと決めて出て行った。何の仕事をしている人なのか知らないが、見たところ銀行のお偉いさんとか学校の先生とか、そんな感じだ。

すごく急いでいたのでゆっくり話もできなかったが、めちゃくちゃ好青年という印象。こういう人があんなに強烈に滑らかな音を次々に紡ぎ出して普通にコンサーティナを弾くのだからたまったものではない。趣味で嗜んでいるなんていうレベルではないことに驚き。

今日は今までの疲れを取るためにエニスで1日ゆっくりして過ごそう。

夜、アンドリューと電話で話して、お互い今夜はゆっくりすることにした。ちなみにHughは教師らしい。

2018年アイルランドの旅 27 カウンティ ダウン

823日(木)曇り。早朝、と言っても8時過ぎの電車でダブリンに向かう。やっぱり少しは混んでいる。今、ダブリンにローマ法王が来ているらしいが、そのせいもあるんだろうか。ダブリンに勤めている人もこの時間だったら多少は居るのだろう。

僕らはヒューストン・ステイションでノエルと合流する予定だ。

電車は時間通りに着いて、ノエルも「コニチワ!」と時間通りに現れた。

それから彼の友人の家で、美味しい魚料理をご馳走になったのだが、ノエルとその友人が手際よくクックしてくれた。

見る限りノエルはかなり料理することに慣れているようだ。包丁さばきも手際も素晴らしいものがある。シェフとしても十分な腕前だ。

そしていよいよカウンティ ダウンに向かう。

行き先はダウンパトリックという海に近いところでストラングフォードという村。

ここに昔からのノエルのコンサーティナの生徒さんが住んでいて、一度は来て欲しい、と頼まれていたらしい。

なのでノエルも初めて。ダブリンから休憩も含めて約3時間。

着いたところを見てびっくり。森の中にあるお菓子の家の童話を思い出した。

とんでもなく広い敷地は森になっていて1600年代の教会がひっそりと建っていて、森の中を歩くと湾が見えて、対岸の綺麗な家並みが見える。そんな中に大きな家が建っている。

本当に住居なのか、ひょっとしてリゾートホテルなのか、はたまたおとぎの国に迷い込んだのか、と思わせるくらいの今まで見た景色の中でも強烈なものだ。

自然のものをいっぱい取り入れたここの夫婦はイギリス生まれの(奥さんはウェールズが入っている)穏やかな、まさにここの住人という感じの人たちだ。

僕らは森の中の教会で演奏する。

そんなに大きくなく音も限りなくよく響く。

時間になると多くの聴衆が訪れた。だいたい70~80人くらいで、もう座るところがないほどだ。

僕らは1時間半ほど演奏して大いに盛り上がった。

終了後はお客さんも交えて、大ワイン大会。もちろんギネスも。ほぼ満月という月を森の中で見ながらワインを飲む。

寒いくらいに涼しくて、遅くから始まったブレットンの音楽に合わせながらみんなが踊る。僕らはひたすらワインをいただく。

ちょっとお腹が空いたので母屋まで森の中を歩いて行って、晩御飯にいただいた手作りパンの極上の味を再び楽しむ。

そんな素晴らしい一夜を過ごさせてくれたノエルと、ここの人たちに感謝。

824日(金)晴れたり降ったり曇ったり。

ダブリンに戻る。気持ちのいいい庭でまたワイン。少し寒い。ノエルがまた今度はタイカレーを作ってくれた。素早いクッキングでとても美味しかった。

食事の後みんなでウィリー・クランシーやシェーマス・エニス、トミー・ポッツなどを聴いて様々なことを語り合った。

アイリッシュミュージックにおいて最も大切な、通らないわけにはいかないシーンがそこにあった。

こんな経験ができることの幸せに感謝。今も彼らの胸から湧き出てくるソウルフルなサウンドに心を惹かれている。

2018年アイルランドの旅 26 カーロウの1週間

816日(木)今のところ晴れ。時間は午前840分。ちょっと外に出てみたが、風が冷たくて寒いくらいだ。

猫の家を外で乾かしてあげようと外に持っていくが、しょっちゅう細かい雨が落ちてくるし、すごく晴れたと思ったら急にザーッと降ってくる。これでは確かに洗濯物も放っておくしかないかもしれない。カーロウでゆっくりの1日。

817日(金) 曇り。お、食事を終えた猫が一目散にゴロゴロ言ってやって来た。でも今日はあまり時間がない。しかしもう飛びついている。仕方がない、5分だけ。ま、こいつがひっついていると暖かいし。と言うのも、そろそろストーブかな、と思うくらい今朝は寒い。

これからキルケニーに出かける。現在午前810分前。

今、キルケニーでアート・フェスティバルが開催されていて、音楽や絵画、クラフトなどが楽しめる。

町を歩いているとデニス・カヒルにばったり出会った。

いろんな教会やお城などが、あらゆるアートのために、また世界中から訪れる人のために解放されている、と言う結構大きなフェスティバルだ。

希花さんは、古いスタイルのハープのワークショップやコンサートがあるので、まだ残っているが、僕は一足先に戻って来てキアラン君とバグナルスタウンで待ち合わせして、猫のトイレに使う砂を買いに行った。

散々猫の相手をして、早く寝ようと思ってもついつい午前様になってしまう。希花さんももうじき帰ってくるだろう。

818日(土)午前2時を回った。気温は16となっているが、やっぱりもっと寒いような気がする。さっき寝たキアラン君もそれまではしっかりパーカーを着込んでいた。朝起きたら今日はどんな天気になっているだろう。ちなみに来週は最低気温が10を割るらしい。

午前8時。いい天気だ。現在17、穏やかな風が吹いている。

オス猫が行方不明でなかなか見つからず、結局高い塀のところで発見。降りられなくて、こちらも脚立を出して来て、チャオチュールで誘いをかけてなんとか助けだしたが、せっかく助けたのに前回同様思い切り爪を立てた。恩知らずの猫の世話も大変だ。

今日は、近所に住むフェルトデザイナーのれいこさんとダラウと彼の弟オーインと一緒に散歩とディナーを楽しんだ。

散歩は以前、キアラン君の誕生日会で訪れたことがある森の中のレストランの周り。

僕らが到着するまでの間に兄弟2人は川で泳いでいたらしい。未開の森の中に流れるどこまでも澄み渡った川だ。

しかし、こう言うところにレストランがあっていつもお客さんで賑わっていて、少し奥に行けばこんなところがあって本当に北海道の未開拓版だ。

ディナーはメインにニジマスをグリル。そのほかにもれいこさんが胡麻和えなどの美味しいディッシュを用意してくれて、お話にビールに盛り上がって11時頃解散。

現在夜の1150分。なんだかすごい風が吹いている。雨も少し降っているようだし、もしかしたら今晩はストームかもしれない。

819日(日)曇り。特筆すべきことはない1日だが、どうやらGalway vs Limerickhurlingのマッチがあるらしく、これから町が大変なことになるだろう、と言ってその前に買い物を済ませる。

結果はどうやらリムリックの勝ちだったようだ。僕はその間昼寝をしてしまった。

猫も昼寝をしていた。

820日(月)曇り。外は寒そう。もう確実に冬が近づいている感がある。

色々と仕事を手伝ったり、ちょっとした用事で出かけたりで、あっという間に夕方になってしまう。ずいぶん日が短くなったなったようだ。それだけでも冬の訪れを感じる。秋というものは以外に短いのか、無いのか、その辺はわからないが、強いていうならば例年、夏というものがないに等しいのかもしれない。しかし今年は確実に夏があった。

ちょっとした用事でカーロウの町に出かけた。

結局、今日もすこし汗ばむくらいの陽気になったが、現在夕方の4時過ぎ。もう涼しい風が吹いている。

外で少しだけワインを飲んで休む。

夜はいろんな音楽を聴いてリラックス。秋の夜長、という感じだ。結局また2時になってしまった。

821日(火)曇りのち晴れ。今日も結構暑くなりそうな気配。25くらいになるだろうと言われているが、この辺で25は暑い方だ。これがインディアン・サマーだとしたらえらく長く居座るインディアンだ。

それはそうと、今晩はれいこさん達とインディアン・レストランに行くことになっている。お、うまくオチが繋がったものだ。

822日(水)久しぶりに朝から雨。この頃キアラン君も探し物が多くなって、今朝も自分で出したバターを一生懸命探していた。昨夜、希花さんも「パジャマのズボンがない」と言っていたが僕とキアラン君が「今はいてるのそうじゃねえの?」と言ったら、すごすごと自分の部屋に入って行った。みんな歳がいく。

今日も猫の観察をしながら後で明日からのことを相談するためにノエルに電話しなくては。こちらから連絡しないと彼も忘れているかもしれないし。みんな歳がいく。

とにかく明日は朝からカウンティ・ダウンに出かける。その後、引き続きトニー・オコネルに会ったり、マット・クラニッチに会ったりするために多くの場所に行かなくてはならない。その準備をしなくては。

2018年アイルランドの旅 25 ゴールウェイからカーロウに戻る

814日(火)曇り。ゴールウェイらしい、風の強い日だ。おまけに雨も降って来た。

今日はこれからゴールウェイを出て、ダブリンに向かう。ダブリン空港でスペインから帰ってくるキアラン君と待ち合わせてカーロウに戻る。猫たちはキアラン君のお母ちゃんが見てくれているらしい。元気かな?

バス・ストップに向かって歩いていたら、Yanksというバンドでギターを弾いているSean Ernestに会った。

フィークルにいた時に「やぁジュンジ」と声をかけられた男だ。もともとアメリカ出で今はエニスに住んでいるという。

以前にも会っているのだが、向こうにとっては珍しいので覚えていても、こちらは同じ白人だったりすると結構難しいことがある。

彼はアイルランド人とはまた違った典型的ヤンキーといった感じの気さくな若者だ。

バスは快適に走っておっと、そう書いた途端にめっちゃ揺れたダブリン市内に着いた。ここから空港まであと20分くらいかな。

現在947分。バスの時計は1時間進んでいる。ちなみに1時間きっちりなんていい方だ。この8年間で何回バスを利用したかわからないが、時計は合っていた試しが、いや、多分それでも一度あってびっくりしたことがあるくらいだ。

ところで、あまり天気も良くないせいだろうか。それとも季節が進んだせいだろうか、外はもう暗くなっている。

少し日焼けしたキアラン君とも無事空港で会えて、帰りにバーガーキングでテイクアウトして車の中で食べながら帰って来た。

とりあえず、14日中には戻った。猫は喜んで走り回って、また耳にむしゃぶりついている。

815日(水)日本は終戦記念日。多くの若者たちが命を懸けて国を守ってきたのに、今では、いい加減な政治家たちが自分の身を守るためだけに嘘つき放題。それでも踏ん反り返っておいしいもの食べて、その勢いで口を滑らせて下手なこと言ったら少し静かにしてれば忘れるだろう、くらいにしか思っていない。そんな国になるなんて、本当に気の毒だ。

こちらの天気は晴れ。少し暖かいようだ。

猫に食事をさせたら早速付いて回って耳を狙っている。長いこと留守をしていたのでストレスもたまっているだろうし、少しはやらせてあげないといけないかな。

こちらもあまりにフィークルが強烈だったのでこの1週間は少しゆっくりしたい。

来週にはノエル・ヒルとのギグで北アイルランドに行かなくてはならない。

フラーは今週かな?みんなが「行くのか?」と訊くけど、大概のミュージシャン(これで食べている人という意味)は行かない、と答えている。仕事としてなら別だが。

今回、ワークショップやコンペティションなどを含め、その実行委員会の手伝いもして(少しだが)いろんなことを経験して思ったことがある。

それは子供達のコンペティションを見ていて特に強く感じたことだ。彼らの真剣な眼差しは、この音楽で育って来た祖父、祖母から、また、父、母から、そして兄弟たちとともに築いて来ているものだ。

果たして「なんとなくかっこいいから。コンペティションに応募したいから。ケイリバンドで、一種の、みんなでやれば怖くないし、楽しい」的なノリでこんな世界に踏み込んでいって失礼ではないかどうか、ということ。そんなことをつくづく感じさせられてしまった。

日本人がなんていう珍しさで受けたことを喜んでいても仕方がない、ということは初めてアメリカに行った1979年の時に現地に住む日本人の友人が言っていたことだ。

そんなものはお世辞に過ぎない。せいぜい半年持っていいところだ、と彼は言っていた。

このようなことは僕が散々経験して来たことだし、感じて来たことだ。そのために独自のスタイルを作ることを心がけてきた。

そんな意味でもギターという楽器でこの世界に入ったことは大きなことだったが、また大変なことでもある。その大変さはリード楽器の大変さとはまた違うものでもある。

アンドリューと出会って27年目くらい。それからも多くの人との出会いを通してまたまた新たな刺激を得た気分だ。

ところで、さっきまで晴れていたのに断続的にシャワーのような雨が降る。今日は一日こんな感じだろう。

希花さんもキアラン君も出かけているので一人のんびり猫のお相手。でも耳は今晩は勘弁してほしい。

2018年アイルランドの旅 24 タラ、フィークル

89日(木)晴。アンドリューと会うまで時間つぶし。カスティーズに行ったり、ちょっとした昼御飯を食べたりしている間に時間も経ってアンドリューが来てくれた。

また1年ぶりのタラ、アンドリューの家に着いた。

いつもいつも、ここから始まったことを思い出す。

少し歩いていたらケイト・パーセル(よく一緒になったシンガー)が車から出て来て「ハイ、ジュンジ」と言って、足早に去って行った。タラに僕らがいても全然当たり前の光景のようだ。

そして一路フィークルへ。

アンドリューは彼のグループBoruma Trioでの演奏があり、僕らはコンサーティナ奏者のTony OConellとのセッションホストの仕事に出かけた。

初めて会うプレイヤーだったが度肝を抜かれた。こんな人、沢山いるのかもしれない、なんていうことは十分わかっていても、それでも興奮させられてしまう。

様々な曲の成り立ちや奥にあるストーリーもさすがによく知っている。生半可な知識では到底こう人の相手はできない。

楽曲のバージョンもよく似ていて、しかもハーモニー感覚にもかなり優れているので、こういう人との音作りは非常に面白い。

彼にとっても僕らは初めてだったが、えらく気に入ってくれて、家に来い来いと誘われたので、また機会をみて訪れてみようかな、と思っている。

また、最初から参加していたフランス人の若者(パイプスを演奏するマックス君)が本当に良く曲を知っていて、また巧かったのでそちらもびっくり。

ここでいろんな人のプレイを目の当たりにすると、とても日本で他人にこの音楽を教えるなんていうことはできないと感じる。

帰りはそのフランス人の若者、マックスと一緒にアンドリューの家に戻った。アンドリューはどうやらフィークルにステイして明日の朝に戻って来るはずだ。そしてマックスはそのままエニスに帰って行った。6時に起きてゴールウエイに仕事で出かけるそうだ。

時間は午前2時。すごく寒い。

810日(金)晴。昨日もそうだったが決して安心できない。いつ雨が降って来るかわからないし、その雨はずっと降り続くのか、すぐ止むのか、難しいところだ。

今は午前10時。トニー・マクマホンのラスト・レコーディングを聴いている。ここで聴けて本当に良かった、というのが素直な感想だ。

これを言ってしまうと良くないかもしれないが、少なくとも僕にとってはこれはどこで聴くよりも、この僕にとってのアイルランド音楽のスタート地点で聴いていることに価値を感じてしまうのだ。

今のところ天気は持ちそうなので少し散歩でもしてみよう。その前に腹ごしらえといきたいところだが、彼はハムサンドくらいしか食べないので冷蔵庫にはそのためのハムとチーズしかないので僕らもハムサンドを食べる。

11時頃アンドリューがゾンビのような顔をして戻って来て、2時に起こしてくれ、と言って自分の部屋に行った。

僕らは近所を散歩して、フランのお墓参りをして、スーパーで買い物をした。昔からある、村で唯一の小さなスーパーマーケットだ。

希花さんがクロワッサンを買おうと思い、棚の一番奥のクロワッサンを取ろうと、トングを持ったら、それがくくりつけてあって、そこには届かない。2つもトングがあるのにどちらもどうにも届かない。

いかにもアイルランド人のやりそうなことだ。大笑いしてしまった。

3時過ぎからアイリーン・オブライエンのCDラウンチがあるのでアンドリューと一緒に出かけた。

そこで彼女の父親であるパディ・オブライエンの昔の写真やTV出演の映像、家族での話、もちろん当時の演奏も聴けるなど、とても貴重な経験をした。

パディ・オブライエン(ティペラリー)はアイリッシュ・ミュージックにおける最重要人物の一人だ。

そんな中アイリーンが僕らを見つけて「ジュンジ、マレカ、楽器持ってるか?」と訊いたが、僕らはとりあえず楽器は持たずに出たので「持って来てない」と伝えたが、正直、持っていなくて良かったような気がする。

どこか痴がましい感じがしたからだ。

ただ、この音楽の聖地で歴史的重要人物の直系にそう言ってもらえるのはありがたいことだ。

夜はアンドリューのセッションに一緒に出かけた。

ピート・クインは僕とよく似た感覚を持つピアニストでお互いニンマリしっぱなし。

奥さんのカレン・ライアンもすごくいいフィドラー。そこにアイリーン・オブライエンも加わって一大セッション。

これだけの面子が揃うと興奮しない人はいない。多くの人が踊り出してパブは大賑わい。

帰って来たのはもう4時半。6時間以上もやりっぱなしだった。

3人で大笑いしながら残り物を食べて寝た。なんと不健康な

811日(土)曇り。あんなに遅く寝たのにどうしても8時頃には目が覚めてしまう。それでも3時間くらいは熟睡したのかな。

昼から風が吹いて雨も降って来た。

今日はまたフィークルでのセッションホストの仕事。二人だけのラインアップだが、もう一人誰か連れて来ていい、と言われているので、

色々考えた結果、その時ちょうど体が空いているジェリー・ハリントン(フィドル)に頼んだ。

ジェリーとは僕はカリフォルニアで出会っているし、希花にもドゥーランで紹介しているし、フィークルでもなんども一緒に演奏している。2人で手分けして色々探し回って、後5分で始めなきゃ、と思っていたら、希花が嬉々としてジェリーを連れて来た。

イーストクレアの音楽を求めて集まる人がセッションに来て、日本人二人がホストじゃぁちょっとこちらも気兼ねするので、ジェリーのような人気のあるフィドラーでアイルランド人がいれば僕らも助かる。

バーは一杯の人で盛り上がって、ぞろぞろとミュージシャンも集まって来た。

あまり知らないのにずっといい加減に弾き続けている人が2人いた。それでもやめろとはなかなか言えない。

聴かないようにして弾くのは難しいはずなのに、聴かないでいとも簡単に全然違うものを弾いている人の気が知れない。

とにかく、セッションホストの仕事を得るのはありがたいことだが、大変なことでもある。

そんな意味でもアイルランド人が一人いると楽かも知れない。彼ら、マイペースなので。

終わった後、さぁ帰ろうかと思っていたらシェーマス・ベグリーにつかまった。

彼が嬉しそうに僕らを呼んで、例のごとく爆発して(今回は少し大人しかったかも知れないが)最後に「上を向いて歩こう」を弾き始めた。彼のおはこだ。

「唄え、唄え」と促すが、思えばすでに12日になっている。御巣鷹山の日。もちろん彼は知らなかったと思うが、それだけに偶然にもほどがある。

結局、戻ったのはまた3時半頃になってしまった。

812日(日)晴れ。こういう日こそ後から土砂降りの危険性があるが、どうだろうか。

本当は今日フィークルを出て、タラに別れを告げ、ゴールウェイに行く予定だったが、アンドリューがもう一晩いろよ、と言ってくれたので、そうすることにした。

アンドリューのお母ちゃんのお墓にもお参りして来た。

フェスティバルは今日が一応のフィナーレ。明日も小さな、いわゆる後夜祭みたいなものはあるのだが、今晩タラ・ケイリ・バンドの演奏とダンスがあって、それが最終みたいなものになる。そして、時を同じくしてアンドリューがホストのセッションがある。アンドリューはそれに誘いたいらしい。

僕らもどうしても去らなくてはならない、ということでもないので、そうさせてもらうことにした。

昼頃、呑んだくれてそのままフィークルで沈没したアンドリューが戻って来て「アコーディオン、パブに置いて来ちゃった」と言っている。そしてそのまま寝た。

僕らはこの村になぜかずっと前からある、チャイニーズをテイクアウトして来て食べた。

味は結構美味しいと思うが、この小さな村で、一体どれほどの人がどれくらいの割合で、このレストランに来るのだろう。僕が初めてここに来た時はなかったような記憶があるが、少なくとも10年くらいは存続している。

オーナーが変わったのも知っている。ちょうどフランのパブの向かい側だ。

彼も行ったことはある、と言っていたが、特にまた行くとも言っていなかった。寿司はどうだ、と訊いたら「とんでもない。生の魚なんて!」と言ってげんなりしていたものだ。

さて、夜になってフィークル3日目。

アンドリュー大爆発。オーディエンスも大爆発。歌えや踊れやの大爆発。もうみんなとどまるところを知らない。みんな酔っ払い。

終わっても外で演奏を始める。

結局帰って来たのはまたしても4時半。今日は1日いい天気だった。もうすぐ夜が明ける。

813日(月)曇り。朝の間に雨が降っていたようだが、隣の洗濯物は昨日のままだ。裏庭を猫がウロウロしている。雲の間に少しだけ青空も見えている。鳥の囀りが聞こえる。

いつもと変わらない朝が始まったようだ。というか、もう昼だ。

今日はこれからゴールウェイに向かう。

エニスまでアンドリューの友人のマリア・エスタが送ってくれて、僕らは電車でゴールウェイに向かった。

ゴールウェイに着くとタラとは全く違って、人の波に流されるようだ。

久しぶりに「和カフェ」の芳美さんを訪ねる。

もうすっかりゴールウェイの肝っ玉姉さんと行ったところだ。

「和カフェ」でしばらくお話していると、日本人の若者が入って来た。なんか「見つけた!」という感じでニコニコして入って来た。

その若者は、どこか人当たりの良さそうないい感じの雰囲気を持った、他人とのコミニュケーションがきちんと取れそうな子だったので、ちょっと話をしている間にすっかり打ち解けてしまった。

エド・シーランに憧れてアイルランドに来てしまった、という埼玉の川口からの「たくと君」2日ほど前に着いたそうだ。

彼と芳美さんとの4人で飲みに行って、そのままアコーディオンのアンダースのやっているチ・コリに行ってみたら「楽器は?」と言われ、思わず取りに戻ってしまう。

結局、12時半頃まで、たくと君も芳美さんも音楽を楽しんでくれたみたいで、いい出会いに感謝せざるを得ない。

たくと君にとっても人づてに聞いた「和カフェ」に立ち寄ったことは、きっとのっけから何か違う旅を経験したことになるだろう。

2018年アイルランドの旅 23 エニス

87日(火)晴れ。現在の気温10℃、今日は日中も20に達しないようだ。

ダラウに乗せてもらって、一路エニスへ。彼はこれから釣りに行くと言っていた。西の方に来ると少し寒々とした曇り空になって来て、時折小雨もぱらつく、絶好の釣り日和のようだ。

エニスにお昼前について彼にお礼を言って別れて、すこし腹ごしらえ。

僕なら、失敗したので捨てるようなスクランブルエッグをコーヒー屋さんで食べた。コーヒーだけはどんぶりのような大きな入れ物になみなみと入っていたので得したような気分。

早速アンドリューに連絡。夜セッションで会うことが決定。

友人の村松ゆかりさんが作ってくれた、僕とアンドリューのお揃いのシャツを渡すのも大事な用事。

ところで今日、トミー・ピープルスの葬儀がここ、エニスであった。

そんな日にエニスに出向いたのも偶然。

そしてセッションで一緒になったブズーキのヴィンセントは、前にフィークルの帰りにタラ(アンドリューの家)まで夜中に乗せてくれた、アメリカ人のヴィニーという女性のご主人だった。世間は狭い。

戻って来たらアンドリューから新しいシャツを着た写真が届いた。

タイトルはAndrew Shirotaだったので僕も着てJunji McNamaraとして送り返しておいた。

寝る前に行きつけのCiaransに行ってギネスを飲んだ。今日はこれで決まり。

88日(水)曇り。いかにもアイルランドらしく、寒々とどんよりした天気だ。

今日一日は観光にでも行ってゆっくりしてみよう。

昨日から考えていたことで、もし天気が良かったらせっかくだからモハーの断崖にでも行ってみようと思っていたのだ。

早朝は曇っていたが段々晴れ間も出てきたし、やっぱり行ってみることにした。

僕は初めてアイルランドに来た時にアンドリューに連れて行ってもらってから数回行っている。

初めての時はその辺に車を止めて勝手に入って行って、断崖絶壁に柵もなく、怖くて怖くてとても覗き込むことができなかった。

でも、その素晴らしい光景に目を奪われたものだ。

2回目の時にはアイルランドがユーロ圏になり、突然ゲートができて4ユーロとられるようになってアンドリューも驚いていた。

今回調べて見たら8ユーロだったので時代を感じる。

そして、時期もあるのかもしれないが、初めての時は人はパラパラとしか居なかった記憶がある。お土産やさんもなかったような気がする。

今はちゃんと柵もできていて多くの人たちで賑わっているが、柵のないところもあり「あんた、よくそんなところで写真なんか」という人も多く見かける。

お土産やさんものぞいて見たが、観光地によくあるものとなんら変わりがない。

しかし天気さえ良ければ一見の価値は十分にある。今日は非常に良かった。風がきつくてちょっと寒かったがそれはいつものことだ。

戻って来て午後9時から行きつけのCiaransに行って演奏させてもらった。

偶然にも今朝、モハー行きのバスを待っている時、3月にバスの中で会った若者と一緒になり、今晩の予定を話したら、是非一緒に演奏したいし、日帰りでゴールウエイに行く予定なので帰って来たらのぞくよ、といっていた彼が顔を出してくれたので一緒に11時半まで演奏した。

ホイッスルをメインに演奏する彼は南米のチリ出身。リムリック大学で勉強している、なんと偶然にもアレックの友達だった。

そして、やはりいい感じで吹く。基本的なレベルが、体格が、全て違う。

もう一人。カウンターで飲んでいた若い男が急に「あ、その曲知ってる」という感じでティンホイスル片手にすっ飛んで来て吹いたが、これもなかなかのもの。丸太ん棒のような腕と驚異的な胸囲で吹くがそこそこ上手い。それに知らない曲はじっくり聴いている。

ただの酔っ払いではない。ちなみにCiaranの義理の息子ということだ。

さらにCiaranが奥からバウロンを引っ張り出して来て、最後まで楽しい時を過ごすことができた。

2018年アイルランドの旅 22 キアラン君の誕生日

85日(日)晴れ。雲は多いが、日差しはあるし、今日もこれからいい天気になるだろう。お昼は24くらいにはなるらしい。

それでもアイルランドにしては十分暑い。

午前中、まだ暖かい日差しと少し冷たい気持ちの良い風の中、猫がいつのまにか外を散歩しだしている。だいぶ大きくなって来たが、まだまだ慎重に辺りを見回して、あまり遠くは行かない。しかし、ここでも雌の方が冒険心が旺盛なようだ。雄はなんとなくもう一歩が踏み出せない様子。

今日はキアラン君の誕生日なのでバーベキューをしようという話になり、その情報が先日のセッション時に割れてしまって、なんだか大袈裟になるかもしれない。

本当は4~5人で静かに、と考えていたのだが。でも彼曰く「みんな酔っていたから覚えてない。大丈夫だと思うけど、一応用意しておくか」ということで朝から買い物。

僕らもあまりバーベキューなるものには慣れていないし、そんなに趣味でもないし、ましてや多くの人数で食事をすること自体、そんなに好きではないので、何を買ったらいいのかよく分からない。

肉は日本などと比べてかなり安いが、キアラン君にはこだわりがあるようなので、めんどくさいから彼に任せることにした。

彼の誕生日なのにあれやこれや、みんなのために用意をする。好きなんだな、そういうのが。それでみんな寄ってくる、というのもあるんだろう。

なんだか嬉しそうに引っ掻き回すけど、決して無理強いはせず、楽しく動き回っては時間が足りないなんて言いながら「コーヒですか?」

なんて言って座ってコーヒーを飲んでいる。

なかなかつかみどころがなくて面白い。

結局、フランスに行った時の仲間も集まって、セッションして食べて飲んで、もう3時。誕生日はとっくに過ぎている。

ビール瓶、ワインの瓶、合わせて8人ほどいたかな、40本くらいが空いた。ワインだけでも10本ほどあったからすごいもんだ。

86日(月)

今日は広島の日だ。オバマが広島を訪れたのはいつだったかな?2016年の527日にそんなことについて書いた記録がある。

あれから世界はどのように変わって来ただろう。色々変わったかもしれないが、変わっていないことも多くありそうだ。

日本では多くの政治家が恥を晒して、それでも平然と踏ん反り返っている。

ちゃんとトイレを使っている猫の方がマシだ。

ところで相変わらず耳にしがみついている。ふみふみしながら一向に離れる気配がない。

僕らは明日からクレアに行く。

本来明後日から行って、木曜の夜フィークルでのセッションホストをやるのだが、この近所に住む友人が明日クレアに行く用事があるから乗せていってくれる、という。なんとラッキーだ。

そんな感じで、今日は明日からの用意と、その前に昨夜の片付けをしなければ。そして残り物を食べなければ。

現在午後710分。青空が広がってサンサンと太陽が照っている。気持ちのいい夕方だ。あと3時間ほどで日が暮れる。

明日は早起きしなければ。猫、キアラン君だけで大丈夫かな?

2018年アイルランドの旅 21 Dungarvan

84日(土)曇り。いつもならこの時間(午前8時)少し寒さを感じるが、やっぱりそうでもない。今日もいい天気になりそうだ。

今日はDungarvanというWaterfordの美しい街でギグが入った。

ここでデビッド・パワーが主催するフェスティバルがある。金曜日にはルナサも来ていたが今回は彼らに会えなかった。

僕らは森の中、サイクリングロードになっている一角で、素晴らしいトンネルがあるのだが、その中で演奏する。

想像しなかったが多くの人が集まってヤンヤヤンヤの大喝采。

それが終えてからDungarvanの街を少し離れて、コーヒー屋さんに入ったところで大きなニュースが飛び込んで来た。

それは、トミー・ピープルスが旅立ったということ。ショッキングなニュースだったが、僕らは静かにコーヒーと少しの食事で彼の冥福を祈った。

そしてまた町に戻って美しい港を堪能した。天気がものすごく良くなって、日陰は寒いくらいに涼しく、日向は暖かいという絶好の日和だったので、結構ゆっくりしてレストランにも入った。

チャウダーはなかなかにチーズが効いていたが、とても美味しく、キアラン君のオーダーしたポークベリーもすごく美味しかったし、希花さんのサーモン・フィッシュ・ケーキというのも揚げ物だったがすごく美味しかった。

美味しい食事と絶好の天気と美しいオーシャンビューを堪能して、その上、演奏も多くの人に喜んでもらって本当に有意義な1日だった。

今一度、トミーの冥福を祈って、ビールを飲んで寝ることにしよう。

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2018年アイルランドの旅 20 今日から8月

8月というのに寒々とした曇り空というのはアイルランドらしい気候に戻っている証拠だろうか。

現在、気温16。今、天気予報を見たら雨は17分後に降るでしょう、なんて書いてある。アイルランド人の言う17分なんていつのことやらわからないけど、これ、日本のサイトで見つけたものなので時間通りかもしれない。でも、そのまま訳したものだとしたら、アイルランド人の恐ろしさを知らない、と言うことになる。

お、少し遅れたけど確かに降って来たようだ。アイルランド人もたまには時間通り来て、人を急がせたりするからタチが悪い。

昨日「IKEA」で買ったカーペットをリビングに敷いてみた。カウチの色などにはよく合う濃いグレイ、黒に近いくらいのものだが、本人は「少し暗かったかなあ」と言っている。

でも、冬になって暖炉に火が入ったらいい感じになるんではないかなと思う。猫が喜んで爪を研いでいる。

たった今Paddy と電話で話をした。Paddyと話をしたって太郎と話をした、くらいに普通の名前だが(日本でも太郎は少なくなっているかな?だいすけとかの方が多いかな?)Keenanだ。

そして今日はキアラン君の用事も兼ねて、ウォーターフォードとティペラリーにも行って来た。

ウォーターフォードではデヴィッド・パワーの家でフィドルの数々を希花さんが査定して、ティペラリーでは フィドルメーカーの工房に行って彼の作ったフィドルを見せてもらい、帰りにキアラン君の叔父さんの家(お肉屋さん)によってお茶とお菓子。帰って来たのが9時。出かけたのが2時頃なのでまたまたキアラン君、疲れただろう。

ワインを飲んで僕の作ったジャーマンポテトとTVディナーのタイカレーを食べてリラックス。

雨が降ったりパッと晴れたり、そのせいで綺麗な虹がかかったり、アイルランドらしい1日であった。

82日(木)気温196時間に2回ほどのにわか雨がある、と言っている。太陽は出ている。

結局1日いい天気で、少しの庭仕事と裏庭のストレイジに使っている小屋のペンキ塗りをやってからカーロウに行って、

帰りに珍しくピザをテイクアウトして帰って来た。

もうすぐ10時にもなろうと言うのに明るいので時間的感覚が狂う。

ピザとワインは最高のコンビネーションだ。ビールでは太るのみ。と言えども、この時間のピザはやっぱり

83日(金)曇り。今日もほぼ安定した天気のようだ。暑くなって来た。多分22~3℃はあるだろう。ここでは十分な暑さだ。

ペンキ塗りを始めたキアラン君。いろんなことを考えていろんな道具を出して来て、それがことごとく壊れていて、なんか買いに行ったり、ウロウロしたりしていたが最終的に外のベンチで横になっている。気持ちいい天気なのでうたた寝には最高である。今はよく晴れている。今晩は町のパブでの恒例のセッションに出かける。

行く前に豚の生姜焼きを作った。日本と同じようにはできないが好評だった。

すっかりワインなんか飲んじゃって。これからしこたまギネスを飲むというのに。

午後840分。まだサンサンと陽の光が差している。

9時過ぎ、町まで歩いて行く。サクサク歩けばだいたい25分くらい。まだ明るくて気温は20ほどだし、気持ちのいい散歩、と言うか、エクササイズだ。

それからセッションで、嫌という程ギネスが振る舞われる。帰りはタクシーで。結局2時過ぎになってしまった。

戻ってから少しパンを食べたが、これは日本でいう締めのラーメン。ま、それよりはいいか。

しかし、こんな時間に猫たちは起こされる。帰って来たことで喜んで走り回る。そしてお腹が空く。

う~ん。すっかりアイリッシュだ。

2018年アイルランドの旅 19

729日(日)午前240分。つい1時間ほど前にキアラン君が町のパブからご機嫌さんで戻って来た。久々に外で飲みたかったらしく、10時過ぎに出かけて行って、やっぱり3時間ほどはかかるので、付いていかなくて良かった。

もう寒くてTシャツでは厳しい。外はキアラン君が帰って来たと同時に降り始めた雨。アイルランドらしさが漂う夜だ。

一夜明けて朝9時。昨夜の雨はあがっているが、またいつ降って来てもおかしくない曇り空で、風が強くかなり寒い。

やっぱりまた雨が降って来た。一旦やり始めた庭仕事も中断。どのみち「そろそろお茶にするか」って言ったけどまだ30分くらいしか働いていない。「アイリッシュ方式」と言って張り切っている。

また雨があがったみたいけど、ゆっくりしている。

なんとかまた仕事を始めたと思った矢先、ジョンがワインを持って現れた。

こうなるともうアイリッシュ炸裂。グラスもってこいだの甘いもんも必要だの、もう飲む態勢そのもの。

6時近くに飲み始めて、8時頃、なんか食いに出かけよう、という話になったけど、僕がキーマカレーを作ると言って用意を始めた。

どこにもいかなくていいとなるとまた喜んで別なワインを開ける。

30分ほどで全て出来上がりみんなで食事。ワインもまた新しいものを開けて会話が弾む。

ジョンがバンジョーを出して来て、9時過ぎからキッチンセッション。また新しいワインが開いた。

結局11時過ぎまでセッションとワイン。予定狂いっぱなしの1日。何にもしていないようなのにすごく疲れた1日だった。

730日(月)午前10時少し前。晴れたり曇ったり降ったりしている。そんな中、晴れ間を見つけて庭仕事。当分大丈夫そうだが、

30分くらいでコーヒーブレイク。この後、誰も来ないことを願う。月曜日だし大丈夫かな。

午後になって一仕事が運良く終えたので昼ご飯を食べながら昼寝をしている猫を眺めている。さっきまでお互い激しく舐め合っていたが、今は折り重なって寝ている。

そう言えば今朝、オスの方が僕の肩にのっかって来て耳たぶを恍惚の表情で(僕からは見えなかったが、聞くところによると)チュパチュパし出した。母親のお乳を吸うが如くだ。だんだん激しくなってふみふみしながら体を震わせてグルグル言っている。こういうのが癖になる人もいるかもしれないが、僕はひたすらくすぐったくて気持ち悪い。が、猫のことを考えてちょっとのま我慢している。引き離すのが大変だがこれ、2匹同時にやられたらちょっと対応できなさそう。

夕方、キアラン君のママが猫を見に寄った。80にもなるのに颯爽としてシャキシャキ動き回るパワフルなママだ。

しばし庭仕事の手を休めて語らい、ママが帰ってからまた少しやって晩御飯は買って来たエンチラーダとサラダを食べて、僕らは明日朝早くからベルファストに行く予定なので、今日は飲まずに早く寝ようかと思っている。

今は午後840分。まだ全然明く、日本で言えば初秋の午後4時頃かな。

731日(火)ベルファスト 北アイルランド

今日はいい天気になりそう。もうすぐ午前6時になる。猫に食事をさせるにはちょっと早いが、あと2時間ほどで出かけるので7時半頃にはあげておいた方が良いかな?

一路ベルファストへ。ダブリンを超えてしばらく行くとユニオン・ジャックがはためく北アイルランド。

北のほうなのでなんだか一段と寒く感じる。

ここでジェリー・フィドル・オコーナーの息子のドーナルが主になって開催されているミュージック・フェスティバルがあるのでそこに1日だけ出かけたのだ。

ブライアン・マグラーとかなこちゃん、大きくなったしょうなちゃんが家族で来ていた。久しぶりにシェイミー・オダウドとも話をした。

ハリー・ブラッドリーとも、そして主催のドーナルとはこれまたサン・フランシスコで会ったことがあるみたいだ。

キアラン君がフルートに関するレクチャーでベルギーのフルート職人ギルト(名前)とお話をする、というのが4時間もかけて行った理由だが、おかげでいろんな人に久々に会うことができた。

帰りも4時間かかったので、途中で食事はしたが、キアラン君ヘトヘトで帰ると同時にベッドに入った。

少し風邪気味のせいもあるし、歳もいったかな。

もうすぐ8月になろうとしている。彼の誕生日もすぐそこだ。

2018年アイルランドの旅 18 カーロウ

724日(火)晴れ。今日からはしばらくここ、バグナルスタウンでゆったり過ごす。天気もやっとアイルランドらしくなりそうだし、少し雨も戻って来そうだし、雨の合間をぬっての庭仕事にはもってこいの様子だ。

町のインディアンレストランが火曜日は半額セールをしているので食べに出かけた。

先週も火曜日に行っているのでよほどケチだと思われているかもしれない。

しかし半額は太っ腹だ。

725日(水)快晴。夜、キアラン君の友達のパブにジョンと出かける。シンギングセッションがあるからだ。地元の人たちに加えて今日はアメリカから何人か歌好きが来ているというので飲みに行くついでになんか歌ってくるか、くらいのノリだった。

なんかぐちゃぐちゃだったけどなかなか面白くて4時間ほど歌ったり演奏したりして帰って来た。

月が、昨夜もそうだったが明る過ぎて眠れないくらいの夜だ。

今日くらいは少し雨でも降るかと思ったが、一体どうなってしまったんだろう。

726日(木)少し薄日がさす曇りで冷たい風が吹くアイルランドらしい天気。だんだん風が強くなって来たがまだ雨が降りそうな気配はない。

デイブ・シェリダン達とカーロウでセッション。とてもいいセッションだったので終わったのが午前3時過ぎ。

店からはいくらでもフリーでギネスが出てくる。もういい、と言っても「じゃ、ハーフパイントにするか?」と店の人が言う。

インド人も太っ腹ならアイリッシュも太っ腹だ。最もアイリッシュの太っ腹は飲むことに関してだけだが。

8時から演奏を始めて約7時間半。帰りにデイブの家に寄ってまたまた一杯。バグナルスタウンに戻ったのが午前4時過ぎ。

ドアを開けると2匹がニャーニャー。

早く寝ようって。猫、起こしておいてからに。

727日(金)曇り。さすがに早起きはできなかった。10時。猫は声がかれている。お腹が空いてなきすぎたんだろうか。

とりあえず食事をさせて、こちらも定番の紅茶を飲む。

どうしても夜遅くなると一日が早く過ぎてしまって勿体無いが、こう思うのも歳のせいだろう。

昼過ぎにキアラン君のお兄ちゃん、デクラン君と電話で話す。彼は東京に住んでいて、日本語が堪能、なんてものじゃなく、僕らよりも漢字もことわざも、さらに、いわゆる俗語まで、本当によく知っている。

ほとんど外人とは思えないほど流暢に、早口で日本語を巧みに操る彼のことはもうすでに書いているかもしれないが、2002年に僕は日本で会っている。

そんな彼と電話でキアラン君を交えて話すととてもややこしい。キアラン君しょっ中キョトンとしっぱなし。

ところでまた天気の話だが、遅い午後になってやっと雨らしい雨が降っている。雨が降ると庭の緑が綺麗に輝く。

今日は早く寝なくちゃ、と思ったがもう11時。昨日に比べりゃうんと早いか

7月28日(土)曇りのち晴れたり雨が降ったり、また晴れたり。昨夜はずっと雨が降り続いた様子だ。窓を開ければ、メリケン波止場は見えないが、冷たい空気を感じる。

先々週あたりは僕らにとっても人の出入りが多かったり、いろいろな場での演奏があったりで疲れたし、キアラン君の疲れもピークに達していたので今週は結構ゆっくり過ごすことにしている。

特筆すべきこともさしてないので、ここらで写真を少し公開してみよう。

と言ってもほとんど猫だ。

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地元の新聞に載った演奏中の写真もついでに。

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2018年アイルランドの旅 17 プラハ7月20日~23日

まず、久々の小雨がぱらつくダブリンを出発。朝からライアン・エアーがストライキをしている、というニュースが飛び込んで来たが、調べてみると、どうやらイギリス方面の便に限っているようなので、僕らの飛ぶチェコ方面は大丈夫だった。

飛行機の中はアイルランドの若者らしき連中が5~6人で騒いでいて、僕も1972年から飛行機に乗っているが、一番うるさかった便だった。中国人顔負け。

でも、まぁまぁ陽気に騒いでいたし、なんか特別な祝い事でみんな揃って楽しくて仕方なかったんだろう。

空港についてシャトルに乗ったら、ちょうどアイリッシュの5人家族、お父さん、お母さんと3人の息子たちと一緒になり、「どこから?」と訊いたら「キルケニー」と言う。「え?僕らバグナルスタウン。近いじゃん」と言うと、長男らしき25~6歳の子が「家から5分だよ」という。なんという偶然。

おかげで話が弾んだ。

そして、ホテルに着いたのがもう夜中に近かったのでひとまず眠ることにしたが、プラハも例年より暑いらしく、明日は33くらいになるという。

一体地球はどうなってしまうんだろう。

プラハ2日目。仰せの通り暑い。今日1日はキアラン君と街をぶらぶら。下調べの鬼である希花さんが行きたいところ、行かなくてはならないところをあらかじめチェックしてくれてある。

その分、地下鉄の乗り方や様々な道のりがよくわかっていいが、何せ前代未聞の方向音痴なので僕らはよく反対方向に向かって歩かされる。ま、早い目に気がついてくれれば問題はない。

河を見ながらパティオでビールを飲んだり、ウインドウショッピングをしたり、観光したり、またビールを飲んだり、ちょっと暑かったけどプラハの町を堪能した。

ただ、何が書いてあるのかどこを見てもさっぱり分からなかったので駅の名前も全然覚えられなかったが、アメリカ人の観光客にもちんぷんかんだったみたいで、そういう人たちが周りにいっぱいいたので面白かった。

しかし街並みの美しさには目を惹かれる。日本人には人気のある観光地だと聞くが確かにこの美しさは格別かもしれない。

晩御飯はこれまた希花さんのお勧めチェコ料理レストランだったが、いっぱいで入れなく、中で始まったベリーダンスのような踊りを見て別なところを探すことにした。

近くに静かなところがあったのでそこに落ち着いてワインとそれぞれ料理を楽しんで夜が更けていった。

物価は安いようなのでそんなに気にしなくていいのかもしれないが、お金の単位を計算するのに時間がかかる。

今はユーロで計算しているので、例えば100と書いてあったらその4倍して0を取って4ユーロくらい、と教わった。

だいたいそういうのがわかって来て小銭で払えるようになるのは帰る直前だったりする。

プラハ3日目。今日は希花さんがウイーンに住む友人を訪ねるので僕とキアラン君の二人で町を観光する。10時ころ出ていったが、反対方向の電車に乗ったりしていないか。そんなこともないだろう。

僕らは待ち合わせの場所でビールを飲んで過ごしたが、2人ともそんなに観光や、ましてやショッピングなどには興味がないので「ここで一日中ビール飲んでまったりしていられるなぁ」と河の流れを見ながら、また、行き交う様々な国の人々を見ながら2時間ほどを過ごした。涼しい風と陽の光が絶妙で、今日も30くらいにはなる、と聞いたがそんなに気になる暑さではない。

一応、昨日から話題に上っていたボートでの市内観光をしてみよう、と一人10ユーロづつの40分コース、中くらいの大きさの船に乗り込んだ。

足こぎの2人乗りではゲイカップルみたいだし、20人乗りくらいの小さな船は難民みたいだし、かといってあまり大きな船では面白くないし、ちょうどいい大きさで比較的安く済むもの、と思い、中くらいの船にしたがなかなか良かった。

ゆっくりと流れてゆく美しい街並みを見ながら気持ちの良い風に吹かれてまたビール。

夕方、イタリアンを食べながらまたビール。

夜、無事に戻って来た希花さんとワイン。

なんだかどこへ行ってもキアラン君といると飲んでばっかりだが、彼は全く酔っている様子はない。やはりビールなら7~8パイント、

ワインなら丸々一人一本くらいで「飲んだ」という感じになるのだろう。不経済だ。

僕なんか1パイントで十分飲んだ気になるのだから経済的だ。

でも、いい景色を見ながら、美味しいものを食べながら、会話を楽しみながら、気持ちのいい風に当たりながら、優しい日差しを感じながらのお酒はいい時間の過ごし方の一つだ。

特にヨーロッパの人たちといるとそれはつくづく感じるところである。

プラハ最終日。帰る前にキアラン君の見つけた楽器屋さん、特にバイオリンがメインの楽器屋さんを訪ねてみた。チェコ製のバイオリンにはなかなかいいものがある。

店にはなんとステリングの5弦バンジョーもあったりしたので、店の親父も加わってフォギー・マウンテン・ブレイクダウンのセッション。いいバイオリンもあったが、店を出てから軽い食事と定番のビールでしばらく相談。

ま、勢いで買うのはやめにして考え直そう、と街を後にして空港に向かった。

観光というものには興味はないが、全く違う文化の中で出来上がってきた景色を見る、ということもなかなかいいものだ。

2018年アイルランドの旅 16

719日(木)晴れ。どうしても早く目が覚めてしまうので、この時間に猫に食事を与えてしまうが、本当はもう少し後の方がいいのかもしれない。6時半 朝食というスケジュールは早すぎるかも。でもピョンと飛び出して来て2匹で上目遣いにニャーニャー言われるとあげないわけにもいかなくなってくる。

裏庭ではたくさんのうさぎが佇んでいる。平和な朝の始まりだ。

3月の時は「北の脅威」なるものを感じたままここに来ていたことを思い出す。その脅威は決して無くなったわけではないし、やっぱりなんとなく心配だ。特に日本にとってはまだまだ、これで一安心というわけにはいかない。

猫の食事を見ていたらこちらもお腹が空いてきたのでピーナツバターとバナナをサンドイッチにして食べた。

これは、日本のピーナッツバターではできないものだが、これに更にカリカリに焼いたベーコンを挟む、というのが本格的だ。

甘みと塩気が絶妙の一品だと思うが他の人にはあまり人気がない。ま、アメリカのジャンクフードといえるだろうか、な?

現在午前8時。日本のニュースをチェックすると熱中症が大きく報じられている。

どうやら昨日の気温は岐阜県の多治見が世界で3位。とうとうドバイを抜いたという話だ。ここの気温は14、それでも比較的いつもの夏のこの時間にしては高めかもしれない。

どうしても天気の話になってしまうのは年寄りだからだろうか?

時間は進んで午後7時。サンサンと降り注ぐ日差しに心地よい風。日本で言うところの、とてつもなく気持ちの良い秋の気候だ。

2018年アイルランドの旅 15

718日(水)晴れたり曇ったり。このところ同じような天気が続いている。相変わらず雨が降らないので、アイルランドに来ている気がしないくらいだ。昼は2021くらいだろうし、夜はジャケットが必要な天候だ。

今調べて見たら今日のダブリンの気温は19と出ているし、来週は11まで下がるらしい。そうなると日本とは30近くの差がありそうだ。

僕らが子供のころ25を超えたら大変だったが今や40ということが普通になって来そうな勢いの日本では、犬や猫も大変だろう。

ところで猫に散々弄ばれた後、希花さんが「猫引っ掻き病って知ってる?結構怖いんだよ」というので調べて見たら本当、結構怖いのですぐシャワーを浴びた。

ペットを飼うには様々な知識が必要だと今更ながらに思うが、2匹ともそんなことはお構い無しに寝ている。

今年は行かなければいけないところが単発でちょこちょこ出て来たし、それはありがたいことに音楽がらみなので、少し音楽から離れてゆっくりしてみようかと思っている。

あまりしたことがないけど、ゆったり夕焼けでも見ながらワインでも飲んでいろんなことに思いを馳せるのもいいだろう。

時間はとうに10時半を回っているが、まだ西の空が明るく、涼しい風が時折吹いている。

2018年アイルランドの旅 14

717日(火)曇り。昨夜のバーベキューでの酔いがまだ醒めないが、早くに眼は覚めてしまう。

みんなが起きてくる前に昨日の惨状を元どおりに戻しておいた。みんなより早く寝てしまったのでそれくらいはしなくちゃ、と思ったので

起こさないように静かに片付けをしたが、足元で猫が2匹うろうろしている。

お祭りも終わり、街に静けさが戻って、ベルギーのカップルも去って、なんだか急に寂しくなってきたみたいだ。

ジョンが来て少しだけチューンを弾いて行った。

決してすごく上手いわけではないがいいリズムだ。緑の中をそよ風が吹き抜けていくのを感じるような?ソムリエか!

そして何も忘れ物はせずに帰って行った。

久々にアルコールは抜いてみよう。このところ飲み過ぎていたキアラン君も今日ばかりは大人しくしているようだし。

2018年アイルランドの旅 13

716日(月)晴れ。まだまだアイルランドにしては暑いが知れている感じになって来た。

今日は祭りの後の静けさの中でいろんな後片付け。

体育館の椅子を片付けたり、スタッフの一員として働いた。他の人たちはもっと朝早くから看板の取外しをしたりと、みんなそれぞれに忙しそうだった。

もうちょっと効率よくなんていつものように思うが、ま、いいか。

ベルギーのフルート作り職人がカップルでやはりキアラン君の家に来ていて、夜、一緒にバーベキューをしよう、ということになり、彼らは食材を買いに街へ、キアラン君はガスを調達しにバグナルスタウンへ5時頃出かけて行った。例によってすぐ戻る、と言って。

さて、6時半頃カップルが帰って来て彼女の方が手早く用意をしながら2人とも、キアランは?と訊くので「もう2時間ほど前に店が閉まる前にガスを入れてくる、と言って出て行ったけど道々会う人と話ししてるんじゃない?それで多分一杯やってるんじゃないか?」と言っていたら7時過ぎに「ガスだけピックアップしてくれ。もう運転できないくらいに飲んでいる」という電話がかかった。

やっぱりだ。

パブに入ったら、みんながレンスター・フラーのキアラン君たちの功績を讃えて怒涛のごとくギネスやウイスキーをご馳走してくれたらしく、彼の人気ぶりが伺える話ではあったが、そんなところへのこのこ入って行ったら当然そうなるだろう。

結局、ガスをもらいにバグナルスタウンに出かけて、キアラン君を置いて戻って来てからバーベキューを始めた。

使い方がよくわからなかったので電話で聞いたが、結局火が点いて何やかや用意していたら、キアラン君が真っ赤な顔をして戻って来て、

驚くことに「みんな大丈夫か確認しに来たけどまた30分くらい戻る」と言って真っ赤な顔のまますっ飛ばして戻って行った。

どこまでいい奴なんだろう。

1時間くらいして戻って来た彼がもうかなり出来上がっていて、面白さに磨きがかかっていた。

もう10時過ぎているのに周りは明るくて涼しくて最高のバーベキュー。キアラン君、真っ黒焦げになったソーセージやジャガイモを持って小走りにスキップするようにして大いに笑かせてくれた。ミスター・ビーンみたいだった。

あんまりおかしくて笑い過ぎたら酔いが急激に醒めて寒くなった僕は一足先に寝てしまった

2018年アイルランドの旅 12

715日(日)聞いたところによるとなんと28日ぶりの雨。朝のうちは小雨だったがだんだん普通の雨になって来たが、まだまだ水のことは心配しなくてはならない、という程度だ。

今日のイベントはこちらのテレビ番組での演奏。フェスティバル最終日のビッグイベントだ。

その前にコンペティションを見にいくが、今回は、数年前に会って度々このコラムにも登場するダラウという少年がコンサーティナとのデュオで受ける、というのでそれを目当てに行ってみた。

たくさんの子供達、ちなみに17歳の彼もそのうちの一人。かなり上手い子もいるが、いろんなレベルの子達がそれぞれに少しアレンジを加えてトラディショナルチューンを真剣に演奏する。

ダラウ達はHelvic Head  Liverpool Hornpipe  Gravel Walkの3曲を披露した。

初めて会った時よりは、やはり数段進歩しているようだった。コンサーティナの子も良かったし。

外の様子も段々落ち着いて来て雨も小降りになったり上がったりの繰り返し。そんなに悪いコンデイションではない。

僕らは屋外で1曲、人々に囲まれて演奏した。司会の男、ちょっと前にお祭り男と書いたが、彼は僕のことをよく知っているやつだった。

もう20年以上前にサン・フランシスコで会っているのだ。

忘れていたけど、あんなインパクトのある奴をどうしたら忘れられるの?と希花さんが不思議そうに言った。

演奏が終わってダラウと彼の全家族、おじいちゃんやおばあちゃんまでもが僕らを彼らの宿泊先に招待してくれて、そこでいい感じのセッションを繰り広げた。

僕らが2年前よく演奏したホテルのレストランだったので僕らにも居心地が良く、ついつい1時まで、4時間ほど飲んで演奏してしまった。再会を約束して戻って来たらキアラン君やベルギーのフルート作りの人や友人達がみんなで飲んでいたので、またそれに参加して歌ったり演奏したり、結局寝たのは3時過ぎ。長い1日だった。

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2018年アイルランドの旅 11

714日(土)快晴。今のところは気持ちいい風が吹いている。

今日はこれといってすることもないので一日のんびりする。

少しだけアレックとカーロウの街をショッピングとコーヒー。日向は暑いが日陰に入ると風が気持ちいい。

夕方から少しバグナルスタウンに出て、子供たちの演奏を聴いて、街から歩いて帰って来た。

30分。エクササイズにちょうどいい感じだ。9時。まだまだ明るく、風が気持ち良い。

2018年アイルランドの旅 10

713日(金)快晴。今日は街を流れるRiver Barrowを朝から船で下り、沿道の人たちに手を振る、という恥ずかしいイベントに参加している。

だが夜にはシャロン・シャノンが来て演奏をすることになっていてそのオープニングを僕らがやる。

人もいっぱい集まるし、どうせ日曜日にもテレビ番組出演があるし、アレックもリムリックから呼んで三人で、という話が盛り上がり、

その受けようの予感はバッチリ当たった。

僕らは実質15分ほどの演奏だったがアンコールもきて大いに盛り上がった。

当のシャロン・シャノンは、僕としては80年代初期のスタイルの方がもっとブルースを感じたり、アイルランドの田舎を感じたりして良かったような気がするが、さすがに素晴らしい演奏だった。

2018年アイルランドの旅 9

712日(木)久々に見る曇り空。でも8時頃には晴れてきて、気持ちのよい秋晴れのような天気になってきた。風は冷たい。

起きてきたパディとベーコンエッグを食べながら紅茶を飲んでしばし話して、それから彼はティペラリーに戻って行った。80キロくらいだろうか。どこかへ寄り道していなければ1時間弱で着くだろう。

バーベキューをするから都合をつけてティペラリーまで来い、と言っていた。

白人ってみんなバーベキューが好きみたい。

今日はなかなかに寒い日で、少しアイルランドが戻ってきたようだ。

昨日の疲れが出ているので1日ゆっくりしたい気分だ。

これだけ寒暖差も激しかったら体も対応できないかもしれない。

なんだか日に焼けている。アイルランドで日焼けするなんて考えもしなかったことだ。

今は夜の11時。外がやっと暗くなってきた。猫も眠いらしい。

2018年アイルランドの旅 8 ワークショップ イン バグナルスタウン

711日(水)快晴。ここしばらくのことを思えば少しマシな感じだが、やはりアイルランドということを考えると暑い。

午前10時。ワークショップ会場になっている学校に出向く。

僕の担当のギター生徒は5人。セッテイングをして待っていると順番に現れた。

ジャック、サラ、アン、オーイン、ジム、みんな覚えやすい名前だ。ジャックはキアラン君の生徒さんで既にバンドで演奏している。

サラはテナーバンジョーも弾くし、ギターも経験豊富のようだ。

アンはスタンダードチューニングしか弾いたことがないようだ。

オーインはまだ15歳だが、エレキギターしか弾いたことがなくひたすらロックに打ち込んでいるらしい。

ジムは以前セッションで会ったことがあるマーチンギターを持ったおじさん。年齢だけでも相当な差があるグループだ。

ま、一番年寄りは間違いなく僕だろうが。

なかなかに難しいシチュエイションだし、隣の部屋は運悪くバウロンのクラスときている。

2時間の午前中のレッスンの後、ランチブレイクを取って更に2時間。計4時間だったが済んでしまえばそこそこ上手くやれたような気がする。

今はまったりして今晩のパディとのコンサートに備えている。他にも全ての講師の伴奏をしなければならないので、それが大変だ。

コンサートはいつも通り開演時間をもう30分以上過ぎている。

ま、この国では良くあることだけど、やがて、

Aimee Farrell – Bodhran  Larry Egan – Accordion  Enda Leery – Tin Whistle  James Mahon – Flute  Eoin O MeaChair – Banjoそして僕の順に座ってコンサートがスタート。

さすがに凄腕揃いで決まること決まること。リールやジグを演奏して、それぞれのソロの伴奏をして、いよいよパディの登場。

今日のパディはなんかすごくノリがいい。限りなく力強い演奏で客席を沸かす。

結構、希花との息もバッチリでみんなを興奮させるには十分なものがあった。 

今日はとことん疲れたので早く寝ることにしたいが、はや1時半を回っている。パディとキアラン君はまだ飲んでいる。一体どれだけ飲めるんだろう。

2018年アイルランドの旅 7

710日(火)又しても早朝から眩しい光が降り注いでいる。猫の食事を与えた後、キアラン君が昨夜回した洗濯物を干しに庭に出ると、気持ちの良い風が吹く。ここが日本と違うところだろう。

遅くにデイブ・シェリダンと戻って来たキアラン君。2人で2本のワインを開けたらしい。デイブはまだ寝ている。以前パディが泊まった部屋なので僕らはパディ・キーナン・ルームと呼んでいる。

人の出入りも多くなって、いよいよ始まっているんだな、と感じるし、キアラン君も8時半までに起きてこなかったら叩き起こしてくれ、と言っていた。今日も忙しいはずだ。本当は

またまたゆっくり話し込んでいる。もちろん仕事の話もしているが半分くらいはなんだかたわいもないことを話しているような感じだ。

そのたわいもないことの中にも時として大事なことが隠れていることもあろうから一概に無駄とは言えないが。確かに間違いなく無駄、ということもある。アイルランド人はよく最後の最後に頑張る、というが、単にしわ寄せが来ているだけのような気もする。

それにしても長話をする人たちだ。忙しいんじゃなかったっけ?

明日のワークショップの準備をする。ギターは非常に教えるのが難しい。

ギターは簡単、3つくらいのコードが弾けて、曲は知らなくてもいい、というなんとも貧弱な音楽経験を持っている人も多くいるようだが、周りにいいミュージシャンがいなかったんだろう。

あるいは本人が音楽を奏でる価値のない人間か。

何はともあれ、ギタリストは多くの種類の音楽に精通していなければならないし、本当によく音楽というものを理解していなければ成り立たない。

僕はよくセンス8割、残りの2割で100パーセントの努力を惜しまないこと、なんてわかりにくいことを力説してしまうが、そのセンスの部分というのはなんとも教えにくいものだ。

GからCに行く前にG7を入れるかG9を入れるか、そこに更に上の5度を加えるか、この曲には合っていても他の曲には合わないし、次の小節の頭の音によっても、相手の楽器によっても、感性によっても変わってくる。常にそんなことを考えていなければならない。

これはもうセンスの問題だ。曲を知らなければできないことだし、音楽というものを理解していなければできないことでもある。

そういう人間に出会ったことのない人には到底想像もつかないことだろうが、如何せんこれはどうにもならないことだ。

とやかく言っていないでワークショップに精を出そう。

少しワインを飲みながら夕陽を眺める。時にそろそろ午後11時。

2018年アイルランドの旅 6 レンスター・フラー スタート

79日(月)今日は比較的涼しく、曇り空。だがいい天気になりそうだ。

昨夜、みんなで今回のフラーに関するライブ映像を見た。他の場所で始まったイベントだが、今週末このテレビ番組のライブがここ、バグナルス・タウンで行われる。

僕らもそれに出演するのだが、司会の男がなんだか「お祭り騒ぎ大好き男」みたいに軽いので、みんなでブーブー言っていた。

どこの国にもこんな奴いるなぁ。本国でもそうなんだから仕方ないか。

出演しているミュージシャンは、ステフ・ジェレミアやカトリオナ・マッケイ、ショーン・キーンなどでやはりいい演奏を聴くことができた。

ともあれ今晩はこの街のお偉いさん達が集まっている場所での演奏がある。

ジグやリール、ポルカなどを演奏して、お偉いさんの話を聞いて、ワインを飲んで、これからセッションというところで、猫がいるから、

と上手い理由をつけて早くに戻った。

でもやっぱり子猫達は可愛い。1045分。やっと外が暗くなって来た。

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2018年アイルランドの旅 5 

7月8日(日)快晴。朝からなんという日差しだろう。昨夜はやはり時差ボケなんだろうか、演奏時のビールが効いて早くに寝てしまった。

それとは逆に、2時頃帰って来たキアラン君はゾンビのような顔をして起きて来て、昨夜友人と開けたワインの瓶を不思議そうに見つめて、水をいっぱい飲んで猫に散々じゃれつかれ、またゾンビのような顔をしてベッドに戻って行った。

猫は僕の膝の上でニャーニャー言っている。

まだ一滴の雨も降っていない。早く彼らが顔を洗って雨が降ってくれることを祈っている。

今日はひょっとして今までで一番暑いかもしれない。

夕方になっても暑いと感じることは今までになかった感覚だ。それでもせいぜい20を少し超えるくらいだろうから日本のことを思えばましだ。

すっかり裏庭で寝てしまったが、1040分、まだ西の空は明るい。涼しくて気持ちの良い風が吹いている。

2018年アイルランドの旅 4

77日。3年前の今日、ゴールウェイで一人の若者の命を救ったたことを思い出した。

七夕だ。彼にとって希花さんが居たことは「たなぼた」だ。なんてつまらない的外れの冗談を、今だからこそ言えるんだろう。

今日も暑くなりそうだが、家の中は比較的涼しく、子猫たちも過ごしやすいだろう。

朝からバグナルスタウンのフェスティバル用飾りつけの手伝い。

午後からデイブ・シェリダン達との演奏、と、子猫の面倒を見る暇がない。でも、2匹で仲良く遊んでいるから大丈夫そうだ。

幸い既にちゃんとしつけられているらしく、自分からスタスタとトイレに向かって行く。寝ていても目を覚ますとニャーニャー言いながら歩いて行ってちゃんと用を足してくれる。

デイブ達との演奏を終え、そろそろ8時半になるが、まだ日本の午後4時くらいの感じで木洩れ陽が美しく、涼しいそよ風が優しく吹いている。

さっきまで遊んでいたがまたソファーの上で寝たようだ。心地よい風に体を任せて。

2018年アイルランドの旅 3

今日は76日。いやはや昨日は長い1日だった。なんだかもう数日間ここに居るような気がするが、まだあれは昨日だったのだ。

朝はやっぱり寒いが、ここしばらくは暑い日が続くと言っている。30越えも考えられるらしいが、朝晩が寒いのは救われる。

数匹のうさぎが庭をぴょんぴょんしている。後ろ足の白い部分が見えてなんとも可愛い。そんないつもと変わりない朝が始まった。

今日のメインイベントはキアラン君の友人から子猫をもらいに行くこと。

5週間ほど前に生まれた子猫2匹を譲り受けることになっていたからだ。

白いメスの子猫は困ってしまうくらいに可愛い。

2匹ともすぐに慣れたようで散々遊んで食べて、それぞれ膝の上で寝てしまった。

この忙しい時に何故?と思うが、それはそれでどうせ忙しいのならとことん忙しいくらいでちょうどいいのかもしれない。

生き物がいて、その面倒を見ながら仕事をこなしていく。キアラン君も僕らが居る間に、と思っていたようだが、可愛すぎる。

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2018年アイルランドの旅 2 カーロウ

ダブリン空港、午前7時。少し曇り気味なせいか寒いくらいだ。体感的には15℃を下回っているんではないかと感じる。

えーっと、今日は7月の5日。木曜日。

カーロウに向かう車の中から見る景色は全く変わらない。

その1時間半ほどの間にみるみる青空が広がって快晴となった。それとともに気温はぐいぐい上がりと言えども日本なんかとは比べものにならない。せいぜい24~5℃くらいではないかな?と思って調べて見るとやっぱり21℃だって。

それくらいでも普段より格段に暑いのでアイルランド人はみんな溶けそうな顔をしている。

僕らはこれからの動きのために、ここしばらくは計画を確認しながらこのカーロウで過ごすが、大きな行事が来週の半ばから控えているのでその準備もしなくてはならない。

パディ・キーナンも僕らの誘いでやってくる。シャロン・シャノンもやってくる。ここでレンスター・フラーがあるのだ。

アイルランド最大級の音楽フェスティバルのレンスター地方に於ける前哨戦みたいなものだ。

僕らは出演の依頼でもなければ出かけることもないのだが、何と言ってもキアラン君の生まれ育った町、カーロウのバグナルス・タウンであるということと、その会場で演奏する仕事や、僕はギター講師として参加するので顔を出さないわけにはいかない。

さて、この何もない町、バグナルス・タウンがどんな賑わいを見せるか楽しみだ。

そういえば、パスポートコントロールの時、係官が「どこへ行くんだ?」と訊いたので「カーロウ」と答えたら、この世のものとは思えないくらいの不思議そうな顔をして「え!カーロウ?またどうして」と言っていた。

そんな何もないところのまたその何もない小さな町がどうなるのだろうか?

「そういえば」がもう一つ。このフェスティバルで重要なポジションにいるキアラン君の家の掛け時計がまともな時間を指していた。

2018年アイルランドの旅 1 香港エアポート

キアラン君と3人でカクテル。時間は20:45分香港時間。74日。なんかアジアの香りムンムン。

初めて降りたエアポートだが、やはり東洋は東洋という感じがする。

空気感がどこかヨーロッパとは違う。

しばらくここにステイして夜中のフライトでダブリンに飛ぶ。

隣にオーストラリアから来て同じフライトに乗る予定の若者がいたので少し話をした。

去年の9月に東京、大阪、京都、広島などを旅して、とても日本が好きだと言っていた。少しの間訪れるのには最高かもしれない。

日本にはなんでもあるから。

Alec Brownと共に

ひょんなことから日本に来てもらうことになった彼。

去年の12月に続き2回目だったが、事実上初来日と言えるくらいに前回は短い滞在だった。あれじゃいくらなんでも可哀そうだったんじゃないかと思い、今回は約1ヶ月。

もちろん理由はそれだけではない。

もしかしたら何か形にできるんではないか、という希望が前回で見えたからだ。

アメリカはアーカンソーの生まれ。オザークマウンテンが走るその地方で生まれ育っただけにブルーグラス、オールドタイミーにも明るい。

それにアイルランド音楽研究者ということ。そして今回さらに、やはりアメリカの若者ということもあり、ブルースやポップスにも興味がある、と言うことを再発見した。

ジョン・ハートフォードをこよなく愛し、トレイシー・チャップマンの唄を歌ったり、サム&デイブなどを聴いて感激するなど、結構僕と近い音楽体験を持っている。

かと言って、

世代が全然違うのでノーマン・ブレイクのRising Fawn String Ensembleは初めて聴いた、など、彼にも新しい発見をしてもらったようだ。

クラレンス・アシュレイのCuckooなどにもえらく感動したようだし、僕らが1960年代、まだ15~16歳の時に聴いていたものなんかも彼にはどこか懐かしかったのかもしれない。そういう環境で育ってきたのだろう。

僕らの音楽にもいい具合に溶け込んでくれたようだ。

練習時には一生懸命コード譜をチェックしていた彼。その上「お客さんの前で見てはいけない」という考えであることを聞かされた時には「これはいける!」と思ったものだ。

スタジオ・ミュージシャンやバック・ミュージシャンではないのだし、ましてやこういう音楽で楽譜を見るなんて、いかに体で、そして心で演奏することが出来ていないかを人前でさらすことになってしまうのだ。

お互いを見ながら、お互いの音を聴きながら演奏をする。これこそが大切だ。

アレックはそういうことが良く分かっている奴だった。

希花さんと同世代。2人のお姉ちゃんに叱られながら育ったという彼。

希花さんにも叱られながら日本で楽しい時を過ごすことが出来たに違いない。

各地のコンサートに足を運んで頂いた皆さんに感謝です。

 

Irish Musicその133

The Lament for Limerick    (Air)

余りに多くの情報があって、書き切れない部分と、よく分からない部分があるのだが、美しいメロディなのでギターで弾いてみた。この手の曲ではパイプスに勝るものはないだろうが、ギターで演奏しているものは聴いたことが無いので、それはそれでいいだろう。マーティン・ヘイズがLonesome Touchというアルバムでやっているが、どちらにせよ、フィドルも音が伸びる楽器なのでこの手の曲には向いている。シャロン・シャノンもやっていたかな。ギターの良さは、プラス和音、というところだろう。こういう曲に最適なコード進行を考えるのはとても楽しい。

いろんな人が様々な形で演奏しているが、僕は1972年と1981年の2回のショーン・オリアダ・メモリアルコンサートでSean Pottsが演奏しているものをソースにしている。

クロウハンマー・バンジョーのアルバムを聴く

BOMでも過去に紹介されていた、1965年カウンティ・レーベル発表のアルバムで、スクラッグス・スタイルのフォギー・マウンテン・バンジョーと並ぶクロウハンマー・スタイルの「バイブル」だ。

よっぽど好きでないとずっと聴いていられるものではないかもしれないが、バイブルである以上一度は耳を通す必要がある。

Wade Ward, Tommy Jarrell, Kyle Creed等の録音が聴ける。

確か3枚ほどシリーズで出ていたような気がするが。

クロウハンマー・スタイルは素朴だが突き詰めていくと結構難しい。

中指(人差し指の人もいる)と親指だけで解決させなければならないため、自分でメロデイを作りだす時には、やはり基本的なメロデイに出来る限り忠実にしなければならない。

そんなところが非常にアイリッシュと近い。

アイリッシュのいわゆる「バイブル」もよっぽど好きでないとずっと聴いていられない、というのと一緒だ。

もし興味があったらClawhammer Banjo Vol.1 Vol.2 Vol.3とあるはずなので聴いてみても面白いかもしれません。

Irish Musicその132

Sleepy Maggie     (Reel)

これは1995年にリリースされたAshley MacIsaacのアルバムで世界的大ヒットしたものだ。事実、当時アメリカでは一日に何回この曲がラジオから流れていただろうか。シンガーはMary Jane Lamondだったということだったが。確かにキャッチーなサウンドで若者の気を引くには持って来いの感がある。同列曲としてよくDrowsy Maggieなども取り上げられるが、それは明らかにタイトルからだろう。Drowsy(眠たいけどなんとか起きている)から言えばその少し前、まだ明らかに眠たい、こっちの方がまだ起きていないマギーさんということで、完璧な余談ではあるが。さて、どちらかと言えばJenny’s Chickenの方が近いということは、もうすでに「その6」で触れている。実際ノエル・ヒルも「これはJenny’s…の変形だ」と言っていたが、因みにDe Dannanはこの曲をNoel Hill’sというタイトルで1995年に録音している。

Irish Musicその131

Silver Slipper    (Slip Jig)

Johnny Dohertyの1953年録音で有名な曲。多分その時のタイトルがThe Woods of Fanadとなっているはずだ。なかなか若者にも受けそうないい曲。少しややこしい感もあるが。

多くの人が、このコラムの60に出ているGlen Road to Carrickをこの曲の後にやっているので、僕らもそれに習っている。僕は特にVallely兄弟 Cillian & Niallの演奏が好きだ。

Cillianは日本で最も人気のあるバンド、ルナサのパイパーだ。ずっと昔、ひょっこりセッションに現れて(まだルナサに入る前)凄く僕のギタープレイに感動してくれたので「ニューヨークに来たら連絡してくれ」と言って渡してくれた名刺が「ごめん、これしかないんだ」と言ってお兄ちゃんのNiallの名刺だった。それ以来彼とは会うごとに親しくしてもらっている。因みにブルーグラスやオールドタイムではGolden Slipperという全然違う曲もあるがBoys of the LoughはこのSilver…をGolden…として演奏していたようだ。

Irish Musicその130

Mississippi Sawyer   (Reel)

これはリールというかブレイクダウンというか、いや、ホウダウンだろうか、とに角アメリカン・フィドルチューンの超有名曲だ。この手のものもやり出したらきりがない。ところで、この曲のBパートは明らかに「スキップ・トゥ・マイ・ルー」だ。それはピート・シーガーの教則本で1970年代初期に覚えた曲だが、先日、商店街を歩いていたら、アーケードのスピーカーから子供のコーラスでこの曲が流れてきた。それはそれは安っぽい音だったが、こんなものを流すのは何故だろうと思ったものだ。何はともあれ、Mississippi Sawyerはとても乗りのいいシンプルな曲だ。フィドルでもバンジョーでも、そしてハンマーダルシマーなどにも持って来い、の曲だと思う。

Irish Musicその129

Valurile Dunari    (Waltz)

またしてもアイリッシュ・チューンではない。日本語のタイトルで言うと「ドナウ川のさざなみ」だ。ルーマニアの作曲家、ヨシフ・イヴァノビチが1889年にパリの万国博覧会で発表して有名になった、と言われている。同じドナウ川を題材としたもので、やはり超有名なヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」よりもメロディが感傷的な作品だ。

実際にはもう少し長く、別なパートも存在するが、僕らはさわりだけをやらせていただいている。というのも、僕らの世代(いや「僕の」だが)では良く聴いたメロディで、それもかなり前のことなので印象深い部分しか記憶にない。因みに「記憶にない」というのは絶対に聴いたことがある、やったことがある、会ったことがある、ということだろう。でなければ、全く知らないということがきっぱり言えるはずだ。うん?何のことを言っているんだろう。

とに角、僕らの編成では希花さんのコンサーティナが活躍している。

Irish Musicその128

Morning Thrush     (Reel)

有名な曲だったが、特にレパートリーに加えていなかった。それというのもどこまでもパイプチューンという気がするからだ。しかし今回、Seamus Ennisの父が1913年か14年に書いて、その楽譜を見つけたというSeamus Ennisが演奏しているものをお手本にしてレパートリーに加えてみた。いくつかのバージョンがあるが、やはり彼の父が書いたと言って始めた演奏が凄く良かった。以前、ゴールウェイの教会で共演したMick O’Brienの演奏もなかなか良かったし、Seamus Ennisのバージョンとほとんど同じだ。他にも数人のバンジョー弾きやNoel Hillの演奏もあるが、3パートあるうちの最後のパートのひとつの音がF#なのに対してGになっている。たったひとつの音だがどちらのバージョンを選ぶかを僕らは討論する。Gも確かに少しインパクトがあって良いが、僕らの結論はやはりF#でいこうということになった。こうしてどちらも知っておけば誰と一緒にやっても「うん?」ということにはならない。それにしてもすべてのパートが同じような音を行ったり来たりするので、久しぶりに覚えにくい曲だった。

Irish Musicその127

Sous Le Ciel De Paris    (Waltz)

題名から分かるようにこれはアイリッシュ・チューンではない。フランスの有名な曲だ。

僕らの年齢の人なら大体知っているメロディではないだろうか。

「巴里の空の下セーヌは流れる」という1951年の映画に使われたというが、ひょっとして僕らは観たんだろうか?音楽は今さらながら言うのも変だが名曲だ。パリの魅力、強いて言うならば「巴里」かな。日本人にとっては。そんな、何とも言えない絶妙なメロディ・ラインを持っている。アイリッシュではないけど、蛇腹楽器を演奏する希花さんには是非レパートリーのひとつとして取り上げて欲しい曲だった。

こういう曲、探せばいっぱいあるだろう。何故か僕らの子供の頃はこういういわゆるシャンソンやロシア民謡などが、いたるところで聴けたような気がする。音楽の授業で仕方なく聴かされた覚えもあるが。

Irish Musicその126

★Floating Crowber   (reel)

Brendan McGlincheyの作といわれている。そして彼自身、70年代に録音を残している。

ところが、いろいろ調べてみると彼が録音した当時には既にThe Rathcroganというタイトルでこの曲は存在していた、とも言われる。

みんなどうやって調べるんだろう。

そしてどうやらFinber Dwyerの作というのが有力になってきた。どちらにせよ、なかなかにノリのいい曲だ。

 

★The Revelled Hank of Yarn   (Reel)

多くの人に演奏されている名曲。出処はよくわからないがパイピング・チューンという感が強い。Willie Clancyの演奏で知られているようだし。

Irish Musicその125

When It’s Moonlight in Mayo   (Waltz)

これは歌で有名な楽曲だが、アンドリューのバンド、Lahawnsで聴いたことがあるし、彼等と演奏したこともある。

アイルランドでは有名な歌のひとつだろう。

しかし、サビがWhen Irish Eyes are Smilingとほぼ同じだ。

…Mayoの方は曲がPercy Wenrich 詩がJack Mahoneyとなっており、1914に世に送り出されている。

一方…Irish Eyes..の方は曲がErnest R Ball 詩がGeorge Graff 又はChauncey Olcottとなっており、こちらは1912年に出版されている。

どちらかと言えばこちらの方が有名かもしれないが、あまりにもベタな感もあるので、..Mayoの方がしゃれとしてやるにはいいかもしれない。

Irish Musicその124

Bob McQuillan   (Reel)

123で出ている名前だがこれは彼の名前がついたリールだ。かなり前にArcadyの演奏で聴いたことがある。Brendan Larrisseyの彼らしいフィドリング(Tripping Down The Stairs)からこの曲に入っていく。

調子のいい曲だが、どこか運動会みたいな感じで、結構単調だし、あまり好き好んでやってこなかったのだが、彼の名前が先に出たので想い出した。

これは彼の作品だと思っていた。ところがどっこい、Aly Bainの作らしい。

そして、ArcadyではMaud McQuillanとクレジットされている。

よくある話でDorsetshire Hornpipeという曲のリール版と言う人もいるが、Alyは彼の頭のどこかにこの曲が残っていて、それからヒントを得て作ったのだろう。確かに似ているが、かなり違う一面も持ち合わせている。

 

 

Irish Musicその123

Stoney Point  (reel)

これは以前27の項目でPigtown Flingとして掲載したものと同じものなので、また書くのもどうかな?と思ったが少し別な情報もあるので、もう一度書いてみることにした。

古いアメリカン・チューンを聴いてみると、何と3パートあった。

ポール・ウォーレンとスクラッグスは2パートだった。前にも書いたようにFiddle&Banjoというタイトルだった。

今回の情報ではRoving Bachelorという曲のファミリーではないか、と言うのだが、この曲Emの部分(Pigtownの2パート目)が無くて、古いアメリカン・チューンの3パート目のメロディーが2パート目に来て最初に戻るのだ。なので、この曲は2パートだ。

このようにしてひとつの曲でもいろんな角度から見られるのでとても面白い。

今年(2018)のNoel Hillが来日の際やっていたので、フォギー・マウンテン・ボーイズの話に少しだけ触れてみた。彼も「確かにブルーグラスでも演奏されていたなぁ」と言っていた。ひも解いていくと面白くてやめられない。

Irish Musicその122

Amelia’s   (Waltz)

1980年頃Bob McQuillenという人物によって書かれたワルツ。長年知ってはいたが、特に演奏したことがなかった。結構いろんな人が(オールドタイムなども含む)やっているので、というのが理由のひとつ。

みんながやるから押さえておかなくてはならない曲もあれば、みんなやっているから敢えてやらない曲もある。

この曲はAmelia Stilesなる人物のために書かれた曲と言うが、そこにはAmelia Earhartの存在が大きく関わっている。これには驚き。僕らは大学時代からブルーグラスのレパートリーとしてAmelia Earhartを取り入れていた。カントリー・ジェントルメンかグリーン・ブライアー・ボーイズで良く聴いていたと記憶している。そんなこともあり今回ここに記載して、レパートリーのひとつに加えたわけだ。因みにジョニ・ミッチェルのAmelia(1976)もいい曲だ。

彼(Bob McQuillen)はマンチェスター(ニュー・ハンプシャー)で2014年の2月4日に90歳で亡くなっている。

Noel Hill日本を離れる

20184月、本来なら桜が真っ盛りだったかもしれないが、今年はえらく早い時期に咲いてしまったようだ。

僕らですらアイルランド滞在中に満開のニュースを聞いたため、ほとんど見ていない。

それでもノエルと共に、数人の古くからの友人が上賀茂神社の遅咲きしだれ桜を見に連れて行ってくれた。

全ての会場で素晴らしい演奏を聴かせてくれたNoel Hill

僕らはなぜかこの音楽を始めてしまった。

そしてこういうアイルランドを代表するようなミュージシャンを日本に呼ぶことになってしまった。

大変なことだが、老若男女、アイルランドの演奏家たちが必ずフォローしてきた人達だ。

しかし、日本ではアイルランド音楽を演奏している人たちが、こういう人たちの演奏を生で聴こうとしない。

そんな中でも各地できちんとコンサートに足を運んでいただいたアイルランド音楽愛好家の方も数人いた、と認識している。

そんな人たちのお顔は本当に輝いて見えた。

アイルランド音楽を演奏する上で知っておかなくてはならない知識や、プロフェッショナルとしての姿勢、その全てが生身の彼を見なければ伝わってこないものがある。

それはセッションなどでは学べないものだ。

音楽は楽しいものだが、ある意味、苦しいものでもある。

彼は、その全てを見せてくれる。そして音楽として僕らに伝えてくれる。

今頃、起きていそいそと帰り仕度をしているだろう。

昨日見たあの荷物、全部入るかな?本人は全部持って帰ると言っていたが。

飛行機でよく寝て、乗り換えでゆっくり休んで、気がついたらアイルランド。

そんな風に無事な旅ができるように祈っています。

アコーディオンで羊を呼ぶ天才少女?

先日テレビを見ていたら、ある番組でこんなタイトルの映像を流していた。

スタジオの芸能人たちが一様に「うわーすげえ!」と言って喜んでいた。

僕はそれを見て「あいつらただ立っているだけでも寄ってくるし」と思わず突っ込んでしまった。

それにもっと重大な事実が

それは初心者レベルのコンサーティナーだったのだ。

初心者レベルが問題ではない。コンサーティナーだったのだ。

全く日本って

フィドルってなんですか?それはバイオリンと書かなければ上から怒られます、と言っていたある記者を思い出した。

ノエル・ヒル来日

コンサーティナ奏者として世界の頂点に立つノエル・ヒル。

アイルランド音楽の真の世界に少しでも触れてみたい方は、必ず聴き、そして肌で感じなければならない現存する人物の一人です。

彼の存在を知らずしてアイルランド音楽を語ることはできません。

僕らは今までにもフランキー・ギャビン、パディ・キーナン、ブレンダン・ベグリーといったアイルランド音楽を語るうえで欠かすことのできない人物を日本に呼んできました。

そして、一昨年、初来日を果たしたノエル・ヒルが再び日本を訪れます。

次はいつかわかりませんが、彼も世界中を忙しく飛び回って演奏を続けている人なので、もしかしたら最後のチャンスかもしれません。

いずれにせよ、是非、彼のコンサーティナ演奏を生で聴いてください。

そうでないとアイルランド音楽の真の姿は見えてこないはずです。

アイルランド音楽を自ら演奏されている方が、もし彼の演奏に触れることが無かったら、それは生きた音楽を演奏することさえ不可能だということになるでしょう。

また、アイルランド音楽を聴いたことのない方にとっても、きっと彼の音から人間のたくましさや音楽の素晴らしさを体感することができるいい機会となるでしょう。

公演情報
https://www.marekanaito.com/noel-hill-japan-tour-2018

2018年春 アイルランドの旅 最終回 ベルギー

朝早く、というか夜中のうちに3人でダブリンに向かう。ひたすら寒い。

ブリュッセルまでの飛行はわずか1時間と少しなので寝るまもないくらい。

空港に着くと、またしても表示されている時間がよく分からない電車で市内に向かおうとするが、あてにしていたキアラン君でもよく分からないようだ。

それでもなんとか地元の人を見つけて聞こうとしたが、周りはほとんど路頭に迷う旅行者だ。

すぐ近くに夫婦がいたので訊いてみたら同じくダブリンから来ている人たち。でも「絶対ここでいいはずだ。もし違ったらみんな揃って路頭に迷うだけだ」と言って笑う。

それでも何の問題もなく市内に着いた。

本当に街並みが美しい。

グランプラス広場などは圧倒される美しさで、普段から観光には興味のない僕ですら足が止まる。

昼と言わず、夜と言わず、出るのはただため息ばかりだ。

一通りの市内巡りをして、夜のライトアップされた広場を見ながらゆっくり食事。決してこちらだけがゆっくりしているわけではない。

レストランのペースもひたすらゆっくりしている。

確かに美しい景色を見ながらの食事だ。急ぐことはないのかもしれない。

急ごうがゆっくりしようが、24時間という時間は誰にとっても同じだ。

でも、日本に帰ったらまた急いでしまうんだろうなぁ。

美しい景色には、明日別れを告げて日本に向かう。

 

 

 

 

 

2018年春 アイルランドの旅 25

朝から雨模様だったが、驚いたことに一瞬みぞれに変わった。このまま雪になるんではないかと思うくらい外は寒々としている。

今日は329日木曜日。明日はフランシーヌの日だが日曜日ではない。これがわかる人は多分60歳以上?

そして明日からはまた少し動きが激しくなるのでひとまずアイルランドの旅はこれでほとんど終わり。

もしかしたらベルギー、ブリュッセルから最終回が書けるかもしれない。

今回もいい音楽が聴けたし、いい環境で演奏することもできたが、このアイルランドでもひどいセッションがあったことも事実だ。

自分たちだけの満足のために、よく聴きもしないで弾きまくる人もいる。

そして見ている方もなんだか楽しければいい、音楽は楽しくなけりゃ、みたいな感覚でしか捉えていない場合がある。

その中でも聴く耳を持つ人がいるとほんとうに嬉しいものだが、そのような場にはなかなかそんな人はいない。

こちらも、こりゃダメだ、と思ったらすぐ楽器をしまう。

本当にいいセッションはキッチンで数人、静かに聴いたり弾いたりするものかもしれない。

曲についての話をしたり、ちょっとゴシップ話をしたり。

いいミュージシャンと出会うことは僕らにとって重要なことだし、僕らと出会って向こうにもそう思ってもらえたらありがたい。

こちらに二人で来るようになって8年目。8回目だ。

希花さんも、もう押しも押されもせぬ名フィドラーの仲間入りだ。

僕が感心するのは2年も3年も弾いていない強烈な難曲でもパッと弾くことだ。それが突然の注文であっても。

もちろんこんがらかっている曲もあろうが無理もない。多分1000に近いレパートリーを持っているのだから。

日本ではこれだけの経験をこれだけ短い間に(僕から見れば)重ねているフィドラーはなかなかいないし、それを分ってくれる人も少ないし、それは残念でまた、勿体無いことでもある。

アイルランドでは数多くの一流フィドラー、そしてその他の楽器のミュージシャンでも必ず食いついて来てくれるし、一般の人でも一様に理解してくれる。

ただ本当のことを言えば、真にこの音楽を理解している人はこの国でさえも1割くらいではないか、とも言われているが。

それでもまた夏に来る予定にしている。

そして普段あまり演奏しない曲もたくさん演奏し、また新たにいろんな曲を仕入れ。また新たな友達を作る。

昨日、近所のおじさんがオールド・レコーディングのファイルを送って来てくれた。

こういう人が僕らの演奏を認めてくれ、そしてこんな珍しい録音があるから聴いてくれ、と言ってきてくれることがとても嬉しい。

真面目に取り組んでいるからこそかな、なんて自画自賛?さらに真面目に取り組まなくちゃ。

2018年春 アイルランドの旅 24

いい天気。昨日はそれでもやっぱり神経は使ったらしく結構疲れたようだ。

何と言っても相手はアイルランド人。子供といえどもアイルランド音楽で育ち、それぞれにバンドで別な楽器を担当している。

そして音楽そのもののレベルも違うだろうが、取り組む姿勢も違うだろう。

教える人ってみんなよくやるなぁ、と思ってしまう。

さて、今日、明日で帰る準備もしなければならない。

あちこち連絡もしておこう。いろんな人にお世話になっているし。

昼、キアラン君がソーダ・ブレッドの作りたてを買って来てくれた。

以前、日本の某有名ベーカリーでソーダ・ブレッドを見たが、紙っぺらみたいなものが5~6枚で400円くらいしていた。

これはその5倍もあってずっしり重い。日本円に換算すると300円くらいらしい。

日本人の大好きな「フワフワモチモチ」と違って「ゴツゴツガリガリ」だが、ムチっと詰まっている。

そこにジョンがアップルパイを持ってやって来た。焼きたてのものを買って来てくれたのだ。リンゴがこれでもかと言うほど大量に入っている。

日本なら1500円くらいだろうがこれもまた5分の1くらいの値段だろう。せっかく持って来てくれたのだから値段のことはともかくとして、日本はやっぱりなんでも高すぎるし、包みもきちんとし過ぎている。

ソーダブレッドもアップルパイもその辺のビニール袋のようなものに入っているだけだった。

でも、どちらも満足のいく味だ。

パン好きの僕にとっては、確かに日本のパンも良くできていて美味しいが、こちらの一見雑な作りのものも好きだ。歯ごたえがあっていい。

ところで、何故キアラン君がソーダブレッドを買って来たかと言うと、前日に僕が買ったソーダブレッドが非常に安物で、そんなものは馬にあげてこい、僕が本物のソーダブレッドを買ってくる、と意気込んでいたからだ。

確かに僕の買ったものは日本では1000円くらいだろうが、50円くらいだったのだ。

夕方、キアラン君の言う通り、それを持って馬とロバに会いに行った。

また何を思ってか、3匹揃ってやって来た。あれだけ今まで何にももらえなかったのにやっぱりいそいそとやってくる。

しかし今度はソーダブレッドがある。

すごい勢いでがっつく。馬は背が高いのでフェンスの上から首を伸ばしてがっつく。

ロバは下の方から一生懸命首を伸ばす。

そのうち我慢が限界に来たのか、フェンスの真ん中あたりからなんとか餌をもらいたいと背伸びして頑張るが、次の瞬間、見事に首が挟まった。

中国人の子供よろしく、どうしても抜けない。

なんとかしてやろうと思うが近くに寄ると意外と顔がでかい。悲壮な目をしてもがいている。下手に手を出したらまた噛まれる。

そんなことを繰り返したらロバも僕も一緒だ。

誰か呼ばなくちゃ。ロバも困ったが僕らも困った。そこは一緒だ。

ロバは挟まったままなので僕らは「こうしろ!早くこうしろ!」と何度も二人で首を横にして見せた。

馬もいるのにロバの耳に念仏だ。

踏ん張ってみたり後ずさりしたり、そうこうしている間にやっと抜けたロバは意気消沈して一人であっちへ行ってしまった。

悲しきロバの後ろ姿。よっぽど懲りたのだろうが、明日はまた忘れてやってくるだろう。

そう言えばジョン、何も忘れていかなかった。

2018年春 アイルランドの旅 23

今日も冬の寒さ。弱い雨が一日を通して降ったり止んだりするかも、と天気予報では言っている。

朝、紅茶を淹れて、イースターなので「ホットクロスバン」を食べた。

石川鷹彦さんが歌ったマザーグースのあの歌だ。

午後からはキアラン君の生徒さんたち4人にギターを教えることになっている。

12歳から17歳くらいの、みんなそれぞれにアコーディオンだったりフルートだったりを専門に演奏している。

そのうちの一人は去年、18歳以下のチャンピオン・パイパーになった子だ。

ギターはまた別物で、やはりかなりの音楽知識がないと難しい。

それぞれの楽器でいい音を出している子達にも伴奏は別物らしい。そして、それがわかっているのでまた習いに来るのだが。

教える僕の方も、あんまりちんぷんかんなことは言えないし、かと言って1曲、また1曲と違うものをどうやって他の曲にも関連づけて行くか、などとても時間のかかる作業なので、1時間くらいではなかなか説明できない。しかも英語。

でも今は便利だ。みんなスマホを持っている。

撮影してもらって家に持って帰って練習、ということも可能だ。昔はせいぜいテープに録音だったが。

とにかく普段リード楽器をやっている子達なのでメロディーをよく聴くことには慣れているはずだ。

それをギターにもしっかり応用するように伝えた。

そして、その音を使う理由と確固たる信念を持つことの大切さがわかってもらえればそれでいい。

ところで、雨が降る予定だった今日1日だったが、いい天気だった。

夕方、ロバと馬に挨拶しに行った。

道を隔てたずっと向こうの方にいるが、なぜか僕らを見つけると馬2匹、ロバ1匹、計3匹が揃ってやってくる。

なんかもらえると思うのだろうか。

それとも誰かいるぞ、と思うのか、不思議だ。

2018年春 アイルランドの旅 22

寒くて少し雨が降っていて、冬に戻ったようだ。

また暖炉に火を入れる。

朝、ジョンが電話をかけてきた「僕のコート知らない?」

アイルランドの田舎町の朝はそんな風に始まる。

雨が降っているにも関わらず、隣の家の洗濯物が一日中裏庭ではためいている。

アイルランドの田舎町の一日はそんな風に暮れてゆく。

暖炉は一層炎を高く上げている。その炎を囲んでお茶を飲みながら語らう。

アイルランドの田舎町の夜はそんな風に更けてゆく。

近くのパブでパイントを飲む。周りは知った顔のおじさん、おばさんばかり。みんな時間も忘れて楽しそう。

アイルランドの田舎町の朝はまた、何も変わることなくやって来るのだろう。

そして誰かがパブにやってきてこう言うかもしれない「僕のコート知らない?」

2018年春 アイルランドの旅 21

今日も気持ちのいい天気。いよいよ春がやって来るかな。

昨日の興奮冷めやらずで、10時過ぎまで寝てしまった。無理もないか、寝たのが4時すぎだから。

12時頃、昨夜のティム・エディのショーを見て興奮しすぎたのか、珍しく酔いつぶれて家に帰って行ったジョンがやってきて、ショーが終わってからみんなでパブに行ったことはすっかり覚えていないと言っていた。

僕らのセッションにジョンも小さくなってバンジョーを弾いていたが、そのことすら覚えていないようだ。

おまけに鍵がないだの携帯はどこだの、まだ少し回っているんだろうか。と思いきや、ワイングラスになみなみと赤ワインを注いで

飲み干して「じゃ、また後で」と言って颯爽とドライブして帰っていった。

2時頃、「僕の携帯、どこかにある?」と言ってきた。非常に面白い。

僕らの知っている限りのアイルランド人は、思い切り飲み、思い切り遊び、思い切り仕事をする。時間は気にしない。貯金も気にしない。死ぬまで思い切り生きる。死ぬまで思い切りリラックスする。

音楽とはあなたにとってどんなものですか?とNHKの番組でミュージシャン兼酪農家に訊いていたが「考えたこともない」と答えた。そんな彼らの生活が音となって、時に僕らの胸に突き刺さるのかもしれない。

ちまちま「アイリッシュ・ミュージックとは」なんて言いながら生きていたら損だ。

5時頃ジョンが電話をしてきた「僕のメガネある?」

2018年春 アイルランドの旅 20

324日 土曜日。今のところすごくいい天気。

珍しく1日を通して雨の気配もないくらいだったので、午後から庭の手入れ。

夜、8時過ぎに会場に向かう。ティム・エディのコンサートが催される小さな小さな村の小さなホール。

地元の人でないと行き着けないところにひっそりとある、それでもミュージシャンの間では有名な場所らしい。

初めて会うティム・エディだったが、「ジュンジ。ずっと前から知っていたよ。いろんな人に聞いていたから」と話が止まらない。

彼はある種、特別な人間だ。

あまり詳しくは書けないが、何か一つのことに神も驚愕するくらいの才能を発揮する人。

その脅威的なギターのテクニックと音の美しさと限りない力強さ。また、アコーディオンの脅威的なテクニックと強弱を限りなく駆使した優雅なプレイ。歌におしゃべりに素晴らしく長けている。

スティーブ・クーニーにかなりインスパイアされた彼は盛んにライ・クーダーも賞賛していた。

困ったことにステージ上で「ジュンジ、ジュンジ」とやたらめったら言う。覚えやすい名前なんだろうか?

彼については、アイリッシュ・ミュージックに関わっている人なら誰でも知っていると思うが、いわゆるフィンガー・ピッキングを主としてやっている通称「アイリッシュ・ギタリスト」など、あるいは「アイリッシュの曲もやります」的な人たちは必ず観ておいた方がいいかもしれない。

もちろん、トミー・エマニュエルもピエール・ベンスーザンもそういう人物の類だが、この男はまた特別だ。

その感覚や特殊な能力がどこから来るのかは分かっているが、それにしても凄い。そして楽しい。スローな曲の音の選び方、コードワークなどは、普通3曲も聴けば充分、という感覚に陥るが彼の場合は永遠に聴いていられる。

なんだか強烈なものを間近で見せられた感じだ。

戻ってきたのが2と思っていたが、サマータイムの始まりで3時だった。

ラーメンを作って3人で食べた。飲んだ後のラーメンは定番だけど、コレステロールが

2018年春 アイルランドの旅 19

323日、金曜日。曇り。

ここしばらく、うんと寒くて暖炉の火おこしに明け暮れ、たくさんのブリケットやたどんを使ったので、節約のためにこの辺に落ちている朽木を拾いに出かけることにした。

裏庭にもキアラン君が切り落とした枝がたくさんあるので、それも斧で細かくして薪にする。

毎日こんなことしていたらミュージシャンも腕っ節が強くなるはずだ。

この音楽の力強さを感じるが、ジェイソンが来てやってくれればもっと簡単かな。

夜、デイブとミッシェルのシェリダン夫妻がディナーに招待してくれた。

沢山のワインと美味しい料理とチューンとお話で6時間があっという間に過ぎてしまった。

帰って来たのが12時を少し回った時間。

また暖炉に火を入れてしばらく起きていた。

実りのある会話と、いいセッションのあとはそうすぐに眠れるものではない。

希花さんもしばらくは頑張っていたが、許容量を超えた食事とワインが効いたらしく僕らより早く寝たようだ。

今夜もかなり冷えてきた。

2018年春 アイルランドの旅 18

昨夜、このすぐ近くに住み、バンジョーやマンドリンを弾いているという人物が訪ねて来た。何故そういうことになったのかというと、彼は遠いアイルランドから僕らのCDを注文して来た人なのだ。それも次から次へと。

そして希花さんのフェイスブックで、彼がこのキアラン君の家から車で10分ほどの所に住んでいるということが判明した。

キアラン君も「あー、知ってるよ」というし、ジョンも「長いこと会ってないからよろしく言っておいて」というし、やっぱりローカルだな、という感じだ。

なにはともあれ、もちろんプロで活躍した経験のある彼ではないが、もう聴くことのできないミュージシャン達とも接触のあった人だし、オールドレコーディングの収集家でもあるので、実にその道に詳しい。

そんな人に僕らのCDも集めてもらえるのは光栄だ。

彼がプレゼントだと言って、2030年代のオールドレコーディングや、パブのセッションの録音をいっぱい持って来てくれた。

ここで聴くから値千金という感も否めないが、少なくとも常にこういうものには耳を傾けないといけないと感じる。

彼はもう70年以上この中で育って来ている。そんなことをひしひしと感じるおじいさんだった。

僕らがこの音楽を語るときには彼のような人(他にもいっぱいいるが)の存在を常に意識する必要がある。

というか、下手に語るべきではない、という気がする。40年や50年の経験では薄っぺらいのかもしれない。

今日もいい天気なので、近所のロバにちょっかいでも出しに行こうかな。噛まれないようにしないと

と思っていたらなんだか風が出て来てやがて雨が降って来た。とても寒く、冷たい雨だ。

ロバも雨宿りしているだろう

2018年春 アイルランドの旅 16

朝陽がサンサンと降り注ぐ絶好の洗濯日和。

今日は少し驚いた。

裏庭をいつものように野うさぎがぴょんぴょんしていたが、ひと段落して姿を消した後、キツネがウロウロし出した。

野生のキツネをこれだけ長く観察したのは初めてかもしれない。

大きな長い尻尾とそこそこ大きな体でしばらく歩き回ってまた藪の中に消えて行った。

今日は特筆すべきことはない、と思ったがシティ・ボーイの僕にとってはなかなかに面白い光景であった。

2018年春 アイルランドの旅 15

今日は昨日と違って穏やかな良い天気。

これから先は帰ってからのことを考えなくてはならない。

それまでの大仕事としては、ティム・エディが街にやってくるのでキアラン君とそのオープニング・アクトを頼まれている。

僕らが来ているのでちょうどいい、という話になったらしい。

彼はここ最近10年ほどの間に出現したとんでもない才能のギタリスト兼アコーディオン奏者だ。

ギターにおいてはスティーブ・クーニーを更に発展させた、言葉では到底言い表せない尋常では無いプレイが聴けるので、こちらも楽しみにしている。

また、類稀な超絶アコーディオン奏者でもある。

あと、いくつかローカルのギグをやって、何人かの人と会って、という感じだ。

夕方、キアラン君の生徒さんたちが7人やって来てここで演奏のビデオを撮っていった。

フルート二人、コンサーティナー、アコーディオン、フィドル、パイプス、ギターの編成。

まだみんなティーンエイジャーで、しかもやっぱり都会の子と違ってどこか初々しい。

それでも若者らしいアレンジのチューンを披露していった。

彼らが7時頃帰って行ったので、その後僕らは3人でインディアン・フードのテイクアウトをした。

今ではネットでもオーダーできるらしいが、世の中変わったものだ。

僕など、ネットで予約したり、注文したりしたら本当に通じているのか不安で仕方ないが、希花女史の言うことも正しいかもしれない。「その方が記録が残る。電話なんかだったら聞いてない、と言われりゃおしまい」

そこで気にしすぎの僕は、相手のコンピューターが壊れている、などのつまらない心配をするのだ。

こんな心配は一生ついて回るんだろうな。

ちゃんとオーダーの通っていたインディアン・フードは辛くて美味しかった。

2018年春 アイルランドの旅 14

起きたら一面雪景色。それも前回の雪と違って今度は吹雪いているし、かなり積もっている。

天気予報で「また雪が降る」と言っていたらしいが当たることもあるんだなぁ。

雨のことは一応言っておけばかなりの確率で当たるが、雪は非常に珍しいので、これが当たれば大したものだ。

今日は318日の日曜日。キルケニーに行くことになっているが、しばらく動けないだろう。

少し雪がおさまってきた。

キルケニー。日本から友人が夫婦揃って初めてのアイルランド、ダブリンに観光に来ていたので、彼らがちょうど行きたかったキルケニーで落ち合ってお茶を飲んでしばし話に花が咲いた。

途中からキアラン君も参加して美しい雪景色を楽しみながらしばし歓談。

でも遅くなると道が凍る可能性があって危ないので4時頃には別れた。6時過ぎに無事ダブリンに着いたようだ。よかったよかった。

今晩もしんしんと冷えて来た。

2018年春 アイルランドの旅 13

今日からまた寒の戻りで少し寒くなるそうだ。

今日はセント・パトリックス・デイ。大イベントの一日。

数日前から用意してあるデコレーションなどをトラックに乗せてのパレードに参加して、パブで演奏して、飲んで一日が終わる。

数日前と言ったが、これはほとんどのアイルランド人がそうかもしれないけど、数日前まではのらりくらりしていて、直前になってバタバタとして完成させる、という僕のように用意周到の人間には考えられない行動をとる。

どんなに急いでいようが、お茶を飲んで、あるいは一杯やりながら人と話をすることの方が大事なようだ。

「それじゃぁね」と言ってから、ドアを出るまでの長いこと、長いこと。これ、ほとんどすべてのアイルランド人がそうだ。

とにかく僕らも手伝って、街を練り歩くためのローリー(トラック)のデコレーションは済んだがめちゃくちゃ寒かった。少し寒くなると聞いたが、とんでもない。途中でみぞれが降ってきたくらいだ。

しかし、こういうことには慣れている連中だ。みぞれまじりの中、工事屋のようにすんなりこなしていく。

そして僕らも出来上がったデコレーション・ローリーに乗って子供達の演奏を聴きながら街を行進する。その恥ずかしいこと。

沿道には誰一人として東洋人はいない。

ただ一人見かけたのが、街に一軒だけあるチャイニーズ・レストランの子供。窓から覗いていた。

そしてパブで演奏。

みんながおごってくれるギネスは全部飲みきれない。

もうヘロヘロになってキアラン宅に帰る。まだ早い。8時前だ。本当なら今頃みんなパブだが、ミュージシャンとしては朝からもうすでに疲れ切っているので、静かな場所でゆっくり時を過ごしたいのだ。

2018年春 アイルランドの旅 12

穏やかないい天気。

キアラン君は朝早く仕事に出かけた。お酒に強い人は凄い。前の晩にいくら飲んでも仕事に出かける。

とは言うが、僕らにしても散々飲まされても、次の場所への移動のためには早起きするから同じことか

しかしアイルランド人は強い。

前の晩、パディはパイントのギネスを一杯だけにして1時間ドライブしてカーロウに来てキアラン君とビールを3本飲んでいたのだから。

それで言うことが「ここ4~5ヶ月全然飲んでいなかったのでどえらい効いた」そうだ。

にわかに信じ違いが

パディにオムレツを作ってあげて、しばらくコーヒーで歓談。しかしよく喋る。ステージではほとんど僕が喋るのは昔、二人で回っていた時から変わらない。

とてもシャイな男だが、個人的な付き合いではよく喋る。

大体アイルランド人は喋るのが好きだ。そのためにみんなパブに行くのかな。僕なんか一人で少しだけ飲んで、すぐに横になれるので家で飲んだ方がお金も使わないしいいんじゃないかと思うが。

2018年春 アイルランドの旅 11

エニスからバスに乗ってダブリンに向かう。

今日は「Irish Traveller Ethnicity Celebration」というイベントでパディと演奏する。

場所はダブリンの電車の駅から歩いてすぐの所。行ってびっくりだ。こんなに綺麗な建物は世界の中でも稀だろう。

1680年に建てられたRoyal Hospital Kilmainhamというところ。なんでもイングランドが兵士のために建てた病院らしいが、その余りの素晴らしさに出るのはため息ばかり。

その病院の建物の中にある教会で演奏するのだ。その教会もかなり大きくて美しくて素晴らしい。

僕らは素晴らしいお寺や神社というものを見てきているが、西洋の教会や駅などを見たとき、そういうところにも芸術の価値を大きく感じてしまう。日本の建造物とはまた違ったものを感じて感動するが、それはひとえに日本人だから、ということだろうか。

外国人がお寺を見て感動するのと変わりはないのだろうか。

しかし、先日のアントワープの駅といい、今日来ているホスピタルといいその芸術性の高さには参ってしまう。

芸術性の高さというものも決して基準のあるものではないので、こういうことを思うこと自体が間違っているのかもしれないけど、日本の建造物は、その様式の素晴らしさはあるが、どこか暗い感じがする。どこまでも「わびさび」の世界だ。

外国人はそこに惹かれるのだろう。

しかしここは万人にとって一度は見る価値があるような気がする。

機会があったら有名な観光地とはまた別にここは必見かもしれない。

素晴らしい環境でお客さんの反応にも手応えがあり、音響の人もやはりこの音楽には慣れているのか、サウンドチェックも無しで素晴らしい音を出してくれる。

3人で30分の演奏を終え、先日、飛行機の中で無理な注文を付けた有名人、ダンカン・スチュアートも駆けつけてくれたのでみんなで一杯飲みにパブへ。そしてキアラン君のカーロウに向かった。

1時頃就寝。

2018年春 アイルランドの旅 10

朝方からそこそこ強い雨が屋根を打っている。窓ガラスも叩いているので風もありそうだ。

7時頃起きて静かにしていると学校に行く子供達も起きて来た。

ミックの淹れてくれたコーヒーを飲んでいるとジョセフィンも起きて来て「お腹すいた?」と訊いてくれるが、まだ昨夜のチキンもケーキもお腹の中に残っている感触だ。

しばし歓談してからミックのハーモニカとのオールドタイム・セッションが始まった。

さすがに世界を股にかけた名うてのハーモニカ奏者だ。次から次へとご機嫌なオールドタイムをバンジョー&フィドルの音に合わせてくれる。このセッションはかなり高度なものだったかもしれない。

ジョセフィンもコーヒーを飲みながら一生懸命動画を撮っていた。

そんな最中に水道管の修理のために呼ばれていたパットもアコーディオン奏者なので、嬉しそうに仕事をしていた。

このような人がうようよいる。昼は電気工事屋や警察官。夜になるとパブでとんでもない腕前を披露する人とか。

パットも交えて5人で食事をしてからエニスに向かった。

アンドリューに連絡を取って夜9時頃からジョセフィンも呼んでどこかでセッションしよう、という話になったので、色んなパブを回って「ここ」と思うところで、という計画だったが、どこのパブでもセッションが繰り広げられている。

そして、ちょうど前のセッションが終わった11時頃、そーっとアンドリューと音を出し始めた。

久々のアンドリューだ。ジョセフィンもやって来て、非常に落ち着いた質の高いセッションをすることができた。

たくさんのギネスを飲んで戻ったのが1時半頃。明日は朝早くからダブリンに行かなくてはならない。

2018年春 アイルランドの旅 9

また気持ちのいい空模様。だいぶ暖かくなって来たようだ。

今日はこれからノエル・ヒルと会うためにキンバラに向かい、そのあとジョセフィン・マーシュとエニスで合流することになっている。

お昼をノエルと一緒に食べ(美味しいタイレストラン)それから彼の日本ツアーのための打ち合わせをして、一路エニスに向かう。

ジョセフィンの家まではエニスから30分くらい。

前回訪れた時は夜だったので周りはよく見えなかったが、今回はザ・アイルランドという景色が目の前に広がっていた。

ただ、山の上に広がる風力発電のプロペラは、やはりラジオからかかる音楽とマッチしていない。

家に着くと二人の子供、ジャックとアンドリュー、そしてハーモニカ奏者のご主人であるミック・キンセラが出迎えてくれた。

ミックは様々な音楽に精通する名の通ったミュージシャンで、なんとカーロウの出身だ。

普通の人は知らないはずのローカルな話題にも花が咲く。

夕飯は、ワインとともにジョセフィンが用意してくれたチキンにグレイビーソースをかけて、定番のベイクドポテトやブロッコリーなど、美味しかったのでついつい食べ過ぎてしまったが「ケーキは?」と聞かれてしまう。

それをなんとか断って、子供達がそれぞれフットボールをしに出かけたので、彼らが戻って来てから、ということで一件落着。

暖炉の前にゆったりと座って再び話に花が咲く。これも貴重な時間だ。

やがて彼らが帰って来てティー&ケーキタイム。

また話が弾んでワインも効いて来たので11時頃、眠ることにした。

明日はどんな1日になるか。とりあえず明後日ダブリンに向かわなくてはならないのでエニスに宿をとってある。

2018年春 アイルランドの旅 8

お昼は少しゆっくりして、しょうなちゃんに遊んでもらって、夜ブライアンとセッションに出かける。

今日はフルート奏者のエイダン・フラナガンとブライアン、それに僕。E♭セッションなので希花さんはかなこちゃんと、二人家に残ってガールズトーク。いや、ウーマントーク。

パブは月曜の夜なのにえらく盛り上がっている。

日本から新婚旅行で来ているという若いカップルが心から楽しんでいるように見えた。

新潟からの彼ら。アイリッシュパブで出会って、共にこの音楽を始めたばかり。結婚したらアイルランドに行こうと決めて、偶然僕らの演奏に出くわしたらしい。とてもいいカップルだった。

そして、さらに驚いたことに、エアリンガスのキャビンさん、そう、あの時の飛行機の中での演奏の。彼女が偶然にもパブに来ていたのだ。彼女もびっくり。僕もびっくり。偶然にもほどがある。

おかげでいいセッションといい出会いの1日を過ごさせてもらった。

帰ってからワインとラザーニャ。かなこちゃんとブライアンに感謝。

今度はかなこちゃんのアコーディオンを聴かせてもらわないと。

2018年春 アイルランドの旅 7

今日はこれからゴールウェイに向かう。小雨が降っているがすぐあがりそうだ。

昨夜遅くに彼らが帰って来て、そのうちの誰か一人が泊まっているらしい。

そっとキッチンに行って紅茶を作って、昨日のスコーンとで朝ごはん。広い家なので少々のことでは誰も起きてこない。

そうこうしている間に泊まっていたナイルが起きて来て、さすがに眠い目をこすりながらバウロンを持って帰って行った。

外はすごくいい天気。

さて、久々のゴールウェイ。何も変わっていないように見える。

過去によく演奏させてもらったAn Pucanというパブのムール貝とクラムチャウダーは間違いなく美味しいので、早速そこに向かう。

ここで少し腹ごしらえをして、ブライアン・マグラーが演奏するTig Coiliで彼と待ち合わせている。

今日はブライアンと町田かなこちゃん夫妻の家に泊めていただくことになっている。

セッションには以前から顔見知りのコナーという若くてハンサムなアコーディオン弾き、そしてブズーキ、フィドルで高名なミック・ニーリー、それからワーキングホリデーや留学で来ている若い男の子たちも参加して、でも相変わらずうるさい街中のセッションだった。

特に今日カーロウから来ている僕らにとっては、羊と牛とニワトリの声しかしばらく聞いていなかったので、人間ってなんてうるさいんだろう、としか思えない。

慣れているとは言え、ミックもブライアンも心の中では「うるせぇなぁ」と思っているだろう。

日本からの男の子たちも「すごくうるさくてよく聞こえないけど、やっぱり本場に来てこのリズムを体感しないとだめですね」と言って再会を約束して帰って行った。

いい感じの子たちだった。

ブライアンも昨日はコーク、今日も2本立てのセッションで疲れたので早く帰ってゆっくりしよう、と僕らを家に連れて行ったくれた。

7ヶ月ぶりの「しょうなちゃん」も少しだけ顔が見れた。生まれて8ヶ月。もう赤ん坊から子供へ早いもんだなぁ。

今晩は僕らもゆっくりしよう。カーロウとはまた違った意味で。

2018年春 アイルランドの旅 6

今日は310日土曜日。雨だ。この雨は一日中降り続きそう。

夕方からキアラン君の友人が2人来てここで食事して、多分飲みに出かけると思う。

お酒をわざわざ外に飲みにいく習慣のない僕には勿体無いと思ってしまうが、行けばまた他の人にも会えるし、それはそれで彼らには楽しいことなのだろう。

ともあれ、彼らが来るまでに今日やるべきことを済ませておこう。

一つは庭の手入れだったが、これでは今日は無理だろう。

裏庭で雨の中、3匹のウサギが追っかけっこをしている。

昼少し前にキアラン君の仕事仲間のアイリーンという女性が、僕らも会ったことがあるので「こんにちは」を言いに来た。

たくさんのパンとスコーンを持って。

話は止まらずもちろんそれらが今までの中でもかなり美味しい物だったので、尚更のこと話が弾んだようだ。

甘いものを沢山食べたら今度は辛いものが食べたくなったので、少しミートソースを作って食べた。

何と言っても食料品の値段の違いで、それはアメリカでも一緒だが、野菜も肉もパンも、ものによっては日本の5分の1くらいなので気軽に買ってしまうし、気軽に作って食べてしまう。

昨夜立ち寄ったコーヒー屋のミディアムカップは片手では持てないくらいの重さだし、やっぱり白人種は大きくなるわけだ。

あ、陽が差して来た。キアラン君、勇んで庭の手入れを始める。

かと思ったら、急にヘアーカットに行くと言って出かけて行った。どこまでも独り者の気楽さだ。

ヘアーカット5分、話30分。それくらいの割合だろう。アイリッシュとしては。

夜8時、キアラン君の友人が二人、ワインやビール、チーズなどを持ってやって来た。ナイルとコルム。ナイルに赤ん坊が生まれたので

そのお祝いらしいがなんで男3人がそのお祝いをするのか、不思議だ。

この3人、去年のキアラン君の誕生日の時も一緒だった。

今日は何時まで飲むんだろう。

10時頃、フランスに一緒に行ったキリアンとブライアンがやって来てみんなで少し音楽を楽しんで、それから彼らは飲みに出かけた。

別にここでこのまま飲んでもいいと思うが、僕にはよく分からない。

静かになったのでゆっくり寝ることにする。

2018年春 アイルランドの旅 5

当たり前だがまた朝が来た。この当たり前が素晴らしいことだ。ラジオではいろんなニュースを報じているが、核戦争でも起きたら、この当たり前が来なくなってしまう。

北の脅威とは程遠いアイルランドでそんなことを考えてしまう。

今日は比較的暖かいようだ。

昨日は暖炉にせっせと火をくべたが今日はそこまでではない。しかし外は曇っていて寒々としている。

まだ動いていないが、少ししたらゴールウェイとクレアに出かけることになっている。

帰りにダブリンに寄ってパディ・キーナンと久しぶりに30分だけ演奏する。

そんなスケジュールだが、今回もキアラン君とのいくつかの演奏もあるし、大体はここカーロウにいることになりそうだ。

ここにもキアラン君のおかげで随分友達ができた。最初の日にバンジョーのジョンも会いに来てくれたし。

何はともあれ、もう少しで時差ボケも解消されるだろう。それでも楽器の音はガンガン聞こえる。

2018年春 アイルランドの旅 4

朝が来た。相変わらず何日だっけ?と考えている。

ふと庭に目をやると、昨夜降った(らしい)雪が全てを覆い尽くしている。そんなに深い雪ではなく、砂糖をまぶしたような感じだ。

そこに朝陽がキラキラと輝いている。素晴らしい景色。

今日は特に予定はないのだが、あっちこっち会わなくてはならない人に連絡したり(希花さんの仕事)ちょっと音を出したり。

その音の出方がやはり違う。分かっていることだけどまるで違う。家の作り、空気感。忘れていた感覚がよみがえるような、そんな感じだ。

裏庭をウサギが数匹駆け回っている。今回はまだニワトリを見ていない。ひょっとして去年のクリスマスの食卓に乗ったか

いや、もうちょっとしたら出て来るだろう。なんと言ってもその時期のスペシャルは七面鳥だ。

キアラン君の帰りを待って、町に新しくできたレストランに出かけた。

久々のフィッシュ&チップス。

カウンティ・カーロウの小さな町、バグナルス・タウンの夜が静かに更けていく。

2018年春 アイルランドの旅 3

今日は何日?何曜日?すごく時間をかけて来たし、色んな所に寄ったし、経験しないことにも出くわしたし、なんか時間の経過を追うことが出来ないままでいるような感覚だ。しかし当たり前だが確実に時は進んでいる。37日のようだ。

まだ胃袋は活動停止状態。どちらかといえば腸かな。それでもなんとなくお腹が空いてくる。

昼ごはんも兼ねてメキシカンを食べる。

1979年、アメリカで初めてエンチラーダを食べた。ブリトーの上に溶けたチーズがしこたま乗っかっているようなもの。

厳密にいえば違うのかも知れないが、僕にはほとんどそんな感じに思える。

思えば外国人にとって日本食って醤油と砂糖の味でほとんど一緒かも知れない。それと同じように僕にとってメキシカンは、何を食べてもほとんどトルティーヤとビーンズの味だ。

いや、文句を言っているわけではない。なぜならば1979年以来、結構好きなのだから。

そんな話をしながらメキシカンをなんだかよく分からない腹具合で食べたが、これがかなり辛かった。

作っているお兄ちゃんが「スパイシー?」というので「イエス、エキストラスパイシー」と言ったのがそもそもの始まり。

美味しかったが辛かった。辛かったが美味しかった。逆もまた真なり。

お腹も満たされたのにこうなると甘いもんが食べたくなる。

近くにペストリーとコーヒーで2・5ユーロというのがあったので、これはいい、と勇んでチョコレート・クロワッサンとコーヒーでひとまずお腹を落ち着かせる。

自分でも思うが、歳のわりによく食べる。

1時過ぎのバスでカーロウに向かう。ダブリン市内では道路の脇に汚れた雪が山積みになっていたが、郊外にやってくるといたるところ真っ白だ。羊の汚れがよく目立つ。

カーロウに着いたらキアラン君が迎えに来てくれていた。もうすっかり家族のような感じだ。

アイルランドでは珍しい雪景色をたっぷり見てキアラン君の家に到着。雪はところどころに残っている程度だったが、夏とは明らかに違う景色だ。一つ変わらないのは、壁にかけてある時計がさしている時間だ。

ここに一人でいたら寂しいんじゃないかな、と余計な心配をするが、彼も一人気ままに生活する方が気楽なのかも知れない。

でも、僕らが来ると何や彼や面倒をみてくれる。そしてよく喋る。やっぱり寂しいんじゃないかな。

まさかいつも一人でベラベラ喋っているんじゃないだろうな。余計な心配をしてしまう。

夕方からフルートの生徒さんが何人か来ることになっているので、僕らもわけのわからない感覚になっているし、少し休むのにちょうどいい。

階下から聴いたことのある曲がかすかに聞こえて来る。Launching the Boatだったかな、などと考えながら知らぬうちに眠りについた。

3時間ほどの間に3人の生徒さんのレッスンが終わり、キアラン君が作ってくれてあったカレーをいただいた。

ご飯まで炊いてくれてあった。

少しワインもいただいて色々な話をして、そしてまた眠たくなって来た。まだしばらくはこんな感じかも知れない。

2018年春 アイルランドの旅 2

さて、ようやくアイルランド行きのエアリンガスに乗る時間がやってきた。

列に並んでいると、一人の初老の男性が話しかけてきた。僕がマンドリン、希花がフィドルを持っていたので「ミュージシャンか?」と声をかけてきたのだ。聞いたところ、彼もクラリネットを少々やる、と言うこと。ここまではよくある話だが、それからが大変。

「私がクルーにお願いするから君たち飛行機の中で演奏してくれよ。どうってことない。みんなアイリッシュだ。どうせ退屈なフライトだからみんな喜ぶよ。よし、決めた。私に任せておきなさい」

なんだかスタイリーの宣伝(希花さんは知らない)みたいだ。

僕らは「いやいや、それはちょっと」と言いながら進んでゆく列の中、必死に断りながら歩いた。

飛行機に乗り込むとおじさんは少し後ろに座っていた。が、水平飛行に移るとどこからともなく現れたおじさんが「クルーに言ったら是非やってくれって言ってるよ。楽器はどこにしまった?僕が出すから」と言って周りの人たちにも「さぁ、みなさん。今から」てな調子。

もう後に引けない状況を作り出す。

「音がうるさかったらエンジンを止めるようにパイロットに言うから。彼ら喜んでやってくれるよ」てな調子だ。

僕らは非常口の横の席「非常口開けて逃げ出そう」てなことを言いながらも仕方なしに楽器を出して弾き始めた。

こんなの初めてだ。

後から知ったが、彼、ダブリンの有名なアーキテクチャーでテレビ番組のプロデューサーでもあるらしい。

降りる直前、キャビンさんがアナウンスを始めた「ご搭乗ありがとうございました。それと今日ここで演奏してくれたミュージシャンに拍手を」てな具合だ。「今なら非常口

あー恥ずかしかった。

もう一つ後から知ったこと。初老と思っていたご老人。僕よりたった一つ上だった。

9時半、ダブリン市内に落ち着いたがこれからある人に会わなくてはならない。日本のいろんなシンガーのプロデュースをしたり、自身もギターやマンドリンを弾くダブリン出身のショーン・ウィーランという人物。

先日バードランドで歌ってくれたシェイリーさんからの紹介で、今日初めて会うことになっている。

彼がギターを持ってきてくれたし、近くでいいトラッド・セッションをやっているから行こう、と誘ってくれたので早速出かけた。

若者たちがいい感じのセッションをやっている小さくて静かなバーだった。

結局12時過ぎまで。もう日本を出てからどれくらい経っているだろうか。半分意識朦朧とした中で弾いていたような気がする。

明日はいよいよキアラン君と待ち合わせだ。

2018年春 アイルランドの旅 1

35日、雨の月曜日、成田空港出国手続きの係官は、まるでビジュアル系バンドのギタリストのような若い男の子で、ひょっとして「人間モニタリング」に引っかかっているんではないかと思うほどだった。

430分搭乗。

しかし成田は遠い。

ずいぶん前、成田に着いた飛行機の中で中国人の団体が「トウキョー!トウキョー!」と興奮して叫んでいたのを横目で見て「これは東京ではない」と心の中で言ったことを思い出した。

アブダビ 午前1時。外は20℃位らしい。

この辺の人たちは寒さには弱いらしい。少しエアコンがきいていると頭から毛布を被っている人が多い。以前、夏にはそんな人を多く見かけたが、この季節、ドライがかかっていて少しだけ涼しくなっているのにどえらい寒そうにしている。

245分アブダビ出発。ベルギーはブリュッセルに向かう。

午前7時過ぎ、ブリュッセル空港に着陸。これから12時間ほどの待ち合わせ。

なので、コインロッカーに荷物を入れてアントワープに向かう。

電車の時間が日本では考えられないことになっている。電光掲示板に表示されているもの、駅員の言うこと、時刻表に掲載されているもの、全て違う。一体どれが本当かさっぱりわからない。しかも、1時間に一本と言うのは本当らしい。

何とか8:41だか8:42だか8:43だかよくわからない電車に乗ることができた。

駅員は45分にもある、とか言っているがどこにもそんなことは書いていない。アントワープまでかかる時間も20分ほどだし、こちらの聞き違いでもなさそうだし。

おし~えておじいさん♪だ。

取り敢えず無事着いた、世界で最も美しいと言われる駅。確かにその美しさに出るのはため息ばかり。

素晴らしく広い静かなカフェでコーヒーを飲み、少しだけ市内観光をして駅に戻って電車の時間を確認する。

お、あと15分、ちょうど良い。あの出店でワッフルを買って素早く立ち食いすれば十分間に合う。

と思ったが、どうやら駅員の言うことにはその電車は突然キャンセルになったらしい。次の電車はあと30分ほどで来ると言う。

そう言えばなんか書いてあったがあれが「キャンセル」と言うオランダ語だったのか。

何はともあれ、それだったらもう少しゆっくりワッフルを味わいたかった。

取り敢えず13:1713:48に変わって21Bと言うホームから出ることは分かった。そして無事空港に着くことができた。

さて、問題はコインロッカーだ。

ちょっと離れたところにある、人が誰もいないひっそりとしたコインロッカー。入れることはできたが出せるだろうか。

案内通りにやっても他のところが開いたりしないだろうか。鍵の方式ではなく日本のコインパーキングのようなシステムだ。

ちょうどスペイン人の若者が二人いたのであいつらのやるようにやってみたらいいだろう、と思っていたが彼らも路頭に迷っている。

4人であーじゃないこーじゃない言いながら、何度か試して、最終的に希花さんが「スキャンが反対じゃねぇ?」と若者言葉で言って

やっと解決。めでたく自分たちの場所が開いたのでした。

アイリッシュ・フィドル

このタイトルは好きではない。だが、この国ではこう呼ばないとアピールできないのかな?

強烈アイリッシュ・ビートとか、アイリッシュ・ギターを弾こう、など、はっきり言って最も嫌いなタイプの言葉だが、キャッチコピーとして一般的音楽ファンにはいいのかもしれない。

何といってもそういう人達にとっては、楽しくて耳障りさえ良ければ何でもいいのだから。

さて、アイリッシュに限らず、オールドタイムもブルーグラスもフィドルミュージックだということが言えるだろう。

それだけに、アイリッシュミュージックという分野に於いてフィドルを弾く人達は大変だと思う。

ケイプ・ブレットンもスコティッシュもブルーグラスもオールドタイムもその知識を広げるためには押さえておかなくてはならない音楽だが、いかんせんその中でもアイリッシュ・スタイルは独特だ。

恐らくポンティにもスタッフ・スミスにもパパ・ジョンにとってもアイリッシュは全く違う音楽だろう。

ブルーグラスのスーパープレイヤー達にしても同じだろう。

日本ではクラシックの演奏家、特にバイオリニストがアイリッシュ、スコティッシュと言って演奏する場面があるが、上澄みだけ掬い取った感しか無い。

僕が今のデュオでやり始めた頃には、すでにトミー・ピープルスやマーティン・ヘイズ、フランキー・ギャビンやジョニー・カニンガム、といった人たちとステージを経験してきていたので、相棒も彼らに認められるようになることを願ってきた。

もちろんキャリアは全く違うが、様々な曲について知識豊富な彼等とほぼ対等に音楽談義ができるようになるに越したことはない。

今、アイルランドの若い人達の間でも忘れられてきている大切な魂を、フィドルにのせて表現できるようになること。

そうして単なる一過性のお世辞でなく、彼らの求めているフィドラーとして認められればそれは素晴らしいことだ。

7年の間、アイルランドに行き続け、着実にその存在が認められてきていることを僕は感じる。

遠回りであれ何であれ、時間はじっくりかけたほうが得るものは多いような気がする。

1973年頃、初めて韓国に行った時、あるスイス人男性と出会った。彼は音楽関係者ではなかったが極めて音楽に詳しく、更に英語、日本語、韓国語、フランス語、ドイツ語と自国語を自由に操る知識人だった。彼は日本の音楽シーンに対してこう言っていた。

「日本人はすぐプロになる。すぐ人に教えたがる」

思うに、あれから45年。日本の音楽シーンに何か変化はあったのだろうか。

男性シンガー

女性シンガーについて書いたので、男性の方も書かなくては、と思ったが、以前書いたように男性のほうはどうしてもグループから入ってしまう。

ブラザース・フォアは小学校の頃から聴いていたし、ビートルズは中学生からだったし、本格的にフォークソングに打ち込むようになってからも、ハイウェイメン、タリアーズ、トラベラーズ・スリー、そしてキングストン・トリオなど、いろいろ聴いてきた。

女性がはいったものではPP&Mやルーフ・トップ・シンガーズ、ニュー・クリスティ・ミンストレルス。

だが結局ブラザース・フォアとキングストン・トリオをお手本にしていた。

大学に入ってからかな。本格的にモダーン・フォーク・カルテットのコピーをやりだしたのは…。

そんなわけでどうしてもグループのことが想い出されるが、ソロ・シンガーでいえば、ティム・ハーディンなど良く聴いていたかもしれない。

リビングストン・テイラーもよく聴いていたが、最初はジェイムス・テイラーの弟とは知らず、なんか声も似ているし、ギター・テクニックも似ているなぁと思ったものだ。

そんな中で僕が結構好きだったのが、クリス・クリストファソン。

特に彼のことを良く知っていたわけではないが、何故か哀愁を感じる歌声にしびれるものがあったのだ。

アメリカではクリス・クリスト“オファソンと発音しないとなかなか通じない。

そんな感じで、特にレコードをいっぱい集めた男性シンガーというのは考えてみたらいないのだ。

それに、男性シンガーというと、どうしてもギターを弾きながら歌う人、あるいはギタリストとしての方がメインだったり、そういう観点からみてしまうので、多くの人は、聴いてきたがピンポイントでレコードを集めたりした記憶が無い。

例えば、アンディ・ウイリアムスやトニー・ベネット、ハリー・ベラフォンテなどは少し持っていたが。

本当にブラザース・フォアとキングストン・トリオとビートルズのレコードはいっぱい持っていた。

そんな少年時代だった。

最近のお気に入りはミルク・カールトン・キッズかな。それでもかれらのコーラスと、やはり一風変わったギタースタイルに喰いついたのだが。

2018年2月24日 京都産業大ブルーグラス研究会  ブルーリッジ・マウンテン・ボーイズと共に

2年前に初めてお邪魔させていただいてとても素晴らしい後輩たち、更に初代の先輩たちともお会いすることが出来たが、今回も山本君、丸谷君、川俣君をはじめ、木内君を中心にして彼らが僕に声をかけてくれた。

会場は梅田のチャーリー・ブラウン。来たことがあるんだろうが、例によって記憶が定かでない。

しかし誰かが教えてくれた「むかし、宮崎さん(マンドリン)がここで演奏していたら、城田さんが階段を下りて入ってくるのが見えた。そのとたんびっくりしてピックを落としたそうです」

そうか。少なくとも一度は来ているんだなぁ。

店に着くと、早々と1年後輩の藤田君が入り口のところに立っていた。

やがてみんなが徐々に集まり、楽しい同窓会が始まった。

今回は第1期生の先輩たちの都合がつかなかったのだが、後輩たちの素晴らしい歌声と演奏が聴けた。

最後はWill The Circle Be Unbrokenをみんなで唄い、木内君のキックオフでFoggy Mt.BD

みんな本当に良い顔をしていた。

ここにお名前をかけなかった人たちもお顔は覚えています。

僕は良い後輩たちに恵まれて幸せです。

声をかけてくれて本当にありがとう。

ブルーリッジは永遠です。みんな死ぬまでブルーリッジを愛し続けよう。

また会いましょう。

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女性シンガー

何故か女性シンガーのLPレコードやCDはよく集めていた。フォーク・ソングをやっていた頃はブラザース・フォアとキングストン・トリオのLPは、ほぼ欠かさず持っていたが、それはあくまでグループとして、だったので、男性シンガーというものにはあまり記憶が無い。

女性シンガーではまずビリー・ホリデイだろうか。大学1年くらいの時には本当によく聴いていた。ここは音楽を奏でる者としては必須だろう。

ジャニス・ジョプリンもよく集めたものだ。Cheap Thrillsなるアルバムは擦り切れるほど、耳に胼胝ができるほど聴いた。

彼女が元々はオートハープを爪弾きながらフォーク・ソングを歌っていた、というのも驚きだ。

そしてナンシ・グリフィス。この人のアルバムはほとんど全部持っていた。

テキサスの香りムンムンの、最も好きなシンガーだったかもしれない。因みにジャニスもテキサス出身だった。

カントリーではリバ・マッキンタイヤーの声が好きでいくつかのアルバムを集めたものだ。

そういえば、アリソン・クラウスも好きでファンクラブにも入っていたっけ。

二―ナ・シモンやシンディ・ローパー、そうそう、ミニー・リパートンが出てきたときにはびっくりしたなぁ。

リンダ・ロンスタットが寿司屋に来た時もびっくりしたけど…関係ないか。でも、彼女のメキシカンのアルバムは僕のベストのひとつに数えられるかな。

フィービー・スノウが出現した時も相当なギターの腕前に圧倒されたものだ。彼女は、ニューヨークのクラブでデビッド・ブロムバーグのプレイを食い入るように見ていた、という話を聞いたことがある。

ボニー・レイエットを初めて見たのはジェリー・ガルシア・バンドのゲストとして彼女が出た時だった。ぶっ飛んだ。

この人が歌うStor Mo Chroiが、ギグに行く途中ジャック・ギルダーの車のラジオから流れてきたときのことは結構鮮明に覚えている。

ヒット曲の中ではこのボニー・レイエットの「I Can’t Make you love me」これは絶品だし、

アリシア・キーズの「If I ain’t got you」

これは、徳島の会でオープニングアクトを務めてくれた、なつきさんが唄っていて、僕はすっかり忘れていたにも関わらず「アリシア・キーズ並のボーカルだね」と言ってしまったが、それはそれで当たっていたので今さらながらびっくり。

他にも、トニ・ブラックストンの「Unbreak My Heart」それにSadeの「Smooth Operator」なんかは何万回聴いたか分からない。

グループの中では何といってもペンタングルのジャッキー・マクシーやフェアー・ポート・コンヴェンションのサンディ・デニーかな。

こうしてみると男性シンガーの方も少なからず想い出してきた。

また書いておこうかな。それでないと忘れるから…。

 

 

ギブソン・マンドリン2種

以前、グレイト・レイクス バンジョーのことを掲載してみたが、今度はギブソン・マンドリンのことを掲載してみる。

この写真のマンドリンは共に1900年代初期のモデルだ。

茶色い方が1913年のAモデル。当時としても安価なモデルだったと言えるだろう。

音はカラッとした、確かに高級モデルとは一味違う、どこか直接的な響きを持った…よく言えば大きな音のするものだ。

古いのに音程は他に類をみないほどいい。

黒いボディの方は1911年のA-4。これは当時の高級モデルだ。

糸巻きの装飾など、たまらなく美しい。そして限りなく弾き易く、上品な音色で、

当時の職人の腕と情熱が感じられる素晴らしいマンドリンだ。

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Junji Shirota

’60年代

僕は‘49年生まれなので、‘50年代の記憶というものはあまりないのかもしれない。

朝鮮戦争は1950~1953というので、それが終わったころ僕はピアノを始めたんだろうか。

とに角自分自身の暮らしには全く影響がなかった…というか、あったのかもしれないけど知らなかった、というほうが正しいのかな。

小学生の時に「勝利なき戦い」というグレゴリー・ペックの映画を見てからかな…プラモデルのP-51 ムスタングのマークはアメリカ軍のものではなく、韓国軍のマークを描いては悦に興じていた。

それ以外はピアニストになるつもりでいた。と言うわけではないかもしれないが、とに角ピアノ三昧の日々だった。

そんな‘50年代を過ごし、やがて‘60年代に入ると急激に世の中が成長してきたのだろうか。一部では朝鮮戦争の恩恵、という見方もあるだろうが、その辺は敢えて詳しく調べないことにする。

とに角、1960年、カラーテレビの登場から 1969年のアポロ月面着陸まで、確かに激動の時代であったことは事実だ。

何故、急に‘60年代について考え始めたかと言うと、最近になってまたイーグルスを聴いていて、大好きな歌詞「We haven’t have that spirit here Since nineteen sixty-nine」というところを想い出したからだ。

この歌を初めて聴いた時からこの部分が凄く気になっていて、また、気に入っていて、やっぱり‘60年代って特別な時代だったな、と痛感している訳です。

ワインを注文した時、1969年からそんな「魂(スピリット)」はここには無い、というくだり。ワインはスピリットとは言えないがここに敢えてスピリット(魂、或いは精神)という言葉を持って来るところがなかなかに面白い。

ともあれ、マーチン・ギターでも‘70年代に入ってくると、どうしてもそれまでのものとは比較できない物になってしまい、ギブソン・バンジョーもRB-250に顕著に表れているように、今一つ人気が無い。

1969年を境にアメリカが希望に満ちていた時代は終わった、というのがこの歌詞の中にも含まれているのだと思う。

1969年というとウッドストックの時代でもあったといえる。その同じ年、ウッドストックから僅か4ヶ月後のオルタモント・フリー・コンサートでの悲劇は更に人々に良き時代は終わったということを感じさせただろう。

ケネディ大統領暗殺の1963年、そしてその後、立て続けに起きたキング牧師の暗殺とロバート・ケネディの暗殺。特に次期大統領候補として国民の支持を集めていた彼の暗殺には、国の将来に不安を感じる人が多くいただろう。

1969年のアポロ11号では多くの人がまた希望を持ったかもしれないが、宇宙開発はまた原子力開発や武器の開発にもつながる紙一重のものかもしれない。

また、ベトナムのテト攻勢開始の1968年を機に‘73年の撤退までは本当の意味での泥沼だったと言える。

反戦運動が一層高まったのもこのテト攻勢あたりからだろう。

‘60年代、僕らは大学生活をエンジョイしていた。

そこにはなんの不満も不足もなかったが、何も知らなかっただけかもしれない。

しかし後年、アメリカで多くのベトナム難民、また多くのベトナム帰還兵たちと接触することができ、またヘイト・アシュベリー付近に住んでいたということもあり、その名残を肌で感じることが出来たというのは幸せだったのかもしれない。

自分で選べた訳ではないけれど‘60年代を音楽と共に生きてこられた、というのはひとつの財産かな?

Modern Folk Quartet

 

ちょっと前にモダーン・フォーク・カルテットについて少しだけ書いたこともあったが、このグループは1963年頃から短い間に日本のフォーク少年(少女も)達に強烈なインパクトを与えました。

今までのフォークソング…みんなで一緒に歌おう、というものではなく、とても一筋縄ではいかない難解なコーラスを主体にしたグループだったのです。

当時、といえども彼らの存在が日本のフォーク界に知れたのはもう少し後の66年とか67年頃だったかもしれません。

そんな彼らのコピーというのは並大抵のことではなかったのです。

僕も早速、当時、龍谷大学に通っていた金海君、立命館にいた藤本君、同じく立命の寺川君と共に来る日も来る日もコピーしたものです。

バンドの名前はBasin Street Quartetだった。

カルテットなので4人ですが、それぞれのパートはなんとも不思議な動きをします。

しかし、その4声が生み出すコーラスは力強く、他のグループではあり得ないものでした。

そんなことを想い出していたらつい先日、友人のバンドが京都からやってきました。

みんな大学の時からそれぞれの音楽シーンで苦楽を共にした仲間です。

彼等はもう40年以上Bleecker Street Quartetという名前でモダーン・フォーク・カルテットのコピーバンドをやっています。

それも同じメンバーかな。それにみんな結構元気!

バンジョーの北村君、ギターの熊谷君、ベースの村田君、ギターの田中君。

彼等とは一緒にブルーグラスをやっていたこともあるし、北村君は初期のナターシャー・セブンでベースを弾いていたこともありました。

彼等のサウンドは、本家Modern Folk Quartetから認められただけに、さすがなものだ。

まず、4人の声のバランスがいい。それぞれどことなく本家に似ていて、コピーバンドとして相当いいところまでいっているように思えて、久々に男4人の力強いコーラスを堪能させていただいた。

北村君はヴェガのロングネックを使っているが、やっぱりそれでしか出ない音、という感がしたので、いろいろと話を聞いて納得。ロッドが木製のものを使っていた。

まだまだお話をしたかったが、彼らも京都に戻らなくてはならないため、その日はすぐ別れたが、彼等、まだまだ元気そうだったので、また京都で会えたら嬉しい。

そして、まだしばらくは彼らの力強い歌声と素晴らしい演奏は健在だろうから、これからもどこかで聴くことが出来るだろう。

Bleecker Street Quartetに乾杯!

Irish Musicその121

★  Phoenix     (Reel)

Arcadyで覚えたこの曲。アコーディオン奏者のDave Hennesseyが書いた、何とも小気味よいリズムの名曲だ。多分Patsy Broderickが弾いているだろうキーボードが実に曲の感じを引き立たせている。タイトルはCorkに存在したパブの名前からとったということだ。

★  Jackie Daly’s Reel     (Reel)

こうクレジットされているが、2曲繋がっているので、どちらもそう呼んでいいのだろう。僕は特に1曲目が気に入っている。アコーディオンならでは、という感もあるメロディだが、とても好きだ。他の人の演奏ではあまり聴かないのでJackieの前でこれを演奏した時には彼も驚いた様子だった。ところでこの曲は2曲繋がっていると言ったが、最初の曲はCacodemonというタイトルで演奏している人がKathryn Tickellをはじめ、数人いる。Arcadyでは、これもPatsy Broderickのピアノ演奏から入る。そして2曲目はどことなくPhoenixに似た曲だ。

 

「なんちゃって」と「っぽいもの」

僕はよく「なんちゃってアイリッシュ」とか「アイリッシュっぽい」ものが嫌いだ、と言うが、それは1960年代のフォーク・ブームからずっと僕らがやってきたことだと思う。

如何にPP&M, Kingston Trio, Brothers Fourのように演奏し、歌うか、日々の頭の中にはそれしかなかった。

来る日も来る日もレコード盤に針を落とし、授業中も机の下で指はスリーフィンガーを練習していた。

やがて、ブルーグラスを演奏するようになると、それはそれで激しいコピーの毎日に明け暮れた。相変わらず自分の足で探しに行かなければ何も得ることが出来なかった。

「なんちゃって」と「っぽいもの」は同じではなく、もしかしたら「なんちゃって」のほうが「っぽいもの」よりたちが悪いかもしれない。

「なんちゃって」は表面上は知っていて、でもこんなんでいいじゃん。そこまで深く掘り下げる必要もないし…と言う感じで「っぽい」はあまり知らないけどなんとなくコピーも含めてそんな感じ、というところだろうか。

そうは言えども、この日本に於いては少しアコーディオンの牧歌的なサウンドが加わると「アイリッシュっぽい」なんて言う音楽関係者がいる。

なので「なんちゃって」は演じる側の悪、「っぽいもの」は受け取る側の悪という感もある。

そしてそのどちらからもこの深い音楽に対する敬意と、この音楽を受け止める幅の広さを感じることはできない、という意味でこのような言い方になってしまう。

ところが、僕らが1971年に始めた「ザ・ナターシャーセブン」も限りなくブルーグラスっぽかった、と言えよう。

しかし、その頃どれだけ多くの人がブルーグラスにどっぷり浸かっていっただろうか。

そこには僕らの「っぽいもの」でありながら決して「なんちゃって」ではない生き方があったからだ。

思うに、高石さんのフォークソングに関する知識やオールドタイム、ブルーグラスに対する情熱、そして日本語を大切にする姿勢と、坂庭君と僕の、どんなものにも貪欲に耳を傾けてきた姿勢は「なんちゃって」も「っぽいもの」も越えた場所に居たのかもしれない。

やがて、僕がアイリッシュの世界に入り始めた頃、もう世の中ではどんな資料も自分の部屋で手に入れられるようになってきた。

しかし、ティプシーハウスのメンバーになったころは自分の足で、耳で、身体で必死に食らいついていったものだ。幸か不幸かコンピューターを触れなかったからかも。

アメリカに於いてブルーグラスでさえも、西海岸のブルーグラスはブルーグラスっぽいだけだ、なんて言う人が…今でもいるとは思わないが、少なからず居たと思う。

ましてやアメリカ人の演奏するアイリッシュは言わずもがな、というところだろう。

ジャック・ギルダーの悩みがそこらへんにあったことを僕は良く知っている。

マーティン・ヘイズとコンサーティナ奏者とのクレア・スタイルで初めてコンサートをしたとき、奇しくもコンサーティナ奏者が「ジュンジ、本物のクレア・ミュージシャンとやるのは初めてだろ」と言った。

そこら辺から軒並みクレアのミュージシャン、或いはアイルランド全域のミュージシャンから声が掛かるようになってきた。

これはティプシーハウスというバンドでやってきたことが大きく影響していることだと思う。

ジャックは悩みを抱えながらも無類の勉強家だったと言える。その姿勢が「っぽいもの」を越えた場所に立たせているのだろう。

僕がこんなことを言えるのもさんざん「っぽいもの」をやってきたからだろう。

そしてすでにそんなところは越えてしまったからかも。

そして、それはクラシックを始めた1954年くらいからの自分の歴史かもしれない。

Irish Musicその120

Grey Owl (French – Canadian)

非常にキャッチーなメロディを持った曲だと思うが、フレンチ・カナディアンの別名Metis Tradという情報以外、いつごろ書かれたものか、誰か書いた人が居るのか、どうやって伝えられてきたのか等の情報が今のところ見つからない。

因みにMetis と言うのはカナダ・インディアン(いわゆるFirst Nations)とヨーロッパ人との間の混血民族ということだ。

アイリッシュ・チューンとは全く異なった感がある。フレンチ・カナディアン系の人をはじめBruce Molsky、Molly Tuttle、など、多くの人達が演奏している。

実際、あるグループのコメントで    Bruce Molskyに習ったものだが、あまりにいい曲で僕たちは20分間も演奏し続けた、とあったがそれくらいに名曲だと言える。

いろいろ調べていたら1942年生まれのフレンチ・カナディン・フィドラー、John Arcandの作、という記述も出てきたが定かではない。そうだとしても、おそらく、Tradからヒントを得たものかもしれない。

2018年もよろしくお願いします

あっという間に数日過ぎてしまった2018年ですが、2017年の一年間、勿論その前からずっとですが、支えていただいた皆様、どうもありがとうございました。

皆さんにとってはどんなお正月だったでしょうか。

今年も何事もなく、無事に楽しく過ごせたらいいですね。

結局のところそれが一番かな。日々そんなに力まず、ごく普通に過ごせて、良い年だったねと言える年末を迎える。そして、また次の年もよろしくって言えることができたら、それが一番だと思います。

また12ヶ月が瞬く間に過ぎてゆくのでしょうか。

それを言うのはまだ早すぎるとは思いますが、健康にはくれぐれも留意して生きてゆきましょう。

そして、またどこかでお会いしましょう。

 

Irish Musicその119

Farewell to Trion

これはオールドタイミーからの選曲。超有名なものではなさそうだが、最近多くの人が演奏している。出元は、アラバマのMack Blaylockと言う人が彼のおじさんに当たる人Joe Blaylockの書いたものだとして発表したらしい。彼(Joe)がジョージアのTrionからアラバマに戻ってくるときに書いた、とされている。そこにJames Bryanが3パート目を付けたものが今現在のかたちになっている。なので作曲者として3人Joe , Mack, Jamesの名前が記載されている。元はキーオブCで書かれたようだがGで演奏している人もいる。楽器によってだろうが。僕らは次に何かメドレーを、と考え、Dで演奏している。単独で演奏してもなかなかいいメロディの曲だ。その場合はオリジナルを尊重してCかな。Trionはデニムの町として有名だということ。今や世界中になくてはならないものであるジーンズの元になっている町だとは知らなかった。

懐かしいレコードの数々3

アイルランドからAlec Brownを呼んでトリオとして合わせてみたが、チェロ奏者との演奏というと、僕にとっては懐かしいものがある。

今はNatalie Haas & Alasdair Fraserのコンビが有名だが、70年代に僕がよく聴いていたRising Fawn String Ensembleというもの。

メンバーはNorman Blake, Nancy Blake, James Bryanの3人。オールドタイムやブルーグラスの世界ではよく知れた存在だ。

チェロとフィドルが絶妙に絡み合っていてとても気に入っていたものだった。

当時としては異色の組み合わせだったと言えよう。

そして、若いAlecと希花にとっては初めて聴くものであったかもしれないが、なにか彼らからのレパートリーも取り入れる事が出来るかもしれない。何といってもAlecは南部の出身だ。

なんて思いながらまたRising Fawn…を聴いている今日この頃。

Irish Musicその118

Ashokan Farewell   (Waltz)

余りにも有名な曲であり、またアイリッシュ・チューンでもないので、既にコラムで書いたような書いていないような、よくわからない位置にいた曲だ。この曲についてはLover’s Waltzの項目(12)で触れていた。同じ作者ということで。

この曲を初めて聴いたのは1984年にリリースされたFiddle FeverのWaltz of the Windというアルバムだった。その年、NYのソーホー辺りをウロウロしていたら彼らのコンサートの会場に出くわした。偶然だったし、人気の高いバンドだったので勿論ソールドアウトで中には入れず、扉の隙間から少しだけ聴いた。

アルバムを手に入れたのはその直後だったかもしれない。いや、もう存在を知っていたのだから直前だったかもしれない。完全なジャケ買いだった。そして内容も素晴らしかったが、とに角Ashokan..に強く惹かれた。変なタイトルだな、と思って文献を読んでみたら、NYのAshokanで行われるMusic & Dance Campのテーマ曲であることが分かった。

ほどなくしてアメリカの公共テレビ局PBSで南北戦争を題材にしたドキュメンタリー番組が放送されたが、そのメインとなる音楽がこのAshokan Farewellだった。それはそれは素晴らしく番組を盛り上げていた。多くの人はあの番組の音楽、ということで知ったようだ。数多くの録音が残されているがあまりに名曲なので、これをむやみにアレンジする人もいない。ワルツではなく、スコットランドスタイルのラメント(哀歌)だと言う人もいる。また、Jay Unger自身、作った時からAly Bainの演奏をイメージしていたらしい。Transatlantic Sessionでそう語っていた、という記事もある。とに角しつこいようだが美しい曲だ。

Irish Musicその117

Coleman’s March  (Polka)

不思議な曲である。オールドタイムのフィドラーが「アイリッシュのポルカから」ということで弾いているのを聴いたことがあるが、それ以外ではあまりポルカとして演奏しているものを聴いたことが無い。
元々アメリカンチューンではないかと思うのだが。その理由はこの曲に関する物語(実話)からだ。1847年ケンタッキーに住んでいた靴職人でフィドラーのJoe Colemanが絞首刑になった。理由は彼が女房を殺した、ということだが、それも定かではなかったらしい。限りなく疑われて絞首刑になったらしいが、運ばれて行く馬車の上,棺桶の横に座り彼がフィドルを弾いたということだ。
詳しい話をすればもっと長いが、それが決してこの曲ではなかったようだ。多分あとからそのストーリーを聴いた誰かが作ってそれがフィドルチューンとして知られるようになったのだと思うが、どうしてアイリッシュ・ポルカになっているのかはよくわからない。物語は事実のようで彼の絞首刑の後、彼のフィドルを受け取った人物の名前まではっきりしているようだ。
ところで、この時代にはよくあったことかもしれないが、彼の体は親戚の人達によって運ばれ、その後、彼は息を吹き返したという話も残っている。やがて彼はナッシュビルのほうまで行って、2度とケンタッキーには現れなかった、という話もあるので結構真実かもしれない。
フィドルチューンだが、僕はCathy Finkの演奏を参考にして5弦バンジョーで弾いている。なお、Coleman Kills His Wifeという曲もあるが全く違う曲だ。

 

グレイト・レイクス2種

たまにはバンジョーのことでも掲載してみようと思い、今日は2つのバンジョーの写真を撮ってみた。

この二つに関しては2015年の3月くらいに「ひとりバンジョー談義」として詳しく書いている。

ギブソン、ヴェガに代表される名器は他にも数々あるが、これもまた名器として後世に語り継がれていくもののひとつだろう。

僕は楽器収集家ではないし、今現在の自分にとってどれだけ必要な物かを考えてみるとどちらか一方だけでもゆくゆくは本当に弾いてくれる人の元に行った方がいいと思っている。

が、しばしこうして二つのグレイト・レイクスをよーく観察してみるのも悪くないかな?

今やお目にかかることは殆どない、といっても過言ではないバンジョーだ。

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Dale Russとの久しぶりの演奏

1996年の終わりころだったと記憶している。

Jack Gilderがひょんなことからフィドラーを誰か呼んでグループをつくろうじゃないか、と言い出した。

フィドラーのPaulがやめて、時々Chris KnapperやKevin Bernhagenが時間の空いた時に交代で参加してくれていた頃だ。

僕が何気なしに「Dale Russはどう?」と言うと、彼は「それ最高!」と膝を打った。

そしてバンドのCDは見事、北米のケルト音楽分野のブロンズプライズを獲得した

詳しいことは既にコラムに書いているので省略するが、当時のJody’sはあのLunasaのKevin Crowfordがサインをねだるくらいの評判だった。

Daleもあの頃に比べてかなり円熟してきたような気がする。それでも乗らせればグイグイとくるフィドラーだ。

大人しいプレイヤーが徐々に乗り出してくるのを感じるのは面白い。

初めて一緒に演奏した時のNoel Hillしかり、Martin Hayesしかり、Pat O’Connorも、彼らは僕のプレイをじっくり聴きながら「よし、いける!」と思うのだろうか。

その要求はどこまでも限りなく続いてくるのだ。

Daleからもそれを感じ取ることができる。

僕も東京のコンサートで「今の時代、フェイスブックやツイッターという手段を通してでしか自分の意見を言えない奴が増えているけど、きちんと相手の顔を見てものが言えるようでなければいけない。音楽(アイリッシュ・ミュージック)はその最たるもののひとつだ」

と言ったが、彼等との演奏では、音楽上の会話というものがいかに大切か、それが分かるのだ。

キャリアは積めば積むほど全ての意味に於いて深くなる。そして余計なことは発信する必要もない。きちんとお互いの音を聴き、自分がどう相手に寄り添っていくかを考える。

それが、この音楽にとって最も大切なことであり、ともすれば忘れがちなことかもしれない。

また来年も彼は来てくれるだろうか。

アイリッシュ・ミュージックと音楽の3要素

音楽の3要素は「メロディ」「ハーモニー」「リズム」だということは誰でも知っていることだと思う。

60年ほど音楽に親しんできて、その中でも僕が最も気にするのは「ハーモニー」だ。「メロディ」に関してはすでにそこに存在するものだし「リズム」もその曲のグルーブを決定するものだし。だが、「ハーモニー」に関しては別な意味でどうにでも色付け可能、というところがあるような気がする。

勿論“アドリブ”というところに代表される色付けはすべてに於いて可能性を広げるものではあるが。

長い間、ブルーグラスを演奏してきて思うことは、ブルーグラスはコピーに明け暮れる音楽だったということ。来る日も来る日も、一つの音も逃がすものか、ポジションも正確にコピーすること、などと、ひとりコツコツ練習し、行き詰ると友人たちと電話で、あるいは直接会ってコピー談義に花を咲かせていた。

そうしてコピーにコピーを重ねて、いわゆるブルーグラス独特のリズムである「ドライブ」を習得していく。

ハーモニーに関して、ブルーグラスに於いてはゴスペルも大切な位置を占めるのでこれはかなり高度に抑えておかなくてはならないし、ビル・キースのようなバンジョーを弾きたければとんでもなく複雑なコード進行にも明るくなくてはならない。

フィドルに関してもクラシックからは考えられない和音構成で切り込んできたりするからとても面白い。

間奏で「チャカチャチャッチャ…」というドライブしまくったリズムで切り込んでくる様はブルーグラスの醍醐味だ。プラス「えも言われん不協和音」これで決まりだ。

ブルーグラスはある意味ジャズだ。

アイリッシュに於いてはどうだろう。

もちろんメロディを覚えるためにはコピーという作業も存在することは確かだが、それよりも大切なのはリズムかもしれない。

アンドリュー・マクナマラはこの音楽を始めた頃の僕に「フロウ」ということを盛んに言っていた。

時には滝のように勢いよく流れ、また時にはそよ風のようにやさしく漂う。これがいわゆる「フロウ」なのだろう。

そしてそれは時としてオンビートとオフビートの挾間を行き来するような感触でもあるのだ。ブルース好きのアンドリューの最も彼らしいところだ。

「メロディ」は1000曲に近いくらいを覚えなくてはならない。それは例え伴奏楽器でも同じだ。

ただ、多くの場合単純なメロディが多いので一生懸命コピー、というところまでは必要ないだろう。だが、その単純さが厄介だ。

同じようなところを行ったり来たりしながら7パートも8パートも「どこが面白いんだろう」というくらいの曲も沢山ある。が、しかし、そういう曲に何故か異常にはまることもある。そんな曲を沢山知っていきながら独特なリズムを習得していく。

そして、それは演奏者の出身地によっても微妙に異なるのでそれも厄介なところだろう。

ブルーグラスフィドルでいえば、大きく分けてバージニア・スタイルとテキサス・スタイル。そしてその二つがクロスオーバーするようなスタイル。

ここで主題の「ハーモニー」だが。

アイリッシュを演奏している人が意外に持っていないのがその「ハーモニー感覚」だ。もちろん世界を舞台にしているくらいの連中にはその感覚はあるが、その辺でセッションなどしてみると、おそらくこの人、どんなコードを横で弾かれても関係なく演奏しちゃうんだろうな、ということがよくある。

それが自分中心からくるものなのか、あるいは和音感覚がないので気にならないのか、聞こえないのか、そこのところはよくわからないが、この音楽に伴奏は必要ない、と思っている人もいることも事実だし、僕も究極そう思う。

だが、そこに「にんまり」するような感覚が入ってくるとやはり「にんまり」してしまうものだが、そういう「音楽のアンサンブル」の良さをまったく感じない人も多くいるようだ。

なので、アイリッシュのセッションでは「みんなで弾けて楽しい」=「自分が弾けて楽しい」というところにとどまっている人が多くみられる。

僕は音楽イコール「アンサンブル」であり「会話」であると感じているのでそういうのは非常に淋しく殺伐なものと感じてしまう。

そして、ハーモニー感覚の無い人に限って、自分の感覚で「この音楽には伴奏は必要ではない」などとわかったようなことを書いたりする。

だが、それが言えるのは、少なくとも99%くらいの確率で確実な伴奏を出来る人のみだ。

「ハーモニー」の感覚を養ううえで最も役に立つのはやはりクラシック音楽だろう。そしてヨーロッパ方面のロック。彼らの音楽には特にクラシックの要素が多分に入っているような気がする。

Amazing Blondel, King Crimson, Matching Mole, Fairport Conventionなど、随分聴いてきたものだ。もちろんEL&Pも。

その上で荒々しいアメリカのロックも、聴いてきたものを挙げればきりがない。そしてポップスもブルースもジャズも「あ、これ!」と思ったらレコード盤が擦り切れるくらい聴いてコピーしてみたり「あ、無理」とかいろいろ試してみた。

僕がこの音楽の伴奏楽器を担当するうえで、それらはとても役に立っている。間違いではないけれど使ってはいけない和音、絶対に使ってはいけない和音、使ってもいいかもしれない和音、まさにここで使うべき和音、後に残しておくべき和音…“ハーモニーおたく”としてはどんな時でもそれは考えていたいものだ。

僕と省悟は、お坊さんのお経にも、電車のアナウンスにも、デパートのアナウンスにも必ずハーモニーを加えてみたりした。はい、今度はマイナー、7th 行ってみようか。7th が出たら9th は必須だ。Sus4なんかも。お経にマイナー7th はなかなかに気持ち悪い。マイナーからメジャーに行けばそれは「遥かなるアラモ」だ。そんなつまらない冗談も役に立つものだ。

音楽の3要素はアイリッシュに於いてもとても大切なものだし、なくてはならないものだ。その上に生活に根差したものでなくてはならないのだ。

自分自身も含め、とても偉そうなことは言えない。

ザ・ナターシャー・セブン 最初のレコーディング

今、思い出しても結構鮮明に覚えている事柄があり、念のために調べてみた。

1971年9月24日から東芝EMIのスタジオで数日間行われたわけだが、その時の宿泊先が、赤坂にあったヒルトンホテル。

ヒルトンは、あのビートルズが宿泊したことでも当時、超有名なホテルだった。

さて、想い出すことのトップにくるのが、録音のことよりもフロントをうろうろしていたヒッピー然とした外人たち。

彼等こそ初来日していたLed Zeppelinのメンバーだったのだ。

ちょうど武道館の最初の公演が終えた日だったろうか。記録によると9月23、24日と2公演あったようだが、当時フォークやブルーグラス分野に居た僕らにはあまり馴染みがなかった。

しかし、彼らはマンドリンを使ったり、トラッド志向もかなりあったようだし、やっぱりそういう意味でも幼いころから民族音楽シーンに触れることが多いような環境にいたのだろう。それは非常に羨ましいことだ。

また、もし、僕らがもっともっとそちらの方面(ロック分野)にも明るかったら大変な騒ぎになったかもしれないが、彼らが真に評価され出したのはこの来日以後のことかもしれない。

事実、宿泊先に押し寄せるファンのような人は見かけなかったし、彼らも比較的自由にウロウロしていた。

ビートルズの時には分刻みでスケジュールが組まれていたそうだが。

ところで、そんな世の中とは隔離されたようなレコーディングは、あの伝説的な「私を待つ人がいる」のイントロで始まった。

金海君が、大きなスタジオの部屋の隅からマイクに向かって歩きながら「チャンチャンチャンチャカチャカチャカチャン」と弾いて、ちょうど良いところでマイクに近いところまでやってくるというシーン。あの時はまだ僕がプラカラーで巧みに書き上げたギブソンという文字がヘッドに光るジャンボのマンドリンだったろうか…。

みんなが、途中でこけないか心配したが、あの時はまだ若かったのでそれほど本気で心配したわけではない。

それでも、もし本物のギブソンだったら歩かせなかったかもしれない。

そんな風に始まったレコーディングのことを秋の夜長に想い出してしまった。

 

Irish Music その116

Ryan’s Rant

以前書いたような気がしたが、コーマック・ベグリーが弾いていたものを僕が「なんだっけ?」と訊いたことがあるのでその時の記憶が残っているのかもしれない。この曲を最初に聴いたのはPaddy O’Brien, James Kelly, Daithi Sprouleの素晴らしいアルバムだった。これは僕にとってこの音楽のバイブルのようなアルバムだが、以前Edel Foxと見事に意見が一致したことがあった。彼女もよく聴いていたらしい。彼らはMan of the Houseからこの曲に行っているが、このMen of the Houseもバージョンが違う。明らかにBパートが聴いたことのないメロディラインだ。Paddy O’Brienの演奏には比較的そういうものが多いのだ。よく聴くとフィドルとアコーデイオンは微妙に違うメロディを弾いているが、それが心地よくぶつかっている。ややこしいメロディだし、人によってはGravel Walkと勘違いする現象もあり得るし、一体いくつのパートがあるのかもよくわからないくらいに似たり寄ったりのメロディを行き来する。メロディ奏者には面倒くさい曲かもしれない。

Irish Music その115

Planxty Mistress Judge

別名 Mrs. Judgeでいいのだが、どうやらこの長いタイトルが僕らの聴いたバージョンのようだ。Dale Russの演奏で覚えたものだが、彼はPaddy O’Brien(Offaly)の演奏から覚えたのかもしれない。非常にきれいなメロディを持った曲だが、Bパートが意外とややこしい。覚えられないものではないが、良くあるO’Carolanの曲で「そう行くか」というようなメロディなのだ。常識的に考えてこう行って欲しい、などという考えは捨てたほうがいいような曲は覚えるのが大変なのだ。アンドリューが覚えるのに苦労した「鉄砲獅子踊り」なんかもその類かな。この曲はどうやらO’Carolan’s Welcomeとそっくりな曲が後に付くらしいがPaddy O’Brienもそこまでやっていなかったので付けなくてもいいものかもしれない。ならWelcomeを付けてもいいかな。

 

シェトランド エアー?

最近、いや最近に始まった話ではないが、最近、また、シェトランドエアーというタイトルをある有名なバイオリニストの録音で見つけた。

日本ではおそらく最も名のあるバイオリニストだろう。

彼を含め、多くのバイオリニストが好んで取り上げているこの曲、いや、それだけでなく、沖縄出身のシンガーも取り上げているこの名曲。

美しいメロディなので、誰もが取り上げたくなることに関しては全くもって文句はない。文句を言う筋合いもない。

ただ、この曲の本当のタイトルをクレジットしてほしい、と思うだけだ。

僕は自分のコラムのIrish Music 76の項目で既に書いているが、この曲の背景には涙無くしては語れないストーリーがある。

もし、そのことをわきまえていたのなら、簡単に安直なタイトルをつけてしまうようなことはできないだろう。

森友・加計なんて小さな問題だとアホ面下げて言い放った政治家と比較するのもおかしいが、タイトルやその曲の背景は僕にとって小さな問題ではない。

もしかしたら、本当のタイトル Da Slokit Lightと表記するよりも、シェトランド エアーとした方がとっつきやすいからかもしれないが。

Irish Music その114

Larry’s Favorite

長い間知っていたPaddy O’Brienの名曲。Amで演奏されることが多いようだが、何故今までレパートリーに加えなかったかと言うと、2013年にコーマック・ベグリーが練習をしていたという記事を書いた時のJohn BrossnanにAパートがよく似ているし、その上75に登場したSligo Maidに3パート目が似ているといえば似ている。そんな理由で今回レパートリーとして取り上げるに際し、Gmにしてみた。そうして色々と聴いてみると、Gmでやっているひとも結構いるようだ。特にこの曲に関する情報は無い。Larryというのが誰かも分からない。

この後で49に登場しているGarrett Barryを持ってきた。キーはFで。

もともとGarrett Barryが大好きな曲で、この曲に続くもの、或いはこの曲の前に来るものを探していた時に思い出したものだ。いろいろ聴いているうちに、DervishのLiam KellyがBmで演奏しているものがあった。そしてAでGarrett Barryに行っているのだ。考えることは同じだった。