8月7日 曇り
今日は一大イベントが待っている。この地に最初に訪れた時から必ず通っているパブ“マッカーサー”通称“フランの店”に行くことだ。
来年になると生きているかわからない高齢のフランが、夜10時半頃開ける店だ。昨夜ミノーグスの帰りに外からフランがいるのは確認しておいた。
法律上12時過ぎに店に新たなお客さんを入れる事が禁じられているので、窓越しに「明日来るから」と言った。
温度差でくもったガラスをゴシゴシしながら合槌をうっていたフラン。ちゃんと覚えていたかな。
「昨日、きてくれたな」ちゃんと覚えてくれていた。まだしっかりしたもんだ。足を痛めて少し入院していたらしいが、相変わらずピシッと決めたスーツがかっこいい。
アイルランド最高のギネスを2杯オーダーした。ここまでギネスは極力控えてきていた。彼の注ぐギネスを今日まで待ちわびていたからだ。
カウンターでお金を払おうとすると「いいから一杯やってくれ」という。僕はとことん希花に自慢して「どうだ。これがギネスだ。他と違うだろう。この道60数年の匠の技が生きているんだ」と言うと、希花も「うん、確かに美味しい」と言って、「でも悪いから何か他のものもオーダーしよう」と言う。
それじゃぁ何か頼んでおいで、と促すと、カウンターの奥でフランがヌッと立ち上がった。
希花が言った「ワン・ホット・ウィスキー」フランがグラスをおもむろに“二つ”用意した。
そして出てきたものがウォッカとウィスキー。
確かに言葉は似ている。しかしフランのホット・ウィスキーは注文があるとおもむろに湯沸かし器に水を注ぎ、じっとお湯が沸くのを待ち、ウィスキーと混ぜて終わりなのでそんなに匠の技は生きていない。
なのでそれはそれでいいとして、希花のおかげでウォッカまで飲むことになってしまった。
来年また来るから元気でいてね、とフランに別れを告げて店を出ると、ほとんど電気の無い広大な土地に沢山の星が降りそそいでいた。