ヤジ

見ても聞いてもいなかったので、何とも言えないが、前々から気にはなっていた。

国会のやじの話。おやじではない。

今回の首相所信表明というもの。

その際の「ヤジ」というのが酷かったらしく…いや、何度か見たこともあるが、結果、こいつらは勘違い集団、脳無し集団…他に言い当てる言葉があるだろうか…という風にしか見えない事が多々あった。

誰だか「聞く耳を持つ」とか言って全く聞かなかった奴がいたけど、別にわざわざ言わなくても基本的なことだろう。

いつも同じことを思うが、肉声で動物愛護を訴えている人のすぐ横で、マイク片手にギャアギャア言っている政治家。

騒げば良いって言うもんじゃないことくらい考えなくても分かるはずだと思うが。

「ヤジは国会の華」とか言う言葉があるらしいが「ヤジは国会の恥」だ。

これを擁護する低俗な考えが僕にはよく分からない。

そりゃあ、いろんな考え方があることは分かるが「他人の話を聞くよりも自分の言いたいことのほうが大事」という考え方は、どう考えてもよく分からない。

音楽をやっていると、音楽は対話だ、ということがよく分かる。

それは他者との対話でもあり、聴く人との対話でもあり、そして音楽そのものとの対話でもある、と感じる。

こういうのってわざわざ言葉で書くと薄っぺらく感じるが、本当にそう思っている。

なので、なおさら人が話しているときにギャアギャア言う政治家というものに辟易してしまう。

そんなことより、大きなレタスが安かったので買ってきてテーブルの上に鎮座していた。

さて、これどうしようかな、と、ふと考えた。

お、冷凍庫にチキンがあった。人参も冷蔵庫にあった。なんかはるさめの残りもあったかも…。

ショウガもあったし、これ鍋に入れて、先ずごま油で炒めたら中華だしで味付けしてスープにして、そこにレタスでも思い切り入れてみようかな。これだったら沢山使えるんじゃないか、と。

むかし、一緒に働いていた日本人のシェフが、白菜のかわりにレタスをすき焼きに入れていた。

白菜が無かったので仕方なしだったが「レタスのすき焼きかぁ…まじいだろうなぁ」と宮崎弁で言い放ち、クッククック笑いながらレタスを切っていた。

「どうせアメリカ人には分かりませんよ。でも…まじいだろうなぁ」とも言っていた。

しかしながら、この中華味スープとはかなり相性が良かった。

レタスは見事にこの料理と対話していた…って無理やりそこに持っていくか?

これまた全然関係ないが、子供のころ父親が「耳なし芳一」という紙芝居をよくやってくれて、それが滅法怖かったのを想い出した。

サンドイッチのパンを「芳一パン」と呼んでいたのは僕と省ちゃん。

寒くなってきました。

いえ、本当に寒くなってきました。風邪ひかないように。