子供のころ、クリスマスになると聖歌隊がやってきて玄関先で歌って行った。
あれは、母がよく近くのルーテル教会に行っていたからだろう。
それにお隣さんはカナダ人の宣教師さんだったし。
母は、仏教のあの暗い雰囲気が嫌だ、と言っていた。
確かに教会に比べてお寺って暗い感じはする。
讃美歌とお経を(比べるものではないが)どちらがより音楽として捉えられるか…なんて。
ピアノは母の影響だったし。
そんなんで、僕も訳の分からぬままに近所の聖母幼稚園という所に行っていた。
入り口にマリア様の像があったことは覚えている。
そのほかの事はほとんど覚えていない。
でも、あの聖歌隊は母が通っていたルーテル教会から来ていた人たちなんだろうなぁ。
起床ラッパと消灯ラッパの区別がつかなかった父も聴いていたんだろうか。
以前書いた、渡辺さんのクリスマスケーキも想い出深いものだが。
さて、でも子供心に不思議に思ったことがある。
母が亡くなった時、お坊さんが来ていた。
父は、というか家はどうやら浄土真宗だったようで、母の教会通いはあくまで好みの範ちゅうだったようだ。
それで僕は、なんか一生懸命教会に通っていたのに、死んだらお経で…ってどうよ?
と思ったわけだ。
その時、10歳にしてすでに、結局、宗教って死んだときに何で送られるかだけ考えておけば良いのかな。なんか不本意だったんじゃないか?なんて思ったりもした。
でも、東京から大阪に行くのに、新幹線を使うか、飛行機で行くか、車か、在来線か、バスか…いろんな手段があるように、人間死んだら全て同じところに行くのかもしれないし、それぞれ方法が違うだけの話かな、とも思った。
なんか10歳のころの疑問だけど、いまだによくわからない。
母は棺の中で「違うんだなぁ~」と思ったかもしれない。
僕と省ちゃんみたいにハモっていたかもしれない…アホな!
あれは12月の中ごろ。すぐにクリスマスがやってきたが、聖歌隊は来なかったような気がする。
覚えていない。
12月は自分の生まれた月でもあるし、そんな事も経験した月だ。
クリスマスが過ぎるともう今年も終わりですね。
あ~忙しくもいないのに、忙しい…???