「アー ユー オープン?」 第1話 カビア

多くのレストランにおいて、営業時間の設定としては午前11時半オープン、ランチタイムを経て午後2時に一旦クローズ、そして午後5時に再びオープン、午後10時まで営業、というのが普通だ。

もちろんお店の諸事情や、ロケーションなどにより、多少の違いはあるが、ほとんどの日本食レストランがそのようになっている。

 従業員(料理人)は仕込みのために10時までには店に入るが、その瞬間から多種多様、大小取り混ぜた問題が起こる。

 「アミーゴ、かあちゃんが病気だから今から国に帰る」たしかこの間かあちゃんが死んだって言ってたけど。

急に、というのは困るが、しかし、これなどまだましなほうで、何も連絡がないまま消えてしまうメキシコ人(何もメキシコ人に限ったことではないが、圧倒的にメキシコ人に多い)それも、若い子に多い。その多くは友達からの情報で、もっと給料のいいところがみつかったとか、あるいは仕事に飽きたり、とかいう理由だ。

まぁ、日本の若者にも起こり得ることかもしれないが、それでも日本人の場合は突然消えるというケースはまず無いと見ていい。

あとは、移民局の強制検査が入って、有無を言わせず連れていかれる、というケースもあるだろう。

あるいは、賭け事に負けた金がたまりにたまって払えなくなり、殺されないために姿をくらます、といったケースもある。

これなどは中国人やベトナム人に比較的多い。

とにもかくにも、ここでは一人のメキシコ人の若者を紹介することにしよう。

カビヤ・ロドリゲス・ゴメスという25歳の男。入ってくるなり「おはよーございます。カビアと申します。仕事を探しているのですが。おにーさん、仕事ありますか?」

それはそれは驚くほど流ちょうな日本語をしゃべる。

因みに、カビアという名前。実際には「カ」と「ハ」の中間の発音だ。Javierと書く。「日本の方にはとても難しい発音だと思います。だからどちらでもいいです」と、更に流ちょうな日本語が続く。

日本食レストランでの経験も豊富で、会話の端々にその働きぶりを伺わせる言葉が飛び出す。

「冷蔵庫見せてください。えーっと…。はい、わかりました。ランチタイムのコンビネーション、こちらでは何のすしを付けますか?刺身はナンカンデスカ?一番忙しい時で何人ぐらいのお客さんが入りますか?-あぁ、それなら私ひとりでも大丈夫です。100人くらいなら問題ありません」

実際、よく働く男、カビア。

メキシコ人のよくあるパターンとして、友人あるいは親せき縁者一同が狭いアパートに同居し、先に仕事を見つけた奴が同じ店にそのうちの一人を紹介する、というのがある。これも労働条件が良ければ、の話だが。カビアのアパートにも7~8人いたが、名前がほとんど“ホセ”だった。

それはともかくとして、店の経営者には気を付けなくてはならないことがあるのだ。それは、そのようにして、次から次へと同じ民族で固めていくと、それが例え友達同士、親戚同士でなくても、やめる時には一斉にやめてしまう、という現象だ。

そうなると残された人は悲劇極まりない。しかし、そんなことは日常茶飯事、どこのレストランでも一度や二度は経験していることだろう。なかにはしょっちゅうそんな目にあっているレストランもあるが、その場合、店側になにか問題があるのかもしれない。

カビヤは遅刻もせず、せっせと働いたし、仲間を引き入れることもなかった。

当時ちょうど、リッチー・バレンスを題材にした映画「ラ・バンバ」が上映されており、1時間に一度はラジオから「パラバララ・バンバ~♪」と、陽気な音楽が流れてきていた。

 彼らのヒーローだ。ラジオのボリュームを最大限に上げ、大きな声で一緒に歌いだす。そして「さぁ、おにいさんも一緒に歌いましょう」しまいにこちらまで歌詞を覚えてしまう。

また、それだけではなく、一緒に出掛けることも度々あった。

一旦レストランがクローズした昼休み、彼らの聖地である、通称“ミッション・ディストリクト”めがけて。日本人向け観光ガイドブックには絶対に近づかないように注意書きがなされているところだ。

どこの町にも、ある一定の民族が多く固まって暮らしている地区がある。ここはヒスパニック系の地区だ。バスの中はスペイン語しか聞こえてこない。

まして、2時を少しまわると、子供たちの学校が終わる時間になる。小・中・高生たちがなんの秩序もなしにがやがやと乗ってくる。

ダブダブのジーンズにダブダブのTシャツ、顔のいたるところにリング、そんな男の子や女の子たちをいっぱい乗せたバスは奥地へ奥地へと進んでいく。

やがてひときわにぎやかなバス停に降り立つとそこはもうメキシコさながら。歩道の脇にはウイスキーの瓶と一緒に寝転がっている人。他人の車の上に乗ってチェーンを振り回して遊ぶ不良少年たち。

ソンブレロを被りギターを抱えた少年たちもいる。彼らはレストランに入って行って、歌を唄いながら小遣い稼ぎをしているのだ。日本でいう“流し”みたいなものだ。

「ここには俺だって夜は来ないぞ。いつ何時ピストルの弾が飛んでくるか分からないし、ディスコなんて行けば絶対喧嘩になる。喧嘩になったら間違いなく銃だ。命がいくつあっても足りゃしない」

地元の人間でないと足を踏み入れることができないような、小さなメキシカンのファスト・フード店で、タコスとハラペーニョをあてにコロナビールをラッパ飲みしながら彼が言った。

そんなカビアも、いったん国へ帰ることになった時、彼は律儀にもひとりの若者を紹介してくれた。