Noel Hill 日本ツァー 2016

ノエル・ヒル。この名前を知らないアイリッシュ・ミュージシャンは皆無だろう。コンサルティナという楽器の可能性を大きく広げた第一人者だ。

以前のコラム(2012年)でも書いているが、彼との出会いは2000年の初めころ。鬼気迫る演奏のためにギターを弾いたのが僕だったのだが、その時はデュオで2時間半ほどの演奏。

初めての出会いだった彼に「また、いつかやろう」と言われてからやっと実現した、それも日本と云う土地での今回のツァー。

驚いたことに日本に来たことがなかった、と云う。

彼は自身でも寿司を作る、それもかなりの腕前で大人数の寿司パーティを自宅でひらくほどの日本食通である。

「わたし、寿司だいすき」という外国人は多いが、彼はなかなか舌が肥えている。アイルランド人にはないだろう「出汁」の感覚や、微妙な味付けの違いが意外にも分かるようだ。

そんな彼が一たびコンサルティナを弾き始めると、そのエネルギッシュなダンス曲、胸に突き刺さるようにしみわたるスロー・エアーで聴く者の心を捉えてしまう。

また、彼のエンタテイニングの素晴らしさからは、彼が本物のプロミュージシャンとしても超一流だと言うことがよくわかる。

音楽と云うものを、また、プロフェッショナルがステージでどうあるべきかを、よく理解している人だ。

「幼くして父親を亡くし、残された母と7人の兄弟姉妹とともに貧しい暮らしをしてきたけど心は豊かだった。楽器を買うお金はなかったが、兄弟で夜遅くまでリルティング(いわゆる口三味線)をして曲を覚えた。本当の豊かさはそういうところに存在するものだ」という彼の演奏に触れなかったら、アイルランド音楽の歴史の大切な1ページが抜け落ちてしまう。

今回足を運んでいただいた全ての皆さんには、その大切な1ページを体感していただけたろうと僕は確信している。

旅には慣れているだろうが、初めての日本で大変だったのに気配りも細かく、ワークショップにもとても熱心に取り組んでくれるし、また、来年にでも呼んであげられたらな、と思っていることも事実だ。

それには、この音楽の真の姿は安っぽい流行りものやイベントのなかにあるのではない、ということを心底から理解してくれる方たちの御協力が必要だ。

彼はアイルランドでも知らない人はいないくらいの超大物である。そんな彼のお相手は大変だが、こちらが誠意を持って付き合えば必ずそれに応えてくれる人だ。

僕らは、彼のような素晴らしい音楽家が、貧しい環境の中で大切に大切に修得してきたこの音楽をいい加減な気持ちで演奏するわけにはいかない。

ノエル・ヒル、偉大な音楽家であり、僕らにとってもまた、心の引き締まる数日間だった。