2012年アイルランドの旅  ~7月17日 エニス~

7月17日 晴れ。珍しく汗ばむくらいの陽気だ。

今日は古い友人のサラ・コリーの家に泊めてもらうことになっている。それがどこなのか分からないが、エニスからそう遠くないところらしい。

夜9時に待ち合わせしているので、かなり時間がある。

去年、トミー・ピープルスに声をかけられたあの場所でバスキングでもして時間をつぶそう、ということになり、始めていると、よっぱらったおじさんが3人現れた。ふたりは楽器を持っている。アコーディオンとフィドルだ。

横に座ってしばらく聴いていると「入っていいか?」と言う。そして矢庭に弾き出すとこれまた単なる酔っ払いのレベルではない。

とことん力強くどぎついリズムでガンガン迫ってくる。フィドルのおじさんは鼻のあたまを真っ赤にして、農作業のあとの楽しみは酒と音楽だ!という、まさに生活に根付いた音を奏でる。いかにも、子供のころ納屋にころがっていたひいおじいちゃんのフィドルを触ってみたら面白かったので、そのままフィドラーになり、フィドルもそのまま使っている、とい感じだ。ただものすごく酔っ払っているので同じ曲を何度もやる。

アコーディオンのおじさんも眠っていたかと思うと、突然さっきやった曲を弾き始める。1時間ほど一緒にやると「これからすぐそこのパブでやるからかならず来いよ」と言い残してもう一人の友人かマネージャーみたいな人とフラフラ帰っていった。

完全に生活に根付いた音楽を目の当たりにして、さあ、あの酔っ払いたち覚えているだろうか、とパブをのぞくと、いたいた。テーブルには山のようなギネス、ウイスキーが見える。

「おっ!来た来た。なんか飲むか」と言ったかと思ったら、さっき何度もやったリールを弾き出して、早く楽器を出せ、と催促する。

結局、また2時間ほどつかまってこっちも酔っ払いとなったのだが、フィドラーはトニーという名前で、年のころは70半ばくらい。

希花に一生懸命なにか言っていたが、どうも結婚式のギグがあるから一緒に演奏できるか、ということだが、もしかしたら結婚しようといわれたのかもしれない。なんだか電話番号をよこしたが、いかにせん、コネマラというゲール語地域から出てきた半端でない酔っ払いのおじいさん、近くにいたアメリカ人ですらなにを言っているかよく分からないそうだ。

アコーディオンは、どうも“ジョン・キング”という、名のある人らしい。あとで色んな人に話して分かったことだが、とにかくよく飲む、それはアイルランド人ですら驚くくらいよく飲むベテランミュージシャンらしい。

後で会ったテリー・ビンガムが言っていた。「昼からかなり飲んで演奏しているのを見かけたけど、夜中に見に行ったらまだ飲んでいて、次の日の朝まだ飲んで演奏していて、夜、見たらまだ飲んでいて、次の朝まだ飲んで演奏していた。ウオッカのビンとウイスキーがいたるところに散乱していた。ありゃ只者ではない。一緒にいたフィドラーはトニーだろ。あのふたりの体の中身は全部酒だ」

サラと会うのはもう20年ぶりくらいだろう。アメリカ西海岸のバークレイ出身サラは、フィドラーだ。弟のデイブがバンジョーを弾くが、まだ彼らが10代のころから良く知っている。因みに今のご主人であるダミアンはフルート吹きだ。

家はエニスから車で20分ほどのところ、緑に囲まれた雄大な景色が広がる。

ここで2日とめてもらってから“ジェリー・フィドル・オコーナー”が来ているリムリックに行くことになっている。

ここがキッチンでここがシャワーよ、といろいろ説明してもらっているとき、希花がシャワー室にナメちゃんがいる、と叫んだ。

見るとナメクジが2匹ほど張り付いている。よっぽどびびったのか、今日一日だけにして何とか明日中にジェリーに連絡をとってリムリックに行くことにしたいと、懇願する。

ちょうど、サラが午後からリムリックに行くことにもなっているし、それはナメクジに感謝かもしれない。

しかしこれだから温室育ちは困ったものだ。

かくして希花はナメクジの恐怖におびえながらベッドに入った。僕はサラと昔話に花を咲かせてから眠りについた。