トラディショナルとコンテンポラリーの狭間に

たまには音楽の事も書いてみようかな。

政治に対する疑問をぶつけても仕方ないし。

何が「メンタルの強さ」だ。ただ、悪いことをしても悪いと感じないだけだろう。

恐ろしい動物が市の長になっていたもんだ。

そういう意味では、クマと変わらない。

おっと、また始まってしまいそう。

仕切り直して。

なぜか急に自分の音楽の原点を考え出してしまった。

もちろんわかっていることだが。

多分、バンジョーの2作品、そしてナターシャーのトリビュート、この3作品を作ったことで、なお深く様々な事を思い出したり考えたりしたんだろう。

とにかく、かなりの神経を使ってきたことは確かだ。

楽曲に関する記憶を辿り、指使いに関する記憶を辿り、そして新たな指使いを創り出し…。

そんな中で自分の音楽として歩んできた道を考えていた。

ピアノは本当に好きだったようだ。シュローダーみたいに。

高石さんと出会ったのも必然的だったのだと思う。

さぁ、ヒット曲を作って…というものではなく、原点から自分たちなりのものを創り出していく、という姿勢は僕にとってぴったりだった。

そして、省悟が加わり、ここにナターシャーサウンドの基本が生まれた。

コーラスも楽器の絡みも、その基となるものは僕と省ちゃんによって作られたものだ、といっても過言ではない。

そこにきて、僕の、特にトラッドをより深く知ろうという姿勢が高石さんと酷似していたのかもしれない。

それは僕がアイリッシュを始めたころのジャックとの出会いと同じものがある。これも必然だったのだろう。

音楽はただ好きでやっていても決して悪くはないが、僕らのような音楽をやっているのならば、そのもととなるところに最低限のリスペクトは必要になってくる。

そのうえで、常に思っていることだが、バッハからロバート・ジョンソン、果てはブラックピンクまで聴くことを常に心がけている。

しかし、あの「アーパツアパツ…」というのはよ~分からん??が、ひたすらキャッチーであることは確かだ。

常に若い人の意見も尊重し、古いものに対するリスペクトを忘れたくない。

音楽に限らず、全てに言えることかもしれないけど…。