「アー ユー オープン?」第8話 ケンとトム

ケンとトムは兄弟で、ベトナム生まれの中国人だ。とても良く仕事をするこの二人、ケンはすし職人、トムはウエイターだ。

トムはウエイターという仕事を得たが、ベトナム語と中国語以外は分からない。しかし、ほどなくして“ウエイターの鑑”とまでいわれるようになるのだ。天性のものを持っていたのだろう。

手際の良さ、接客態度、すべてに抜かりがない。言葉が分からないのに、人々の求めているものが何であるか分かるのだから大したものだ。

同じようにケンもだれにでも好かれる男だったが、こちらのほうはベトナム語と中国語のほかに英語もそこそこ達者だ。気遣も素晴らしく、この兄弟はどういう育ち方をしてきたんだろう、と思わせる。

それでも他のベトナム人の例と同じ、大変な苦労を強いられてアメリカに渡ってきたに違いないのだ。

国境を渡って中国からやってきた、という話も聞いたような気がするが定かではない。いずれにせよ、そんな苦労に比べたら、アメリカで慣れない仕事に従事することくらいなんともないのだろう。

ケンの英語はそこそこだと言ったが、中国人独特の発音で何度も聞かなければわからない時がある。

おそらく、ネイティブな人達には想像がつくのかもしれないが、それはたどたどしい日本語で話しかけられた時の我々と同じことだ。

「ケン、ヘレンは元気か?(ヘレンはケンの女房)」するとこんな返事が返ってくる。

「ヘレンはチポエで働いている」

チポエというのはどこかのレストランかと思い、どこの何料理を出す店か再三問いただしてみるが一向にらちが明かない。

そのうち、その“チポエ”なるものがTriple A(トリプル・エー)という保険会社であることが判明。かかること5分ほど。

「ソシェカップ」「ケン、サケカップならウエイトレスに言ってくれ」お酒のおちょこのことを酒カップと呼んでいたが、ケンはそれを求めているように聞こえた。

そして、何度も何度も「ノー、ノー。ソシェカップ」と言う。更によく聞いてみるとこう言っているのだ。

Soft Shell Crab」これは殻がやわらかい脱皮したばかりの蟹のことで、フライにして食するととても香ばしくて美味しい。

中国人の英語というのは分かりにくいと思うが、我々のも大したことはない。英語圏の人からすれば同じようなものかもしれない。

中国人の素晴らしいところは臆面もなく言葉を発するところだ。そこに躊躇する気持ちは全くない。

ある意味アメリカ的だ。いや、大陸気質と言えるだろうか。

ある時、お客さんが尋ねた「ドゥ ユー ハブ エダマメ?」しばらく迷ってケンは答えた。

「ノー、バット ウィー ハブ アマエビ」当時まだエダマメをおいていなかったレストランでケンが絞り出した答えがそれだったのだ。彼にとっては発音が似ていたのだろう。とに角答える、という姿勢は素晴らしいものだ。

トムのたどたどしい英語と一生懸命笑顔で応じる接客態度、ケンのひたむきな頑張りは誰からも好かれていた。