「アー ユー オープン?」第10話 スージーさん

 スージーさんというのはアメリカ人ではない。生粋の日本人だ。長崎で生まれ、アメリカ兵と結婚して渡ってきた人だ。

だが、もう国籍はアメリカなので「アメリカ人ではない」というのは間違いだ。

戦後間もなくのアメリカと日本の両方を見てきた人だ。特にアメリカで苦労を重ねてきた、と言えるだろう。

彼女は、いい時代のアメリカのことも良く知っている。「ダウンタウンを歩くと、男の人はみんな帽子をちょこっと外して挨拶する。あの頃はそれが普通だったのよ。今のアメリカにそんな人はいない。国をあげてよその国のお節介ばかり。自分の国が唯一の正義だと思っている。結局、自分たちが作り上げた難民を沢山受け入れてこの有様よ」

彼女はもう20年以上日本に帰っていないらしい。ここで犬と暮らして充分幸せだけどいよいよ歳がいったら故郷の長崎に帰ろうと思っている、とも言っていた。

そういえば、あの日、疎開先で木登りをしていたら物凄い閃光を見たそうだ。それが原爆だったなんて、後から知ったらしい。

本当なら被爆者として扱われてもおかしくないはずだったのに、戦後のどさくさの中でアメリカ兵と一緒になってしまった、と言う彼女の話の数々は、俗にいう戦争花嫁(あまりいい表現ではないが)の真実に満ち溢れていた。

やがて、離婚後に知り合い、ずっと人生を共にしてきたブラッキーさんとの死別(カナダ国籍の元軍人)、そして最愛の“はじめちゃん”(愛犬。弟さんの名前を付けたようだ)との別れ、そんな辛い時を経た後、意を決して日本を訪問することを決めた。なんでも25年ぶり、ということだ。さぞ、胸が高鳴っただろう。

「東京に着いて、飛行機を乗り継いで、ちょうど朝日に輝く富士山が見えた。とても美しかった。思わず涙がこぼれたわ。あー、わたしの故郷だ。本当に戻ってきたんだ、という実感がわいてきたの。でもそれと同時にこれから先、もし日本に帰って来ても、もう自分の居場所は無いような気がした。多分富士山を見るのもこれが最後。やっぱりわたしはアメリカで死んでいくのかしら」

久しぶりの彼女の日本訪問は、祖国への別れの挨拶となったようだ。