「アー ユー オープン?」第11話 宮崎県人

 お客さんも従業員も、多国籍で、毎日同じ仕事をしているレストランに於いても、日々様々なことが起きる。

 ニュー・ヨークから流れてきた、ある日本人シェフ。宮崎県出身だが、もうアメリカがかなり長いせいか無国籍人という感じ。

 彼は自分のことをこう言っていた「わたし、ニュー・ヨークで交通事故やっちゃいまして、その時しこたま頭を打ったせいか、あれから変になりました」

 そうでなくても十分変わった人だった。アメリカが長い、といえども宮崎弁は全く抜けていない。なのに、語尾にOh Yeah!などと付く。

 久しぶりに日本に電話して友達と話しても、宮崎弁の中にOh Yeah!を連発してしまうそうだ。

 レストランという仕事は一日がとても長い。それだけに彼の信条は“できる限り早く帰る”ということだ。

 お客さんが次から次へと入ってこようが、お構いなしに片付け始める。閉店15分前にはもうほとんど片付いている。

 しかし、それも段々エスカレートしてきて、気がついたら30分前には大体の掃除も終わってほとんど片付いている。

 「さぁ、とっとと帰りましょう。こんなところに長い時間いたら、ますます頭がおかしくなりますよ」

 10時閉店のレストランの料理人が10時15分には店を出る、なんていうことはありえないことだ。しかし、それは非常に嬉しいことなのだ。

 ほとんどのレストランでは10時から後片付けを始め、それから食事をして…というのが当たり前で、店を出るのはどうしても11時をまわってしまう。それを彼は「時間の無駄だ」という。

 カレーなどを作っても、どこかのこれ見よがしのレストランのように、何時間も煮込んで、などと言うのはガス代と時間の無駄だ、と切り捨てる。「こんなものは30分で充分ですよ」とことん陽気な慌て者である。

 昼寝中に火事のサイレンが聞こえたりすると、脱いでいた靴をしっかり両手に握りしめて一目散に出ていく。そして暫くすると「いやー、ちょっと遠いからやめておきました」なんて言いながら戻ってくる。

 ちょっと暇になると「さぁ、みんなでベトナム踊りを踊りましょう」と言ってわけのわからない創作ダンスを踊り出す。マイクがいやそうな顔をして見ている。

 トイレから出てくると、なぜか長く切ったトイレットペーパーを両方の手で振りながら「チャイニーズ・ダンスです。さぁみんなで踊りましょう」と言う。ハリーがいやそうな顔をして見ている。

 彼はしかし、とても頭がいい。おかしくなったといえども、素晴らしく才覚がある、と思われる。抜群の英語力で、業者とのやりとりも流暢だ。Oh Yeah!も堂にいったもの。一応日本における英語教師の資格をもっている、と聞いた。

 そんな彼が作る“まかない”がこれまたユニークだ。3日に一度は“ひやじる”。初めて見たときは“猫のごはん”かと思ったが、これがなかなか美味い。

 しかし他の従業員からはかなり評判が悪いときている。彼がひやじるの用意を始めると、他の従業員達はあわてて自分で何かを作り始める。それが、ウエイトレスやウエイターでさえも。

 ある日、閉店間際になって“すきやき”の注文が入った。「ありゃー、めんどくさいですねー。せっかく片付けたのに。あっ、白菜がない。ちょっと冷蔵庫行って持ってきてください」

 誰かが叫んだ「白菜、もうありませんよ」彼が言った「えーい、それじゃぁレタス持ってきてください」

 目の前に出てきたレタスをザクザクと切る彼は、笑いを抑えきれない様子でこう言った。「レタスのすき焼きかぁ。まじーだろうなぁ。クックック」

 アメリカが長くなるとこんなものだ。

 お客さんにも変なのがいっぱいいる。「今日は野菜のやきとりにしようかしら」串に刺さっているものは全部やきとりだと思っている。これなんかは勘違い、覚え違いだが、こんな人もいる。「酢の物ちょうだい。あ、わたし海藻嫌いだからわかめは入れないで」そういう彼女の箸には食べかけの海苔巻が挟まっている。

 「日本人の舌は特別です。これだけ繊細な味覚を持っている民族は、地球上どこを探してもいないですよ。だけど、ここはアメリカなんだから、ある程度の基本的なことさえ押さえておけばどんなに改良してもいいんです。なにもここで頑なに伝統を守る必要はありません。臨機応変、それが一番大切です」

 宮崎弁で熱く語る彼。今頃どこかで新メニュー“レタスのすき焼き”なんていうのを売り出しているかもしれない。ひょっとすると“ひやじる”も。