しばらくIrish Musicと題して自分たちのレパートリーを、主にセットを中心に書いてきたが、そろそろ何を書いたか記憶が無くなってきた。勿論、調べてみればいいのだが…。それに、単独ではまだまだ多くの曲を演奏している。
が、この音楽でおもしろいところは曲の組み合わせだろう。ティプシー・ハウスで一緒にやっていたジャック・ギルダーはとてもセンスが良かったと思う。よく、ドキッとするような曲の組み合わせを考えてきた。
サンフランシスコの人気バンドであったティプシー・ハウスはダンスの伴奏バンドとしてもよくいろいろな場所によばれて行った。
そんなときも150人を超えるダンサーズから雄叫びが起こったものだ。曲が変わった瞬間に「ワーッ!」という声が起こる。
それは、やっぱりいいセットのなせるところだ。
だが、曲によってはいつ変わったか分からないくらいによく似た曲をセットとして作ることもある。
これはこれで、演奏する側にとっては結構いい感じに乗ってくることがあるものだ。メロディの関連性などを重視することもよくある。
中には昔からこれの次はこれでしょ!みたいに決まっているものもあるので、そのあたりは常に古い録音に耳を傾けている必要がある。
それを知らずに、やれケルティックだ、アイリッシュだ、とやっていると完全に底の浅さが見えてしまう。
先日、高橋創君のお父さんと久しぶりにお会いした。創君の近況も含め、彼のリムリックでの苦労話もいっぱい聞かせてもらった。
特に印象に残っているのは、世界中からアイリッシュ・ミュージックを学ぶために来ている同年代の若者たちが、時間の許す限り古い録音に耳を傾け、彼ら自身の考え方と、先人たちが残してくれたものについて、また、外国人である彼らがなぜここまで来てこの音楽を学ぶのだろう、という悩みも含めて、一日中討論をしている、ということ。
とても興味深く、確かに僕がアメリカで持っていた悩みにも共通するところだったかもしれないからだ。
アンドリューのバンドの一員としてツアーに出ていたときも、また、ケビン・グラッキンに「アイルランド人にアイリッシュのギターを教えてやってくれ」と言われた時も、自分はアイルランド人ではないのに何故ここまで来てしまったのだろう、とよく悩んだものだ。
そんな時やっぱりパディー・キーナンとの出会いがなにかひとつヒントを与えてくれたのかも知れない。
古い古い録音で誰がどんなふうに演奏していたかをしっかりつかんでいたら、後は自分にしか出せない音を出したらいい。
ギタリストというのは、特にこの音楽では新しいものだし、一見トラッドという線からは少し離れているようだが、それだからこそ、いい加減ではいけないのだ。創君もそういう現場で切磋琢磨してこのたび立派に卒業することとなった。
今、かれは自分の音を創り出している。パディーにも「自分にしか出せない音を出すんだ」という助言をもらっていた。あれはもう、4年以上前のことになる。
トラッドを勉強し続けてきた彼も、自分の音を出すミュージシャンになってきたのだ。
まずは卒業おめでとう。先にこれを言わなくちゃいけなかったのに。
アイリッシュ・ミュージックは非常に可能性のある音楽かもしれない。かっこよくすればいくらでもかっこよくなる。取りあえず「恰好」だけは。
僕がかたくなにレパートリーにこだわるのは「恰好だけ」になりたくないからだ。
しばらくアイルランドに行くのでこのコラムはお休みになってしまうかもしれないし、向うで書く時間を見つけることができれば書くかもしれない。
ひょっとしたら明日またとつぜん何か閃いて書くかもしれない。暑さのせいでもないだろうけど、何がなんだかよく分からなくなってきたのでこの辺で終わりにしよう、と思いつつ
とに角、Irish Musicその…は行き詰ったわけではない、ということを言っておこう。