ジョセフィンはクレアのアコーディオン奏者。小さな身体と子供っぽい顔つきで、クレアらしいリラックスした、とても純粋な音を奏でる人だ。
その日はマンドリンのデクラン・コリーと来ていた。デクランはリア・ルクラというバンドで素晴らしいプレイを聴かせてくれた。
そのリア・ルクラというバンドは、あまり知られていないが、94年頃から一時サン・フランシスコに滞在していたギタリストのジョン・ヒックスが作った若手の凄腕4人組みだった。
今日のラインアップはパディ・オブライエン バンド、ケヴィン・グラケン・トリオ、アンドリュー・マクナマラと僕、そしてジョセフィンとデクランだ。
アンドリューと僕のステージを見ていたジョセフィンとデクランが、本当は二人でやるつもりだったけど、どうしても僕に加わって欲しい、と言ってきた。
勿論、他の例にもれず、リハなんて無しだ。
何も知らずにステージにあがるの、ということには相当な勇気がいる。いや、勇気だけではやっていけない。
慎重に彼らの織りなすアンサンブルと、ひとりひとりが出す音を聴きながら、一番いい伴奏をするにはどうしたらよいかを瞬時に判断しなければならない。
とてもいい音楽だ。ジョセフィンもデクランもにっこり微笑んで楽しんでいる。
そして、それをじっと見ていたひとりの男がいた。
ケヴィン・グラケンだ。彼らのトリオにはギターがいなかった。フィドル、フルート、そしてイーリアン・パイプス。
ジョセフィンとデクランとのステージが終えると、今度はそのケヴィン・グラケンが近寄ってきた。
「俺達ギタリストが必要だったんだ。君のプレイは最高だ!やってくれるか?」
このバンドに関しては全く情報がないし、ケヴィンがあのパディ・グラケンの弟であることすら知らなかった。
しばらくしてからも、息子だと思っていた僕にトニー・マクマホンが、「今度パディに会ったら言っとくよ。あいつがっかりするぞ」と笑いながら言っていたっけ。
なにはともあれ、もう度胸をきめていくしかない。
演奏は限りなく早い。3人とも凄腕だ。
フルートの若者がポルカを始める。これまためちゃくちゃに速い。聴いたことが無い曲だが大体分かる。3パート目は無い。2パートでキーはGだ。2パート目もGスタートだ。これだけ分かれば充分だ。
2パート目のメロディに対しては、1パート目ほど強く出ないほうが良い。Cコードを使うとき最初はEベースにしたほうが良さそうだ。少なくとも一回り目は…などということを考えながら全ての音に神経を注いでゆく。
曲が終わると彼が驚いた顔をして興奮しながら言った。「今の曲、知っていたのか?」
「いや、聴いたことない」
「そうだろうな。つい最近俺がつくった曲だ。でもどうしてそんなに合わせられるんだ?」
僕は答えた。「勘だよ」
ケヴィンのソロは名曲、ジェニーズ・ウエルカム・トゥ・チャーリー。ここでも白熱したバトルが繰り広げられ、終了直後彼はこう言った。
「じゅんじ。是非アイルランド人にアイリッシュミュージックのギターというものはこう弾くべきだ、ということを教えてやってくれ」
又、ステージから降りた彼らとの会話からも、本当の意味でこの音楽を心から愛している若者の姿をみてとることが出来た。
「あの曲な。最初の2小節、古い録音、たしか30年代初め頃のやつだけど、こんなふうにやってるんだ。………なかなかいいよな。理にかなった音使いだ」
ギネス片手に熱弁を繰り広げる3人。
こんなに若い子たちも先人達のプレイに注意深く耳を傾け、限りなく敬意を示し、決して彼らの思いをおろそかにすることはない。