トミー・ピープルス

トミー・ピープルスが西海岸にやって来る。それは本当に久しぶりのことで、この音楽のファンにとっては長い間待ち焦がれていたものだ。

 パブのオーナーからの電話で僕がギターを弾くことになった。ふたりだけで、3時間近く演奏しなくてはならない。

とうとう自分もここまできてしまった、という感覚にしばし体の震えが止まらなかった。

なんといってもあの“トミー・ピープルス”だ。

椅子は50ほどしかないパブでも、大物がくるとわんさと人が訪れ、立ち見でいっぱいになる。

 ステージの脇までびっしりと人で埋め尽くされる。今日もそうだ。

決して、トミー・ピープルス個人の熱烈なるファンでなくとも、この現存する伝説のフィドラーの演奏を生で聴くために、定員をはるかに超えた多くの人がここに集まってきている。

本番ちょっと前に来たトミーと軽く挨拶を交わす。

「君のことは沢山の人から聞いている。今日はよろしく」と差しのべた手が小刻みに震えている。

 歳は僕より少しだけ上だったはずだが、実際よりは随分上に見える。

とてもナーバスな人だということは聞いていた。煙草を一時も離さない。火が消えるとすぐ次の一本に火を点ける。

バーはもう随分前から禁煙になっているが、ステージの裏、小さなスペースでこっそりと。しかし煙と香りは隠しようがない。だが、勿論、天下のトミー・ピープルスに対して煙草はやめたほうがいい、なんて諭す人はいない。ひっきりなしに火をつけている。

そして、煙草を持つ手も小刻みに震えている。

「トミー、9時まわったけどやるか」

静かに腕時計を見つめるトミー。

「よし。いこう。頼むぞ」煙草を捨てるとそのまま靴で踏みつぶす。

二人でステージに上がると、割れんばかりの拍手が起こる。人々の目の輝きが異常に感じるほどの視線を受ける。もうすでに座っていられなくなった人もいるようだ。

そんな中、ちょっとだけチューニングをして何も喋らずに1曲目に入る。

「Oak Tree」だったと記憶しているが、その身体から沸いて来るリズム感がたまらなく心地よい。

手はまだ震えている。が、出てくる音は間違いなくトミー・ピープルスそのものだ。次から次ぎへと繰り出されるジグ、リール、ホーンパイプ、そしてエアー。

「Hector the Hero」では突然僕にギターソロも要求してくる。こんなこともよくあることだ。

後に聞いた話だが、彼自身、これだけ多くの人の前で演奏するのは久しぶりのことらしい。 それだけに過剰なくらいナーバスになっていたのだろう。

確かに音程は少し不安定だが、その打ち出してくるリズムに於いては、彼でしかあり得ない醍醐味に満ち溢れていた。現存する伝説との3時間。人生の中で忘れられないひとコマになるだろう。

トミー・ピープルスとの演奏はこの時1回限りだったが、それから10年も経った2011年の夏、思わぬ再会をすることになった。それについては別なコラムで書くことにしよう。