マーティン・ヘイズ

何度も共演したが、いつでも思うことは、やはり人類史上最高のアイリッシュ・フィドラーのひとり、いやヴァイオリン弾きとしてもそう言える人ではないか、ということ。

初めて彼のプレイに接したのは、まだ日本では殆ど知られていなかった92~93年頃。

その圧倒的な演奏を目の当たりにした僕は、日本の某プロモーターに電話し、どうしても彼を連れていきたいが…と迫ったところ、まだ知名度が少ないから無理だ、と断られてしまった。

そんなこともありましたが、なにはともあれ、実際に彼とステージに上がって演奏すると、更にその感性に驚かされる。

チューニングですら人々の心を捉えてしまうのだ。

コンサートが始まる前に、二人でピザを食べながら軽く打ち合わせをする。その時僕はこういった。

「ひとつお願いがあるんだけど。20分も30分も連続して弾かないで欲しいんだ。神経が持たないかもしれない」

彼は「大丈夫だよ、じゅんじ。気楽にいこうぜ」

チューニングだけで水を打ったように静まり返った会場。そのまま弾き始めると心配通り、のっけから25分のメドレー。

Farewell to Erinでは僕のあおりも手伝ってか、少なくとも5回は繰り返す。

近づいてくる。

彼の狂気とも言える音、形相が徐々に近づいてくるのだ。髪を振り乱し、空を見上げ、眼はうつろになっている。

セットが終わると肩で大きく息をする。2~3相談してまた次のセットへ。

3時間にも及ぶ彼との二人だけの演奏は、その感性の全てを受け止め、自分のアンテナを最大限に張り、その上に、そちらがそう来るのならこちらはこういくぞ!という勢いでやっていかなければ到底心と体が持たない。

しかし、ステージを降りると普通の人間に戻る。

舞台裏でお金を数え、そのギャラの半分を分けてくれる。そんなにもらえないよ、と言うと、「いや、半分ずつだ。君のプレイは充分それに値する。君と僕とは五分五分だ」

素晴らしい音楽家であり、芸術家であり、そして素晴らしい人間であるマーティン・ヘイズはこれからもその魅力溢れる演奏で世界中の人々を沸かせることだろう。

コンサートの後のパーティでテナーバンジョーを弾いた。

若いころ、タラ・ケイリ・バンドではバンジョーを弾いていたという話は聞いたことがあるが、実際にはその姿を見たことはなかった。

そして、そのバンジョープレイも…言うまでもないだろう。

 

追加

マーティンを初めて聴いたときのギタリストはランダル・ベイズだった。今ではほとんどの人がデニス・カヒルとのデュオでしか聴いた(見た)ことがないだろう。

デニスもいいギタリストだ。ふたりで始めた当初、正直言ってここまでくるとは思えなかった。

それというのも、ランダルのギタープレイがあまりに美しかったからだ。

しかし、意外と彼のギタープレイに注目するひとが少ないのには驚きだ。

彼は素晴らしいフィドルアルバムをリリースしているが、そのなかでもハートウォーミングなギターを聴かせてくれる。

もし、アイリッシュ・ミュージックを演奏するのなら、今一度マーティンの最初のアルバムを聴いてほしい。

そして、初期のマーティンの感性にどのようにランダルのギタープレイが絡み合っているかを、音楽の美しさをじっくり感じてほしい。