写真を持って空港へ。初対面なので、勿論向こうは僕の顔は知らないはずだ。
トニー・マクマホンのように名指しで連絡してきた場合と違い、こちらのパブで指名されたケースだ。
パブのオーナーがくれた、立派な黒々としたひげをたくわえた彼の写真は、恐らく20年くらい前のものであろう。
降りてくる人のなかにそれらしい人が見当たらない。僕は写真を胸の位置まで上げて四方を見渡した。
するとひとりの男が「君はじゅんじか?」と訊いてきた。
みると、写真とは似ても似つかない、さっぱりとひげを剃り落とした、そう、ちょうど
エリック・クラプトンの髭ありと髭なしくらいの違い。これじゃわからない。
「君の噂は聞いているよ。アイルランドではギタリストの代名詞だ」
彼を車に乗せていざ出発。すると開口一番。「ニッケイヘイキンはどうなってる?」
どうやら株などに相当興味があるようだ。
そういえば、アポロが初めて月に着陸した時の宇宙飛行士たちは盛んに株がどうなっているかNASAに問いかけていたそうだ。
僕にはさっぱりわからない。
兎に角そのまま地元のラジオ局へ。パブのオーナーがセットした番組で15分ほど演奏するのだ。
ノエル・ヒルだ。間違いなくノエル・ヒルのクリアーな音がコンサルティーナからこぼれてくる。
あの、トニー・マクマホンとのCDの演奏で聴いて身震いした時のノエル・ヒルと同じ音だ。
スタジオが一瞬にしてアイルランドの景色になるような、強烈な、そして繊細な音が響き渡る。そこにギターを絡める。
出演が終わると「よし。大丈夫だ。じゃぁ疲れているから少し寝るよ。夜9時にパブで会おう」
これから3時間ほどのステージで一体何曲とびだすのか分からないが、こうなったらきっちりやってやる自信はある。
夜9時。
パブには、久しぶりに姿を見せるノエル・ヒルを聴くために、多くの人が今か今かと待ち構えている。
まず、軽いリールからスタート。いかにもクレアーのミュージシャンらしく、軽やかにリラックスした演奏を繰り広げるが、セットが進んでくるに従い、白熱してぐいぐい押してくる。
相手に不足はない、とみたミュージシャンはこちらがのせれば、とことんそれに応えてくれる。
これはトニー・マクマホンしかり、マーティン・ヘイズもパディ・キーナンも、みんな同じだ。
それこそライブの醍醐味なのだ。
僕の大好きなMoving Cloudでも見事なリックを爆発させる。
典型的なクレアスタイルであると同時に、音楽というものを、そして、プロである自分の音楽家としての存在を熟知している人だ。
3時間近くに及ぶ演奏は、ギネスを飲むために立ち寄り、偶然僕らの音楽に遭遇した人達も熱狂の渦に巻き込んだ。
あれから10年。
シェーマス・ベグリーの娘さんの誕生パーティで、ブレンダン・ベグリーと大騒ぎしていたとき、電話が鳴った。夜中の2時ころだ。
シェーマスが言った。
「ノエルだ。じゅんじと話したがっている」
出ると彼が言った。
「又、君とやりたい」
近いうちに彼を訪ねてみよう。