John Prineの訃報はアイルランドの人達の間でもかなり取り上げられたが、それはこのコロナによるものだったこともあるのかもしれない。
やはり健康面では以前からいろいろあったようだ。絶対に感染してはいけない人だったのだろう。
いや、想い出したが、キンバラのパブに行った時に彼の写真だったかポスターだったかを見つけたことがあった。へ~意外な処で繋がりがあるんだなぁ、とその時は思ったが、どうやらキンバラの近くに家があったようだ。なんでもド二ゴールの女性と結婚してキンバラ近辺に住んでいた、という話だった。
なぜタイトルにSeldom Sceneがあるのかというと、彼らが取り上げていたParadiseという曲がとても印象深かったことにある。
もちろんNanci Griffithが歌っていたSpeed of the Sound of Lonelinessもいい曲だったが、Seldom Sceneとはアレキサンドリアのバーチメアで演奏したことがあったので何となくJohn Prine繋がりで僕の中では近い存在だ。
当時、大塚章さんのバンドGrazz Matazzで一緒に演奏させてもらい、バーチメアにはよく出演していた。
そんな一環として大塚さんが彼等と一緒に演奏する機会を与えてくれたのだ。
ベン・エルドリッジのバンジョーを借りると、ストラップが長すぎて、僕が「パンクグラス」と云うとジョン・ダッフィーがそれをすぐに真似していた。
John Prineについてはあまり深く知らないがSteve Goodmanも結構好きだったので彼とのつながりで知るようになったくらいだ。
シカゴの寒い日に郵便局勤めだった彼と郵便ポストを雪よけにしてギターを弾いて歌った、なんて都市伝説のような話もあるようだ。
John Prine からの脱線ついでに言うと、今回のウイルスは日本でも志村けんという、僕が思うに時が時ならば国葬級のことをしなければならない人まで奪ってしまった。
僕が大学時代のこと。友人の一人が専門学校を中退してコメディアンになりたい、と相談を持ち掛けてきたが、僕は考え直した方がいい、と伝えた。
結局、彼はその日の面接をドタキャンしてその道に進まなかったのだが、その少し後に志村けんが現れた。友人と云うのはちょっと志村けんに似ていたのだ。僕は一瞬、あれっと思ったことがある。なので、それだけの事だがとても他人とは思えないのだ。
志村けんにしてもJohn Prineにしても個人的に繋がりは無いし、特別フォローしてきた存在でもないが、有り余る才能の持ち主であったことは間違いない。
まとまりのない文章でSeldom Sceneがどこかへ行ってしまったり、志村けんが突然出てきたりで、自分でもよく分からないが、それと同様、世の中が混乱していることは確かだ。
この際、時間もあることだし、今一度彼の歌を聴きなおしてみよう。