2011年 アイルランドの旅 ~ゴールウェイ その5~

ゴールウェイ最後の日。ここからはもう日本に帰る日がせまってきている。ダブリンに寄るがあの町にはそんなに魅力を感じていない。

ニュー・ヨークほどエキサイティングな印象もないし、いうなればロス・アンジェルスみたいなものかな。

これも人によって違うから、ただ単に僕にとって、というだけで、本当は知らずして面白いことが沢山あるのかもしれない。

なんか食べよう、と歩いていると、いつも見かける小さな店だが“世界でいちばん美味しいフィッシュ・アンド・チップス”みたいな大それたふれこみのファスト・フード店が、今日は珍しく空いていた。

暫く考えて、やっぱり一応食べておこうかという話になりオーダーすることにした。ま、期待はしていないが、バスキングで多少余裕もあるし。

はっきりいって、どこにでもあるフィッシュ・アンド・チップスだ。こんなもので晩ごはんになってしまうのだから不思議だ。

やっぱり日本人は大したものだ。暑くなれば素麺が食べたくなり、寒くなれば鍋をつつきたくなる。

春夏秋冬、それぞれに美味しいものを味わう楽しみを知っている。年がら年中ハンバーガーやホット・ドッグ、フィッシュ・アンド・チップスとはわけが違う。

そんなことを言いながらもすべてたいらげてしまうから困ったものだ。

さて、今晩は特に目的はないが、“チコリ”に行ってみよう。

もうセッションは始まっている。バンジョーとブズーキがいた。入っていいか?と訊くと、勿論、という返事がかえってきた。

バンジョーの女性がメインらしく「メアリーよ」とフレンドリーに挨拶してくれた。誰かに似ている。バンジョー弾きで、かなりの腕前で、メアリーで…「ひょっとしてあなた、メアリー・シャノン?」

超絶アコーディオン弾きのシャロン・シャノンの妹、メアリーではないか。

アイリッシュでは比較的珍しい、ギブソン・バンジョーがご機嫌な音色でリズムをたたきだす。

因みにアイリッシュのバンジョーで有名なメーカーは“パラゴン”だろうか。ほかにも戦前の“パラマウント”あたりか。最近は“クラリーン”や“デヴィッド・ボイル”などといったいいバンジョーが作られている。

ギブソンは、ブルーグラス界では100パーセントに近い人が憧れるものだが、アイリッシュではそれだけでトレードマークになりそうだ。

ともあれ、メアリーはえらく僕らの演奏を気に入ってくれて、「この次、別な店でやるけどあなた達も来るでしょ?」と念を押す。

次までには1時間ほどあるし、その間に腹ごしらえして是非行かせてもらおう。またまたメキシカンで勢いを付けて次なるパブへ。

割と狭い所にひしめき合ってギネスを飲むアイルランド人の顔と顔。メアリーが「あっ、来た、来た」という感じで僕らを呼び入れる。

「紹介するわね。コーラ・スミス」

会うのは初めてだが、知っている。僕がむかしよく一緒にやった、ブリーダ・スミスの妹さんだ。更に言えば“ルナサ”のショーン・スミスはお兄ちゃん。みんなお医者さんでプロのフィドラーときている。

「この人達、さっきそこで会って連れてきたの」とにこにこしてコーラに説明している横顔は、双子といっても過言ではないくらいシャロン・シャノンにそっくりだ。

他にも狭い所に10人程のミュージシャンがひしめき合う中、セッションがスタートした。

やっぱりこの町も凄い。たかだかセッションだが、みな真剣だ。そうして真剣に伝承音楽を繰り返し繰り返し練習することが当たり前のことになっている。

うわべだけをすくいとって、これがアイルランド音楽だ、と称して口先だけでものをいうのとは訳が違う。

僕らも、もっともっと研究しなくては。

メアリーが言った「ねぇ、さっきのパブでやった“ディ・ダナン”のあれやってよ」あれだ。“Jewish Reel”

こんなものをフィドルとギターだけで聴いたのは初めてなんだろう。おもむろに弾き始めると、ふたりのおばちゃん、もしかしたらまだ40代前半かもしれないが。しっかりした体格のふたりが踊り出した。

あきれるくらい上手い。飛び跳ね、床を踏みならす。僕の足元も激しく揺れている。踊りは更に白熱していく。

2曲目に入り、キーをDに転調した瞬間に周りの人からも、踊っているおばちゃんたちからも歓喜の叫び声が起こる。

そしてエンディングだ。僕も、お・わ・り、とわかりやすいリズムで合図する。ぴったりだ。最後の音と同時に着地したおばちゃん達はほんとうにいい顔をしていた。

あのダンスは凄かったが、もしあれがアマチュアレベルだとしたら、“リバー・ダンス”や“ロード・オブ・ザ・ダンス”に出ているダンサーズはやはり、世界を巻き込むほどの存在感を持っているのだろう。

それにしても、あのふたりの強烈なステップ音はいまでも覚えている。

ゴールウェイ最後の夜にふさわしいセッションだった。