トイレットペーパー

また無くなるかもしれない。

アメリカがイランを攻撃した。

これは、いくらその筋の学者やコメンテーターが日本の常識を語っても、国連安保理などがテーブル上で言葉を吐いても何の意味もない。

僕にとって、あのジェイミー・フォックスの映画のラストシーンは強烈に残っているが、全くその通りである。

トイレットペーパーが無くなるかも…なんて言っている自分が情けない。

いつミサイルが直撃するか分からないほうが、トイレットペーパーよりも恐怖だ。

話は変わるが、先日スーパーで備蓄米が山積みになっていて、聞いた話では一日に、いや、午前中に400袋も売り切ってしまったそうだ。

レジの子が「腰が痛いよ。明日は200袋来るんだって」と言っていたが、その200も午前中にあっという間に売り切ってしまったようだ。

その次の日も、次の日も…。

でも、見たところ、この界隈に住む外国人がほとんど。

店の前が黒山の人だかり(ブラックマウンテンラグ)と化して、続々と待ち合わせた人が現れ、山のように買っていく。

このスーパー、肉が売り物で「肉の〇〇〇〇」というが、既に「米の〇〇〇〇」と言っても過言ではない。

しかし不思議なのは、この備蓄米、かなり安かったのに、日本人で買っていく人はあまりいない。安かったから?

近所で銘柄米が、それでも今までよりは安いようだったが、この備蓄米の倍ほどの値段で売っている。そして、日本人はそちらに行くようだ。

今は「米の〇〇〇〇」も落ち着いて平和が戻ったようだが、今度は「紙の〇〇〇〇」になるかもしれない。

トイレットペーパーは多少品質が落ちても、日本人は買うだろう。

いや、結論(けつろん)としてはここでも品質に関して…あ、あらぬ方向に向かいそうなのでここらで。

しかし、平和ほど尊いものはない。