8月9日(木)晴。アンドリューと会うまで時間つぶし。カスティーズに行ったり、ちょっとした昼御飯を食べたりしている間に時間も経ってアンドリューが来てくれた。
また1年ぶりのタラ、アンドリューの家に着いた。
いつもいつも、ここから始まったことを思い出す。
少し歩いていたらケイト・パーセル(よく一緒になったシンガー)が車から出て来て「ハイ、ジュンジ」と言って、足早に去って行った。タラに僕らがいても全然当たり前の光景のようだ。
そして一路フィークルへ。
アンドリューは彼のグループBoruma Trioでの演奏があり、僕らはコンサーティナ奏者のTony O’Conellとのセッションホストの仕事に出かけた。
初めて会うプレイヤーだったが度肝を抜かれた。こんな人、沢山いるのかもしれない、なんていうことは十分わかっていても、それでも興奮させられてしまう。
様々な曲の成り立ちや奥にあるストーリーもさすがによく知っている。生半可な知識では到底こう人の相手はできない。
楽曲のバージョンもよく似ていて、しかもハーモニー感覚にもかなり優れているので、こういう人との音作りは非常に面白い。
彼にとっても僕らは初めてだったが、えらく気に入ってくれて、家に来い来いと誘われたので、また機会をみて訪れてみようかな、と思っている。
また、最初から参加していたフランス人の若者(パイプスを演奏するマックス君)が本当に良く曲を知っていて、また巧かったのでそちらもびっくり。
ここでいろんな人のプレイを目の当たりにすると、とても日本で他人にこの音楽を教えるなんていうことはできないと感じる。
帰りはそのフランス人の若者、マックスと一緒にアンドリューの家に戻った。アンドリューはどうやらフィークルにステイして明日の朝に戻って来るはずだ。そしてマックスはそのままエニスに帰って行った。6時に起きてゴールウエイに仕事で出かけるそうだ。
時間は午前2時。すごく寒い。
8月10日(金)晴。昨日もそうだったが決して安心できない。いつ雨が降って来るかわからないし、その雨はずっと降り続くのか、すぐ止むのか、難しいところだ。
今は午前10時。トニー・マクマホンのラスト・レコーディングを聴いている。ここで聴けて本当に良かった、というのが素直な感想だ。
これを言ってしまうと良くないかもしれないが、少なくとも僕にとってはこれはどこで聴くよりも、この僕にとってのアイルランド音楽のスタート地点で聴いていることに価値を感じてしまうのだ。
今のところ天気は持ちそうなので少し散歩でもしてみよう。その前に腹ごしらえといきたいところだが、彼はハムサンドくらいしか食べないので冷蔵庫にはそのためのハムとチーズしかないので僕らもハムサンドを食べる。
11時頃アンドリューがゾンビのような顔をして戻って来て、2時に起こしてくれ、と言って自分の部屋に行った。
僕らは近所を散歩して、フランのお墓参りをして、スーパーで買い物をした。昔からある、村で唯一の小さなスーパーマーケットだ。
希花さんがクロワッサンを買おうと思い、棚の一番奥のクロワッサンを取ろうと、トングを持ったら、それがくくりつけてあって、そこには届かない。2つもトングがあるのにどちらもどうにも届かない。
いかにもアイルランド人のやりそうなことだ。大笑いしてしまった。
3時過ぎからアイリーン・オブライエンのCDラウンチがあるのでアンドリューと一緒に出かけた。
そこで彼女の父親であるパディ・オブライエンの昔の写真やTV出演の映像、家族での話、もちろん当時の演奏も聴けるなど、とても貴重な経験をした。
パディ・オブライエン(ティペラリー)はアイリッシュ・ミュージックにおける最重要人物の一人だ。
そんな中アイリーンが僕らを見つけて「ジュンジ、マレカ、楽器持ってるか?」と訊いたが、僕らはとりあえず楽器は持たずに出たので「持って来てない」と伝えたが、正直、持っていなくて良かったような気がする。
どこか痴がましい感じがしたからだ。
ただ、この音楽の聖地で歴史的重要人物の直系にそう言ってもらえるのはありがたいことだ。
夜はアンドリューのセッションに一緒に出かけた。
ピート・クインは僕とよく似た感覚を持つピアニストでお互いニンマリしっぱなし。
奥さんのカレン・ライアンもすごくいいフィドラー。そこにアイリーン・オブライエンも加わって一大セッション。
これだけの面子が揃うと興奮しない人はいない。多くの人が踊り出してパブは大賑わい。
帰って来たのはもう4時半。6時間以上もやりっぱなしだった。
3人で大笑いしながら残り物を食べて寝た。なんと不健康な…。
8月11日(土)曇り。あんなに遅く寝たのにどうしても8時頃には目が覚めてしまう。それでも3時間くらいは熟睡したのかな。
昼から風が吹いて雨も降って来た。
今日はまたフィークルでのセッションホストの仕事。二人だけのラインアップだが、もう一人誰か連れて来ていい、と言われているので、
色々考えた結果、その時ちょうど体が空いているジェリー・ハリントン(フィドル)に頼んだ。
ジェリーとは僕はカリフォルニアで出会っているし、希花にもドゥーランで紹介しているし、フィークルでもなんども一緒に演奏している。2人で手分けして色々探し回って、後5分で始めなきゃ、と思っていたら、希花が嬉々としてジェリーを連れて来た。
イーストクレアの音楽を求めて集まる人がセッションに来て、日本人二人がホストじゃぁちょっとこちらも気兼ねするので、ジェリーのような人気のあるフィドラーでアイルランド人がいれば僕らも助かる。
バーは一杯の人で盛り上がって、ぞろぞろとミュージシャンも集まって来た。
あまり知らないのにずっといい加減に弾き続けている人が2人いた。それでもやめろとはなかなか言えない。
聴かないようにして弾くのは難しいはずなのに、聴かないでいとも簡単に全然違うものを弾いている人の気が知れない。
とにかく、セッションホストの仕事を得るのはありがたいことだが、大変なことでもある。
そんな意味でもアイルランド人が一人いると楽かも知れない。彼ら、マイペースなので。
終わった後、さぁ帰ろうかと思っていたらシェーマス・ベグリーにつかまった。
彼が嬉しそうに僕らを呼んで、例のごとく爆発して(今回は少し大人しかったかも知れないが)最後に「上を向いて歩こう」を弾き始めた。彼のおはこだ。
「唄え、唄え」と促すが、思えばすでに12日になっている。御巣鷹山の日…。もちろん彼は知らなかったと思うが、それだけに偶然にもほどがある。
結局、戻ったのはまた3時半頃になってしまった。
8月12日(日)晴れ。こういう日こそ後から土砂降りの危険性があるが、どうだろうか。
本当は今日フィークルを出て、タラに別れを告げ、ゴールウェイに行く予定だったが、アンドリューがもう一晩いろよ、と言ってくれたので、そうすることにした。
アンドリューのお母ちゃんのお墓にもお参りして来た。
フェスティバルは今日が一応のフィナーレ。明日も小さな、いわゆる後夜祭みたいなものはあるのだが、今晩タラ・ケイリ・バンドの演奏とダンスがあって、それが最終みたいなものになる。そして、時を同じくしてアンドリューがホストのセッションがある。アンドリューはそれに誘いたいらしい。
僕らもどうしても去らなくてはならない、ということでもないので、そうさせてもらうことにした。
昼頃、呑んだくれてそのままフィークルで沈没したアンドリューが戻って来て「アコーディオン、パブに置いて来ちゃった」と言っている。そしてそのまま寝た。
僕らはこの村になぜかずっと前からある、チャイニーズをテイクアウトして来て食べた。
味は結構美味しいと思うが、この小さな村で、一体どれほどの人がどれくらいの割合で、このレストランに来るのだろう。僕が初めてここに来た時はなかったような記憶があるが、少なくとも10年くらいは存続している。
オーナーが変わったのも知っている。ちょうどフランのパブの向かい側だ。
彼も行ったことはある、と言っていたが、特にまた行くとも言っていなかった。寿司はどうだ、と訊いたら「とんでもない。生の魚なんて!」と言ってげんなりしていたものだ。
さて、夜になってフィークル3日目。
アンドリュー大爆発。オーディエンスも大爆発。歌えや踊れやの大爆発。もうみんなとどまるところを知らない。みんな酔っ払い。
終わっても外で演奏を始める。
結局帰って来たのはまたしても4時半。今日は1日いい天気だった。もうすぐ夜が明ける。
8月13日(月)曇り。朝の間に雨が降っていたようだが、隣の洗濯物は昨日のままだ。裏庭を猫がウロウロしている。雲の間に少しだけ青空も見えている。鳥の囀りが聞こえる。
いつもと変わらない朝が始まったようだ。というか、もう昼だ。
今日はこれからゴールウェイに向かう。
エニスまでアンドリューの友人のマリア・エスタが送ってくれて、僕らは電車でゴールウェイに向かった。
ゴールウェイに着くとタラとは全く違って、人の波に流されるようだ。
久しぶりに「和カフェ」の芳美さんを訪ねる。
もうすっかりゴールウェイの肝っ玉姉さんと行ったところだ。
「和カフェ」でしばらくお話していると、日本人の若者が入って来た。なんか「見つけた!」という感じでニコニコして入って来た。
その若者は、どこか人当たりの良さそうないい感じの雰囲気を持った、他人とのコミニュケーションがきちんと取れそうな子だったので、ちょっと話をしている間にすっかり打ち解けてしまった。
エド・シーランに憧れてアイルランドに来てしまった、という埼玉の川口からの「たくと君」2日ほど前に着いたそうだ。
彼と芳美さんとの4人で飲みに行って、そのままアコーディオンのアンダースのやっているチ・コリに行ってみたら「楽器は?」と言われ、思わず取りに戻ってしまう。
結局、12時半頃まで、たくと君も芳美さんも音楽を楽しんでくれたみたいで、いい出会いに感謝せざるを得ない。
たくと君にとっても人づてに聞いた「和カフェ」に立ち寄ったことは、きっとのっけから何か違う旅を経験したことになるだろう。