2011年 アイルランドの旅~カウンティ ケリー その3~

さあ、今日はディングルまで行ってバスキングをしてみよう。最初の日に寄った楽器屋のおやじに、いい場所がないか訊いてみてもいいし。

 朝食は庭でとれた野菜と、パンとコーヒーで充分。ここには24時間おなかを空かせたカフードがいるので、食べ物はなんでも揃っている。

それに、ブレンダンは日本食にとても興味があるので、有難いことに米や醤油、インスタントの味噌汁までおいてある。

アン・ボハーまで歩いて10分もかからない。そこまで行って誰かディングルまで行く人を探せばいい。地元の見ず知らずの人とそんな風に交流できることはとても価値のあることだ。

こんな人里離れた昼のパブでも、大抵2~3人は飲んでる人がいる。そのうちの一人くらいはディングルに行くだろう。

カウンターで飲んでいた30代前半くらいの男が、あと5分くらいでビールを飲み干すので、待っていてくれたらディングルまで一緒に行こう、と言ってくれた。

元々アルコールには強いので、町に着くまでの間に消えてしまうのだろう。わざわざこの辺にやってくるパトカーなんていないし。

幸い都会(ダブリンだったか)の出の人だったので会話も容易かった。もしこれが、この辺から一歩も出たことのないおじいさんやおばあさんだったら、容易に会話は成立しない。

それにここはゲール語地域だ。普段の会話はほとんどがゲール語。ブレンダンとカフードの会話もゲール語だ。羊や牛もゲール語だろう。

ディングルに着いてお礼を言って別れた後、例のニック・ノルテの店に行ってみた。

まれかの方向音痴は筆舌に尽くしがたいものがある。僕もたいしていいほうではないが、いままでの60年間で、これほどの人に出会ったことは無い。

信用して付いていこうものなら、隣の駅にでも行けないかもしれない。南極に行くつもりが北極だった、というくらいの見事さだ。

てなわけで、僕の記憶を頼りに店を探す。すぐに見つかるとまれかが言う「すごーい」           こんなに行をさくほどのことではない。目の前にみえていたくらいのものだから。

店は相変わらず観光客でにぎわっていた。

ニック・ノルテがアコーディオンを持ったままうろうろしている。そして、驚いたことにごく普通に客と会話をしながら、ごく普通にアコーディオンを弾いている。

とんでもなく上手いわけではないが、あんなふうに日常の動作と共に間違えることもなく普通に弾ける、ということはやはりすごい。

ほどなく、おやじは僕らを見つけて、ここに椅子を並べるから君たち演奏してくれ。俺もあとで加わるから。なんてまた弾きながら言っている。

前に“本当はギタリストになりたかったけど、駄目だったんです。わたし、喋りながらでないと弾けないんです”といって笑いを取っていたギター漫談の人がいたけど…。

僕らが演奏をはじめると、お客さんがものめずらしそうに集まってきた。口々に「すごい。親子だな。いや、おじいちゃんと孫だろう」

やがてニック・ノルテも椅子を持ってやってきた。演奏は更に白熱してきた。これだからアイルランドは面白い。

彼が言った。「今晩もし暇だったら、すぐそこのパブでシンガーといっしょにやってくれないか?勿論ギャラは払うし、ちゃんとしたプレイヤーだ」

特に予定はなかったので取りあえず仕事は受けた。そして、まだ始まるまで随分時間があるので、どこかバスキングするのにいい場所はないか、と尋ねたところ、店の前、通り沿いでやったらどうだ、と言ってくれた。

おじさん、ちゃっかり店の宣伝用フライヤーを持ってきてフィドルケースに入れた。

1時間ほどやると、やっぱり晩ごはんに充分なくらいの稼ぎにはなる。バスキングは観光地に限る。

そういえば、バンジョーのチューニングをしているだけの小学生の男の子が小遣い稼ぎをしているのをこの辺で見たことがある。 大人ではそういうわけにはいかないだろうが。

時間になったので、指定された場所に行った。

かなりおおきなパブにいっぱい地元の人から観光客まで、そしてシンガーも人気があるらしく、彼目当ての人達も来ている。

彼の名はショーン。名字までは訊かなかったが、歌は、よくある観光客用アイリッシュ・ドリンキング・ソングから、60年代、70年代のフォーク・ミュージックなど、そしてインストではバンジョーも弾くらしい。

サイモンとガーファンクルの“ボクサー”では、Lie-la-laの部分を何故か、にゃーにゃにゃと歌って、シングアウトをしていた。

お客さんも大きな声でにゃーにゃにゃと歌い、猫好きのまれかは、にゃーにゃにゃだって!と、きゃっきゃ喜ぶ。でもこの歌は知らないようだ。因みにショーンは僕と同じくらいだろう。

バンジョーは、メロディーを随分くずして弾くので、こちらとしては途中でなにを弾いているのかわからなくなるが、そんなに悪くはない。

2時間ほど一緒に演奏して、夜中にブレンダンの家に戻ると、カフードが、がっつり夜食を食べていた。

僕らもすこし食べて長い一日を終えることにした。

アイルランドに来て5日が過ぎたが、毎日いろんな形で音楽を体験している。それに、音楽を奏でる上でなにが大切なのか、特に僕らが愛してやまないこの、アイリッシュ・ミュージックとはどういうものか、ということを心から感じることが出来る。

それというのも、ブレンダンのような高名なミュージシャンが、快くステージに誘ってくれたりして、ショーとしてのアイリッシュ・ミュージックと、骨太のトラッド・アイリッシュ・ミュージックの両方を体験させてくれるからだろう。

明日はまたパブでブレンダン、カフードと一緒に演奏だ。どうやら2か所のサーキットらしい。