2011年 アイルランドの旅 ~ドゥーラン その1~ 

この地をアイリッシュ・ミュージックに於ける聖地のひとつに挙げる人は、世界中に数多く存在する。

この小さな町で(というか、村落とでも言えそうなところ)毎夜音楽が演奏されている。それも上質なトラディショナル・アイリッシュ・ミュージックが。

今年ここを訪れた理由は、コンサルティーナ奏者のテリー・ビンガムに会うためだ。

彼とは随分前に、アンドリュー・マクナマラとのトリオで演奏しているが、彼をコンサルティーナの神、と崇める人も多くいる。

しかも今晩は、かの有名なるバンジョー弾きであるケヴィン・グリフィンと一緒だというからとても楽しみである。

ケヴィンはこの辺りでよく演奏しているが、いままで何故か会うことができなかった。彼のバンジョープレイからは派手ではないかもしれないが、実にツボを得た音使いと、バンジョーという楽器の格好よさを感じ取ることができる。

もうベテラン中のベテランだ。また、ふたりの組み合わせというのも長く続いている。そんなふたりの面白い話を聞いたことがある。

ある時、彼らがいつものように演奏をしていると、観光客風情の若者が彼らのテーブルに録音のための機械を置いた。そして、そのままバーカウンターへと去って行ってしまった。それを見たケヴィンが、その機械をテリーの飲んでいたギネスの中へポチャン!テリーは「俺のギネスだ。なにをするんだ!」と大笑い。

戻ってきた若者に対して、ケヴィンがひとこと。

「音楽をリスペクト出来ない奴は二度と来るな!」

ドゥーランにやって来る観光客のほとんどは、モハーの断崖を見て、その晩アイリッシュ・ミュージックを聴くためにやって来る。

他にもトレッキングや自転車旅行の学生たちも世界中、とくにヨーロッパ各地から多く訪れている。

そんな人達で、パブの中は国際色豊かだ。

テリーのプレイはどこまでもどこまでも滑らかだ。しかも、他のプレイヤーたちが使っているレギュラーサイズのものと違って、かなり小さい。

しかし、そこから飛び出してくる音は、シャープで深みがあり、その上信じられない程の音量がある。

なぜこの人、こんなに何食わぬ顔してスラスラと弾くことができるのだろう、と思うくらいだ。楽器も小さくて、何から、また、どこから音がでているのか、よく、注意深く見つめている人をみかける。

そんな流麗なコンサルティーナの音色と、たたみかけるようなバンジョーの組み合わせは、聴いていて実に小気味よい。

そこにまれかがフィドルで加われば、彼女にとってもいい経験になるに違いない。

テリーの奏でる音のひとつひとつ、そしてケヴィンの独特なインプロビゼイションに、ミュージシャンなら思わずにんまりしてしまうだろう。

いや、ミュージシャンでなくてもうきうきしてしまうこと、間違いなしだ。

この音を胸に抱いたまま今晩はよく寝て、明日また早起きしてこの辺りを散歩でもしてみよう。

きっと頭のなかには彼らの音が巡っているだろう。そして、それはまわりの景色と対のものであることを新たに認識することになるのだ。

 夜にはまたテリーがセッションに連れて行ってくれることになっている。