2011年 アイルランドの旅~ドゥーラン その2~

天気は上々だ。晴れ男としての面目は今のところ保たれている。とはいえ、ここは地の果てアルジェリア~…ではなく、アイルランドだ。山の天気のごとく変わりやすいのが常。

風も強く、肌寒いが、今ごろ日本ではみんな溶けているだろう。

 遠くにモハーの断崖が見える。高所恐怖症のまれかは近くで見たがらないのでここからでいいだろう。かく言う僕も無類の高所恐怖症である。3度ほど行ったことがあるがいつでもへっぴり腰だった。

 

そろそろ昼ごはんの時間だ。いつも思うが、もし人間が何も食べずに生きていけたらどんなに楽だろう。旅先の食べ物に悩むこともなくなるし、ひょっとしたらトイレに行く必要もなくなるかもしれない。でも、  友達や親せきが集まったりしたらなにをするんだろう。などというくだらないことをメニューを見ている時いつも考えてしまう。

20代は毎日ハンバーガーでも、どーってことなかったが、もうこの歳になると、いくらファンシーなフランス料理を出されても、最終的にはお茶漬けが食べたくなったりする。

しかし、日本人の味覚はたいしたものだ。アイルランドに来ると、よくこんなもの毎日食べていられるな、と思うが、アイルランド人に言わせれば、よく毎日醤油味のものなんか食べていられるな、というものだろう。そう言えばずっと前にあるアメリカ人が言っていた。日本人は醤油の匂いがするって。てやんでぇ―。でも醤油味のものが食べたい。もしここに醤油があったら飲んでしまうだろう。

うん。なんとなくギネスが醤油に見えてきた。

でもここは観光客も多い所なので、パブフードもなかなか美味しい。今日はパスタでも食べてみよう。

 夜。とはいっても9時くらいまでは明るいので、まだまだ一日が終わるという実感はない。特にミュージシャンにとってはこれからだ。

でもそれを聴きながら飲んでいる人にも、一日の仕事を終えて、人生の本当の楽しみは暗くなってから、なんていう雰囲気が漂っているのだ。

ミュージシャンは沢山集まっている。

フィドラーのフランシス・カスティーもいる。エニスの楽器屋さん“カスティーズ”の家族で音楽家一族だ。

ドイツから来ているパイプの父親とフィドルの娘という組み合わせもいる。かなり質の高いセッションだ。

よくテリーと一緒にやっているフィドラー、ジョンだと思ったけど。彼がDmのリール“Jug of Punch”を弾き始めた。いい感じだ。まれかがすかさず追う。3回繰り返してジョンがチラッとこっちを見た。そして、そのまま“Eddy Kelly”に突入。いつも僕らがやっているのと同じセットだ。

弾きながらまれかが訊く。「このセット有名?」僕が答える「必ずではないけど、このセットでやる人は多い」と僕も弾きながら答える。

スタンダードなセットあり、各個人が自慢のセットあり。セッションでは常に他の演奏者たちのセットに耳を傾け、あー、なるほどな、と思ったり、少々無理があるな、と思ったりと、勉強になることが多い。

セッションも決して遊びではない。ここでどれだけ真剣になれるかが、その人の演奏者としての将来に繋がるのだ。

今日はとてもいいセッションだ。

3時間ほどで終えてジョンやフランシス、そしてドイツからの親子にお礼を言ってテリーと共に帰路に就いた。

ちょっと小腹が空いたので、ファストフード店に寄ってもらった。テリーはこの時間あまり食べないようにしているようだ。

僕ひとりが中に入ると、老夫婦(といえども僕と同じくらいか)が「あっ、パブで演奏してたでしょ」と声をかけてきた。なんでも娘さんが“タラ・ケイリ・バンド”の一員だそうだ。

ファストフードとは言え、注文が結構溜まっていたようだ。随分待たされたが、その間車の中では、早口で訛りがきつくて話好きのテリーにまれかが冷や汗をかいていた。

テリーとは明日から行くフィークルのフェスティヴァルで、アンドリューと3人トリオの演奏が待っている。

久しぶりだ。

今夜もまた頭の中に音が一杯流れている。