高橋 創

もう随分前のことになる。当時、まだ中学生だったひとりの男の子が両親に連れられて、あるいは両親が連れられてきたのか、兎に角アイリッシュスタイルのギターを習いたい、という理由で僕の元を訪れた。

特に音楽教育を受けたわけでもないようだったが、少しの弾ける曲にもセンスを感じたものだ。例えば“Shetland Air”などを隣の部屋で弾いているのを聴くと、CDから流れてくる、僕が録音したものと少しも変わらない。

タイミングも音使いも緩急も、自分が弾いているのではないか、と思うくらいにほぼ完璧にコピーされていた。そんな風に弾けるということは、ただ単に耳がいい、というだけではなく、本人のセンスというものも多分にあるはずだ。

それらの音は、両親や彼の弟と同じく、大人しくてやさしい性格から来るものであることも間違いなかった。事実、大人しすぎる彼には、よくレッスン中に「生きてる?」って訊いたもんだ。すると、思いっきり小さな声で「はい」と答える。

でも、じっと真剣になにかをつかみ取ろうとする姿勢からは、やがてはとてもいいプレイヤーになるだろうことが容易に感じられた。

時は経ち、もう大学生になった彼と再会する機会に恵まれた。フルートの豊田耕三君が「今、最もホットなギター&バンジョー弾きは創くんかな」と、教えてくれたからだ。

再会を果たし、すぐに二人で演奏を始めた。注意深くひとつひとつの音に聴き入る彼の

姿は、以前と少しも変わっていなかった。

少しすると彼から、アイルランドの大学に行って、トラディショナルを勉強したい、という気持ちを打ち明けられた。

それには充分な頭脳と充分な音楽の実力とが備わっていた彼だったが、両親の手前上、あまり無責任なことは言えなかった。しかし大いに賛成だった。

かくして、両親も、本人も、またとても気づかいの細かい弟君(亘くん)も、かなりの葛藤はあっただろうが、彼のリムリック大学行きが決まった。

いってらっしゃいコンサートで送り出し、彼の新しい暮らしが始まったのが、約3年前。

暫くして、ネット上で流暢なゲール語を話し、バンジョーを弾く彼の姿を拝見したその時、もう中学生だったころの必要以上に大人しい彼ではなく、立派に成長した真の大人の彼を見たと同時に、もう立派なアイリッシュトラッドにおけるミュージシャンのひとりであることを認識した。

音楽も、生活も、そして学業も、慣れない土地で苦労したことだろう。

彼と去年、フィークルのフェスティバル会場で会ったが、“国籍不詳”とでもいえるスタイルで体もひとまわり大きくなったようだった。

すっかり風格も出て、アイリッシュミュージックの担い手のひとりとして、これからの活躍が期待できる存在だ。