アイリッシュ・ギター

かねてから僕は、アイリッシュ・ギターなどという分野は存在しないのではないか、ということを言ってきた。

何故そう思うのかが、自分でもようやく分かりかけてきた。これは決して通常で言う”正しい意見”などというものではない。あくまで僕個人の見解なのだが。

音楽は結局のところ、好きか嫌いかでしかない。自分の見解がどこでもまかり通るはずはないのだから。

さて、いろいろ見てみると、アイリッシュ・ギターあるいはケルティック・ギターと言われているもののほとんどが、ロンドンデリー・エアーないし、サリー・ガーデン、ウォーター・イズ・ワイド、シーベッグ・シーモアといったスローエアーやバラッドを素材にしている。

そしてそれらを演奏する人たちはリールやジグ、ホーンパイプ、スライド、ポルカなど、いわゆるダンスのための伴奏などをしたことがないひとがほとんどだ。

だが、何故か彼らは”アイリッシュ・ギタリスト””ケルティック・ギタリスト”として名を連ねている。

彼らは一様に、実に素晴らしいテクニックを持った、フィンガー・ピッキング・ギタリストだ。オキャロランの曲や、美しいメロディを持った古くからのアイリッシュ、スコティッシュの曲は彼らにとっては、いわゆる”おいしいところ”なのだろう。

では、彼らに果たしてダンス曲の伴奏が出来るかどうか、と言う点においては微妙であるし、今まで見てきた無理な例というものも知っている。

アイリッシュ・ミュージックの伴奏におけるギターについては、よくこんなことを言う人がいた。「ウォッシュボード・ギターだ」どういうことか分かると思うが、いわゆるリズムだけを延々と奏でる(勿論スローな曲ではアルペジオやフィンガーを使うが)そういう人たちのことだ。

伴奏ではリズム感さえある程度あれば(今時の若い人たちはいいリズム感覚を持っていると思う)なんとかサマにはなる。

おそらく、フィンガーピッキングによる演奏ではかなりのテクニックが必要ではあるが、タブ譜なり、教室などである程度習うことが出来るだろう。しかし細かいテクニックはさほど要求されない伴奏のほうは何故かそういうわけにはいかない。

ある程度基本的なテクニックは、見たり聴いたりで習得することができるだろうが、メロディは自分で覚えなくてはいけないし、それを体の奥底まで入れなくてはいけないのだ。その上に各楽曲に最良の音使いを自ら選び出す。100曲なら100通り。500曲なら500通り。適当にやっていると先に言った「ウォッシュボード・ギター」になってしまう。

スローエアーやバラッドを演奏するギタリストのほとんどに僕が抵抗を感じているのは、たかだか50曲程度のスローエアーやバラッドをレパートリーに取り入れていることで、アイリッシュ・ギタリストという枠の中に名を連ねることだ。いや、彼らにとっては様々な音楽を追求するなかで出会った美しい音楽のひとつなのだろうから、彼らをひとくくりにしてアイリッシュ・ギタリストと呼んでしまうこの国の音楽事情が関係しているところなのだろう。くどいようだが、彼らは飽くなき探求心を持った素晴らしい音楽家たちなのだ。

しかし、ここまでくると頑固な年寄りのたわごと、と思われてしまうかもしれない。

そこで、僕が今まで関わりを持った、あるいは参考にしたギタリストの特徴などを書いておくので、これからアイリッシュ・ミュージックのギターを真剣に取り組んでみよう、と思っている方々にも参考にしていただけたら、と思う。

★Arty MacGlynn   「Lead the Knave」というアルバムではエレクトリック・ギターを駆使した、俗に言われる”サーフ・ギター・サウンド”(カリフォルニアだけかもしれないけど)で度肝を抜いた。ソロから伴奏まで、素晴らしく参考になること間違いなし。

★Michael O’Domhnaill   Bothy Band やKevin Burkeとのデュオで知られる今は亡き珠玉のシンガー兼ギタリスト。特にトラッドのフィドルプレイに対して、ギターはどうあるべきかを探り出すには最良の手掛かりとなる。

★John Doyle    Solasのギタリストであった時代から、おそらく日本では一番追従者が多い人であろう。抜群のリズム感覚とフラット・ピッキングでのリード、フィンガー・スタイル、そして歌、どこをとっても若い人なら確実にノックアウトされてしまうはずだ。

★Donough Hennessy     Lunasaのギタリストであった時代から上記のJohn Doyleと同じくらい人気は高かったが、珍しくベースの入ったバンドでこちらはどうしてもTrever Huchinsonのベースとの連携プレイから作り出されるサウンドが頭に残り、一人ではなかなかフォローできないものかもしれない。

★Jon Hicks     恐るべきハイ・テクニックのフラット・ピッカーであり、シンガーでもある。今年の始め、タイまでよく遊びにきているから呼んでくれたら日本まで行くぞ、とメールが入った。もし、日本のアイリッシュ、特にギタリストを目指す人たちが見たら、あまりに自由奔放なスタイルとトラッドを熟知したスタイルに圧倒されるだろう。

★Steve Boughman     日本の人たちには馴染みはないかもしれないが、中国語ぺらぺらの弁護士であり、優秀な伴奏者であり、高度なテクニックを誇るフィンガー・ピッカーだ。アンドリュー・マクナマラが初めて彼をセッションで見た時「ジュンジ、ファッキン・ジョン・デンバーがいる」と、けたけた笑いながらアコーディオンを弾いていた。確かに見かけは似ている。おっと、また脱線してしまった。

★Randal Bayes    フィドラーでもある彼は、クラシックギターからのアイデアを駆使した美しい伴奏を聴かせてくれる。そしてソロによるエアーなどでも美しすぎるほどのサウンドを聴かせてくれる。

★Dennis Cahill      彼のギタースタイルについてはMartin Hayesありき、というところでしか語れない部分もあるが、マーティンとやり始めた時から彼を見てきた僕にとって、あれだけタイトな伴奏をするようになるとは、正直驚いた。相当きっちりトラッドを勉強した上、自らのスタイルとマーティンの音の好みを究極まで突き詰めることで、そのすべてを把握できる伴奏者になったのではないかと思わざるを得ない。

★Daithi Sproule       彼のプレイに初めて接したのはLiz Carroll のアルバムからだ。その他Paddy O’BrienとJames Kelly とのトリオ、そしてAltanへとつながった。派手ではないが、素晴らしい伴奏者でシンガーだ。

他にも思い出せばきりがないかもしれないが、彼らの殆どは素晴らしいフィンガー・ピッカーであり、素晴らしいトラッド伴奏者である。その両方があって、初めて”アイリッシュ・ギタリスト””ケルティック・ギタリスト”といえるのだろう。

それでも、アイリッシュ・ギターという呼びかたには抵抗を感じている。