Mareka&junji 名古屋から鳥取へ

2月9日。連休初日。なんで新幹線はいつもこんなに混んでいるのだろう。特に連休ともなると信じられないくらいの人達が駅に溢れかえっている。JRはもうけ過ぎじゃないだろうか。

とにかく僕らはかの“たけちゃん”との待ち合わせのために豊橋に向かった。豊橋で、たけちゃん曰く“日本一のカキフライ”をご馳走になる手はずが整っているのだ。

かくして、豊川のフォーク喫茶“ほん和か”のオーナーである“かよさん”も交えて向かった先はローカルなお寿司屋さん。

たけちゃんはお店に入ると同時に、まずガスの調子などを尋ねる。顧客さんへの心遣いは常に万全だ。

火器取り扱いだけに、カキフライの違いもよく分かるらしい。

出てきたカキフライは想像を遥かに超えて、たっぷり。今にもお皿からはみだしそうである。

おまけに衣が超薄い。希花さんもかよさんも3個で充分なので、僕とたけちゃんとで7個ずつ食べてしまった。

もう今日はなにも食べなくてもいいだろう。そして一路名古屋へ。

名古屋には、数人のアイリッシュを演奏している人達、そしてちょうど楽器を手に入れるために岐阜まで来ていたという東京のブズーキ奏者の武田さん、そして名古屋に趣味の写真を撮りに来た、という化学者兼ハンマーダルシマー奏者の北向さん、加えて、いつも遠いところから来てくれる奈良の谷口さん、さらに埼玉の高見さん。

みなさんありがとう。そして、往年のナターシャー・ファンの方達も。

終わってからまたたけちゃんが焼き鳥をごちそうしてくれた。北向さんと高見さんを交えての楽しい食事の後、僕と希花は岡山に向けて、また新幹線に乗った。

電車に乗ろうと、ふと振り返ると高見さんがホームまで見送りに来てくれていた。

たけちゃんはいまごろ豊川に向かって車を走らせているころだ。みんなありがとう。

 

 

2月10日。連休の真ん中の日。鳥取。これくらいの時期、雪や寒さの予想がつかず、天気もいまひとつ良くならない、ということで、主催者である武部さんはもう、何日も心配で眠っていないそうだ。

果たして…またしても晴れ男全開。

去年、同じ時期に、とあるフォーク・シンガーのコンサートをやった時には大雪で大変な思いをしたらしい。

「昨日までは雪で大変だったけど、何故か今日は晴れました」と武部さん。「どんなもんだい」と僕。

でもそんなことばっかり言っていると、いつか台風に出くわしたりするかもしれないし、単なるラッキーということにしておこう。

前日、岡山で泊まった僕らは“特急いなば”に乗ったが、途中で方向が変わるのです。楽器をいっぱい持っていると一番後方の座席の後ろに置くのだが、それが反対になると、面倒なことになる。

さいわい団体の人達が向かい合わせに座っていたので良かったが、鉄道の旅はいろいろあってなかなか面白い。

駅弁というのもおつなものだが、食べた時にはいつでも“やめときゃよかった”と思う。

歳とると意外とああいったものは胃にもたれるのだ。

スーパーに美味しいものではないのに、ついつい車窓からの景色をみながら食べたいな、なんていう欲望にかられる。

でも、今回も着いてからにしよう、ということでお腹の調子はなかなかに良かった。それにいい天気、さらに武部さんのお人柄ですっかりいい気分で話しも弾んだまま会場へ。

車で30分ほど、鹿野町というところの“しかの心”という素敵ないかにも古い木造の場所。

大きな池に白鳥が浮いていて、緑に囲まれた絶好のロケーション。人なつっこい野良ネコもうろうろしている。

青空の下、といえどもさすがに空気は冷たい。

武部さんの仲間がみんなで迎えてくれた。

ところで、鳥取にはナターシャーでも来たことがあるし、高校の修学旅行でも有名な鳥取砂丘を見に来たことがある。

希花さんは初めてらしい。

音響の方たちとちょっとした打ち合わせをして、リハーサル。特に問題も無く…彼らはかなり気にしてくれていたが、だいたいなんとかなるものだし、こっちも音響屋さんがやりやすいようにしてあげられたら、それでことはスムーズに進む。持ちつ持たれつ、だ。

特に控室などは無く、となりの“カフェ兼うどん屋”できつねうどんをいただいたが、それが本当に素朴で美味しかった。

やっぱり駅弁は食べない方がいいのだ。ということもないのだが、3人の僕と同じくらいの年代のおばさま達がつくるうどんは美味しかったのだ。

コーヒーもいただいて、ゆっくりしていると、今日のコンサートに来られた人達がぞくぞくと入ってきて、しばし歓談。

その中にひときわ勢いのある人が話しかけてきた。やはり昔からのナターシャー・ファンの方だったが、“森甚”という練り製品の会社の社長さんだ。

つくりたての“とうふわらび餅”というのを持ってきてくれた。一緒に“とうふ竹輪”というのもくれたので、竹輪はうどんと一緒にいただいた。

ほんのり豆腐の食感があってかなり美味しかったが、わらび餅は今食べるのにはもったいないので持って帰ることにさせていただいた。森塚社長、ありがとう。

さて、コンサートだが、やはり聴いたことのない人がほとんどだと思うので、ゆっくり解説しながら、ダニー・ボーイも演奏したり、花嫁をみんなで歌ったり、初めての人でも分かりやすいバージョンということで進行していった。

コンサートが終わると、ありがたいことにCDが飛ぶように売れた。初めての人が、しかもこんな田舎で(主催者談)こんな風にCDが売れるなんていかにコンサートがすばらしかったかという証拠だ、と後で5回も6回も言われて本当に嬉しかった。

CDにサインを求めてきた人の中には、さっき横でうどんを食べていたおばちゃんもいた。「あ、さっきうどん食べてたひとだ!」と言うと、「そうやなぁ。横におったなぁ。全然知らんかったけど、ものすごいよかった。ずっと聴いていたくて買ったんや」と嬉しそうに言ってくれた。

コンサートは14時からだったので、もう夕方には終わり、本日の宿泊先、武部家に向かう。

送ってくれたのが、岡山から聴きに来てくれた尾崎さん夫妻。僕は‘95年に来て、彼の家に泊めていただいたことがあるそうだ。

なんだか記憶が定かでなく、さんざん希花さんに「駄目じゃないですか!」と叱られたが、「いやぁ、無理もないですよ。随分昔のことだし、日本全国をまわっていたわけですから」と言ってくれる尾崎さん。

どこかやたらと雰囲気のある人で、陶芸家とか画家、あるいは木工細工の達人のような感じを漂わせていた。

家に着くと武部さんの奥さんを始め、パン屋さんの勝部さんの奥さん、岡田さん、土橋さんの奥さんたちが、造ってくれた料理がいっぱい並んだ。

そして、一人漫才を披露してくれた桜星さん、公民館主事の小林さん、もしかしたらお名前が洩れているかたもいるかもしれません。ごめんなさい。でも本当に心のこもったおもてなしをしていただいて、感謝、感謝です。僕らも一緒にえびの皮むきを手伝いながらしばし歓談。

 

 

 

 

 

 

そしてみんなで歌を唄ってお話をして午前2時まで。武部さん、ほとんど寝ていなかったのに疲れたでしょう。

武部さんを取り囲むひとたちのパワーにも脱帽です。

みんながそれぞれに助け合って、ぼくらをここまで呼んでくれたんだなあということを感じて、とても嬉しく思いました。

そして次の朝、起きると辺り一面雪景色。なんとやっぱりコンサートの日だけ晴れていたのです。

これはもう僕だけの運ではありません。みなさんのお人柄です。

本当にありがとうございました。

そして、いくら地元がこちらとはいえ、遠く埼玉から来て鳥取名物“ふろしき饅頭”をくれた高見さん、お疲れさまでした。