横浜 サムズ・アップ 松田“アリ”幸一さんと共に

今回は“アリちゃん”をゲストに迎えてのコンサート。初めて公共の場で合わせる緊張感というものは、聴く方にとってみてもドキドキものかもしれないが、演奏する側にとってはそれ以上のものがあるかもしれない。

よく省悟が言っていた。「初めて、というものには計り知れない価値がある。2回目からはその価値は半分以下だ」

もちろん、気持ちの上ではまだまだこれからなのだが、ある意味それも正論かもしれない。

正論、と打ったら、かたかなで“セイロン”と出てきたので紅茶が飲みたくなった。

一部はまず僕らだけで演奏することにして、この日、久しぶりにFar Away Waltzのセットから始めてみた。いい感じにスタートできたような気がする。

そして、ジグから川のほとり、そしてSimple pleasureの久々のハープソロ、そのあと、Jim DonoghueのセットにNeck berryを加えて演奏した。

そして、僕は久々にVincentを弾いた。サウンド・オペレーターの片桐さんが素晴らしい音を作ってくれていたので、ここは一発入魂。二度とできないだろう、くらいの演奏が、といいながら、二度と出来なくてどうする、という声が聴こえてきそう。

ここも気持ち的には、ということで解釈してもらいたい。

そして、アイルランドの種違い、腹違いの弟、アンドリュー・マクナマラから習ったワルツFlowers of ForestからMaster Crowley / Roscommonのセットへ。

そして一部を終わり、いよいよ世紀のファースト・タイム、“アリちゃん”とのコラボが始まった。

“アリちゃん”はもともと大阪の人で、どこかすっとぼけた面白さがある。谷村しんじがやっていたロック・キャンディーズというグループでベースを弾いていた彼に出会ったのが初めての時だったから、もう40年以上前のことだ。

それからあまりご一緒させていただく機会がなかったが、いつだったか大阪で共に演奏する仕事があって、その時に会場への道すがら、阪神デパートで“イカ焼き”を食べたことが妙に印象に残っている。

これこそ大阪を代表する食べもののひとつだ、と僕にいいながら「おばちゃん、イカ焼きふたつ。ソース多いめにしてや」と嬉しそうに注文。

そして階段のところに座って「ここに座って食べるンが通なんや」と教えてくれた。なんか嬉しそうにしている姿が今も心に残っている。

さてさて、音楽は希花と3人で“初La Partida”から。緊張がはしる。日本の夏だ。

そして、希花さんのコンサルティーナと一緒に“Tour de Tille”これはケビン・バークのバンド「オープン・ハウス」のレパートリーで“アリちゃん”が持ってきてくれたものだが、最初フィドルで練習していた希花が「あ、コンサルティーナで出来そう」と言って、あっと言う間にやっていた。

が、しかしここでも“初もの”としての日本の夏が走る。そして、“アリちゃん”の歌で「星めぐりの歌」いい声だ。なんか人の良さがにじみでている。そのままアイリッシュ・チューンのMorning Starへ。

希花のフィドルがハーモニカに絶妙に絡む。こういうものこそ、全く初めて、という時に“えも言われん何か”が生じるのだろう。

そして、3人の最後にOrange Blossom Special、僕のバンジョー、希花のフィドルに“アリちゃん”の超絶ハーモニカが突っ走る。

ここでも初めてならではの緊張感。

“アリちゃん”にはここで一休みして頂き、また二人になった時、ライブならではのハプニング。コンサルティーナとハーモニカのチューニングが結構違うのだ。

前出のインストではなんとか“アリちゃん”が調整しながら吹いてくれたが、今度はギターと二人だけ。コンサルティーナはご存知の通り、微調整できるものではない。

従って、微妙にハーモニカに近付けてチューニングしたギターとちょうど気持ちの悪い“ずれ”が生じている。

「野ばらと鳩」を唄おうと思ったが、その微妙とも、かなり、とも言えるチューニングの狂いで歌詞が出てこない。

どこの弦がどれくらい狂っているか、全体的にどれくらいの違いがあるのか、等考えだしたらもう駄目。

やっぱり、そろそろ二つ以上のことを考えながら行動を起こすのは難しくなっているのかもしれない。

チューニングおかまいなしに唄える人がうらやましい。

結局、「ハード・タイムス」にしてもらった。フィドルとはバッチリだったので、一件落着。もうこの歳になるとこれくらいのことではびくともしないが、聴いている方はどうなるんだろう、と思ったかも。ご迷惑をおかけして、すみません。

そして、またまた久しぶりのSwan LK 243 やっぱり美しい曲だ。これほどに美しい曲もなかなかない。

最後は希花さんのフィドルをフィーチャーしてReel Beatrice / Abby Reel / Eileen Curran / P Joe’s Pachelbel Special大さく裂だ。

アンコールで再び“アリちゃん”と。Si Bheag Si Mhorでフィドルとハーモニカが絶妙に絡む。その合間をぬって、二人の掛け合いを聴きながら最良の音をギターでうめていく時、本当に気持ちが高揚してくる。

最後は“アリちゃん”にボーランを叩いてもらって、Yellow Tinker / Drunken Tinkerのセット。

僕ら三人はこの後、少しだけツアーに出ます。そのツアーが済んでも、いつでもまたどこかで一緒に出来そう。

“アリちゃん”はそういう人だ。

しかし、さすがに初めての組み合わせの初めのコンサート。もう二度とやってこない初めて、というコンサートに遠いところからもかけつけていただいた皆さんに感謝します。

サムズ・アップのスタッフの方々、サウンドの片桐さん、どうも有難うございました。

 

宮内家 ライブ

3月16日、土曜日。春はもうすぐそこまでやってきている。またしても絶好の天気に恵まれて、一路南浦和へ。

初めてお邪魔する宮内家さん。ライブは精力的にかなりのペースで開催しているようだ。

猫のマークがにゃんとも可愛らしい。

そういえば、最近、近所で僕に挨拶する猫がいる。始めは、僕が「にゃー」というと必ず「ニャー」と言い返してきた。そして、次の日も顔を見たら「にゃー」と言ってみたところ、「ニャー」と返してきた。これは面白いと思い、顔を見たら「にゃー」というようにしている。必ず返事が返ってくるのだ。

先日、ふと見たら、向こうを向いてご飯を食べていた。なにも言わず見ていたら、突然振り向いて「ニャー」と言った。

多分こう言ったんだろう「あんたも食べるか?」

そんなことはともかく、とても気持ちの良い宮内さんでした。奥さんも娘さんもみんないい感じの方でした。

さすがにいろんな音楽を聴いて、ミュージシャンを心からサポートしてくれている宮内さん。

アイリッシュ・トラッドとは…というようなお話でも盛り上がることができました。伝承音楽の真の姿を感じて頂けたと思います。

またいつかお世話になるかもしれません。その時もよろしくお願いします。

僕らも僕らの愛した音楽を宮内さんのように大切にしていきます。

蒲田教会 2月23日 土曜日

Cormac Begleyをゲストに迎えての音楽会。多くの人に集まっていただいて感謝いたします。

やっぱり父親譲りのすばらしいミュージシャンでした。もう多くは書きませんが、僕にとっては本当に胸が痛くなるくらいの感動でした。

13年ほど前に彼の父であるブレンダンと初めて会った時にはまだ高校生だった彼がこんな風に成長していて嬉しかったです。

そして、コンサートが終わった今も希花にコンサルティーナを教えてくれています。彼が父親や、親族から習ったように…。

本当はもう少しいろいろな処に連れて行ってあげたいのですが、採算のことを考えるとなかなかそういうわけにもいきません。

それは僕らの責任でもあるのですが、果たして日本でアイリッシュ・ミュージックをやっている人達がどれだけ興味を示すかどうか分からない、というところもあります。

これこそが本物のアイリッシュ・ミュージックなのですが…。

今日、来ていただけた人達には分かってもらえていると思いますが、本当に涙が出てくるような演奏だったと、僕は思います。

彼のような人をもう少し遠方の方たちにも紹介できるようなバックグラウンドを僕らもつくらなくてはいけないですね。

言葉では言いあらわせないくらいの感動を与えてくれたCormac に感謝すると同時に、今日、足を運んでくださった皆さんに感謝いたします。

 

翌日24日は溝の口のバードランドにて、ワーク・ショップ。

沢山のコンサルティーナがその演奏者たちと共に集まりました。この国にもこんなにあるんだ、という不思議な感覚でした。

常にお腹を空かせているコーマックも、とても生真面目にワーク・ショップに精を出してくれました。

集まっていただいた皆さんに感謝いたします。

2月26日 朝早く。無事、次の公演地、香港に飛び立ちました。アイルランドの風と大地と波の音、その自然を運んできてくれたCormac。

夏にはまたアイルランドで元気な姿を見せてくれるだろうし、いつかまたこの地をふませてあげたい。大きく手を振る彼を、そう思いながら見送りました。

写真提供:谷口まさきさん

2月16日 土曜日 法然院にて

よく晴れている。きっと京都はかなり寒いだろう。

実際、京都に長いことすんでいた僕には、2月の京都は、ミネソタの冬に相当するくらいの寒さだということが良く分かっている。

因みにミネソタはアメリカでいちばん寒いところだ、と言われ、道端には凍りついた犬の糞が落ちている、と言うネタを話すコメディアンがいた。

そんなことはどうでもいいが、あのころに比べれば僕も歳をとっているし、ましてやお寺の本堂でのコンサートともなれば、僕らだけではない。お客さんも、いや彼らはじっとして聴くのだし、もっと寒いだろう。

でも、「あー、あのめっちゃ寒かったコンサートね」というくらいのもののほうが記憶には残るかもしれない。

そんなことを考えながら新幹線に揺られていると、関ヶ原のあたりで突然の雪景色が目に飛び込んできた。しばし一面の銀世界を眺める。

ところがトンネルを抜けるとそこは雪国ではなかった。またしても気持ちのよい快晴に恵まれている。

時間通り、無事京都に着き、法然院に向かうと、なんとも風情のある細雪というのだろうか、小さな雪の華が京都の街並みを包み始めた。

法然院に着くと、あちらこちらにストーブが用意されていていたが、本堂は広くてさすがにあまり効いていない。

「法然院職員です」と自己紹介してくれた“木戸さん”(僕らにはどこからみても柔和なおぼうさんだった)が寒い中、いろいろと案内をしてくれる。

椅子を並べ、座布団を並べ、様々な用意をしていたら少しは体が温まってきた。でもやっぱり足元が寒い。

ひろいひろい部屋を行ったり来たり、ながーい廊下を走るが、やはり足のうらは氷のようにつめたい。

おぼうさんはえらい!頭も寒いだろうに。

準備も整い、まだだいぶ時間があるので、せっかくだからお庭を見せて頂こう、という話しになり、希花さんが「あ、そうだ。谷崎潤一郎のお墓があるんだ」というので、そこをめがけて散策することにした。

なんという巡り合わせだろうか。また“細雪”がちらついてきた。

 

 

 

 

さて、今日のコンサートのタイトルは“愛蘭(アイルランド)と和の音楽”。和の音楽にそんなに精通しているわけではないが、アイルランドの音楽から、和のテイストのあるものや、僕らがいま創りつつある日本語の歌と(民謡も含めて)アイリッシュ・ダンス・チューンとを合体させたもの、それらを15セットほど演奏した。

もっともっとアイルランドと日本の文化の共通点や違いなどをお話しするつもりだったが、とにかく寒くて口は回らないし、演奏しているほうが体も温まるし、後片付けもあるし、なんて考えながら、僕らにしてみれば“あっという間に”終わってしまった。

でも、なかには寒くて早く家に帰りたい方もいたかもしれない。トイレにも行きたくなるし。

そんな中で、いつもいつもコンサートに来てくれるだけでなく、CDの販売や受付、後片付けまで手伝ってくれる往年のファンのひとたち、げらさん、おたやん、ななこ、いねこ、わたる君。

そして、わざわざ伊吹薬草の里からCD販売のために駆けつけてくれた“おけいはん”もちろんみんな入場料を払ってのうえだ。ケチな僕にはなかなかできないことだ。

それに、今回はお客さんみんなが、後片付けを手伝ってくれた。椅子を運び、座布団を運び、もうせんを丸めて運んでくれて、あっという間に片付いてしまった。

春日井のハンマーダルシマー奏者である高橋さんは、金髪にちょい戻りした奥さんと、“洛庵”の丸尾さんはひときわ優雅なマダムたちと、奈良の谷口君、埼玉の高見さん、犬のあきよしくん(人間ですが)他にもいっぱいのひとが忙しく動き回ってくれた。

京都造形芸術大学の学生さん達。彼らは、僕が常日頃からお世話になっている、かの詩人“佐々木幹郎”さんの弟さん“佐々木葉二教授”の教え子たちだ。

そうしてみんなに支えられ、僕らは生かされているんだなということを、またひと際心から感じることができたのは、この場所を提供していただいた法然院の貫主様のお力添えがあってのことです。貫主様のお母様にも感謝です。

たくさんの命が生まれ、たくさんの命を愛する。そしてその中で生かされている今の自分。そんなことを感じながら、さらに自分の与えられた使命にむかっていかなければいけない。

希花と創り出している今の音楽が、僕にとってはその全てかもしれない。みなさん、本当に、本当にありがとう。

最後にこんな話をひとつ。希花の弟さんがある時こう言ったそうだ。「おねーちゃん。京都に行ったらすごくいいお寺があるからそこのお庭をみてきたらいいよ。“ほうぜんいん”っていうんだけど、超きれいだよ」

よーく言って聞かせておきます。(希花談)

 

Mareka&junji 名古屋から鳥取へ

2月9日。連休初日。なんで新幹線はいつもこんなに混んでいるのだろう。特に連休ともなると信じられないくらいの人達が駅に溢れかえっている。JRはもうけ過ぎじゃないだろうか。

とにかく僕らはかの“たけちゃん”との待ち合わせのために豊橋に向かった。豊橋で、たけちゃん曰く“日本一のカキフライ”をご馳走になる手はずが整っているのだ。

かくして、豊川のフォーク喫茶“ほん和か”のオーナーである“かよさん”も交えて向かった先はローカルなお寿司屋さん。

たけちゃんはお店に入ると同時に、まずガスの調子などを尋ねる。顧客さんへの心遣いは常に万全だ。

火器取り扱いだけに、カキフライの違いもよく分かるらしい。

出てきたカキフライは想像を遥かに超えて、たっぷり。今にもお皿からはみだしそうである。

おまけに衣が超薄い。希花さんもかよさんも3個で充分なので、僕とたけちゃんとで7個ずつ食べてしまった。

もう今日はなにも食べなくてもいいだろう。そして一路名古屋へ。

名古屋には、数人のアイリッシュを演奏している人達、そしてちょうど楽器を手に入れるために岐阜まで来ていたという東京のブズーキ奏者の武田さん、そして名古屋に趣味の写真を撮りに来た、という化学者兼ハンマーダルシマー奏者の北向さん、加えて、いつも遠いところから来てくれる奈良の谷口さん、さらに埼玉の高見さん。

みなさんありがとう。そして、往年のナターシャー・ファンの方達も。

終わってからまたたけちゃんが焼き鳥をごちそうしてくれた。北向さんと高見さんを交えての楽しい食事の後、僕と希花は岡山に向けて、また新幹線に乗った。

電車に乗ろうと、ふと振り返ると高見さんがホームまで見送りに来てくれていた。

たけちゃんはいまごろ豊川に向かって車を走らせているころだ。みんなありがとう。

 

 

2月10日。連休の真ん中の日。鳥取。これくらいの時期、雪や寒さの予想がつかず、天気もいまひとつ良くならない、ということで、主催者である武部さんはもう、何日も心配で眠っていないそうだ。

果たして…またしても晴れ男全開。

去年、同じ時期に、とあるフォーク・シンガーのコンサートをやった時には大雪で大変な思いをしたらしい。

「昨日までは雪で大変だったけど、何故か今日は晴れました」と武部さん。「どんなもんだい」と僕。

でもそんなことばっかり言っていると、いつか台風に出くわしたりするかもしれないし、単なるラッキーということにしておこう。

前日、岡山で泊まった僕らは“特急いなば”に乗ったが、途中で方向が変わるのです。楽器をいっぱい持っていると一番後方の座席の後ろに置くのだが、それが反対になると、面倒なことになる。

さいわい団体の人達が向かい合わせに座っていたので良かったが、鉄道の旅はいろいろあってなかなか面白い。

駅弁というのもおつなものだが、食べた時にはいつでも“やめときゃよかった”と思う。

歳とると意外とああいったものは胃にもたれるのだ。

スーパーに美味しいものではないのに、ついつい車窓からの景色をみながら食べたいな、なんていう欲望にかられる。

でも、今回も着いてからにしよう、ということでお腹の調子はなかなかに良かった。それにいい天気、さらに武部さんのお人柄ですっかりいい気分で話しも弾んだまま会場へ。

車で30分ほど、鹿野町というところの“しかの心”という素敵ないかにも古い木造の場所。

大きな池に白鳥が浮いていて、緑に囲まれた絶好のロケーション。人なつっこい野良ネコもうろうろしている。

青空の下、といえどもさすがに空気は冷たい。

武部さんの仲間がみんなで迎えてくれた。

ところで、鳥取にはナターシャーでも来たことがあるし、高校の修学旅行でも有名な鳥取砂丘を見に来たことがある。

希花さんは初めてらしい。

音響の方たちとちょっとした打ち合わせをして、リハーサル。特に問題も無く…彼らはかなり気にしてくれていたが、だいたいなんとかなるものだし、こっちも音響屋さんがやりやすいようにしてあげられたら、それでことはスムーズに進む。持ちつ持たれつ、だ。

特に控室などは無く、となりの“カフェ兼うどん屋”できつねうどんをいただいたが、それが本当に素朴で美味しかった。

やっぱり駅弁は食べない方がいいのだ。ということもないのだが、3人の僕と同じくらいの年代のおばさま達がつくるうどんは美味しかったのだ。

コーヒーもいただいて、ゆっくりしていると、今日のコンサートに来られた人達がぞくぞくと入ってきて、しばし歓談。

その中にひときわ勢いのある人が話しかけてきた。やはり昔からのナターシャー・ファンの方だったが、“森甚”という練り製品の会社の社長さんだ。

つくりたての“とうふわらび餅”というのを持ってきてくれた。一緒に“とうふ竹輪”というのもくれたので、竹輪はうどんと一緒にいただいた。

ほんのり豆腐の食感があってかなり美味しかったが、わらび餅は今食べるのにはもったいないので持って帰ることにさせていただいた。森塚社長、ありがとう。

さて、コンサートだが、やはり聴いたことのない人がほとんどだと思うので、ゆっくり解説しながら、ダニー・ボーイも演奏したり、花嫁をみんなで歌ったり、初めての人でも分かりやすいバージョンということで進行していった。

コンサートが終わると、ありがたいことにCDが飛ぶように売れた。初めての人が、しかもこんな田舎で(主催者談)こんな風にCDが売れるなんていかにコンサートがすばらしかったかという証拠だ、と後で5回も6回も言われて本当に嬉しかった。

CDにサインを求めてきた人の中には、さっき横でうどんを食べていたおばちゃんもいた。「あ、さっきうどん食べてたひとだ!」と言うと、「そうやなぁ。横におったなぁ。全然知らんかったけど、ものすごいよかった。ずっと聴いていたくて買ったんや」と嬉しそうに言ってくれた。

コンサートは14時からだったので、もう夕方には終わり、本日の宿泊先、武部家に向かう。

送ってくれたのが、岡山から聴きに来てくれた尾崎さん夫妻。僕は‘95年に来て、彼の家に泊めていただいたことがあるそうだ。

なんだか記憶が定かでなく、さんざん希花さんに「駄目じゃないですか!」と叱られたが、「いやぁ、無理もないですよ。随分昔のことだし、日本全国をまわっていたわけですから」と言ってくれる尾崎さん。

どこかやたらと雰囲気のある人で、陶芸家とか画家、あるいは木工細工の達人のような感じを漂わせていた。

家に着くと武部さんの奥さんを始め、パン屋さんの勝部さんの奥さん、岡田さん、土橋さんの奥さんたちが、造ってくれた料理がいっぱい並んだ。

そして、一人漫才を披露してくれた桜星さん、公民館主事の小林さん、もしかしたらお名前が洩れているかたもいるかもしれません。ごめんなさい。でも本当に心のこもったおもてなしをしていただいて、感謝、感謝です。僕らも一緒にえびの皮むきを手伝いながらしばし歓談。

 

 

 

 

 

 

そしてみんなで歌を唄ってお話をして午前2時まで。武部さん、ほとんど寝ていなかったのに疲れたでしょう。

武部さんを取り囲むひとたちのパワーにも脱帽です。

みんながそれぞれに助け合って、ぼくらをここまで呼んでくれたんだなあということを感じて、とても嬉しく思いました。

そして次の朝、起きると辺り一面雪景色。なんとやっぱりコンサートの日だけ晴れていたのです。

これはもう僕だけの運ではありません。みなさんのお人柄です。

本当にありがとうございました。

そして、いくら地元がこちらとはいえ、遠く埼玉から来て鳥取名物“ふろしき饅頭”をくれた高見さん、お疲れさまでした。

バードランド・カフェ・ライブ

始まりは14時。少し早い目に行って、美味しいコーヒーでもいただいてゆっくりするか、ってなもんで、1時に到着。さっそうとドアをあけてびっくり玉手箱。ほとんどのお客さんがすでに待ち構えていた。

こんなに早く来ていったい…さてはみんなもマスターの淹れるおいしいコーヒーが目当てか、はたまた時間を間違えて来ているのか。

とりあえず、なんかバツが悪いので近くのコンビニへと向かう。幸い天気も良かったので少しお店の周りを散策してみた。特になにもなかったがなんとなく45分くらいが経ってお店へ戻り、楽器を出してチューニングを始めた。

そして14時。今日は僕が参加していたサン・フランシスコの人気バンド“ティプシー・ハウス”がよくオープニングで使っていたセット“コンサート・リール~キャラハンズ~アイビー・リーフ”からスタートさせてもらった。

そして1部の最後、“いそしぎのテーマ”から“マザーズ・デライト~グレンコラムキル”まで、およそ35分。

そして休憩に入るが、なんとなくみんなと世間話に花が咲く。

2部はトム・パクストンの“ラスト・シング・オン・マイ・マインド”の日本語版“この想い”でスタート。

途中、みなさんお待ちかねの、希花さんによるコンサルティーナの出番。2曲を演奏した。

手に入れてからわずか1カ月半ほど。その間、救命救急の実習で、寝ても覚めても患者さんのことが頭から離れなかっただろうに、よくここまで弾けるようになったものだ。

さすがに気の強い頑張り屋である。

そして山形県の民謡“おーわいやれ”から“ブレットン・ガボット”へ。最後はエド・リービーの“レーン・トゥ・ザ・グレン”から“マン・オブ・アラン~ミュージカル・プリースト”のセット。さらにスペース上、アンコールという雰囲気でもないのでそのままスロー・エアーとリールのセットを演奏しておしまい。

そして今日はハンマーダルシマー奏者の大御所、春日部の老舗バンド“フェアリー・ドクター”のリーダーでもある高橋さんが素晴らしい演奏を披露してくれた。

そうして、楽しいひと時を過ごすことが出来てきょうも一日、足を運んでいただいたみなさんに感謝いたします。

藤森さん素敵な場所を提供してくれてありがとうございました。

京都 都雅都雅 2012年12月30日

さらに押し迫った30日は僕の誕生日。なのに行きつけの居酒屋「ぴん」は休み、ということなので、29日に行くことにした。

話しはここからはじめなくては。

例によって“げらさん”“いねこ”“ななこ”“おたやん”に全員集合を呼び掛ける。今日は“なにおかいわんやいわおかひろふみ”も顔を出せる、ということだ。

それに、な、なんと秩父から高見さんの参加もある。これだけのメンツが揃えば、いい食事会になること間違いなしだ。

ぴんのオーナーの白波瀬さんもめっちゃ忙しそう。この人の笑顔は一年を締めくくるためにはどうしても必要不可欠なものだ、と思っている人が沢山いるに違いない。

さんざん料理をいただいてから、たけちゃんがおみやげにくれた直径20センチほどの饅頭を切って、となりの集団にもおすそわけして食べたところ、あんこがものすごく美味しかった。今度は紅白で持ってきてくれるそうだ。くわばらくわばら。

 

 

 

 

 

 

そして白波瀬さんの計らいでバースデーケーキも。希花さんがLDLコレステロールを盛んに気にしているが、年に一度の誕生日だ。

さて、当日。

都雅都雅オーナーの広瀬さん、サウンドのまるちゃん、そして今日は天野しょうさんの事務所からジュンジュン(本名を知らないのだ。ごめんなさい)も手伝いに来てくれている。

サウンドチェックの最中(もなかではない。甘いものは少し控えなくては。希花さんのてまえ)今日バンジョーを貸してくれる澤田くんが来てくれた。

そういえば外は珍しくしっかりした雨が降っている。この近所で今日は忘年会があるらしく、その前にバンジョーを持ってきてくれたのだ。

とてもハリのある音の“ギブソン・アール・スクラッグス”だ。澤田くんにも弾いてもらうが、なかなかいい音を出している。スクラッグスの音の感じをよく捉えている、といった印象だった。

いざ本番。レコ発ということもあったが、誕生日でもあるし、またいろいろな曲をやらせていただいた。

京都はなんだか、ついついあがってしまう。京都から自分の音楽活動が始まったからだろうか。

ずいぶん懐かしいお顔も拝見しました。書いているときりがないので、みなさんということにしておいて、どうも有難うございました。

そして今日もバースデー・ケーキが。二日に及ぶケーキ、どちらも絶品の味わい。希花女医の心配をよそにおいしくいただきました。

ひょっとしたら、恒例の年末行事になるかもしれない。広瀬さんにお願いしてみようかな。都雅都雅のスタッフのみなさん、とんでもない時に生まれて申し訳ありません。みなさんにはとても感謝しています。

コンサートの後、一年を通して忙しかった白波瀬さんもここぞとばかり、一緒に食事をして、もう一軒、と、なんだか嬉しそう。雨はもうあがっていました。

彼らの為にも、そして今日来てくれた昔からの友人たちのためにも、いや、今年一年、いろんなところで僕らを支えてくれた人達、コンサートに足を運んでくれた人達、そのすべての人達のためにも、いい音楽をやっていこう、と心に誓う最高の一年の締めくくりでした。

みなさんどうも有難う。

西尾 音楽衆館MJホール  2012年12月27日

年も押し迫ってこんなに忙しい時期、むかしからの友人である手嶋君がまた、ひと肌脱いでくれた。

みなさんそれぞれにお忙しい時なのに“はとチャン”(野口君)も早くから来てくれて走りまわってくれた。

そして西尾に到着するその前、僕らは、かの有名なる“たけちゃん”の垂れ幕で出迎えられたのだ。

話しはここからはじめないといけなかった。

食事はたけちゃんの顧客さんであるパスタ屋さん。今日借りるバンジョーのオーナーである深谷君も同席しての、素晴らしい昼食。

たけちゃんはいつも美味しい店に連れて行ってくれる。そして一路西尾へ。

今回も手嶋君と野口君が頑張ってくれて本当にいい音楽会が出来た。ホールのオーナーである山里さんも聴いてくれた。

いい音楽が必ずしも人を呼べるわけではないが、いい音楽をやるために努力はしたい。そして来てくれた人達が、手嶋君たちに「よかった。また聴きたい」と言ってくれるような音楽をやりたい。

そのうえでステージ創りも面白かった、と言われたい。心に染みる音を残していきたい。欲張りだけど、そうして一年が過ぎて行き、また新たな年を迎えることができたらどんなに嬉しいことか。

忙しい時期だったのに来ていただいた全ての人に感謝します。

今年一年もみなさんにとって素晴らしい年になりますよう、祈っています。

余談ですが、このホール、MJホールっていうんです。だからこれからMareka&Junjiのホームグランドにしてしまおうかな、なんて。

伊吹薬草の里 アイリッシュの調べ

最後の宵よい山コンサートの時、本当に久しぶりの人に出会った。勿論多くの人が久しぶりだったのだけど。

なかでも印象深かった一人の女性は、学生時代からとてもほがらかで、行動的な人だったのでお顔を見るなりフルネームが飛び出したくらいだ。

彼女の計らいで今回のコンサートが実現したのだ。あまり実名をだすのもいけないので、「おけいはん」とよんでおこう。

とにかく、僕にとって今回のこの会は、長年に渡って支えてくれている“おけいはん”への恩返しの意味もあるし、初めて僕らの音楽を聴いてくれる人達に認められるための大事な、本当に大事なものだった。

どんなことにも全力投球の“おけいはん”は、ほんの1カ月ほど前にむりやり頼みこんだのに、物凄い勢いで話しを決め、沢山の人を集めてくれた。

果たして、会場は、やっぱり初めて僕らを見、そして聴いてくれるひとが圧倒的に多かったようだ。                   (写真撮影 宮部 亘君)

注意深く静かに聴いてくれるので、とても緊張したが、2度に渡るアンコールと、終わってからのみんなの顔が、本当に喜んでもらえたことを感じさせてくれた。

それもこれも“おけいはん”の人柄なんだろう。

コンサートが終わって、食事に連れて行ってもらったがその場所の名前だけ書いておこう。

その素朴ではあるけれど、見事な佇まい。料理の美しさ、美味しさ。シェフたちの人柄。その全てがとても文章では表すことの出来ないものだったから。

“ベルソー”というフランス料理のレストランでした。米原に出かけることがあったら是非、いや必ず余裕をみて寄っていただきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、これまた素晴らしい“ペンション伊吹”に泊めていただきました。とことんアウト・ドアー派のオーナーと、にこやかな奥さん。

薬草の湯ですっかり温まって、朝、目を覚ますと一面の銀世界。文字通りホワイトクリスマスでした。

“おけいはん”を始め、このコンサートのために力を貸していただいたすべての方に感謝します。

本当にありがとうございました。

そして、初めて聞く名前にも限らず足を運んでくださった皆さん。結構遠いのに来てくれたいつもの仲間たち、本当に有難う。

僕も希花もマジに音楽、特に大切に残されてきた伝承音楽が好きです。そんな音楽を聴いていただいて本当にいくら“有難う”を言っても足りません。

またお会いしましょう。

吹田 フィフス・ストリート

東京を出かける時には珍しく雨。でも、晴れ男の僕としては結構自信があった。大阪に着くころには雨も上がっているだろうことに。

果たして…やっぱりすっきり晴れとはいかなかったが、雨は降っていない。

フィフス・ストリート。前回来た時はアイルランドから戻って来たばかりで、25度程もある温度差の中、迷いに迷ったのだ。

熱中症で死ぬかと思ったくらい。でも今回は冬だから多少迷っても大丈夫。そしてやっぱり又迷った。

それでもやっとの思いで辿り着くと、もう、オーナーの前田さんと音響の福田さん、そして木内君が新たに仕入れたOme社製のバンジョーを持ってきてくれていた。本人はどこかへ散歩にでかけたようだが。

音チェックも無事終えて、木内君も戻ってきたが、最近始めた水泳のせいか、少しは痩せた様にみえた。本人曰く、2kgだそうだが、もともとがでかいので結構その差は感じるのだ。

ともあれ、彼にはまだまだ健康でいてくれなくては困る。

今日はCDの発売記念だが、例によってやりたい曲はいっぱいある。今回もいろんな曲をやらしていただいた。

勿論CDからも数曲。そして、京都産業大学ブルーリッジ・マウンテン・ボーイズの元メンバー達も来てくれたので、Foggy Mt. Specialなんかも弾いたが、こういう曲はしょっちゅう弾いていないと上手くいくものではない。練習せねば、と反省しきり…。

でも、何と言っても、終わってからのフィフス名物の打ち上げは素晴らしかった。ここの鍋料理は格別だ。

前田さんの愛情がこもっている。楽しいひと時を皆さんと過ごさせて頂いて、木内くんの車で帰路に着いた。

最近、少し飲めるようになった希花さん(ビール、コップ半分くらい)はすっかりご機嫌で顔を真っ赤にしていた。木内君は、それから香川まで帰って行った。鍋をいっぱいつっついた彼、2kg以上は太っただろう。それでも水泳は続けるらしいし、つぎはどんなにスマートになっているかが楽しみだ。

フィフスのスタッフの皆さん、まおさん、ななえさん、あかねさん、有難う。お疲れ様でした。

写真撮影 宮部 亘君