7月半ば、35分ほど遅れて飛行機はパリに着いた。
パリに着くとき、どうしても「翼よ、あれがパリの灯だ」と言ってしまうが、若いフィドラーには何の事だか分からない。
今日は、午後2時にブレンダン・ベグリーと市内でおち合い、そのままケリーまで連れて行ってもらうことになっている。
ブレンダンは、緑深きケリーの道を軽快にすっ飛ばす。やがて、おそらくケリーで一番の観光地であろう、ディングルに着いた。
さあ、今日はディングルまで行ってバスキングをしてみよう。最初の日に寄った楽器屋のおやじに、いい場所がないか訊いてみてもいいし。
それに、ブレンダンは日本食にとても興味があるので、有難いことに米や醤油、インスタントの味噌汁までおいてある。
この地をアイリッシュ・ミュージックに於ける聖地のひとつに挙げる人は、世界中に数多く存在する。
この小さな町で(というか、村落とでも言えそうなところ)毎夜音楽が演奏されている。それも上質なトラディショナル・アイリッシュ・ミュージックが。
天気は上々だ。晴れ男としての面目は今のところ保たれている。とはいえ、ここは地の果てアルジェリア~…ではなく、アイルランドだ。山の天気のごとく変わりやすいのが常。
風も強く、肌寒いが、今ごろ日本ではみんな溶けているだろう。
遠くにモハーの断崖が見える。高所恐怖症のまれかは近くで見たがらないのでここからでいいだろう。かく言う僕も無類の高所恐怖症である。3度ほど行ったことがあるがいつでもへっぴり腰だった。
今日から4日間、カウンティ・クレア フィークルだ。勿論ドゥーランも同じカウンティなので比較的近い。
途中、モハーの断崖を通るが、もの凄い霧と強風で何も見えない。こんな時には絶対に近寄りたくないところだ。くわばら、くわばら。
朝食の前に、リビングルームで一緒にここに泊まっている人達としばし歓談をして楽しむ。一人は写真家で、この家に飾ってある数々の音楽家の素晴らしい写真は、彼が撮ったものらしい。
もう一人がイギリスから来ている、僕らが着いた時バンジョーを練習していた、50代前半くらいの人だ。
朝、リヴィングに行くと、イギリス人のバンジョー弾きが今か今かと待っている。例によって、朝飯前のセッションが始まる。
横で聴いていたカメラマンが言った。「Strayaway Childっていう曲知ってる?」実に懐かしい曲だ。70年代、ボシーバンドでよく聴いていた。もう懐かしすぎてメロディが定かではないが。
もう書くこともあまり無い。今日もセッションだ。また、朝早くからバンジョーの音が聴こえてくる。
80年代、ヴァージニア州、ゲイラックスのオールドタイム・フィドラーズ・コンベンションを訪れた時、4日間で1時間程も眠らなかった覚えがある。勿論、若気の至りというか、若かったからできたことである。
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クレアから少し北、ゴールウェイに来ている。ここも観光客や学生が多い町だが、音楽はクレアにまけず劣らず、ひたすらに熱い。
まず、フランキー・ギャヴィンと連絡を取る。とても忙しそうだが、時間を作って会いに来てくれるそうだ。
朝からどんよりした、いかにも少し北寄りの、肌寒ささえ感じるアイルランドらしい天気だ。そういえばアンドリューが言っていた。「アイルランドの夏は7月で終わりだ」
随分前は、よく北海道に行っていたが、あそこもこんな感じだった。特に秋の北海道の景色はたまらなく寂しかった記憶がある。
波に浮かんでプーカプカという南国とはぜんぜん違う音楽が生まれて当然だろう。
そういえば昔、ハワイの音楽にも憧れたなぁ。ギャビー・パヒヌイをはじめとするハワイアン・スラック・キーによるギタープレイにも影響を受けた。
パディ・キーナンの書いた“ジョニーズ・チューン”で僕がソロを弾くと、初めてそれを聴いたフランキー・ギャヴィンが「よ!ライ・クーダーじゅんじ!」と叫んだ。さすがに幅広いミュージシャンだ。ちょっとした音で僕がライ・クーダーの大ファンだということを見抜いてしまう。
ロバート・ジョンソン、B・Bキング、ジョニー・ウィンターからビリー・ホリディ、そのうえキング・クリムゾンやペンタングル。想い出せばきりがないくらい様々な音楽に影響を受けた。
そして、アイリッシュへ。
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アイリッシュブレックファーストを食べながら、昨日のフランキー・ギャヴィンは凄かった、という話で充分盛り上がることができた。
今日はバスキングに精を出してみよう。この町ならやりがいがあるかもしれない。だがバスキングの場所を探すのもなかなかに難しい。
ゴールウェイ最後の日。ここからはもう日本に帰る日がせまってきている。ダブリンに寄るがあの町にはそんなに魅力を感じていない。
ニュー・ヨークほどエキサイティングな印象もないし、いうなればロス・アンジェルスみたいなものかな。
これも人によって違うから、ただ単に僕にとって、というだけで、本当は知らずして面白いことが沢山あるのかもしれない。
なんか食べよう、と歩いていると、いつも見かける小さな店だが“世界でいちばん美味しいフィッシュ・アンド・チップス”みたいな大それたふれこみのファスト・フード店が、今日は珍しく空いていた。
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旅もそろそろ終わりに近付いている。ダブリンからティペラリーにいるパディ・キーナンに電話した。
2日ほど前、車が故障して、今いるところから動けない、と言っていた。もし行けるようになったら、ぜひ君達に会いたいからダブリンに着いたら電話してくれといわれていたからだ。
パディが紹介してくれたパブはスウィニーズという名前だった。かなり広いパブで、セッションは2階でやっているようだ。
恐る恐る2階へ上がってみると、いたいた。若手が4~5人。
ギターを持った男が「あ、じゅんじ。パディから聞いたよ。前に会ったことあるのおぼえてるか?」確かに見覚えのある顔だ。